経済安保に関する社説・コラム(2024年3月6日)

秘密法制の拡大 統制と監視強まる危うさ(2024年3月6日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 

 秘密保護法制を大幅に拡大する制度改定である。国による情報の統制と監視の強化につながる危うさを見落としてはならない。

 政府が国会に提出した重要経済安保情報保護・活用法案だ。産業経済の分野でも国の安全保障に関わる情報の保全を図り、取り扱う資格を審査するセキュリティー・クリアランス(適性評価)の仕組みを設ける。

 既存の特定秘密保護法と二段構えの制度とした。安全保障に著しい支障が生じる恐れがある場合は経済分野の情報も特定秘密として扱い、それを除く重要情報を新法で機密指定する。

 特定秘密保護法は、外交、防衛、スパイ防止、テロ防止の4分野に限定して制定された。新たに経済安保が加われば、根幹の枠組みが広がる。にもかかわらず、政府は秘密法の改定はせず、運用基準の見直しで済ますという。

 およそ納得がいかないやり方である。何を特定秘密とするか、法による大枠の縛りを政府の一存で緩められるなら、秘密法の及ぶ範囲が歯止めなく拡大することにつながりかねない。

 特定秘密の漏えいは、最長で拘禁刑10年の厳罰が科される。新法の機密についても、漏えいに最長5年の拘禁刑を科すほか、特定秘密の場合と同様、共謀や教唆、扇動も処罰の対象とする。

 政府は機密に指定する情報として、経済活動の基盤となる公共の役務や重要物資の供給に関する情報を挙げる。だが、具体的にどんな情報が機密とされるかは定かでない。何が処罰の対象になるのかはっきりせず、刑罰法規が備えるべき明確性を欠いている。

 適性評価は、秘密法に既にその仕組みがある。特定秘密に関しては主に公務員が対象であるのに対し、新法では民間企業の技術者らに間口が大きく広がる。

 犯罪歴や飲酒、借金のほか、精神疾患にも調査は及び、機微なプライバシーが洗い出される。本人の同意が前提だというが、会社の指示を拒めるとは考えにくく、事実上の強制になる恐れがある。

 国家機密の保護という制度の性質から、思想調査につながる危うさもはらむ。また、機密指定が解除されない限り守秘義務が課され、監視の対象になる。

 機密指定や適性評価が適正になされているかを、独立した機関が確かめ、是正する仕組みもない。重大な問題を幾重にも抱える制度改定である。国会で徹底した審議が要る。政府、与党は法案を強引に押し通してはならない。

 

経済安保情報 懸念材料多く慎重審議を(2024年3月6日『西日本新聞』-「社説」)

 経済安全保障に関わる機密情報を保護する目的であっても、自由な経済活動を阻害したり、国民のプライバシーを侵したりしてはならない。国会は慎重に審議すべきだ。

 政府は国会に「重要経済安保情報保護・活用法案」を提出した。政府が保有する先端技術や重要インフラの情報が漏れ、安全保障に支障が生じることがないように、機密情報の取り扱いを有資格者に限る「セキュリティー・クリアランス(適性評価)」制度を導入する。

 欧米の主要国にはこうした制度がある。日本も足並みをそろえ、国家間の情報共有や企業の国際共同開発を円滑に進めるのが狙いだ。

 2014年に施行された特定秘密保護法は外交、防衛などの機密情報に接する公務員らを罰則対象と定めた。新法が制定されれば企業の従業員や研究者も対象となる。

 情報を漏らした場合は最長5年の拘禁刑などを科す。安全保障に著しい支障を与える恐れのある、より機密性が高い情報は特定秘密保護法を適用し、懲役10年以下の罰則を科す方針だ。

 サイバー攻撃に対する防御策など、経済安保分野で機密情報管理を強化する意義は理解できる。経済界はビジネスを拡大する好機とみて法整備を歓迎している。

 ただし政府方針には懸念材料が多い。一つは機密情報の範囲が曖昧なことだ。

 漏えいすれば重要な物資の供給網やインフラを脅かす恐れのあるものを機密情報に指定する。電力、通信、鉄道などのインフラ計画、外国から得た先端情報が想定されるが、政府は具体的に明らかにしていない。

 指定範囲が広がり過ぎれば企業活動が制約を受ける。経団連が「特に国家として厳格に保全すべき重要情報に限定すべきだ」とくぎを刺すのは当然だ。

 機密情報を扱う資格を付与する手続きも問題をはらむ。

 政府は犯罪歴や精神疾患の有無、飲酒の節度、借金の状況など、身辺調査をして判断する。家族や同居人が知らないうちに調べられる可能性もあるだろう。調査は本人の同意が前提とはいえ、不安は拭い難い。

 身辺調査を拒んだ人や資格を得られなかった従業員が、研究開発から外されるなど社内で不利益を被る事態を防ぐ手だても必要だ。

 法案には報道や取材の自由に「十分に配慮しなければならない」と記された。国民の知る権利が過度に侵害されないよう求めたい。

 そのためには運用に目を光らせる仕組みが欠かせない。特定秘密保護法で指定された特定秘密は昨年末で751件に上る。国会に設置された情報監視審査会が十分に機能しているとは言い難い。

 法案には国会が監視する仕組みすらない。政府から独立したチェック機関をつくるべきだ。