オッペンハイマー(2024年3月15日『山陽新聞』-「滴一滴」)

 昨年夏に米国など多くの国で公開されたのに、日本公開はなかなか決まらなかった。米アカデミー賞の作品賞など7冠に輝いた「オッペンハイマー」である

第2次大戦中、米国の原爆開発を主導した物理学者ロバート・オッペンハイマー(1904~67年)の生涯を描いた。物語に観客を引き込む名手とされるクリストファー・ノーラン監督だ。人類が核兵器を持つ瞬間を観客は追体験するのだろう

▼広島、長崎の惨状が描かれていないという指摘もあり、被爆国の反応を懸念して日本公開が遅れたとも聞く。ようやく29日から全国で公開される。評価は見る人に委ねよう

▼原爆に苦悩した科学者が日本にもいたことを思い出した。日本の原子物理学の父と呼ばれた仁科芳雄(1890~1951年、岡山県里庄町出身)。日本が極秘に進めた原爆研究に携わった。原爆投下直後の広島を調査し、科学がもたらした惨禍に衝撃を受けたという

アカデミー賞で戦争や核兵器を扱った作品が目立ったのは、各地で戦闘が続く世界情勢の反映だろうか。ノーラン監督が受賞後に語った言葉が心に残る

▼「絶望するのではなく、核の数を減らすため、政治家や指導者に圧力をかけようと活動する組織に目を向けることがとても大切」。映画の力によって核廃絶を求める人々の列がさらに長くなってほしい。