筋肉増えれば万病を予防 大腸がんや認知症にも効果(2024年5月9日『日本経済新聞』)

 
 

 


運動は足腰に筋肉をつけ、万病を予防するだけではなく、孤立を防ぐ上でも重要だ(写真はイメージ)
日経Gooday(グッデイ)
年齢を重ねても丈夫な足腰を保つためには、下半身を中心に全身の筋肉を維持することが欠かせない。さらに近年、筋肉は脳のようにホルモンを分泌し、さまざまな病気から体を守っていることも明らかになってきた。筋肉を増やせば、血糖値を下げる、血管の若さを保つ、大腸がんや認知症を防ぐ……など、万病を予防する効果が期待できるのだ。健康への最大の投資は筋肉を維持することと言っても過言ではないだろう。そこで、万病を防ぐ筋肉を効率良く増やすための基礎知識や、その方法などを紹介していく。

重要なのは体重ではなく、筋肉を維持しているかどうか

肥満はあらゆる病気を引き起こす万病のもとだ。肥満気味の人は、引き締まった体を目指して対策を講じたいところだろう。

その一方で、「自分は若いころから体重が変わっていないから大丈夫」と思っている人もいるかもしれない。だが、安心するのは早計だ。昔と変わらぬ体重でも、運動習慣がなければ脂肪が増え、筋肉はゴッソリ落ちている可能性がある。

「体重は増えていなくても、その『 中身』(脂肪や筋肉の割合)が悪い方向に変わっていることがあります。大事なのは『筋肉をどれくらい維持しているか』であって、体重の維持ではありません。体重にかかわらず、筋肉が減ることが大問題なのです」。こう話すのは、筑波大学大学院スポーツ医学専攻教授の久野譜也氏だ。

図1 体重は同じでも、筋肉と脂肪の割合が変わっている可能性がある。体重が増えていなくても油断は禁物だ。筋肉がついて脂肪が減っていることもあれば、筋肉が減ったぶん脂肪が増えていることもある(図中のイラスト=PIXTA

筋肉の減少は、体にさまざまな負の作用をもたらす。歩いたり走ったりといった基本的な動作が衰えるのはもちろんのこと、その影響は内臓器官にも及ぶ。例えば、筋肉は体のエネルギー源である糖の貯蔵や消費という役割を果たしている。そのため、「筋肉が減ると体内の糖がエネルギーとして使われにくくなり、体重や体形に関係なく、糖尿病に発展しやすくなることが分かっています」と久野氏は指摘する。

糖尿病は体内で消費・貯蔵しきれなくなった糖が血液中に増えてしまう病気で、進行すると、全身の血管が傷み、腎臓や目などに合併症を引き起こす。「糖尿病は太った人の病気」というイメージを抱きやすいが、実際はやせていても発症する人がいる。こうした人たちの背景には筋肉量の減少などがあることが、近年の研究で分かってきている。

筋肉は、脳と同じようにさまざまな「ホルモン」を分泌する器官でもある。そのホルモンの中には、認知症やがん、動脈硬化など、さまざまな病気を予防する効果が期待できるものもある。筋肉を維持することは、全身の健康に直結するのだ。

「そのため、自分の体形に目を向けるときは、体重よりも『体組成』に着目して、筋肉を維持できているかどうかをチェックする必要があります」と久野氏は強調する。

体組成とは、全身の筋肉や脂肪、骨、水分などの割合のことだ。一般に、肥満度の指標としては「体重(キロ)÷〔身長(メートル)×身長(メートル)〕」で算出されるBMI(Body Mass Index;体格指数)が広く用いられている。だが残念ながら、BMIでは筋肉の割合までは分からない。そこで久野氏が勧めるのが、「体組成計」で自分の筋肉の量を測り、その変化を見ていくことだ。最近は、家庭用の体組成計が数千円で購入可能になっている[注1]。スポーツジムや公共施設、医療機関など、体組成計を設置している場所も増えているので、定期的にチェックする機会をつくるといいだろう。

