「最低賃金で良いサービスなんて…」 春闘の裏で一律10%以上の賃上げ求める「非正規春闘」が勃発(2024年3月14日『東京新聞』)

 
 2024年春闘の集中回答日となった13日、飲食店やスーパー、英会話学校で働く非正規労働者が東京都内の勤務先などを訪れ、一律10%以上の賃上げを求める運動「非正規春闘」を行った。大手企業では労働組合の要求に満額回答が相次ぐ中、「非正規に賃上げは広がっていない」と訴えた。
 
賃上げを求め声を上げるスシローで働く非正規雇用の男性(右奥)ら

賃上げを求め声を上げるスシローで働く非正規雇用の男性(右奥)ら

 「パートやアルバイトの賃上げをしろ」「最低賃金でお客さまに良いサービスを提供するなんて労働者をなめないで」。東京・丸の内には非正規ら約30人が集まり、街宣活動をした。この日は勤務シフトに入らないなどのストライキを5社で実施、さらに増える見込みだという。

◆勤務先はスシロー、スターバックス、かつや

 非正規春闘は個人加盟の労組が始めた運動で、社内に労組がないなど交渉の手段を持たない非正規の賃上げが目的だ。今年は約3万人が「スシロー」や「スターバックス」、「かつや」の運営会社など勤務先約120社に対し、一律10%以上の賃上げを求めている。
 街宣に参加した埼玉県の飲食店勤務の大学生男性(21)は、4年間働いても時給は県の最低賃金を27円上回るだけの1055円だ。「労働に見合った賃金を払って」と声を上げた。
 
非正規雇用労働者の賃上げを求めて声を上げる人たち

正規雇用労働者の賃上げを求めて声を上げる人たち

 実行委員会が非正規に聞いたインターネット調査(回答数264件)では、約8割が「今年1月以降に賃上げはされておらず、その予定も伝えられていない」と回答している。呼び掛け労組の1つの首都圏青年ユニオンの尾林哲矢氏は「賃上げをした一部大企業に注目が集まるが、大半は非正規の賃上げをしていない」と話した。(畑間香織)
  ◇

◆中小企業の4割、価格転嫁「全くできてない」

 2024年春闘は、交渉がこれから本格化する中小企業や非正規労働者に対し、どこまで大手企業の勢いを波及させられるかが課題だ。政府は昨年に続き、労使の代表者を交えた政労使会議を開いて賃上げの裾野を広げるように呼びかけたが、実現は容易ではない。(畑間香織、押川恵理子、鈴木太郎、近藤統義)
 中小企業の賃上げは「価格転嫁」が鍵を握る。中小製造業が多い産業別労働組合JAMの安河内賢弘(やすこうち・かたひろ)会長は13日、価格転嫁について「進んではいるが道半ばの状況。取り組みの強化が求められる」と訴えた。
 実際、産業廃棄物の運搬などを担う関東地方の中小企業経営者は「取引先に契約を打ち切られることを懸念し、本格的な値上げ交渉には至っていない」と明かす。東京商工リサーチが2月に実施した調査では、「原材料や燃料費、電気代の高騰」でコストが増加した中小企業のうち、37.4%が「全く転嫁できていない」と答えた。

◆非正規は「賃上げの波から取り残されている」

「非正規や組合のない仲間たちに賃上げを波及させることが重要」。自動車など大手企業を中心とした産業別労組が加盟する金属労協の金子晃浩議長は13日の会見でこう述べた。しかし、社内に労組がない非正規による運動「非正規春闘」の呼びかけ労組の一つ、総合サポートユニオンの青木耕太郎氏は13日の街宣活動後、「非正規は賃上げの波から取り残されているように感じる」と語った。
 非正規側が賃上げの団体交渉を申し入れた企業は「売り上げが少なくて(非正規の)賃上げに回せない」などと難色を示しているという。非正規春闘実行委員会は「十分な賃上げに応じない企業にはストライキを実施して、非正規が声を上げている姿を可視化したい」との方針を示した。
 
 
 厚生労働省の22年調査によると、従業員が10〜99人と規模が小さい企業は、1000人以上の大企業と比べて賃金は2割近く低い。非正規の賃金は正社員より3割以上低かった。中小や非正規の底上げは急務といえる。
 法政大の山田久教授労働経済学)は「中小も非正規も賃上げできるところと、できないところの二極化が鮮明になる」と予測。その上で「政府は政労使会議で賃上げを要請するだけでなく、経済や物価、賃金といった中長期的な目標を共有しないと持続的な賃上げにはならない」とした。
  ◇

◆大手は満額回答連発だけど…実質賃金はプラ転する?

 大手企業の集中回答を終えた春闘の今後の見通しをまとめました。 (渥美龍太、大島宏一郎)
 Q 大手企業で大幅な賃上げになりましたね。
 A トヨタ自動車が満額回答するなどしましたが、具体的な傾向が見えるのはこれからです。連合は15日、第1回の集計結果を公表します。4日時点での要求水準は30年ぶりに5%を超えており、経営側の回答がどれだけ近づけるかが焦点になります。
 ただ、現段階では大企業の結果が中心です。雇用の7割を占める中小企業は集中回答日の後に交渉が本格化し、夏ごろまで結果が出ないこともあります。連合の最終集計は7月ごろです。連合の集計には労働組合のない大半の中小企業が含まれません。厚生労働省が労組のない企業も含めた結果を公表するのは、例年11月ごろです。
 Q 22カ月連続でマイナスの実質賃金は、プラス転換するのでしょうか。
 A 今は分かりません。労使交渉の結果はすぐには賃金に反映されませんから。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎氏は「春に交渉が妥結した場合、多くは夏までに賃金に反映される」と説明した上で「10〜12月期に物価の伸びも鈍化して実質賃金がプラスになるのでは」と予測します。
 Q 今回の春闘はなぜ注目されるのですか。
 A 例えば日銀は金利を低く抑え込んで景気を刺激する「マイナス金利」を解除するかを判断するため、賃金の動きを注視しています。賃金が上がって経済の良い循環が始まれば、極端な刺激策の必要性が薄れ、日銀の政策転換の契機になり得ます。
 さらに、物価高から生活防衛ができるかも注目点ですし、日本経済が長年苦しんだデフレから脱却するきっかけになるかもしれません。このため今年の賃上げは重要とみなされているのです。