松尾芭蕉は『奥の細道』の旅で越中から加賀に入る。山中温泉で…(2024年2月17日『東京新聞』-「筆洗」)

旅と句:おくのほそ道(50句) | 俳聖 松尾芭蕉 – 芭蕉翁顕彰会

 松尾芭蕉は『奥の細道』の旅で越中から加賀に入る。山中温泉では<山中や菊はたおらぬ湯の匂(におい)>と詠んだ

 

▼菊の露を飲み不老不死になった中国の故事をふまえた句。山中では菊を手折るまでもなく、効能あらたかな湯の匂いがただよう-との意という。山中は随行曽良と別れた地。この弟子は体調を崩し、知人のいる伊勢・長島へ向け先に出立した

▼山中、山代、片山津、粟津といった加賀の温泉郷に最寄り駅ができる北陸新幹線金沢-敦賀間延伸開業まで1カ月を切った。今、温泉には能登半島地震の被災者が身を寄せる

▼石川県は観光客増を見越し、被災者の旅館からの退去を2月末~3月末と想定し仮設住宅建設を急ぐが、期限までに望む住まいに移れるか不透明という。人々の心中を察する

▼被災者受け入れを独自に夏まで延ばす旅館があると聞く。従業員寮の空室を被災者に開放することにした旅館も。赤字を増やさぬ形で受け入れを続けるため、公的補助増額を求める声もある。雇用維持のためにも観光客を呼びたいが、能登の人々にも寄り添いたい-。現場の模索は尊い

芭蕉と別れた曽良は加賀の寺に泊まり<終宵(よもすがら)秋風聞(きく)やうらの山>と残した。別れた寂しさで眠れず、裏山の秋風を聞き夜を明かしたらしい。季節は違えど、故郷と別れた寂しさを今も加賀の地で抱える人々。思いをはせ、できることをしたい。