熊日文学賞受賞の齋藤さん「社会を変える手助けに」 熊本市で贈呈式(2024年2月26日『熊本日日新聞』)

第65回熊日文学賞贈呈式で、河村邦比児熊日社長(左)から表彰状を受け取り、手話でお礼を述べる齋藤陽道さん=26日午前、熊本市中央区ホテル日航熊本(石本智)

 

 第65回熊日文学賞の贈呈式が26日、熊本市中央区ホテル日航熊本であり、受賞作のエッセー集「よっちぼっち 家族四人の四つの人生」(暮しの手帖社)の著者で、写真家・文筆家の齋藤陽道[はるみち]さん(40)=熊本市=に賞状と副賞30万円が贈られた。

 齋藤さんは東京都出身で2020年に熊本へ移住。齋藤さんとパートナーのまなみさんはろう者で、長男樹[いつき]さんと次男畔[ほとり]さんは聴者。「よっちぼっち」は、4人がそれぞれの「違い」を尊重しながら手話と表情、体温で気持ちを伝え合う日々を、柔らかな写真とともにつづっている。

 贈呈式では、熊日の河村邦比児社長が「作詞や漫画エッセーの連載など幅広く活動されており、これからも熊本の地から新しい文学の発信に寄与されることを期待している」と述べ、賞状を手渡した。

 選考委員の4人を代表し、熊本高専名誉教授の古江研也さんが「家族の新しいつながり方の模索という以上に、人間が生きるという本源的な課題につながっている作品。これからも書き継がれていくことを確信している」と講評した。

 齋藤さんは「日本手話による子育てのイメージを広げてくれる本が見つからず、衝撃を受けたのが執筆のきっかけ。諦めず闘ってきたろう者の先輩たちのように、社会を変える手助けになれたらと書いてきた。受賞でより多くの人に伝えられることを本当にうれしく思う」と手話でスピーチをした。

 今回の文学賞は2022年12月から23年11月までに出版・発行された、県内在住者の小説、エッセー、評論、歌集、句集などに加え、一般公募の小説を対象に選考。最終候補に選ばれた刊行物4点と公募小説3点の中から選んだ。(澤本麻里子、鬼束実里)

◆齋藤陽道さんのスピーチ全文

 この度は、第65回・熊日文学賞をいただき、心から感謝申し上げます。

 私はろう者です。日本手話を言語として、日々を過ごしています。

 「日本」という言葉がついているため、日本語と似ているのだろうと誤解されやすいのですが、日本手話と日本語は、文法的にも全く違う言語です。

 手や指の形が大事なのはもちろん、肩の向き、うなずき、眉、目、口の動きによって意味も変わってきます。

 初めて子供を授かったことが分かった日、日本手話で子育てするにはどんな方法があるのだろう、どんな知恵があるのだろう。そう疑問に思って本屋に行きました。何十、何百冊もの育児本があります。ネットで調べれば、数え切れないほどたくさんの本があります。しかし、日本手話による子育てのイメージを広げてくれるような本は、ただの1冊もありませんでした。

 手話は目で見る言葉です。日本語に翻訳して残すことがそもそも困難だということを差し引いても、この世には何百万冊も本があるのに、必要な本が一冊も見つからない。それは私にとって衝撃でした。

 だから、私は自分の経験を通して、日本手話で話す僕たちの暮らしを文章で残したいと思ったのです。私よりも人間としての器が大きい、妻のまなみがいるから大丈夫だと思いつつ、不安はやっぱりありました。でも、子供との生活を迎えてみれば、本当に本当に幸せな日々でした。この暮らしから得た考えを、未来のろう者やその周りにいる人たちに知ってほしい。そう思って、ひとつひとつ原稿を書いてきました。

 しかしそれは簡単なことではありませんでした。

 先ほども申しましたが、日本手話と日本語は全く別の言語です。日本手話の繊細なニュアンスを大切にしつつ、日本語へ翻訳するということは、時に楽しく、時に苦しく、孤独な作業でした。毎回、もう書けないよと悩んでいます。それでも書き続けていると、これまで読んだことのないような日本語が、ふっと生まれてくる時があります。その時、言いようのない感動があります。

 手話が、ろう者が、迫害されてきたこれまでの歴史もあります。ひどい差別がありました。それでも諦めず、手話を大切にして闘ってきたろう者の先輩たちがいたからこそ、今のぼくの暮らしがあります。言葉にして訴えることを諦めない。そうやって少しずつ社会は変わってきました。私の作品もまた社会を変える手助けになれたらと思って書いてきました。

 ですので、こうして賞をいただいたことで、より多くの人に伝えることができる。このことを本当にうれしく思います。

 「よっちぼっち」とは、ひとりぼっちが四つ集まったという意味の、僕が作った言葉です。本書を作っている最中に、もう一つのひとりぼっちがやってきました。今、私たちの暮らしは「ごっちぼっち」となりました。どうかこれからも私たちの暮らしを見守っていただけたらと思います。

 樹(いつき)さん、畔(ほとり)さん、天彌(あまみ)さん、まなみ。本当にありがとう。一緒に暮らせることがいちばんの幸せです。

 ありがとうございました。