生きる意味を考える(2024年3月21日『山陰中央新報』-「明窓」)

東日本大震災の発生後、トラックで届いた救援物資を運び込むボランティアと自衛隊員ら=2011年3月23日、岩手県釜石市

 小学5年の頃、死ぬのが急に怖くなった。先生に「地球から空気がなくなることはあるか」と聞いたのを覚えている。「大丈夫、なくならないよ」と優しく言ってくれたが、消えない不安と一緒に布団にくるまった

▼あれから40年。50歳を過ぎて、再び死を考えるようになった。なぜ自分の魂はこの体に宿ったのか。死んだ後、何かに生まれ変わるのか。悪いこともしたので人間には生まれ変われないだろう。時々そんなことを考えている

▼死後はどうなるのか。寺の副住職を兼ねる会社の後輩に聞いてみた。「生きるということは人と縁を結ぶこと。亡くなっても人の心の中で生き続ける」。ふと夜空を見上げて星に願い事をした時、確かに亡くなった大事な人の顔が浮かび、話しかけていた

▼13年前の春、東日本大震災のボランティアに参加した。多くの人が亡くなった被災地の惨状を見て、生きたくても生きられなかった人がいると思うと、自分が生きている意味を考えた

▼先日、大事な同級生の友人が亡くなった。最後のお別れで見た顔はいつもと同じ、優しくて穏やかな表情だった。尊敬する人が言っていた。「死ぬときに自分の胸に手を当て、自分に嘘(うそ)をつかずに生きることができたと思いたい」。限りある人生をどう生きるか。寒い冬が終わり、生命力が息吹(いぶ)く春に考える。自分らしく、後悔がないように。それが今の答えだ。彼岸にそう思う。(添)