セックスレス、子を望む30代既婚でも4割 少子化に影(2024年3月2日『日本経済新聞』)

くらしの数字考

 

パートナーと性交渉がない「セックスレス」の学術的な分析が進んでいる。子どもを望む30代既婚者でもセックスレスが約4割に上り、少子化にも影を落とす。その背景は。

夫婦関係より子どもが中心

何をセックスレスと捉えるかは人によるものの、日本性科学会の定義をかいつまむと「特殊な事情がないのに性交渉が1カ月以上なく、長期にわたりそうな場合」となる。

国際基督教大学教授の森木美恵さんらは、2010年の全国調査(20〜59歳の男女9000人を対象)をもとに配偶者との性交渉などを分析し、22年に論文にまとめた。

特に第2子を望みながらもセックスレスという人の割合が高い。20代で40%、30代で48%、40代で67%だった。森木さんは背景として「文化的には日本人は子どもと『川の字』で寝ることに家族の幸せを感じ、夫婦関係より子どもが中心になりやすい」と指摘。「社会的には共働きなどで忙しく精神的な余裕がないといった影響もある」とみる。

長時間労働も一因

性交渉はプライベートの領域であり、その有無は個人の幸福とは必ずしも関係ない。子を持つかどうかも個人の自由だ。ただ、心の奥底で望みながらもできない背景には社会的な課題も横たわる。

その1つが長時間労働だ。東京大学教授の玄田有史さんらは、労働時間が長くなると既婚者の性交渉が少なくなると分析する。特に女性はその傾向が強く、男性より仕事のストレスを強く受けている可能性があるという。

日本の有償労働時間は先進国で最も長い。一般に女性には家事などの無償労働も多くのしかかる。日本人の余暇時間は主要7カ国(G7)で最も少ない。


日本の有償労働時間は先進国で最も長い(東京・丸の内)

不妊治療を手がけるはらメディカルクリニック(東京・渋谷)の臨床心理士、戸田さやかさんは「男女とも仕事や育児で時間がなく、性交渉の優先順位は下がっている」と話す。住居が狭い場合、第1子がいると性交渉しにくい人もいるという。

この数年は「性交渉にこだわらず不妊治療で子どもを授かろうと相談に来る人は増えている」(戸田さん)そうだ。不妊治療は22年から公的保険適用の対象になり、受診のハードルは下がった。ただ、すべてのカップルが不妊治療をするわけではないので、セックスレスの幾分かは少子化につながるとみられる。

夫婦間の子ども数は減少

夫婦で性交渉を持っても、出生につながらないケースも増えているもようだ。

「妻の膣内で射精できない男性がこの20年ほどで増えてきた」と話すのは、聖隷浜松病院リプロダクションセンター(浜松市)のセンター長で医師の今井伸さんだ。同センターで受ける男性不妊の相談のうち、1割程度が膣内射精障害だという。

今井さんによると「床にこすりつけるなど不適切な自慰行為や、過激なアダルトコンテンツに慣れてしまっていることが主な原因」だ。その背景に「適切な性教育の不足」があると指摘する。

妻の排卵日に射精しなくてはいけないというプレッシャーから勃起不全になるケースも多いという。「性交渉は相手とのコミュニケーションも含めた複雑な行為で、射精も容易なことではないと男女とも理解する必要がある」と今井さんは強調する。

実際に、夫婦が持つ子どもの数は減っている。国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査によると、夫婦(妻45〜49歳)の平均出生子ども数は02年以降に低下し、15年に初めて2人を下回った。その底流に長時間労働性教育など社会的な課題が潜んでいる可能性がある。

日本人は性交渉に消極的

そもそも、未婚者も含め、日本人は性交渉に消極的という分析もある。

スウェーデンカロリンスカ研究所准教授で医師のピーター上田さんらの22年調査によると、生涯で一度も性交渉のパートナー(プロを除く)がいない日本の30代は、男女とも2割近くいた。

上田さんによると、欧米では性交渉のパートナーがいたことがない30代は1〜2%程度。子どもを持つには基本的には性交渉をし、妊娠を成立させる必要がある。「その行程に一歩も踏み出していない日本人が多いという驚きは大きい」と上田さんは話す。

性交渉の有無をどう考えるかは個人の自由だが、少子化という観点でみると、その根は思いのほか深い。

欧米でも性交渉離れの声

日本のセックスレスは海外メディアも注目する
世界的にも日本人は性交渉の頻度が少ない。コンドームブランドのデュレックスが2005年に41カ国で調べた年間回数で、日本は最下位だった。医師のピーター上田さんらの研究でも「過去1年に性交渉が全くない」人が、20〜30代の男女で4〜5割いた。

ただ、今後は世界が「日本化」する可能性がある。上田さんは「欧米でも近年、若年層でセックス離れが指摘されている。日本はその10年先を走っているのでは」と話す。

聖隷浜松病院リプロダクションセンターの今井さんは「以前は国際学会で日本の状況を話しても、早く射精してしまう問題はあれど、膣内で射精できない問題など本当に存在するのかという受け止めだったが、最近は変わってきた。若い男性の性機能もアダルト動画を見るほど低下することが世界各国で報告されている」と話す。

昨今はネットにアダルト動画が大量に出回る。性関連用品のTENGAヘルスケア(東京・港)の17年の調査によると、日本人男性が自慰行為に用いる素材は、圧倒的にアダルト動画が多い。「ネット環境などが整った10年頃から特に普及したと見られる」(同社)という。

自慰行為は「30年で激変した。若い世代はスマホで動画を見ていて、特に刺激の強いシーンだけを無料で閲覧できるため、通常の性交渉で満足しにくくなりやすい」(同社)と懸念する。少子化は先進国共通の課題だが、性を取り巻く環境の変化も一因なのかもしれない。

(福山絵里子)

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