▼ルーズベルト政権の副大統領だったが、冷戦前夜の当時にあってもソ連との協調を訴える急進派で民主党を飛び出しての出馬となった。ソ連を敵視する風潮の強い時代にウォレスの支持は伸びず、演説会では生卵やトマトを投げつけられる始末だった
▼候補者の主張を聞く機会を有権者から奪うという点では生卵よりも悪質かもしれない。他の候補者の選挙演説を拡声器やクラクションでかき消す。選挙カーで追い回す。衆院東京15区補選で他陣営の選挙運動を妨害した疑いがあるとして警視庁は政治団体「つばさの党」の事務所などを捜索した
▼妨害行為の映像を見て、これが日本の「今」なのかとふさぎ込んだ人もいるだろう。団体側は一連の行為を「表現の自由」と説明するが、政治活動から逸脱してはその言い分も通用しにくかろう。揺るがしたのは民主主義の大前提となる「選挙の自由」である
▼ウォレスに生卵をぶつけた2人の少年に判事はこう言い渡した。「哲学者ボルテールの言葉を何度も書き写しなさい」▼言葉とは有名な「あなたの意見には反対だが、あなたがその意見を述べる権利は命をかけて守る」。東京15区での出来事をボルテールになんと説明すべきだろう。
大統領になったのがトルーマンでなかったら彼だったら、世界は変わっていたかもしれない―― ルーズベルト政権下で農務大臣、副大統領を歴任したウォーレスは、豊富な科学知識やアインシュタインら科学者と広く関係をもとに、世界平和を見据えた原子力技術管理、権利や利益を独占しない市民国家としてのアメリカを構想していた。進歩的な世界観は当時のアメリカ国内で孤立し、ウォーレスは表舞台から放逐されて、アメリカは原爆投下、冷戦への道をたどることになった。
孤高のヒーローが目指したもう一つのアメリカ。