「2024年問題」をきっかけに、ブラックな物流・建設業界は変われるのか? 他業界よりまだまだ緩い「過労死ライン」(2024年3月17日『東京新聞』)

 物流や建設などの業界で、4月から時間外労働の上限規制が始まる。1人当たりの働く時間が減るため、深刻な人手不足を招く「2024年問題」が懸念されるが、物流の規制は「過労死ライン」まで許容されるなど他業種よりまだ緩く、厳しいわけではない。裏返せば日本経済がいかに長時間労働に支えられてきたかを示している。(経済部・渥美龍太)
 

長時間労働規制で瓦解してしまう日本経済

 上限規制の始まりは、19年に働き方改革関連法が施行されたことだった。日本はそれまで事実上の「働かせ放題」の状態が続いていたが、初めて罰則付き(6月以下の懲役または30万円以下の罰金)での規制が導入された。
 上限は原則として月45時間、年360時間となった。特別な事情があって労使で合意した場合でも、年720時間(休日労働除く)までになる。休日労働を含めた時間外は月100時間未満、2~6カ月の平均では80時間以内になった。原則である月45時間を超えられるのは年6カ月までだ。
 
 24年問題の対象となる「自動車運転の業務」「建設事業」「医師」については、長時間労働が常態化しており規制の影響が大きいとして、適用が5年間猶予されていた。厚生労働省によると、業種(大分類)別でみた月間の総実労働時間(23年速報値)は、運輸・郵便業が167.7時間でトップ、建設業の164.4時間が続く。脳・心臓疾患の労災請求件数が多い業種(中分類)をみると、道路貨物運送業を筆頭に、総合工事業、医療業などが上位を占めた。
4月以降、トラックやバスの運転手に適用される上限規制はいわゆる過労死ラインの年960時間になる。医師に至っては地域医療の確保や研修医の技能向上などの目的があれば、特例で1860時間まで認められる。過労死ラインの2倍近い水準になる。導入される規制はそれほど厳しいとは言えない。
 にもかかわらず、医療業界では地域医療や救急医療が維持できるかが懸念されている。物流については、野村総研の試算によると、30年には全国の約35%の荷物が運べなくなる。他業種並みの規制が始まる建設業では工期の延期や工事費の上昇を心配する声が相次ぐ。これまでの日本社会がいかに長時間労働で成り立っていたかを逆説的に証明している形だ。

◆不足するエッセンシャルワーカー 賃上げで打破を

 上限規制によって人手不足の加速が予想され、混乱も起きている。日本国際博覧会協会が昨年、工事が遅れている大阪・関西万博の工事従事者について、規制から除外するよう政府に要望したところ「人命軽視」などといった強い批判を浴びた。物流では大型トラックの高速道路での速度規制を緩和する政府の方針に対し、危険性を指摘する意見も出ている。
 こうした中、政府は運転手の待遇改善策として、24年度に10%程度の賃上げを目指す方針を掲げる。厚労省によると「運輸・郵便業」の賃金は「製造業」などを下回っている。低賃金のため人が集まらず、ますます輸送力が低下する悪循環を防ごうとする狙いだ。
 低賃金の問題は長時間労働と並び、24年問題に関係する物流や建設業界で象徴的に語られてきた。しかし、実際は介護士や保育士、スーパーマーケットの店員など日常生活に必要不可欠な仕事をする「エッセンシャルワーカー」全般に関わる。日本でこうした人たちの賃金は長く停滞が続いてきた。
 
 ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏経済協力開発機構OECD)のデータを基に、1995年から2022年までの名目賃金の動きを国別に調べたところ、米国が2.5倍、英国が2.3倍、韓国は実に3.3倍になっているのに、日本はほぼ横ばいだった。エッセンシャルワーカーの低賃金も影響しているとみられる。
 物流や建設といった業界の危機として語られる24年問題だが、浮き彫りになっているのは一部の業界にとどまらない日本経済の構造的な問題だ。立教大の首藤若菜教授は「安い賃金で長時間働くことに頼ってきた日本経済のひずみが噴出している。24年『問題』と言われるが、改善の契機にすべきだ。適正な賃金と労働時間に移行し、持続可能な形をつくっていかないといけない」と話す。