半導体(2024年2月28日)

 ハンドータイ狂騒曲(2024年2月28日『高知新聞』-「小社会」)

 

1986年、今の香南市三菱電機半導体工場ができた時、県内の高揚感はすごかったようだ。本紙には、「祝賀一色」の式典に「底抜けに明るい顔」が並んだとある。それはそうだろう。製造業後進県による待望の企業誘致だった。

 いまの熊本県の盛り上がりは、それ以上に違いない。世界経済をけん引する半導体産業。その「覇者」と呼ばれる製造大手、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場が始動した。

 経済安全保障を掲げ、国を挙げて誘致したこの工場の意義は目のくらむようなお金が物語る。第2工場を含めて投資額3兆円、うち日本の補助1兆円超、経済効果は10年で20兆円…。見慣れぬアルファベット4文字を覚えた人も多いのでは。

 ただ、環境が急変した地元の困惑も伝えられる。中でも根強いのが「水」への懸念だ。半導体産業は水が命。素材を洗うきれいな水の確保と廃水処理が最大の課題になるが、熊本県民は「水俣」のつらい経験を持つ。

 「日の丸半導体」は衰退の歴史を歩んできただけに、1社に依存する怖さもある。もっとも、世界の半導体需要は増す一方。関連銘柄により日本の株価は最高値を更新し、米大手エヌビディアの時価総額は300兆円に―。右も左も「ハンドータイ狂騒曲」の様相だ。

 かつて工場があった本県としては置いていかれる感覚もあるが、うらやんでも仕方ない。経験を糧に着実に前進していかなければ。

 

(2024年2月28日『しんぶん赤旗』-「潮流」)

 

 当時の最先端技術だったそうです。井手(用水路)にたまる火山灰や土砂を下流に押し流す「鼻ぐり井手」。水路に渦が巻くような仕掛けが牛の鼻輪の形に似ていることから「鼻ぐり」と名付けられました

熊本県菊陽町にある江戸時代の土木遺産です。阿蘇の水を集めた白川の中流域に位置し、井手のおかげで広い地域に水がゆきわたり、収穫高が3倍にもなったと伝えられています

▼いまその町がハイテク産業の誘致にわいています。台湾大手の半導体メーカー、TSMCが工場を新設。キャベツ畑がひろがる中にそびえたった東京ドーム4・5個分の巨大な建物は、その存在感から“黒船”に例えられるほど

▼人口4万3千余の町の景色も一変させました。閑散としていた最寄りの無人駅は人であふれ、周辺はマンションの建設ラッシュ。商店や飲食店もバブル景気にわいています。一方で、くらす人たちからはこれが地域の発展につながっていくのかと疑問の声も▼日本政府が1兆2千億円もの巨額を投じて支援する国策。スマートフォンから兵器まで、あらゆる電子機器に使われる半導体は国の戦略物資といわれます。しかし「経済安保」を口実に莫大(ばくだい)な国費を特定の大企業につぎ込むとは、異常な予算の使い方ではないか

▼生活環境の急激な変化や地下水の枯渇を懸念する声は住民や営農者にひろがり、半導体の製造に使われる有機フッ素化合物(PFAS)による汚染の心配も。豊かな水とともに生きてきた町に漂う黒船への不安です。