動きの鈍い政治に業を煮やして、経済界が動き出した。
「選択的夫婦別姓」の導入を、経団連が政府に初めて正式に要望した。希望すれば結婚後も夫婦がそれぞれ従来の名字を使い続けることができる制度だ。
法務省によると、夫婦同姓を法律で義務づけている国は日本だけだ。どちらの姓を選んでもよいが、約95%は女性が改姓している。
近年は、結婚後も旧姓を通称として使うことが認められるケースが増えてきた。だが、それでは根本的な解決にならない。
経団連には、企業から「通称として使うビジネスネームがパスポートの名前と異なるため、海外の公的施設でゲートを通れない。ホテルでは宿泊を断られた」「契約書のサインも受け付けてもらえないことがある」と具体的な弊害を訴える声が寄せられている。
研究者の場合、旧姓で発表した論文などの業績が、結婚による改姓後は認識されず、キャリア形成が阻害される恐れがある。
旧姓による預金口座の開設を認めていない金融機関もある。
二つの姓を使い分ける事務的、心理的な負担が、女性に重くのしかかっている。
問題は仕事や生活面にとどまらない。姓名は個人のアイデンティティーそのものだ。
改姓により、自分が築いてきた業績や人生が、否定されたり消されたりするような、自己喪失感を抱く人は少なくない。
法相の諮問機関の法制審議会は、1996年に選択的夫婦別姓の導入を答申したが、政治は四半世紀以上、動こうとしなかった。
野党だけでなく公明党も賛成している。にもかかわらず、自民党が保守派を中心に「家族の一体感を損なう」などと反対しているためだ。
岸田文雄首相は「家族のあり方の根幹に関わる」「国会で具体的な制度のあり方を含め、建設的な議論をすることは重要だ」と人ごとのように答弁するだけだ。
国立社会保障・人口問題研究所が2022年に実施した全国家庭動向調査で、選択的夫婦別姓への賛成は61%に上っている。
決められない政治が女性の社会進出を阻む壁になっている。今こそ自民党は導入を決断すべきだ。