なぜ高齢者は運転免許証の「自主返納」をためらうのか? 交通問題の深掘りで見えてきた痛ましい現実とは(2024年3月16日『Merkmal』)

高齢者事故の背後に潜むリスク

近年、交通事故のなかでも特に高齢者による自動車事故が注目されている。

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内閣府によると、2009(平成21)年から2019年にかけて、75歳以上のドライバーによる死亡事故は毎年400件を超え、そのうち80歳以上が約56%を占めている。

特に不適切なハンドル操作やアクセルとブレーキの踏み間違いが死亡事故全体の

「28%」を占めており、運転能力の衰えも事故の一因になっている可能性が指摘されている。

高齢ドライバーに自主返納を促す動きもあるが、果たしてそれで問題は解決するのだろうか。

免許を自主返納した75歳女性

運転免許証の自主返納制度が始まった1998(平成10)年の2596件から、2019年には60万1022件まで増加した。しかし、2019年をピークにその後3年間は減少を続けている。その理由を探るため、実際に自主返納した75歳の女性の生活を追った。

山口県の山間部でひとり暮らしをしている三浦敏子さん(仮名、75歳)は、娘の勧めで運転免許証を自主返納した。高齢ドライバーの事故が連日報道されるなか、

「事故を起こしたくないし、社会のため」

と返納したときは気分がよかったという。ところが、翌日からの不便な生活に頭をかかえることになる。

買い物はバスで1時間離れた町まで行かなければならない。重いものを買えば帰りは重労働である。また、田舎なのでバスは1日4本しかない。病院に思いのほか時間がかかり、バスに乗り遅れたときは、雨のなか1時間もタクシーを待った。

車なら数時間で済む用事が、すべて1日がかりになってしまう。同い年の友人は車を自主返納せずに運転している。その姿がうらやましく、「こんなはずではなかった」と自主返納したことを後悔するようになった。

また、仲間と会うのが楽しくて定期的に通っていたカルチャースクールも、バスの都合で止めた。車がないため外出も難しく、半引きこもり状態になってしまった。

そんな不便な生活をしている人たちを知ると、自主返納をためらい、車を乗り続けるケースもあるのだろう。

都市の人口集中とドライバー不足

なぜバスやタクシーは衰退しているのか。

理由は、ドライバーの高齢化と担い手の減少などだ。厚生労働省の調査によると、全産業の労働者の平均年齢は42歳だが、バスドライバーの平均年齢は51.2歳、タクシードライバーは60.7歳とさらに高い。一般ドライバーと同様、高齢のバスドライバーやタクシードライバーが引退するにつれ、さらなる減少が予想される。

また、都市部への人口集中により、地方の人口が減少し、バス利用者が減少した結果、本数が減少しているケースもある。

ドライバーの減少によるバスの運行台数減少の傾向は都市部でも見られ、今後も増加することが予想される。さらに、2024年4月からドライバーの労働規制が強化されるため、バスドライバーの年間労働時間の上限が3300時間に引き下げられることが決まった。

その結果、将来のバスドライバー不足は2030年には3万6000人になると予測されている。

若者から見たドライバー不足の背景

なぜバスやタクシーのドライバーの担い手が少ないのか。ある男子高校生の就職活動を追った。大阪市に住む高校3年生の佐藤洋介さん(仮名、18歳)は、子どもの頃から乗り物が大好きだった。大人になったらバスドライバーになるのが夢だった彼は、就職活動の一環としてバスドライバーについて調べてみた。

ところが、思わぬ現実を知ることになる。2021年の厚生労働省のデータによると、路線バスのドライバーの年収は約400万円。タクシードライバーの平均年収は280万円だ。全産業の平均489万円と比べると、かなり低い数字である。

「人の命を預かる責任のある仕事なのに、賃金が安いなんて」

と佐藤さんはがくぜんとした。

また、バスドライバーに必要な大型二種免許は、MTの普通免許を所持していないと取得できず、50万円近い追加費用がかかることも知った。タクシーは二種免許の合格率が35%と一般試験よりハードルが高い。

バスもタクシーも交代制で勤務時間が不規則で、完全土日の休みも期待できない。佐藤さんは悩んだ末、結局バスドライバーを諦め、一般企業に就職する道を選んだ。

若者にとってメリットが少ないことも、バスやタクシーのドライバーが減っている一因だろう。

女性タクシードライバーの進化

運転免許証の自主返納を考えても、生活に支障が出ることを懸念してちゅうちょする高齢者は多い。それが自主返納の減少に反映されている可能性が高い。地域社会では、自主返納が日常生活に不便をきたさないよう、さまざまな取り組みが行われている。

女性タクシードライバーの利便性向上の一環として、車内への名前や似顔絵の掲示義務が撤廃されたほか、子育て中の女性も働きやすいように、アプリでマッチングし、客を決まった時間に決まった場所までタクシー業務を行う短時間勤務スタイルも始まっている。

また、地域のNPOが運営するコミュニティーバスが巡回し、自家用車を使って有料で移動するライドシェアも検討されている。実際、タクシーが少ない兵庫県の山間部では、地域の普通免許を持つ人がドライバーとなって住民を運んでいる。かつて日本では禁止されていた「白タク」である。

もちろん、職務を遂行するためには国が定めた講習を受けることが義務づけられており、市街地ではタクシー会社のNPOが安全管理・運営を担っている。国土交通省は、今後も一定の条件のもと、過疎地に限り自家用車を使った有償の移動支援サービスを認める方針だ。ただし、解決には時間がかかりそうだ。

新ビジネスの広がり

また、賃金や労働時間、免許取得のハードルの高さも担い手不足の大きな理由だろう。若い運転手を確保するため、地元のバス会社は転居費用や大型二種免許取得費用の負担などさまざまな努力をしているが、まだ始まったばかりだ。

そこで注目されるのが、地域MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス。自動車、自転車、公共交通機関、シェアリングサービスなど、さまざまな交通手段を単一のプラットホームやアプリケーションを通じて統合し、利用者が効率的かつ容易に移動を計画・実行できるようにするサービス)である。

つまり、最新の技術やアイデアを駆使し、コストを最小限に抑えた移動手段である。オンデマンドの自動運転車、企業バスの移動手段としての活用、キャッシュレス決済やカード決済など、さまざまなニーズに対応した開発が進められている。

また、免許を自主返納した高齢者をターゲットにしたスタートアップ企業にとっては、今後増加が見込まれるビジネスチャンスと捉えることもできる。地域でライドシェア事業を行う事業者や、こちらからサービスを持ち込むプッシュ型の事業展開もある。

移動式書店、スーパーマーケット、理髪店、ドラッグストアなど、過疎地のニーズに応えるサービスはビジネスチャンスになり得る。双方にとってプラスとなる新たなビジネス展開に期待したい。