農基法の改正 食料安保の道筋具体化を(2024年3月5日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 農政の基本方針となる「食料・農業・農村基本法」の改正案が国会に提出された。

 旧農業基本法に替わって1999年に施行されて以来、初の改正となる。温暖化や地域紛争を背景に海外からの食料供給が不安定化する中、食料安全保障の確保を基本理念に位置付けた。

 「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ国民一人一人がこれを入手できる状態」

 改正案が定める食料安保の定義だ。情勢の変化を踏まえた問題意識や理念に異存はない。重要なのは、どう実現するかである。

 だが、重点をどこに置いて政策を進めるのか、改正案からその方向性は見えてこない。課題の提示が並ぶばかりで、食料安保の道筋をイメージするのは困難だ。

 明快さを欠いた内容は今後の予算にも影響してくるだろう。政府は防衛費を大幅に増やし、経済安保では強権的な法案まで出す力の入れようだ。脇に置かれている農政が心配になる。

 食料安保を、看板だけに終わらせてはならない。国会審議には中長期の方向性を見据えた具体的な政策論議を求めたい。

 改正案の作成で焦点となった一つに、農作物の「合理的な価格形成」がある。農業者の間に、肥料や燃料の高騰を作物価格に十分に転嫁できない現状に不満が高まっていることから提起された。

 改正案は消費者や事業者に「考慮されるようにしなければならない」としたが、どう具体化するか曖昧だ。価格決定の過程に政府が働きかけても、値上がりに消費者の理解が得られるだろうか。

 生産基盤を維持するには、価格に着目するだけでなく、農業者の所得を直接支えるような政策の検討も必要ではないか。

 減少する担い手の問題では「多様な農業者」による農地の維持を図るとした。専業農家に限らず兼業農家なども政策対象とする考えを示した形だ。

 これまでの農政は規模拡大に重点が置かれていた。だが少数の大規模農家に託す構造に限界が見え始めた地域も少なくない。参入のハードルをどう下げていくかも問われることになる。

 政府は今回、基本法に加え、食料危機への対応方針を定めた新法「食料供給困難事態対策法」の法案も提出した。農家への増産指示などを想定している。

 危機に備え政府権限をいくら強めても、生産基盤が弱り切った後で機能するとは思えない。重要なのは平時の着実な対策だ。