劇団員急死問題で優先された「タカラヅカの論理」 パワハラ認定も遺族と隔たり(2024年2月28日『産経新聞』)

 
宝塚大劇場兵庫県宝塚市

宝塚歌劇団兵庫県宝塚市)の宙組劇団員の女性(25)が昨年9月末に急死した問題は、歌劇団側と遺族側との交渉が難航している。1月には歌劇団側がパワハラを認める姿勢を示し、合意に向け前進したかに思われたが、遺族側の代理人弁護士は2月27日に開いた会見で、「歌劇団側の出方によっては交渉が暗礁に乗る可能性も残っている」と危惧した。問題が長期化するにつれ、歌劇団側がかたくなに譲らない「タカラヅカの論理」が見えてきた。

証拠見せて…「明らかに失言」

問題を複雑化させたきっかけは、昨年11月に歌劇団が公表した「(上級生の)パワハラは確認できなかった」とする外部調査チームの報告書の説明会見だった。村上浩爾専務理事(現理事長)が「(パワハラの)証拠となるものをお見せいただきたい」と発言、遺族側の反発を招いた。歌劇団を傘下に持つ阪急阪神ホールディングス(HD)の関係者も、「人が亡くなったのに、明らかに失言だった」と悔やむ。

記者会見で外部調査チームの報告書について説明する宝塚歌劇団の村上浩爾専務理事(現理事長) =令和5年11月、兵庫県宝塚市

遺族側は昨年12月に15のパワハラ行為を主張する意見書を提出。今年に入って潮目が変わり、歌劇団は1月24日の遺族側との3回目の交渉で、「劇団幹部や上級生の行為の多くがハラスメントに該当する、との見解を示した」(遺族側代理人)。遺族側はこれを「前進」と評価し、HDの角和夫会長も2月8日に報道陣に対し、「2月中には話し合いがまとまればよいと思っている」と期待をにじませた。

110年の歴史が生んだ環境

ところが、同14日の4回目の交渉で歌劇団は、遺族側が提示した合意書締結案の「パワハラ行為者である上級生の責任」を巡って難色を示したという。組織としては謝罪するが、遺族側は「具体的にどの行為がパワハラに該当するかは言及せず、上級生をかばっている。これでは合意締結できない」と訴えた。

宝塚歌劇団の劇団員の女性が急死した問題で、記者会見する遺族側代理人川人博弁護士=2月27日午後、東京都内

歌劇団は養成機関「宝塚音楽学校」からの名残で劇団員を「生徒」と呼び、学校のように強い管理下に置いて外界から守ることで、ブランドイメージを保ってきた。

HD幹部の一人は、「厳しい指導は宝塚の110年の歴史の中で続いてきた。今回の問題は特定の上級生の責任ではなく、歌劇団側の管理責任だ」と強調する。劇団員個人の自立性を過度に抑制した、閉鎖的で特殊な環境が透けて見える。

歌劇団は失われた命の重さにきちんと向き合わず、『タカラヅカの論理』を優先した。結果的に大きなものを失っている」。関西大の亀井克之教授(リスクマネジメント論)はそう指摘する。

亀井氏は「『タカラヅカの常識は社会の非常識』の現状を改めるべきではないか。宝塚は夢を与えるエンターテインメント。ファンのためにも、組織風土の抜本的な改革で健全な組織に変わっていくことが求められている」と話す。

売上339億円…収益、ブランドを失うリスク

宝塚大劇場兵庫県宝塚市(山田喜貴撮影)

この問題では、歌劇団を運営する阪急電鉄や親会社の阪急阪神HDの危機管理能力が問われた。これまで歌劇団は事業利益やブランドイメージで阪急側に寄与してきた。しかし問題の長期化で、その価値も失われるリスクにさらされている。

 

歌劇団は長年、阪急阪神HDの経営に貢献してきた。「ステージ事業」として令和5年3月期決算の売上高は339億円に達し、グループの収益の重要な柱の一つだ。また、歌劇団の生みの親は阪急電鉄を創設した小林一三で、長くその業績の象徴としてHD内でも意識されてきた。東京や海外での公演を通じ、企業の知名度をあげる役割も果たしている。

しかし今回の問題を巡り、ファンや関係者の間からは「阪急側の労務管理やハラスメント対策が不十分だったのではないか」と批判も噴出した。

経営への影響も懸念されている。今年、歌劇団は予定していた110周年の記念式典や行事を中止。取りやめとなっている宙組の公演の再開もめどがたたないままだ。

他の私鉄の関係者は「鉄道を秒刻みで正確に運行させる事業者にとって、自由な発想で舞台をつくる劇団の運営は難しい部分もあったのでは」と心配する。とはいえ、仮に今、経営から切り離しても「〝責任逃れ〟と社会から受け止められかねない」(金融関係者)と指摘する声もある。

「あの組織はとても私たちが関与できるものではない」「女性ばかりで、コミュニケーションをとるのも難しい」

問題を受け、阪急阪神HDの幹部は歌劇団との関係の難しさを吐露する。問題にどう向き合うのか、阪急側は正念場を迎えている。(田中佐和、黒川信雄)

作家・玉岡かおるさん「亡くなった女性への思い欠けている」

作家の玉岡かおるさん

宝塚歌劇の長年のファンで、歌劇団の情報誌「歌劇」で連載している作家の玉岡かおるさんに話を聞いた。(聞き手・藤井沙織)

公演の過密スケジュールを見直すなど、歌劇団が改革の意識を見せたことに希望を感じていたが、一人の女性が亡くなったという根本的な問題の解決がいまだ図られていないことを、残念に思っている。

パワハラをしたとされる上級生は、週刊誌に実名で報じられている。歌劇団側は、パワハラの認定によって上級生が過剰なバッシングを受け、次の悲劇を生むことを恐れているのかもしれない。

だが遺族側代理人の会見で、歌劇団側には女性への思いが欠けているとの印象を抱いた人が多いのではないか。女性の無念に向き合い、ご遺族に寄り添って謝罪しない限り、再スタートは切れない。ファンが再び夢の世界に浸れるよ、きちんと決着をつけてほしい。

今回の悲劇を戒めに、歌劇団は劇団員を「生徒」と呼ぶのを廃止するべきではないだろうか。プロの舞台人でありながら、演出家の先生と生徒、上級生と下級生という上下関係を生み出す要因になっている。(談)