80代、90代でも、筋トレを始めれば筋肉は増える

何もしないでいると、筋肉は加齢によってどんどん減っていく。筋肉量は20代をピークに年1%の割合で減少し、50代で30%、60代で40%も落ちると言われている。

筋肉の減少を食い止めるにはどうすればいいのか。

「私が指導しているシニア世代向けの運動教室では、ごく簡単な筋トレによって見違えるほど歩き方が変わった人がいます」と久野氏は話す。「その方は、97歳で、普段は杖を使ってゆっくり歩いていました。ところが、スクワットを中心とした簡単な筋トレに取り組んだ結果、3カ月後には杖なしで小走りできるようになったのです。このような姿を見ると、筋トレを普段の生活に取り入れるかどうかで、その後の人生が大きく違ってくることを実感します」(久野氏)。たとえ80代、90代でも、簡単な筋トレを始めれば筋肉を増やすことはできるのだ。

そこでここでは、筋肉の知られざる役割や仕組みを解説しつつ、筋肉を増やして維持するために有効なトレーニングを紹介していく。筋トレといっても、マシンを使ったハードな筋トレである必要はない。大切なのは、適度な負荷の筋トレを日常生活に無理なく組み込んで、継続することだ。寝たきりを回避するためにも、豊かな人生を送るためにも重要な、筋トレの効果を一緒に体感していこう。

[注1]体組成計では、年齢や性別、身長、体重などのデータから、筋肉量の目安となる数値が表示されるが、製品によって数値に幅がある。筋肉量の変化を見るときは、同じ体組成計を使用し、その体組成計の目安値を基準にしよう。なお、体組成は体内の水分量によって変動するため、夕刻の入浴前など、同じ条件下で測定することが大切だ。

筋トレによって鍛えることができるのは「骨格筋」だけ

そもそも、筋肉を増やす、鍛えるとはどういうことなのか? まずは筋肉に関する基礎知識を押さえておこう。

筋肉は、「傷つく」ことによって増える性質がある。「運動して筋肉を使うと筋肉の組織に傷がつき、血液が出ます。それがスイッチになって筋肉の肥大が起こります」と久野氏は説明する。ダメージを受けた筋肉では、筋肉を増やすもとになる幹細胞(サテライト細胞という)が活性化して増殖し、筋線維にくっつくことで筋線維が太くなったり、新しい筋線維が作られたりする。この仕組みは「超回復」と呼ばれ、これを繰り返しながら筋肉は肥大していく。

「そのためには、ある程度は筋肉痛を感じるくらいの運動が効果的です」と久野氏は話す。しかし、どれだけ筋トレに励んでも、全身のすべての筋肉を鍛えることはできない。私たちが日ごろ体を動かすために使っている筋肉は、筋肉の一部にすぎないからだ。

大きく分けると、筋肉には「横紋筋」と「平滑筋」がある(図2)。横紋筋は縞模様のある筋肉で、体を動かす「骨格筋」や、心臓を動かす「心筋」からなる。もう一方の、縞模様がないのが平滑筋で、こちらは臓器や血管を構成している。

図2 筋肉の種類。筋肉には横紋筋と平滑筋がある。このうち、自分の意思で動かして鍛えることができる筋肉(随意筋)は、横紋筋の骨格筋だけだ

これらの筋肉のうち、自分の意思で動かすことができる筋肉(随意筋)は骨格筋だけだ。骨格筋は骨と連結していて、関節の曲げ・伸ばしに必要な筋肉だ。その他の筋肉は自律神経によって支配されているため、自力で動かすことはできない(不随意筋)。

つまり、筋トレによって鍛えることができるのも骨格筋のみ。骨格筋は体重の3〜4割を占める大きな器官であるため、骨格筋を動かして増やすほど、消費するエネルギーも大きくなる。体内の糖や脂肪などがエネルギーとして多く使われるようになり、その結果、生活習慣病などの発症リスク低下にもつながっていく。

筋肉を動かすとホルモンが分泌され、全身にプラスの効果

筋肉の役割は、身体を動かすことだけではない。前述したように、筋肉にはホルモンを生み出す機能も備わっている。この事実が判明したのは、2000年代に入ってからのこと。ホルモンを分泌することで知られる臓器は、脳の下垂体、膵臓(すいぞう)、甲状腺、副腎などだが、実は筋肉もその1つ。今では、「筋肉は人体最大の内分泌器官」と言われるまでになっている。

筋肉が分泌するホルモンは、「マイオカイン」と総称されている。マイオカインとは、ギリシャ語のmyo(筋)と、kine(作動物質)を組み合わせた言葉で、現在、30種以上が確認されている。マイオカインは筋肉を動かすことで筋肉から分泌され、全身にいろいろなプラスの作用をもたらしている(図3)。

