「キラキラネーム」来年から規制? 改正戸籍法で新たに「基準」 氏名の振り仮名を巡りトラブル多発の予感(2024年3月3日『東京新聞』)

 これまで戸籍に記載がなかった氏名の振り仮名を必須とする改正戸籍法が来年施行される。施行後は、全国民が振り仮名の届け出を求められ、届けがなければ自治体が職権で戸籍に振り仮名を記すことになる。いわゆる「キラキラネーム」には一定のルールも設けられるが、マイナンバーカードの普及を背景に進む大改正には、じわり懸念の声も。あなたの名前はどうなる?(安藤恭子

◆膨大な登録作業「勝手に改名されてしまうかも」

戸籍に氏名の振り仮名を記載することを告知する法務省民事局のポスター(一部)

戸籍に氏名の振り仮名を記載することを告知する法務省民事局のポスター(一部)

 
 改正戸籍法はマイナンバー関連の法案と併せて国会で審議され、昨年6月に成立した。来年5月ごろをにらむ施行に合わせ、本籍地の市区町村が振り仮名の届け出受け付けを始める。届け出には郵送や、マイナンバーカードの専用サイト「マイナポータル」を使う。
 届け出を促すため、市区町村は住民票などで把握してきた氏名の読み方を参考として、全国民に郵送で通知を送る。通知は同一住所にいる世帯ごととし、姓は戸籍の筆頭者、名は本人が届け出る。1年以内に届けがなければ、自治体の職権で振り仮名を戸籍に転載することになる。
 これに対し「勝手に改名されてしまうかもしれない」と心配するのが、静岡市のライター澤田真一さん(39)だ。
 真一は「しんいち」ではなく「まさかず」と読むが、初対面の人からは「一度も正確に名前を呼ばれたことがない」。もちろん「まさかず」で届け出るつもりだが「これほど重大な変更を、多くの国民が知らないのは広報不足。よほど厳しいチェック体制がないと、また間違えられるのではないか」と心配する。

◆「最終的にどういう振り仮名が付いたか通知する予定はない」

 
 戸籍に異なる振り仮名が載ったらどうすれば良いのか。東京新聞こちら特報部」が法務省に尋ねると、届け出がなく自治体職権で記載した場合や、届け出を反映する際の登録ミスによって、自分が使っているものと異なる振り仮名が戸籍に記載された場合、1回に限り訂正の届け出が認められる。その後の訂正は家庭裁判所の許可が必要となるという。
 ただし「最終的に戸籍にどういう振り仮名が付いたか、国民に通知する予定は今のところない」と担当者。戸籍の振り仮名情報は住民票やマイナカードにも反映されるが、数年後になって違うことに気付く、という事態も起こりそうだ。

◆「広報の必要性は認識している」が「今後の予算次第」

 膨大な振り仮名収集の業務に追われる自治体の負担軽減、高齢者や障害者など届け出が困難な人への支援も課題だ。ただ、これらの対策にも、現状は「マイナポータルの活用」が示されている程度で心配が残る。
マイナンバーカードの表面(見本)

マイナンバーカードの表面(見本)

 

 市区町村として最も人口が多い横浜市は、通知の印刷代など約6000万円を新年度予算案に計上したが、対象は住民ではなく、本籍人口の約315万人だ。同市の吉田誠・窓口サービス課長は、「他都市にも散らばる振り仮名情報をどうデータで取り寄せるのか、まだ国から示されていない。DV被害者などで同居できない事情がある人に、通知を徹底するのも難しいのでは」と頭を巡らせる。
 法務省によれば、自治体支援のための詳細な検討と予算の確保はこれから。そもそも法改正自体があまり認知されていないため「特設サイトや行政でのパンフレット配布など、広報の必要性は認識している」(担当者)とするが、これも「今後の予算次第」という。

◆「これまで戸籍に読み仮名がなくても全く問題なかった」わけで

 改正戸籍法に伴う振り仮名の戸籍記載については、国会の審議でも望まない振り仮名を付けられる恐れが指摘された。識者からも疑問視する声が上がる。
 「名字の読み方も、また多様にある」と指摘するのは、野村剛史(たかし)・東大名誉教授(国語学)だ。例えば藤原は「ふじはら」とも「ふじわら」とも読まれる。親族間でも認識が異なることがあるが、戸籍法が改正されれば、筆頭者の届け出に統一されることになる。
 「これまで戸籍に読み仮名がなくても全く問題なかった。むしろ人の振り仮名を勝手に通知し、確認できなくても1年程度で戸籍に記載してしまうというのは、アイデンティティーを侵すものではないか」

