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● 物価が上昇したのに成長率は上がらず 日銀「多角的レビュー」は“大甘の総括”!?
日本銀行は、これまで10年以上の期間にわたって「2%物価安定目標」を掲げて大規模金融緩和政策を行ってきた。その目的は、消費者物価(生鮮食品を除く総合)の対前年同月比を2%に引き上げることとされた。
これは簡単に言えば、物価が上昇すれば、日本経済の基本的な問題が解決されるという考えだ。
この政策の導入以降2022年3月までは、消費者物価上昇率が2%まで上昇することはなかったので、この考えが正しいかどうかを検証することができなかった。しかし22年4月から、消費者物価指数は著しく上昇し、対前年上昇率は、継続的に2%を超えるようになった。
だから、日銀の目標は達成されたことになる。日銀の考えが正しいとすれば日本経済のパフォーマンスは改善されたはずだ。では、実際に日本経済の状況は改善したか?
日銀は12月19日に公表した「多角的レビュー」で、物価目標実現を目指して続けてきた大規模量的緩和などの非伝統的金融政策について、「日本経済にはプラスの影響が大きい」と総括したが、経済成長の現実や国民の実感とはまったく違うものだ。
● 19~24年の実質成長率1.6% 米国12.5%、韓国10.9%をはるかに下回る
19年から24年の5年間の成長率を見ても、アメリカが12.5%、韓国が10.9%に対して、日本はわずか1.6%だ。日本の5年間の成長率が、米韓の1年間の成長率にはるかに及ばない。日本の成長率の低さは異常としか言いようがない。
日本は、物価上昇率で世界並みになったにもかかわらず、なぜ成長率がこのように低いのか? 日銀の物価目標が達成されたにもかかわらず、なぜ日本は低成長から脱却できないのか?
それだけではない。17年頃の日本の年成長率は1.7%だった。その頃に比べても成長率が顕著に低下している。なぜ物価上昇率が高まったにもかかわらず、実質成長率が低下してしまったのか?
日銀は、物価上昇率が高まれば事態は改善されるとしていた。そして、いまでもその考え方を続けているのだから、これらのことに答える義務がある。
● 今や輸入インフレではない 賃金と物価、なぜ「好循環」なのか?
物価が上昇したにもかかわらず、事態が改善されなかったことの説明として、「今回の物価上昇は日銀の金融政策の結果ではなく、外国から輸入されたインフレによるものだから」との説明がされるかもしれない。
しかし、この説明は受け入れられない。前回本コラム「物価と賃金の『悪循環』の回避、1970年代の石油危機の経験を生かせ」(2024年12月19日)で指摘したように、22年までの物価上昇は確かに資源・エネルギー価格急騰などで外国から輸入されたものだったが、それ以降は、輸入物価は低下しているからだ。
24年以降の消費者物価上昇は、賃金引き上げが転嫁されたことによるものだ。
「これも日銀が引き起こしたものとは言えない」との説明がされるかもしれない。
しかし日銀は、これを「賃金と物価の好循環」と呼んで肯定的に捉え、その実現を金融政策運営の軸にしてきた。原因が日銀の政策によるものでなくても、日銀の考え方によれば、物価が上昇すれば事態は改善してしかるべきだ。しかし、いままでのところ改善の兆候は見られない。
賃上げが転嫁されることによって物価が上昇すれば、事態が悪化するのは明らかだ。それにもかかわらず、これをなぜ好循環と考えているのかを、日銀は改めて明確に説明する必要がある。
● アイスクリームの売り上げを増やせば 気温が上がるか? 因果関係はない
以上で述べたことは、フィリップスカーブという概念と密接に関連している。
ただし、次の点に注意が必要だ。これは単なる相関関係であって、因果関係を示すものでは必ずしもない。つまり、「物価が上がれば失業率が低下する」という保証はない。
冒頭で述べた「物価が上がれば状況が改善する」という考えは、この関係を因果関係と捉えている。つまり、「物価が上がれば失業率が低下する」と考えているのだ。
しかし、実際の因果関係は「何らかの理由によって景気が良くなれば、失業率が下がって、物価が上昇する」という関係だと考えることができる。「失業率が下がれば人々の購買額が増加し、したがって物価が上がる」というのは、ごく自然なことだからだ。
そして、「物価が上昇すれば失業率が下がる」という因果関係は存在しないと考えるのが自然だ。そうであれば、いくら物価を上げたところで、経済は改善しない。
たとえ話で言えば、次のようなことだ。
気温が高いことと、アイスクリームの売上高が増えることの間には、相関関係が見られる。しかしこれは、「気温が高くなれば、人々が冷たいものを求めてアイスクリームを買う」という因果関係によるのであって、「アイスクリームが売れれば、気温が高くなる」という因果関係は存在しない。
従って、いくらアイスクリームの売り上げを増やしたところで、気温が高くなることはない。
日銀がこれまで物価を高くして経済を改善しようとしていたのは、「アイスクリームの売り上げを増やして気温を上げよう」とするのと同じことだったのだ。
● 日銀は物価を上げる手段も持たなかった 国債買い入れで「マネー」は増えず
しかも、日銀は、物価上昇率を引き上げるための政策手段も持っていなかった。
しかし、この考えは間違いだ。日銀は、銀行から国債を買って、銀行が日銀に持っている当座預金を増やすが、日銀当座預金は、民間経済主体が決済や送金に用いることはできないので、マネーではない。統計では、マネーのもとである「マネタリーベース」に分類されていて、「マネーストック」ではない。
そして、いくらマネタリーベースが増えたところで、物価を引き上げることはできない。
民間の銀行が日銀当座預金を引き出して企業への貸出金にすれば、企業が銀行に保有する預金が増える。そして、これはマネーであり(というより、マネーストックの大部分は日銀券ではなく、金融機関の預金である)、マネーは増え、また投資や消費が増えて物価が上がる。
ところが、経済成長率が高まらなかったので、企業の資金需要が増加せず、従って、銀行から企業への貸出金は増加しなかった。つまり、マネーストックは増加しなかった。マネーストックが変化しなければ、物価をはじめとする経済変数に影響は及ばない。
結局のところ、経済成長率が高まらなかったために、日銀による国債購入は物価を上昇させなかったのだ。
データを見ると、異次元金融緩和の導入によってマネタリーベースが激増したが、マネーストックにはほとんど何の影響も及ばなかった。
以上のように、日銀の目標は誤っており、その上、政策手段もなかったということになる。つまり、日本経済は10年以上の期間にわたって、手ぶらで、しかも誤った方向に向かって歩き続けたことになる。
貴重な10年間を空費したことの責任は、極めて大きい。