日産だけではない?下請けは「生かさぬよう殺さぬよう」 自動車業界で放置されてきた「買いたたき」(2024年3月5日『東京新聞』)

 日産自動車が下請け業者への支払代金を不当に減額したとして、公正取引委員会公取委)が下請法違反で調査していることが判明した。違法な減額は30億円に上る見通しだ。歴史的な物価高の中、働く人の7割を占める中小企業の賃上げは重要課題。賃上げに資する観点で公取委の動きに意義はありそうだが、大企業の下請けいじめが放置されてきた裏返しとも言えないだろうか。(森本智之)

◆禁じられた「代金の減額」30億円

 取材に対し、日産は「下請法対象の事業者との一部取引において、公取委から指摘、調査を受け、最終的な結果を待っている」と認めた。
日産自動車のロゴ

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 下請法は、立場の弱い下請け業者の利益を保護するため、一度決めた代金を後から減額することを原則的に禁じている。
 経済ジャーナリストの井上久男氏は「下請けへの値引き要請は自動車業界の一部では慣例になっていた可能性がある」とみる。

トヨタは部品メーカーと年2回値引き交渉

 井上氏によると、これまでトヨタ自動車は年2回、下請けの部品メーカーと値引きにつながる価格の見直し交渉を行ってきた。
 また、マツダは下請け3社から手数料名目で約5100万円を不当に徴収したとして、2021年に公取委から下請法違反で是正勧告を受けた。共同通信は当時、「同様の違反行為は40年ほど前から続いていた」と報じている。

◆メーカーと付き合わないと生きていけない

 井上氏は昨年、ある下請けの人から「自動車メーカーと付き合うと幸せになれない。でも付き合わないと生きていけない」と聞いた。この人は元々、発注者側の自動車メーカーに所属。「下請けに移って分かった」と話したそうだ。
 自動車メーカーは下請けの利益が出ればその分取引価格の引き下げを求め「生かさぬよう殺さぬよう対応してきた」。特に、日産は元会長のカルロス・ゴーン被告=会社法違反罪などで起訴後にレバノンへ逃亡=の時代からコスト管理に厳しかったという。

◆原材料の値上がりに耐えきれず露見

 「下請けがこれまで値引きを受け入れることができたのは、バブル後の『失われた30年』でデフレが長引き、原材料価格も大きく上がることがなかったからだ。それが昨今の原材料価格の高騰で耐えきれなくなってきている」と井上氏は述べる。
 一方、経済評論家の加谷珪一氏は「インフレが進んだここ数年、下請けへの買いたたきについて、公取委が集中的に動いているのは間違いない。今回の日産への是正勧告もその流れの中にある」と指摘する。

◆価格転嫁なければ賃上げもなし

 公取委の動きの背景にあるとみられるのが「物価高を上回る賃上げ」を掲げる岸田文雄首相の賃上げ政策だ。原材料費などのコストがどんどん上がる中で、コスト上昇分を商品の価格に転嫁できなければ、下請けは疲弊し、賃上げの実現はおぼつかない。
日産自動車グローバル本社(資料写真)

日産自動車グローバル本社(資料写真)

 公取委は22年12月には、下請け業者と協議せずに取引価格を据え置いたとして、佐川急便やデンソーなど13社・団体を公表した。「公取委はこれまで、個別の事案について、何かあれば調査するというスタンス」で、問題企業を一斉に発表するのは異例の対応だったという。

◆「厳正対処」に動いた公取委

 昨年11月には中小企業が人件費を取引価格に転嫁できるようにするための指針を公表。強い立場に立つ発注者が受注者との協議に応じず、価格を据え置く行為などは独占禁止法や下請法に抵触する恐れがあると注意を促し、厳正対処する方針を示していた。
 加谷氏は「日本では中小企業の大半は大企業の下請で、現在のようなインフレになっても取引先に物が言えない異常な状況になっている」と指摘。「民間の取引に政府が過剰に介入するのは問題があるが、この物価高のタイミングで公取委が価格の是正指導をするのは意味がある」と述べた。