検索履歴の閲覧 内心の自由は子どもにも(2024年2月28日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 子どもは、ただ保護されるだけの存在ではない。その根本を見失わないようにしたい。

 東京都世田谷区の教育委員会が、小中学生一人一人に貸与されている「学習用デジタル端末」の検索履歴を学校側が閲覧できないか一時検討していた。

 端末は学校内だけでなく、家庭学習での利用も文部科学省が推奨している。区教委としては、検索で使われた語句や利用時間などを分析し、「子どもの様子の変化を捉える一助」として生かす趣旨だったという。

 使われるのは、アダルトサイトなどへの接続を制限するフィルタリングソフトだ。全国の市区町村教委が導入している。考えどころは、一部ソフトに備わる検索履歴の閲覧機能の扱いだ。

 子どもの名前などを指定し、検索の状況やサイトの接続履歴をチェックできる。特定の語句が検索されると学校側に警告メールを送る機能もある。

 個人の内心をのぞき見するようなもの―とする区議の批判を受けて、区教委は、履歴閲覧の検討は白紙に戻すとした。

 他方で、同じソフトは全国の市区町村教委の4割以上が導入済みという。子どもや保護者が知らぬまま、内心の自由を侵しかねない運用がなされていないか。実態を調べる必要がある。

 このソフトを販売する情報セキュリティー企業は、履歴閲覧の機能は教育現場の要望だとする。ネット上の痕跡からいじめや悩みの端緒をつかみ、リスク管理に役立てたいとの声である。

 すでに使っているある教委は、気になる子がいるとの教師の申し出で履歴を確認。自殺に関連する語句を検索していたことが分かったことがあるという。

 子どもの命や安全、安心のためだと言われれば大人はうなずきがちだ。しかし、立ち止まってよく考えなければならない。

 子どもが内心の自由の意味を理解し、同意することなしに情報を得るようでは不信を生む。教師も胸を張って指導できまい。

 そもそも、子どもの権利条約やこども基本法は子どもの人権尊重、最善の利益の考慮をうたっている。権利の主体としては大人と何ら変わらないということだ。

 問題を指摘した区議は、自分の検索履歴を勝手に見られたらどう思うか大人は考えて―と問う。日々進化する技術の運用はデリケートな側面をはらむ。少なくとも、十分な情報開示と当事者の理解、合意が欠かせない。