これが生活保護の水際作戦…電気も水道も止められているのに「家族で支え合って」と突っぱねた市職員(2024年2月16日『東京新聞』)

◆木くずで起こした火で煮炊きしていた父

 「お父さんが大変なことになっているので、すぐ見に行ってください」
 2015年7月、群馬県桐生市に住む黒田正美さん=仮名=の携帯電話が鳴った。声の主は同市福祉課の職員だった。
 当時、黒田さんは30代後半。父の杉本賢三さん=仮名、当時(61)=と市営住宅で同居していたが、結婚で独立し、杉本さんは単身生活を送っていた。駆け付けると、ライフラインは全て止められ、石油ストーブの燃焼筒に外で拾い集めた木くずを入れてマッチで着火し、わずかに残ったコメを煮炊きしていた。窮状を見かけた近所の住民が市へ通報したのだという。


 杉本さんは料理人として働いていたが、心臓疾患などによる体調悪化で就労困難な状態が続いていた。黒田さんは市福祉課に相談したが、「家族で支え合って」「実家に戻りなさい」と相手にしてもらえなかった。同年8月、杉本さんはやむを得ず市内の実家で暮らす妹、黒田さんにとっては叔母の家に身を寄せる。
 
黒田さん(仮名)が書きとめていたメモ。父親の困窮と桐生市の対応が記されている

黒田さん(仮名)が書きとめていたメモ。父親の困窮と桐生市の対応が記されている

 しかし、以前から折り合いが悪かったため、杉本さんは母屋に入れず、隣接する廃工場に身を置いた。猛暑で知られる桐生市でエアコンも風呂もない住環境は、ただでさえ万全ではない体力を奪った。

◆「家計簿をつけて」「1日800円で生活」

 叔母は無職、黒田さんは当時子育て中で働いておらず、夫の収入も父親を養うだけの余裕はなかった。窮状から脱するには生活保護以外に道はなく、黒田さんは父と叔母の生活保護を申請するため、市福祉課を訪れた。しかし、担当職員は「1カ月、家計簿をつけてください」と告げる。「生活保護を受けている人で1日800円で生活している人もいる。見習うように」と申請させなかった。いわゆる「水際作戦」だ。
 さらに、同課職員が自宅に来て夫の通帳を見て収入を確認し、家賃や車のローン残額などを聞き出した。「なぜそんなことまでされないといけないのか」と憤ったが、ここで職員の機嫌を損ねたら、さらに不利な扱いを受けるかもしれない、という懸念から何も言えなかった。
 見かねた友人から、黒田さんは困窮者支援に取り組む仲道宗弘司法書士群馬県伊勢崎市)を紹介され、窓口に同行してもらったことで、同年9月にようやく保護が決まった。

◆暴言「社会性のなさから生活保護になった」

 その際、担当職員は窓口で黒田さんに「お父さんの社会性のなさから生活保護になった」と、大声で暴言を吐いたという。窓口は個室ではなく、執務フロアで周囲に大勢の職員や他の来訪者もいた。黒田さんは「悔しくてたまらなかった」と振り返る。
 黒田さんは仲道司法書士の助言で、一連の経過をメモで記録していた。
 「町でぐうぜん父の姿を見かけ、びっくりする。ホームレス状態」「市へ電話をすると、『家族で支え合って』『実家にもどれ』の一点ばり」
 生活保護が決まってからも、杉本さん、黒田さん父娘にはさらなる試練が降りかかった。
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<連載・砂上の安全網>
 生活保護は「最後のセーフティーネット(安全網)」とも呼ばれる。国民の生存権を保障した憲法25条を根拠とする制度だからだ。しかし、桐生市では保護費を1日1000円に分割した上に満額支給しなかったり、受給者から預かった印鑑を無断押印したりするなど、違法性を強く疑われる運用が表面化した。黒田さんの体験から問題点を洗い出す。(この連載は、小松田健一と福岡範行が担当します)