企業買収(2024年2月21日)

企業買収活発化 経済全体の成長につながるか(2024年2月21日『読売新聞』-「社説」)

 

 日本企業による合併・買収(M&A)が活発になっている。事業の規模拡大などで企業の成長を加速させ、経済全体の活性化につなげたい。

 英国の証券取引所運営会社によると、2023年に公表された日本企業が関わるM&Aの総額は、前年と比べて約5割多い23・1兆円だった。

 投資ファンド日本産業パートナーズ(JIP)などによる東芝の買収計画を始めとして、大型の案件が相次いだ。

 M&Aの件数も、4632件と10年前から約7割増えている。

 企業の業績は好調で、手元資金が潤沢なほか、国内では低金利が続く。企業が成長に向け、M&Aに活路を求めているのだろう。

 東京証券取引所が昨年3月、上場企業に対し、事業再編を含む経営改革を求めたことも影響しているとみられている。

 M&Aは、事業規模の拡大のほか、新規事業や海外への進出を図る際などに使われる。後継者難の企業の事業承継にも活用できる。企業価値を高める上で、M&Aは有力な選択肢の一つとなろう。

 ただ、過去には失敗に終わった例も少なくない。東芝は、買収した米原子力発電会社の巨額の損失で、経営危機に陥った。

 相手企業の経営実態や将来性を精査することが重要だ。その上で、M&Aによる成長を、さらなる投資や賃上げにつなげてほしい。

 一方、M&Aの中で、企業の経営陣による自社株買収(MBO)も目立っている。経営陣が、自己資金や融資により、自社株を買い取って非上場化する手法だ。

 上場企業は、株主の意向に経営が左右され、外資系ファンドなど経営改革を迫る「物言う株主」から短期的な利益還元を要求されることも多い。MBOで非上場化すれば、経営の自由度が高まる。

 大正製薬ホールディングス(HD)は、インターネット通販の増加などで一時的にコストが増えることを想定し、中長期的な視点で経営できるMBOを選択した。

 少子化で教育事業の先細りが続くベネッセHDも、デジタル技術による事業の刷新などを図ろうと、MBOの実施を表明した。

 ただ、MBOでは経営陣が買収価格を低く抑え、株主が不利益を受けることがあるという。また、非上場化により、決算などの情報開示が 疎おろそ かになりかねない。

 MBOを選んだ場合も、経営陣は一定の情報開示を通じた透明化などに努め、緊張感を持った経営を続ける必要がある。


日鉄のUSスチール買収を成功に導け(2024年2月21日『日本経済新聞』-「社説」)

 

ペンシルベニア州にあるUSスチールの工場=2023年12月(AP=共同)

 

 日本製鉄が2023年末に発表した米USスチールの買収計画に、米国で反発が広がっている。全米鉄鋼労働組合(USW)が買収に反対の方針を表明し、トランプ前大統領は「私なら即座に阻止する」と言明した。

 だが、この再編劇は米国にとっても経済的なメリットが大きいはずで、日米の産業協力のシンボルにもなり得る。

 いたずらに政治問題化して騒ぎが広がるのは、だれにとっても得にならない。日鉄とUSスチールの経営陣は労組をはじめとするステークホルダーに再編の意義や経営方針を丁寧に説明し、買収を成功に導いてほしい。日米両国政府もそれを後押しすべきだ。

 日鉄は電気自動車(EV)向けに需要拡大が期待される電磁鋼板など先端分野の技術蓄積が厚く、買収が完了すれば、その技術をUSスチールの生産拠点にも移植する計画だ。中国勢と激しく競い合うEVについて米国のサプライチェーンは強化され、米国製造業全体の実力の底上げにつながる可能性もある。

 競争政策の視点からしても、米国企業同士の合併や再編は鋼材市場の寡占化をもたらし、自動車などの需要家が不利益を被る恐れがあるのに対し、日鉄の米国市場での存在感はそれほど大きくなく、競争環境は保持される。

 さらに日米両国は親密な同盟国であり、経済安全保障上の懸念もないはずだ。米中対立が深刻化するなかで、先端の半導体技術の輸出管理などをめぐって米政府は日本にも同一歩調を取るよう要請している。

 半導体では協力を求めながら、鉄では日本企業というだけで排除するようなちぐはぐな展開になれば、日米協力は円滑に進まない。米国の官民はこうした点も考慮に入れ、合理的で冷静な判断を下してほしい。

 日鉄もUSWとの対話や説得をUSスチール側に丸投げせず、自ら乗り出すべきなのはいうまでもない。