鍋釜(2024年3月7日『新潟日報』-「日報抄」)

 自分や家族のために料理し、食べて、明日への力を養う。食事は暮らしの基本となる。だからだろう、煮炊きに使う「鍋釜」には「生活に必要な最低限の道具」という意味があると広辞苑が記している

▼最低限の道具さえ持ち出せなかった人が大勢いるのではないか。能登半島地震の発生から2カ月が過ぎた。住宅被害は石川県で確認されただけで7万8千棟を超え、現地の様子を伝えるニュースでは、今もつぶれた家がまちのあちこちに見える

▼一方で生活再建の動きもある。仮設住宅の建設もその一つ。8千戸に迫る入居希望には遠く及ばないが、これまでに300戸ほどが完成したという

仮設住宅へ「鍋釜」の支援をしているのが洋食器の一大産地である燕市だ。市と産業界が協力し、企業が無償提供した鍋やフライパン、包丁といった16種38品の台所用品を箱に詰め、石川県に送っている。既に139セットを発送。仮設の整備状況に合わせて最終的に約500セットを届ける予定にしている

▼同様の支援は東日本大震災中越地震などでも実施した。多くの物を失った被災者をどれだけ励ましたことか。市によると感謝の手紙が度々寄せられたという

能登の深刻な被害を見るにつけ、今後の歩みの険しさを思う。簡単に頑張ってとは言えない。それでもエールを送れれば。燕市の台所用品セットには、こんなメッセージが同封されたそうだ。「調理器具で温かい食事を作っていただき、力強い復興の第一歩を踏み出してください」