雁も思案投げ首、変転する寒と暖(2024年2月22日『産経新聞』-「産経抄」)

 
気温が上昇し、各地で2月の最高気温を更新。半袖姿で歩く人の姿が見られた=20日午後、JR新橋駅前(斉藤佳憲撮影)

雁(がん、かり)の群れは木の枝をくわえ、秋に海を渡ってくる。旅の途上で波間に浮かべ、その上で羽を休めるのだという。冬の間は浜に枝を置き、春になると再び拾って北を目指す。浜に残った枝は、越冬中に命を落とした雁のものである。

▼昔の人はその枝で風呂を沸かし、北に帰れぬ雁を供養した―。噓のようなまことのような、津軽半島北部に残る「雁風呂(がんぶろ)」の言い伝えである。「雁風呂」や「雁(かり)帰る」は仲春、つまり春分前後の季語として知られる。例年なら、あとひと月ほどだ。

▼ところが今年は、季節の足取りが怪しい。20日は各地で2月の最高気温を更新し、早くも夏日となったところがある。南から流れ込んだ暖気に日差しが重なった影響という。東京都心も上着を小脇に抱える人、大汗をかいて歩く人がいて、季節を一つ飛ばしたような陽気だった。

▼妖気と呼んだ方がいいかもしれない。大雪について書いたのは2週間ほど前だった。それが「三寒四温」ならぬ〝散汗〟の話題になり、21日はまた気温が下がった。あすからの3連休は、関東甲信の一部に雪の予報も出ているから油断はできない。

▼このまま日本にとどまるか、旅の支度を急ぐべきか、越冬中の雁たちは思案投げ首だろう。寒暖のめまぐるしい変転に、こちらの筆も戸惑っている。とはいえ、新型コロナ禍は「第10波」のさなかにあり、脱いだり着たりで体調の管理も難しい。読者諸賢はくれぐれもご自愛を。

▼看過できないものがもう一つ。このところの陽気に誘われ、例年より早く各地で飛散し始めたスギ花粉である。ピークは先といい、過敏な人にとっては「忍」の一字を胸に刻むほかない時節だろう。電車の中、街の中、あちこちで鼻の苦戦を伝える音がする。