持ち重り(もちおもり)のする言葉(2024年3月7日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 3年前だったか、知人の書店主に勧められ路上のトラックから、りんごを買った。品種の特徴が丁寧に添えてあった。代金を払おうとして笑顔の相手がろう者と知った。「まなみさんのりんご」との出合いだった

▼〈りんごをきっかけにして、いろんな人と出会えば出会うほど、ろう者の存在が、手話が、おのずと伝わっていく。おいしいりんごが、私の存在を見つめざるをえなくさせる、それがとってもいい〉

▼りんごを通じて人と接するまなみさんの言葉を、夫で文筆家、同じくろう者の齋藤陽道さんが紹介している。熊日文学賞を受けたその著書『よっちぼっち』(暮しの手帖社)には手話で営まれる家族の日々が描かれる。通奏低音は「人と人のつながり」に希望を探すこと。まなざしの深い言葉が心の奥までずしりと届く

▼さて、こちらの「未来への約束」を語る言葉は有権者にどう響くだろうか。熊本県知事選がきょう告示される。16年ぶりとなる新しいリーダーを目指し、候補者らが駆け出す。コロナ禍の4年前と違って選挙戦も様変わりするはずだ

▼名前の連呼ではなく、具体的な考えを知りたい。世界的半導体メーカー進出への対応や人口減少対策など、待ったなしの県政課題をどう語るのか。対話を重視するという主張が目立つが、まなざしの深さは感じられるか

▼ばら色の軽い言葉ではなく、持ち重りのするような言葉を聞きたい。有権者のまなざしもまた問われている。政治と暮らしの「つながり」が遠ざかってしまわないように。

 

【持ち重り】=初めはそうでもないのに、持っているうちにだんだん重く感じること。

 

手話ことばとして生きる写真家・斉藤陽道さんの人気連載冊子になりました。 斉藤さんは「聞こえる家族」に生まれたろう者、妻のまなみさんは「ろう家族」に生まれたろう者。一家は、それぞれの違いを尊重しながら、手話で、表情で、体温で、向かう思いを伝え合います。本書は、美しい写真とともに紡がれた育児記であり、手話でかかわり合うからこそもたらされた気づきと喜びの記録です。