週のはじめに考える アベノミクスの片付け方(2024年4月14日『東京新聞』-「社説」) 2024年4月14日 07時16分

 
 日銀が3月の金融政策決定会合で17年ぶりに政策金利を引き上げました。日本の金利が上がれば円を買う動きが強まって過度な円安は収まるだろうと、多くの人が思ったのではないでしょうか。
 ところが、外国為替市場で円は買われるどころか売られるばかりで、4月11日には一時1ドル=153円台まで下落しました。34年ぶりの円安水準です。日銀が苦心の末に踏み切った利上げは、完全に無視された格好です。
 日銀の植田和男総裁は9日の参院財政金融委員会で「基調的な物価の上昇率はまだ2%を下回っていて緩和的な金融状態を維持することが大切だ」「2%に上がっていけば、金融緩和を少し弱める判断も可能だ」と述べました。
 歯切れが悪い発言ですが、原材料価格の高騰など一時的要因を除いて2%付近まで上昇すれば追加利上げもあり得ることを示したとみるのが妥当でしょう。

◆円安、物価高の副作用

 黒田東彦前総裁時代の日銀は方向性が明確でした。経済低迷の要因はデフレにあるとみて、そこから脱出するためにあらゆる手法を駆使して金利を下げ続けました。「異次元金融緩和」です。
 異次元緩和には株価上昇や失業率低下、大企業の業績向上など効果の一方、副作用もありました。深刻だったのは急激な物価上昇に対応しきれなかったことです。
 ロシアのウクライナ侵攻を背景に原材料価格が高騰し、インフレの波は日本にも押し寄せました。米欧の主要国は軒並み大幅な利上げで物価高騰を抑え込もうとしました。各国の中央銀行は金融を引き締めても自国の景気は耐えられると判断したのです。
 しかし、日本では急激な利上げで景気が一気に冷え込む恐れがあり、低金利政策を続けました。その結果、日米の金利差が一気に開いて過度な円安が始まり、物価高騰への対応は、政府の給付金などその場しのぎの政策に頼らざるを得なかったのです。
 円安が物価高騰に拍車をかけ、日銀もついに利上げに踏み切りましたが、米欧と比べて内容は中途半端でした。大規模な金融緩和からの脱出口にようやく立ったものの、そこから踏み出すのに躊躇(ちゅうちょ)しているというのが実態です。
 投資家たちは日銀が追加利上げをできないと見透かし、円売りドル買いを続けているのです。
 懸念されるのは、このまま円安が抑えられない場合、輸入物価の高騰に伴って原材料価格がさらに上昇し、ただでさえ値上がりしている食品など日用品の価格に波及することです。
 異次元金融緩和は、2012年に政権復帰した安倍晋三首相が進めた経済政策「アベノミクス」3本の矢の一つです。
 この間、多くの大企業は円安の追い風で業績を上げ、もうけを内部留保としてため込みました。超低金利で資金が簡単に借りられる環境の中、新たな事業を生み出す努力を怠り、旧態依然の経営を続けられたのです。
 新陳代謝が起きなかった日本企業が、国際的な競争力を失ったことはいうまでもありません。
 政府も似たような状況です。日銀が金融機関経由で無尽蔵に国債を引き受けるため、国債を当てにした野放図な財政支出が常態化しています。
 民も官も、アベノミクスという「ぬるま湯」につかっていたのです。割を食ったのは物価高で苦しむ私たちの暮らしです。

◆まともな暮らしに戻す

 植田総裁の当面の仕事は政府と大企業をぬるま湯から出すとともに、物価高騰を抑制しつつ節約疲れの人たちに、まともな暮らしを取り戻してもらうことです。
 飲食店に関して気になる指標があります。調査会社の東京商工リサーチによると、23年のラーメン店の倒産が45件と前年から2倍以上増えたのです。
 食材や水道、光熱費の上昇や人手不足に伴う人件費の高騰が資金繰りを圧迫したことが原因です。ラーメン店が直面する現実は、景気の最前線の縮図です。
 アベノミクスの副作用と格闘する日々は、植田総裁の退任まで続くはずです。経済指標を分析し、景気を急激に冷やさないよう金融政策を徐々に正常軌道に戻す、薄氷を踏むような作業でしょう。
 ただ、暮らしぶりは指標だけでは分かりません。
 「経営はどうだい」。日銀総裁がラーメン店に入り、店主に語りかける。その会話が景気の分析に深い味わいを与え、アベノミクスの後始末に役立つと考えます。