図3 筋肉から分泌される「マイオカイン」の働きの一例(図中のイラスト:PIXTA

まず、認知機能を高める作用だ。イリシンというマイオカインは、筋肉から分泌された後、血流に乗って脳に到達する。すると脳の中でBDNF(Brain Derived Neurotrophic Factor、脳由来の神経栄養因子)という物質が多く分泌され、情報伝達に役立つ神経細胞が作られたり、その機能が高まったりすることが分かっている。実際、アルツハイマー認知症の人の海馬(脳の中で記憶をつかさどる部位)では、イリシンの濃度が下がっているという報告がある[注2]。また、イリシンのほかにも、脳細胞を活性化させるマイオカインが存在する(IGF-1など)。

「以前は、筋肉を動かすために、脳から筋肉に対して指令が送られると言われていました。それが今では、筋肉からも脳に向けて指令が上がり、それが認知症予防に関与する可能性があると言われるようになったのです。脳と筋肉は双方向で作用し合っているので、『筋肉に脳がある』という表現をする人もいます」(久野氏)

マイオカインは筋肉を使うことによって分泌される。では、筋肉が使われなくなり、減ってしまったらどうなるのだろうか。実は、使われなくなった筋肉からは、マイオカインのうち、脳にプラスに働くホルモンが分泌されにくくなる。さらに、使われなくなって萎縮した筋肉は、認知機能が低下する方向に働きかけるホルモン(ヘモペキシン)を分泌するようになる[注3]。これは海馬に働きかけ、認知症の発症を前倒しにする恐れのある悪玉マイオカインだ(図4)。

図4 筋肉から分泌されるマイオカインと認知機能の関係(原図=PIXTA

認知症を防ぐために、あるいは発症を遅らせるために体を動かそう、とよく言われるが、そこにはホルモンも関与していたわけだ。じっと座ってドリルのような脳トレに励むより、積極的に筋肉を動かすほうが、ストレス解消も兼ねた有益な認知症対策になると言っていいだろう。

筋肉は、糖尿病や動脈硬化を防ぐホルモンも分泌

マイオカインには、認知症以外の病気を抑え込む効果もあることが明らかになっている。

例えば前述した糖尿病だ。糖尿病は、血糖値をコントロールするホルモン(インスリン)の分泌が減ったり、効き目が落ちたりすることで発症する。インスリンを増やして血糖値を改善させるのが、イリシンやIL-6などのマイオカインだ。これらは筋肉から分泌され、血糖値を安定させるように働きかける。同時に筋肉の再生に不可欠な幹細胞(サテライト細胞)が増えて、筋肉の再生もうまく進むようになる。

だが、先ほど説明したように、筋肉が減ると、体内の糖がエネルギーとして使われにくくなり、イリシンやIL-6などの分泌も減って血糖値が上昇してしまう。さらに、筋肉のもとになるサテライト細胞が増えにくくなり、ますます筋肉が減るという悪循環に陥るのだ。久野氏は、「糖尿病は『筋肉減少病』でもあると考えています」と話す。

イリシンには、血管の若返りに効く一酸化窒素(NO、エヌオー)の分泌を増やす効果もある。NOは血管の内壁から分泌され、血管を柔らかく、しなやかにする効果のある物質だ。NOは、動脈硬化(血管が硬くなって弾力が失われた状態)を防ぎ、高血圧や脂質異常症などの生活習慣病や、心筋梗塞脳梗塞などの予防にも重要な役割を果たしている。

[注2]Lourenco MV, et al. Nat Med. 2019 Jan; 25(1): 165-175.

[注3]Nagase T, et al. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2021 Dec; 12(6): 2199-2210.

