隗より始めよ(2024年3月4日『高知新聞』-「小社会」)

 隗(かい)より始めよ、という故事成語は紀元前の中国に由来する。内紛に乗じて隣国に攻め込まれた燕の昭王。国を再建するため「優秀な人材を集める名案は」と政治家、郭隗(かくかい)に知恵を求めた。

 郭隗は自分を呼び水にするよう勧める。「まずこの隗よりお始めなさいませ。隗のごとき者ですら厚遇されるとなれば、さらなる賢者が集まるでしょう」。遠大な計画も手近なことから着手せよの意。転じて、物事は言い出した者から始めよとの意味でも使われる。

 岸田首相もあるいは「隗より始めよ」を意識しているのだろうか。裏金事件で露見する自民党の統治不全。派閥の解消、公開を巡ってもめた衆院政治倫理審査会への出席と、自らを呼び水に事態を動かしたようには見える。

 ただ、政治不信の払拭という本質は何ら動かせていまい。裏金づくりは誰が始め、主導し、本当は何に使われたのか。政倫審でも首相や安倍派、二階派の幹部から新しく、明確な証言はなかった。

 折しも確定申告の季節。きのうの本紙に、各地の税務署員がクレームに苦慮しているとあった。国会議員に渡った裏金は課税対象になっていない。納税者から「不公平だ」の声が出るのも無理はない。

 「政治をして国民道徳の最高水準たらしむる」。高知出身の宰相、浜口雄幸の理想が遠い。国民の代表が集う国会の議員が納税意欲をそいでいるのは情けない。真相の説明こそ誰かが、隗より始めよ。