オスプレイ再開へ 安易な決定に反対する(2024年3月9日『沖縄タイムス』-「社説」)

飛行するMV22オスプレイ=2023年11月、沖縄県宜野湾市


 日米がオスプレイの飛行再開に向け動き出した。


 防衛省在日米軍は8日、オスプレイの飛行停止措置を解除したと発表した。「安全に再開できると判断した」からだと防衛省は説明する。

 在日米軍陸上自衛隊保有する機体の飛行再開時期については、自治体への説明後になるという。

 唐突というだけでなく、あまりにも安易なやり方だ。

 住宅地域のど真ん中にある米軍普天間飛行場は、日米当局者が「世界で一番危険な飛行場」と認めるような、いわく付きの飛行場である。

 オスプレイはというと、世界各地で頻繁に墜落事故を起こし、以前から安全性が疑問視されてきた。

 昨年11月、米空軍のCV22オスプレイが鹿児島県・屋久島沖に墜落し、搭乗していた8人全員が死亡したことで、住民の不安は一気に高まった。

 調査で機材の不具合の可能性が明らかになり、米軍は普天間飛行場に配備されている海兵隊のMV22オスプレイを含め全世界でオスプレイの飛行を止めていた。

 機体の構造に欠陥はないというが、オスプレイの度重なる事故は、前の事故の再発防止策が講じられた後に、別の原因で起きている。

 その事実を直視しなければならない。

 世界で一番危険な飛行場で、安全性への疑問が尽きないオスプレイの飛行を再開する-住民の不安をいっそう高めるだけである。

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 国、県、宜野湾市の3者による普天間飛行場負担軽減推進会議の作業部会が7日、およそ1年ぶりに首相官邸で開かれた。

 県と宜野湾市普天間飛行場の運用停止期限と返還時期を明らかにするよう求めたのに対し、政府は「困難」との見方を示した。

 「将来のことは分かりません」と言っているようなものだ。

 日米両政府が普天間飛行場の移設条件付き返還に合意したのは1996年のことである。

 あれから約28年の歳月がたつというのに、運用停止の時期すら示すことができない。

 県と市は、オスプレイについても、学校、病院などの上空の飛行禁止、場周経路の順守などを要望するとともに、オスプレイ12機程度の県外拠点配備を求めた。

 極めて具体的な負担軽減策を突き付けたわけだ。その検討こそが優先されるべきである。

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 辺野古問題は、代執行前と代執行後では、その性格がすっかり変わってしまった。

 「辺野古問題は終わった」のではない。「辺野古問題は変わった」のだ。悪い方に。

 運用停止の時期を示すのは「困難」だと言いながら、その一方で政府は決まり文句のように「一日も早い危険性除去」と言う。

 「普天間」ではオスプレイの飛行が再開され、「辺野古」では大浦湾側の埋め立てが進む。

 この二つが同時進行する極端な過重負担を受け入れることはできない。