大腸がんのリスクを下げる運動にもマイオカインが

さらに、筋肉を動かすことによる病気の予防効果は、がんにも及ぶ。現在までに科学的なエビデンスの裏付けが得られているのが、大腸がんだ。大腸がんは日本人の男性がかかるがんのうち3番目に、女性においては最も多いがんだ。国立がん研究センターがまとめた「がん発生のリスク評価」では、運動は大腸がんの発生リスクをほぼ確実に下げる唯一の手段とされている[注4]。

なぜ運動が大腸がん予防に効くのか。その理由は諸説あるが、近年有力視されているのが、SPARC(Secreted Protein Acidic and Rich in Cysteine、スパーク)というマイオカインだ。SPARCは2013年に報告された物質で、運動によって筋肉からSPARCが分泌されると、大腸がんのもとになる細胞を自死アポトーシスという)させるように導くことが明らかになっている[注5]。筋肉を動かせば大腸がんの原因が排除され、発がんを回避できる可能性があるのだ。

また、筋肉は肌のシミやシワとも関係している。肌のシミが少ない人の血液中にはマイオネクチンというマイオカインが多く、筋肉量も多いという報告や、8週間の体操習慣でシミとシワが有意に減少したという報告[注6]もある。マイオカインは肌の弾力をもたらすコラーゲンの産生を促すことも分かっている。

「孤立」が筋肉減少のスパイラルを起こし、寝たきりへ

ここまで筋肉および筋肉が分泌するマイオカインの持つさまざまな役割について述べてきた。何もしないでいると加齢とともにどんどん減っていく筋肉を増やすためには、運動によって体を動かすことが不可欠だ。久野氏は「運動には、社会的な意義もあります」と指摘する。そのキーワードが、孤立だ。「社会的孤立は、今や国のプロジェクトとして進めるべき改善課題となっています」(久野氏)

なぜなら、孤立は老化に拍車をかける大きな要因だからだ。

「日常生活で、誰かと会うために外出する機会があれば、少しでも体を動かすことができます。しかし、よくあるのは、『歩くのが遅くなり、ほかの人の速さについていけなくなったために誰にも会わなくなる、外出しなくなる』というケースです。そうやって孤立した状況が続くと、ますます筋肉が落ちるという負のスパイラルを生み、寝たきりコースに片足を突っ込むことになります」(久野氏)

最近の例で言えば、新型コロナウイルス禍の行動制限だ。外出しづらくなって人と会う機会が減り、運動不足のせいで筋肉が減り、さらに外出しなくなる……。こんな話を聞いて、思い当たる節のある人も少なくないだろう。

「コロナ禍で、『高齢者は感染リスクが高いから外出しないほうがいい』という見方もありました。同時に、高齢者自身も、『感染して迷惑をかけたくない』という思いから、外出を控える傾向があったのではないでしょうか。このような年齢差別によって高齢者が孤立し、筋肉がますます落ちるのは避けねばなりません。生活の質(Quality of Life、QOL)だけでなく、『ライフパフォーマンス』を高めるためにも、ぜひ外に出て誰かと会話し、体を動かしてほしいと思います」(久野氏)

「ライフパフォーマンス」とは、その人のライフステージの中で最高の能力を発揮できる状態を指す言葉だ。現在、スポーツ庁では、ライフパフォーマンス向上を目指して運動の推進に取り組んでいる。よく使われる、「生活の質」という言葉は、自力で歩ける、トイレに行けるといった最低限の日常生活レベルを指して使われることが多かった。そこから一歩進み、動ける体を維持することで、「人生の質」を上げることが重視されているのだ。

そのために効果的なのが筋トレだ。ただし、筋トレが効く筋肉もあれば、有酸素運動のほうが効く筋肉もある。また、せっかく運動しても、筋トレ一辺倒の対策では効果が上がらないこともある。

[注4]国立がん研究センター「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」の「エビデンスの評価」より。

[注5]Aoi W, et al. Gut. 2013 Jun; 62(6): 882-9.

[注6]Pola Orbis Holdings News Release 2020.2.4.

久野譜也氏
筑波大学大学院人間総合科学学術院教授、医学博士。1962年生まれ。筑波大学体育専門学群卒業。同博士課程医学研究科修了。医学博士。ペンシルべニア大学医学部客員研究員、東京大学大学院助手を経て、1996年筑波大学先端学際領域研究センター講師、2011年より筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。2023年より内閣府戦略的イノベーション創造プログラム プログラムディレクター。スポーツ医学の分野において、中高年の筋力トレーニング、サルコペニア肥満、健康政策などを研究。著書に『筋トレスイッチ』(草思社)、『寝たきり老人になりたくないなら大腰筋を鍛えなさい』(飛鳥新社)、『筋トレをする人が10年後、20年後になっても老けない46の理由』(毎日新聞出版)など。

(まとめ: 田中美香=医療ジャーナリスト、図版制作:増田真一)

[日経Gooday2024年1月4日付記事を再構成]