(2024年2月22日『新潟日報』-「日報抄」)
わが家の台所で曲げわっぱのおひつを使って、もう20年ほどになる。スギ材がごはんの水分を適度に吸収してくれるようだ。冷めてもおいしい、と感じる。曲げた材の端が裂けたように破損したことがあったが、修理に出すときれいになって戻ってきた
▼周囲を見渡せば、家の柱や天井板もスギだ。軽くて加工しやすいため、建材や生活用品の材料として古くから重宝された。まっすぐ高く伸びるから神聖な存在ともみなされた。伝染病が流行した際は「過ぎ」や「過ぎてよし」の語呂合わせから、スギやヨシを戸口につるすこともあったという
▼巨大化することでも知られる。本県では阿賀町の「将軍杉」が有名だ。威風堂々の姿を誇り、幹回りは実に19・31メートル。樹齢は1400年と推定される。平安時代に東北を治め、同町三川地域で晩年を過ごした平維茂(これもち)の墓標とも伝えられる
▼人の暮らしと密接に関わってきたスギだが、花粉症の問題が浮上して以降、すっかり悪者にされた。わが身も毎年悩まされているが、長い間人の役に立っていることを思うと少し気の毒でもある
▼政府は2024年度、花粉の発生源となるスギ人工林の伐採に乗り出すという。人工林のうち、都市部に近い約2割で伐採を進め、花粉飛散の少ない品種に植え替える。30年後には花粉の発生量を半減させることを目指すそうだ
▼大量の木が切られる。有効活用せねばなるまい。身の回りに、スギを使った品物が増えるだろうか。人とスギのいい関係をいま一度-。
花粉症対策 佐賀の“切り札”いかに(2024年2月22日『佐賀新聞』-「論説」)
春本番を間近に気持ちが華やぐ一方、多くの人につらく、憂鬱(ゆううつ)な日々をもたらすのが花粉症だ。有病率は4割で今や「国民病」とされる。昨年、政府が「30年後にスギ花粉量半減」などと対策を打ち出す中、佐賀県では開発に半世紀以上をかけ、花粉が少ない「サガンスギ」の植林に既に着手。あらためて取り組みに注目したい。
政府が昨年5月の閣議でまとめた花粉症対策の全体像は(1)スギの伐採や需要拡大、花粉の少ない品種への植え替えなど発生源対策(2)予測の精度向上、飛散防止剤開発など飛散対策(3)治療や対策商品の認証製品拡大、予防行動など発症・暴露対策-の3本柱だ。
戦後復興、高度成長期の需要などで増えた国内のスギ人工林。その後、安価な外国産材に押され、林業の衰退に拍車がかかった。ヒノキなどを含めた樹齢50年超の伐採期を迎えた人工林面積は6割に上り、政府は「花粉量半減」とともに、スギ人工林面積を10年後に2割削減するなど、さまざまな数値目標を掲げる。
ただ実現は容易ではない。木材価格がピークだった1980年の林業従事者は14万6千人で、2020年には4万4千人に減少。65歳以上の割合も25%と高齢化が顕著だ。近年、ウッドショック後の持ち直しはあったが価格は長期低迷し、根幹になる発生源対策は、担い手不足や採算性など重い課題がのしかかる。
森を守る、人を育てる、木を使う-。佐賀県林業課は課題を踏まえ「好循環を少しずつでも生み出していきたい」。その“切り札”とするのがサガンスギだ。特徴は花粉量だけではない。伐採期が従来種の50年より短い30年と成長が早く、木材強度は1・5倍、花粉量は半分以下の「早い、強い、優しい」をアピールする。
開発は県林業試験場で1965年に着手。優秀な品種の交配や育苗、選抜から県内6カ所の試験林での育成、調査など長年をかけ、2021年8月に品種登録した。22年2月、校章や校歌に「スギ」が入る唐津市の厳木高で初出荷・初植樹を行い、門出を祝った。
成長が早いため商品化はもちろん、夏場の重労働である下草刈りは幼木時の通常5年5回ほどが3年3回で済み労力、経費を軽減できる。期待を込めた植林は22年度が5千本で約3ヘクタール、本年度は5万本、約25ヘクタールを予定し、32年度は年間170ヘクタールの目標を掲げる。
人工林率が67%と全国1位の県内では、21年度から再生プロジェクトを展開。昨年8月には今後の目標となるビジョンをまとめた。21年時点、直近10年で木材生産量は横ばいから少し上向きだが、担い手は4割減って249人。小規模な林家も多く、経営基盤の強化や担い手確保、施業の集約化など課題は同様だ。
このため国事業を拡充して林業機械の導入を支援したり、即戦力確保に22年度からアカデミーを開講。体験会などを開き、昨年4月には20~40代の6人が就業した。「さがの木の建築推進協議会」も建築士、製材販売の35会員で昨夏に発足。建物の木造、木質化で資源の活用を推し進め、「循環」をつくり出す。
花粉症に限れば無花粉スギがあり、県も開発を進めているが、サガンスギの「早・強・優」と三拍子がそろうのは全国初の「56年かけた知的財産」(同課)。母樹、苗木を増やし、すべてを植え替える「100年構想」をしっかりと見守りたい。(松田毅)