異次元緩和の転換 国・企業はぬるま湯脱却を(2024年3月20日『毎日新聞』-「社説」)

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日本銀行本店=東京都中央区日本橋本石町2で2019年9月12日、後藤豪撮影
日本銀行本店=東京都中央区日本橋本石町2で2019年9月12日、後藤豪撮影

 10年以上続いた異次元の金融緩和政策の転換である。「金利ある世界」の復活に向け大きな一歩を踏み出した。

 日銀がマイナス金利政策の解除を決めた。短期金利の誘導目標を従来のマイナス0・1%から、0~0・1%程度に引き上げる。2007年2月以来、約17年ぶりの利上げとなる。

 長期金利を超低水準に抑え込む政策も撤廃する。多くの株式を組み入れた上場投資信託ETF)の新規購入もやめる。

 異次元緩和は導入当初、株高や円高是正をもたらしたが、最近は市場機能にゆがみを生じさせるなど弊害も目立っていた。緩和一辺倒の政策がようやく修正されることになる。

長期化の弊害検証必要

記者会見で政策転換の理由を説明する日銀の植田和男総裁=東京都中央区の日銀本店で2024年3月19日午後3時55分、渡部直樹撮影
記者会見で政策転換の理由を説明する日銀の植田和男総裁=東京都中央区の日銀本店で2024年3月19日午後3時55分、渡部直樹撮影

 日銀は賃金上昇を伴う2%の持続的な物価上昇が実現するまで、緩和を続けると説明してきた。

 世界的な原材料価格の高騰などで、消費者物価の上昇率は目標を上回って推移している。

 今春闘の賃上げ率は連合の集計で平均5%を上回る高水準となっている。

 日銀は物価、賃金の動向を注視してきたが、ともに上昇する経済の「好循環」が見通せる状況になったと判断した。植田和男総裁は記者会見で「異次元緩和は役割を果たした」と述べた。

 政策転換そのものは妥当だ。

 ただし、現在の物価上昇はエネルギー価格の高止まりなど海外要因によるところが大きく、異次元緩和の効果とは言い切れない。

 13年に就任した黒田東彦・前総裁がアベノミクスの中核として主導した政策である。

 2%目標を「2年程度で達成する」と豪語したが、物価は一向に上がらなかった。

 焦りを深めて次々と新たな緩和策を打ち出し、マイナス金利など海外の中央銀行が手を引いた実験的な政策にまで踏み込んだ。

 異例の政策がもたらした副作用から、目を背けてはならない。

 長期金利を下げるために大量の国債購入を続けた結果、発行済み国債に占める日銀の保有割合は半分を超えた。

 ここ数年は行き過ぎた円安が輸入コストの増大を招き、中小企業や家計を圧迫している。副作用がメリットを上回るようでは、有効な政策とは言えまい。

 日銀は1990年代後半以降の緩和策の分析を進めている。異次元緩和の功罪についても真摯(しんし)に検証すべきだ。

 より大きな問題は、政府や産業界が超低金利環境に甘え、必要な改革を先送りしたことだ。

 アベノミクスの狙いは、金融政策に財政出動、成長戦略を組み合わせた「三本の矢」で経済を底上げすることだった。

 しかし、実際にはバラマキ型の歳出拡大を繰り返し、産業競争力の強化や内需拡大に直結する成長戦略は乏しかった。

 岸田文雄政権になっても放漫財政は止まらなかった。国債頼みの財政運営でも異次元緩和が続く限り、負担は軽くて済むためだ。

欠かせぬ痛みへの配慮

 円高是正で潤った企業もコストカットを優先し、利益をため込む安易な経営が目立った。設備投資や社員の待遇改善を後回しにしたことが国際競争力の低下を招く要因になったと言える。

 金融政策は本来、経済を下支えする黒衣役だ。国が明確な成長戦略を描き、企業が技術革新や生産性向上に努力して初めて筋肉質な経済につながる。今回の政策変更をきっかけに「ぬるま湯」から脱する覚悟が求められる。

 約17年ぶりの利上げ局面は市場や国民を動揺させるリスクもある。経済の変動による衝撃を和らげる努力も忘れてはならない。

 植田総裁は「当面、緩和的な金融環境が継続する」と強調したが、金融機関による金利引き上げの加速も予想される。

 預金者にとってはプラスとなる半面、住宅ローンや貸出金利の引き上げは負担増に直結し、景気の下押し要因ともなりかねない。

 日銀が期待する物価高が実現しても、負担増に耐えきれない人が続出するような状況は避けなければならない。政府は家計や企業の「痛み」にも配慮し、格差を是正する政策に力を入れるべきだ。

 「金利ある世界」では国の財政規律を含め、日本経済の真の実力が問われることになる。経済・社会全体が長期低迷から脱する機会とする必要がある。