◆キラキラネーム対策 これから生まれる子どもたちが主な対象

戸籍に氏名の振り仮名を記載するルールをQ&A形式で説明する法務省のリーフレット(一部)

戸籍に氏名の振り仮名を記載するルールをQ&A形式で説明する法務省リーフレット(一部)

 改正法では「用いる文字の読み方として一般的に認められているもの」との基準も新たに設けられた。本来の読み方と異なる「キラキラネーム」対策とされるが、今使っている人については、パスポートの提示などで原則認める方向。これから生まれる子どもたちが主な対象となる。
 本来の読みでなくても定着している「名乗り訓」などを幅広く許容する日本の命名文化を踏まえた運用にする方針というが、ここで言う「一般的に認められない読み方」とは何か。
 法務省によると、
(1)漢字の持つ意味とは反対の意味による読み方(高をヒクシと読む)
(2)読み違いかどうか判然しない(太郎をジロウ、サブロウと読む)
(3)漢字との関連性を認められない(太郎をジョージ、マイケルと読む)
—など、社会を混乱させるものは認められない。来年の施行前までに、詳細な基準を定めた通達が示される予定だ。
 この基準についても、野村氏は「漢字に対して多種多様な読み方があるのが日本語。無理に統一しようとすれば、文化の破壊につながる」と懸念する。極端な例だが「乱」には「みだれる」「おさめる」という正反対の読み方がある。「孝」は「たかし」と読まれることが多いが、親への「うやまい」とのイメージを充てることもできるという。
 「あちらの自治体で認められた振り仮名が、こちらでは認められないということが起きかねない。名前の読み方をどこまで認めるか、誠実に検討するほど行政の窓口負担は増す」と野村氏は危ぶむ。「国は人民を一元管理したいのかもしれないが、必要性を感じられない法改正だ」

◆マイナカード普及の余波? 振り仮名届け出は2025年から

 そもそも、なぜ戸籍に振り仮名が必要とされたのか。
 その根拠は2020年に政府が公表した「デジタル・ガバメント実行計画」にさかのぼる。海外に住む日本人のマイナカード利用にあたり、ローマ字の氏名を記そうとして、ローマ字表記の前提となる振り仮名情報の管理が必要に。そこで同計画で戸籍の法制化を図ると明記された。つまりマイナカードの利用拡大に併せた法改正といえる。
「マイナンバーへの参加」と改正の目的を記載した改正戸籍法の概要を説明する法務省の文書(一部)

マイナンバーへの参加」と改正の目的を記載した改正戸籍法の概要を説明する法務省の文書(一部)

 

 国が挙げるメリットは、行政事務のデジタル化を進める中で、国民の個人データを管理、検索しやすくなる—ことなどだ。この間、公金受取口座の誤登録などマイナ制度を巡るトラブルも発覚。システム上、漢字による氏名登録だけでは、カタカナ名義の金融機関口座と照合しづらい、という問題点も指摘された。
 名古屋大の稲葉一将教授(行政法)は「誰のための振り仮名記載なのか、ということが、根本的な問題としてある。国民の利便性というよりはデジタル化に対応するためで、マイナの本人確認情報を一つ増やすという趣旨だろう。精度が高まれば国としてもカードを普及しやすい」とみる。
 来年からいよいよ振り仮名の届け出が始まる。「振り仮名は本人が決めるべきだ。職権記載が可能でも、本人による届け出の機会を増やすような運用を期待したいが、そうはいっても届け出が難しい事情も考えられる」と稲葉氏。「戸籍への記載が異なった場合も本人に不都合が生じないように努め、安易に自己責任にすべきではない」とした。

◆デスクメモ

 若い人の名前が読めないことは確かにある。振り仮名は便利というが、わずかな字にさまざまな思いを込める「命名」の範囲や個性は狭まるかもしれない。届け出がなければ行政が付けられるとは、人間を「記号」扱いする発想だ。名前って、もっと微妙なニュアンスがあるものでは。 (本)