[政治の現場]総裁選前夜<1>
「衆院の当選同期で、国家について夜遅くまで一緒に語らってきた。遺志を継いでいく」
6月30日、元首相・安倍晋三の三回忌法要に合わせ、東京都内のホテルで開かれた食事会。首相で自民党総裁の岸田文雄(66)は、安倍の親族や前首相の菅義偉(75)、元首相の森喜朗(87)らを前にこう力を込めた。
岸田の言葉には、安倍の「後継者」であることを強調し、9月に予定される総裁選に向け、かつての最大派閥の支持をつなぎとめる思惑があったとみられる。
一方、森は派閥パーティー収入を巡る政治資金規正法違反事件に触れ、「私は安倍さんの用心棒を務めてきたが、なぜ安倍派だけがこんなにかわいそうな目に遭うのか」と嘆き、安倍派閣僚らの更迭や党の処分を主導した岸田に対し、遠回しに不満を示した。
同席者は3人の発言について、「総裁選の前哨戦のようだった」と漏らした。
森が当てこすったように、解散が決まった安倍派の議員には岸田への反発が強い。総裁選では、岸田の期待感とは裏腹に多くが「反岸田」に回るとみられている。閣僚経験者は「安倍派を中心とした事件とはいえ、総理総裁が責任をとらなかったことに党内や世論は納得していない」と批判した。
もっとも、総裁選再選へ岸田自身の意思は固い。
「自分が辞め、逆風が収まるならいいが、そうはならないだろう」
トップの顔を入れ替えても政治とカネの問題は今後も続く。防衛力強化などの難題を前進させてきた自分の続投がベストだ――。岸田は強烈な自負を周囲にのぞかせている。首相周辺は「経済や外交の継続を訴え、現職の強みを生かせば、勝機は十分ある」と語った。
ただ、岸田が頼りにする副総裁の麻生太郎(83)の考えは異なる。「反岸田」の勢いはあなどれず、再選への道は険しいとみているのだ。
麻生氏・茂木氏と隙間風
「今のままでは、一発で勝負がつかない可能性が高い。決選投票になれば、『反岸田』が結集してひっくり返されかねない」
総裁選では、1回目の投票で誰も過半数を獲得できなければ、得票数が1位と2位の候補者による決選投票になる。
麻生は、岸田には1回目の投票での過半数確保は難しく、たとえトップに立ったとしても僅差だとみて、最終的に2位以下が「反岸田」でまとまり、敗れることを危惧していた。
内閣支持率は長期低迷に陥り、岸田への党内の視線が格段に冷ややかになっているためだ。
地方から退陣論
岸田は2021年9月に行われた前回総裁選の1回目投票で当時、行政・規制改革相の河野太郎(61)に党員・党友票で及ばず、国会議員票との合計で1票差で1位となった。決選投票では、元首相の安倍晋三の差配で3位だった当時、前総務相の高市早苗(63)の票を取り込み、各派閥から幅広い支持を得て河野を突き放した。
次期総裁選の様相はこの時とは全く異なる。
岸田の後ろ盾となり、党内で絶大な影響力を誇った安倍は22年7月、銃撃事件で亡くなった。麻生派(55人)以外の派閥は政治資金規正法違反事件をきっかけに政治団体としての解散を決め、組織的な票はとりまとめにくくなっている。
岸田派の中堅議員は岸田の苦境について、「1回目で勝ち残れるのかどうかも分からない」と漏らした。
3人が「地方の怒りはすさまじい」と異口同音に答えると、岸田は押し黙った。
県連幹部や一部の国会議員は次期衆院選を意識し、「新たな選挙の顔」が必要だとして、岸田退陣論を公然と口にし始めている。
煮え切らぬ態度
岸田はいち早く岸田派の解散を宣言し、脱派閥の流れを作ったが、総裁選では党員・党友の大量得票は見込めず、麻生派や岸田派の議員票を当てにせざるを得ない状況に陥っている。
先の通常国会では政治資金規正法改正を巡り、公明党に大幅に譲歩して麻生の不興を買い、岸田は焦った。6月18日に続き、25日も麻生を会食に誘い、懸命に関係修復を図ったが、隔たりは埋めきれていないとみる向きが多い。
「茂木は光秀にはならないと言っています。総裁選で勝ちたいのであれば、茂木は重要でしょう」
麻生は25日の会合で岸田にこう助言した。
茂木も茂木派を「政策集団」に衣替えし、約40人の勢力を保持している。麻生には、総裁選で麻生、茂木、岸田3派が再結束すべきだとの思いがあるとみられる。
しかし、岸田は煮え切らない。茂木に距離を置きつつ、麻生への配慮もあり、党内の一部が求める「幹事長交代」に動くこともしないでいる。
今月8日夕、視察先から帰京する途中だった岸田は、JR名古屋駅の貴賓室で岸田派衆院議員の石原正敬(52)から解散の可能性について尋ねられ、「その時の権利を誰が持っているかだよね」と笑い、総裁の座を維持するのは容易ではないとの思いをにじませた。(敬称略)
自民党総裁の任期満了が9月に迫り、再選を目指す岸田首相とポスト岸田候補らの戦いが事実上、始まっている。混沌(こんとん)とした権力闘争の行方を追う。