◆「預言者」と「伝道師」がトランプ氏を勝たせるツアー開催
キリスト教のメッセージや価値観をテーマにする「クリスチャン・ロック」のバンドが舞台で熱唱し、若者から高齢者までが両手を掲げて体を揺らしている。演奏が最高潮に達したとき、主催者の2人が相次ぎ登壇して声を張り上げた。
強い愛国心と宗教心を融合させた保守的なキリスト教勢力が勢いを増し、11月の米大統領選で米国第一主義を掲げる共和党前大統領のドナルド・トランプを勝たせようとツアーを催している…。そんな話を聞いて団体に取材を申し込むと「日本メディアなら」と許可された。既存の米メディアには不信感をもっているようだ。
ツアーを主催するのは、神からのお告げで2016年大統領選のトランプ当選を預言したと語る白人のランス・ウォルナウと、ヒスパニック系のマリオ・ムリリョ。ウォルナウは「預言者」、ムリリョは「伝道師」とそれぞれ呼ばれる宗教指導者だ。
◆「トランプ氏が勝たないと米国は滅びる」
2人が率いる宗教運動は、聖書の文言を原理主義的に解釈し、ダーウィンの進化論を否定するキリスト教右派の福音派(エバンジェリカル)の系統とされる。教会を持たず、フェイスブックやユーチューブで教えを説き、イベントで人を集める。
ジョージア州は秋の大統領選で、トランプと民主党現職のジョー・バイデンとの接戦が予想される激戦州の一つ。福音派の信徒が多く暮らし、南部から中西部にまたがる「バイブル(聖書)ベルト」の一角で実施されたこの日のツアーで、参加者はみなトランプに心酔していた。
このうち、ボランティアで運営を手伝っていたアン・ビーチャムは訴えかけるように主張した。
「トランプは神に選ばれた候補者。彼が選挙に勝たなければ米国は滅びる」
聖書を絶対視し、人工妊娠中絶や性的少数者(LGBTQ)の権利擁護に反対する福音派は1960〜70年代以降、ベトナム反戦運動や女性解放運動が高まるにつれ政治活動を活発化させた。中でも73年に連邦最高裁が人工妊娠中絶を女性の権利として認めると危機感を強め、80年の米大統領選で共和党のロナルド・レーガンの勝利を支え、以来、同党の大統領候補を支持してきた。
調査機関ピュー・リサーチ・センターの調査によると、米国民全体でキリスト教徒の占める割合は90年代に9割を占めていたが、最近は6割まで減った。
◆2人の指導者をホワイトハウスに招き意見交換
それに伴い、福音派の数も減少しているが、イスラム・キリスト・ユダヤ教研究所(ICJS)上席研究員のマシュー・テイラーによると、愛国主義を唱えるウォルナウらの信者は急増。彼らの教えを福音派全体の5割前後が信じているという調査結果もある。その台頭ぶりは、共和党の中で、トランプを熱烈に応援する勢力が主流派を押しのけてきた流れと重なる。
ウォルナウとムリリョは「米国は神に選ばれた国であり、神は私たちに国を救う時間を与えてくれている」と主張。今回のツアーで、ジョージア、ノースカロライナ、アリゾナなど大統領選で勝敗を左右する激戦州を回り「信者の票を掘り起こそう」と呼びかける。
◆福音派の中にも反発する勢力
テイラーは、愛国主義のキリスト教信者と、2021年1月6日にトランプ支持者らが大統領選の選挙結果を覆そうとして起こした連邦議会襲撃事件との関係も指摘する。当時、極右勢力による議会襲撃やデモに加わった愛国主義キリスト教信者は「トランプの勝利を阻む悪魔との戦い」を主張した。
ウォルナウは今、キリスト教が宗教にとどまらず、政府、経済、教育、家族、メディア、芸術の合わせて七つの分野で強い影響を及ぼすべきだという「七つの山」の概念を訴える。
「国の繁栄の基礎となるのは、イエスの教えでなければならない」。その実現にはトランプの当選が欠かせないのだ。
こうした姿勢に、福音派の伝統的な勢力は「民主主義を脅かす」と反発している。南部バージニア州にあるプロテスタント系教会の牧師は「新約聖書には国家が信仰を強要するようなことは書かれていない。彼らは聖書がまったく取り上げていないこと、間違ったことを説いている」と批判。社会の分断をいとわないトランプは、自らの支持基盤をも揺るがしている。
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