【国の指示権拡充】地方自治をゆがめないか(2024年3月10日『高知新聞』-「社説」)

 非常事態が起きた時に地方をコントロールする権限を国が強めようとしている。自治体に対する国の「指示権」を拡充する地方自治法改正案が閣議決定された。
 国の指示権は現在、災害対策基本法など個別法に規定があれば行使できるが、発動の可能性は最小限に抑えられているといってよい。改正案はその要件を緩め、個別法に規定がなくても「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」と国が判断すれば、指示権を使えるようにする。
 想定外の事態が起きた時の混乱を防ぐため、あらかじめルールを設ける発想は否定しない。ただ、2000年施行の地方分権一括法は、国と自治体の関係を「上下・主従」から「対等・協力」に変えた。分権の流れを巻き戻す動きになる。
 「指示が必要な事態」を国の都合のよいように解釈すれば、地方の主体性や自立性がゆがめられる危険もはらむ。国会審議では丁寧な議論と慎重な判断が求められる。
 指示権の拡大は、新型コロナウイルス対策で中央と地方の考え方が分かれるなど混乱したことを受け、地方制度調査会が検討し、答申していた。地制調でも分権の理念後退を危惧する意見は出たとされる。
 このため政府は法制化に当たり、厳格な運用を強調。指示権発動は国と地方の対等関係の中での「特例」と位置づけたほか、発動前には自治体に意見聴取し、閣議決定を経るなどといった手続きも盛り込んだ。
 しかし、発動要件となる「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」の定義はあいまいで、やはり拡大解釈、指示権乱用の懸念が残る。政府の「厳格な運用」との説明が懐疑的に聞こえてしまうのは、今の政府・与党は、非常時の国の権限強化に躍起になってきたからだ。
 緊急事態条項の新設を目指す憲法改正論議に象徴されるように、緊張感を増す安全保障環境を理由に、中央集権的な国づくりを進めているように映る。米軍普天間飛行場の移設問題を巡り、沖縄県の民意を押し切って工事に着手したのもその一例ではないか。
 国の指示権を巡っては、分野を問わずに拡充するやり方ではなく、非常事態のシミュレーションの具体化に努めた上で、必要ならば個別の法律に項目を加えていく方法もある。そうしたやり方も議論の選択肢に加えるべきだ。
 そもそも、国が指示権を発動することになったとしても、非常事態の現場から遠いなど限られた情報しか持っていない状態も考えられる。誤った指示が出されたり、混乱を助長したりするリスクもある。
 指示権がないとしても、「対等・協力」関係を前提にした地方との意思疎通を通じて効果的な対策がとれるのではないだろうか。
 全国知事会、市長会など地方団体は国の権限強化に警戒感も持っているが、個々の自治体レベルでは「国頼み」の体質が強まっている例も少なくないだろう。地方側の「自治」に向けた意識も問われる。