散乱した部屋に亡き妻の骨壺残し… 街にあふれる「孤独死予備軍」(2024年11月10日『産経新聞』)

「薄縁」時代㊥

特殊清掃を行った部屋の遺品整理を行う「武蔵シンクタンク」代表の塩田卓也さん(本人提供)

薄暗い廊下を抜け、2階一室の玄関ドアを開けて踏み入れた部屋。狭い空間を囲むように大型家具が置かれ、机や床には雑誌、書類や衣類などが散乱している。その隅に、布袋に収まった骨壺が無造作に置かれていた。

8月中旬、家族代行を担う一般社団法人「LMN」(東京都渋谷区)代表理事の遠藤英樹さん(57)は故人の遺品整理のため、神奈川県内の古びたアパートを訪れた。

部屋の主は80代男性。もともと、すし職人だったが、高齢で仕事ができなくなると困窮し、生活保護を受けていた。

がんを患い、寝たきりとなってからはヘルパーらが定期的に様子を見に来ていたが、同月上旬、布団の上で冷たくなっているのが見つかった。

遠藤さんはケアマネジャーから相談を受け、男性との話し合いの上、亡くなった後の対応を任せられることになっていた。

あふれかえる物をかき分けて今後の手続きに必要な物や貴重品を探し、段ボール箱に収めていく。。部屋にあった骨壺は、亡くなった妻のものという。

「妻は10年以上前に他界し、親族とは音信不通になっていたようだ」(遠藤さん)。誰にも看取られず、男性は最期を迎えた。

高齢者の「身元保証人」に

遠藤さんの下には今、高齢の親を持つ子供たちからの相談とともに、身寄りのない高齢者を抱えた医療・介護現場からの問い合わせも急増している。

「入院患者を介護施設に移したいが、身元保証人となる家族がおらず困っている」「在宅や施設で介護する高齢者の死後の対応を話し合える家族がいない」。そんな訴えを聞き取り、高齢者の身元保証人となって終末期を支えていく。担う仕事は施設の入所手続き、死後の葬儀手配や納骨、遺品整理など多岐に渡る。

一方、周囲の支援の手が届いていない高齢者を目にすることも少なくないという。

「多いのは非正規雇用で働いてきて、貯蓄はゼロ、入ってくるわずかな年金で生活し、施設に入ることもできないといった人たち。家族や周囲との関わりも薄く、独居生活の中で孤立を深め、『孤独死予備軍』ともいえる存在になっている」(遠藤さん)

発見まで1カ月超のケースも

警察庁によると、今年1~6月に自宅で死亡した1人暮らしの人は3万7227人(暫定値)。このうち65歳以上が2万8330人と全体の8割近くを占め、警察の死亡認知までに15日以上かかった人は約2割(4913人)に上った。

特殊清掃業を担う「武蔵シンクタンク」(八王子市)代表の塩田卓也さん(53)の下には、物件のオーナーや不動産関係者などから依頼が絶えない。

業務を請け負うのは、孤独死の現場だ。誰にも見つからず、数週間~1カ月近く故人が放置されていた家に入ることも珍しくはない。部屋は死臭が染みつき、腐敗した遺体が横たわっていた床部分から下の階まで体液が漏れ出してしまっていることもある。

塩田さんはそこで、持てる技術を駆使して臭いや汚れを落とし去り、部屋を元の状態へと回復させていく。

孤独死現場の多くは1人暮らしの高齢者宅だ。自分の世話を放棄する「セルフネグレクト」と呼ばれる状態に陥ってゴミの山と化した屋敷。飼い猫の多頭飼育でふん尿にまみれた家。豪華なタワーマンションの一室で孤独死に至る人もいる。

一方、孤独死に至るのは1人暮らしの高齢者ばかりではない。80代の親を在宅介護していた50代の子供が家で倒れ、死亡した親子が1カ月近くたって見つかったケースもあったという。

孤独死の現場は原状回復に数百万円かかることもあり、物件関係者がこうむる負担は大きい。途方に暮れる依頼主から相談を受け、現場に入る。

塩田さんの下に寄せられる相談は約10年前は年間50件ほどだったが、現在は3倍近い。猛暑となった今夏は、特殊清掃業の依頼が1日に8件寄せられることもあった。

社会が抱える「暗闇」に向き合う日々を支えるものは何か。塩田さんは言う。

「誰かがやらなければいけない仕事。使命感です」(三宅陽子)

精神的に限界「関わり断ちたい」 子供が望んだ〝家族じまい〟の内実 「薄縁」時代㊤(2024年11月9日『産経新聞』)

 

母親との関係に悩み、距離を置くことを決めた山下京子さん(仮名)=東京都内

「親を、任せたいんです」。東京都内で暮らす会社員の山下京子さん(37)=仮名=は電話口で苦しい胸の内を伝えた。電話の相談先は、親の介護支援から最期の看取り、葬儀手配などを代行してくれる業者。打ち明けたのは、79歳の実母のことだった。自分本位で依存的…。そんな母に振り回されてきた。

【イラストでみる】「看取り介護」と「病院での終末期医療」を比較してみる

20代の頃に父が病死してからは、母と2人暮らし。結婚報告すると、祝福されるどころか「私の面倒は誰が見るのか」と返してきた。幸い、結婚して家を出るタイミングで、母に住み込みの仕事が見つかった。施設の管理をする仕事で、給料の代わりに家賃と光熱費は施設側が持ってくれるというものだった。

母の生活は仕送りで支えることに。毎月数万を送ったが、送った数日後には「お金がない」と電話が来た。洋服や化粧品代などに消えていた。母がツケで商品を購入した店から「支払いがない」と連絡を受け、財布を持って駆けつけたこともある。ゴミの出し方などを巡り、近隣住民とトラブルになると、苦情処理にも追われた。

自分のことは顧みない母と、けんかが絶えなかった。夫は黙って見守ってくれていたが、子供たちに母といさかう姿を見せることは苦痛だった。

■業者に依頼

そんな中、母の住む施設から「契約の終了」を告げられた。母の貯蓄はゼロで、収入は月4万円ほどの年金のみ。自治体に相談し、生活保護を使って老人ホームに入所できることになったが、この先も生活をかき乱されるのかと思うと「もう関わりたくなかった」。

精神的に限界だった山下さんが頼ったのは、家族代行を行う一般社団法人「LMN」(東京都渋谷区)だった。登録料など55万円で、施設からの連絡の受け取りや各種手続きなどを頼める。病院への付き添いなども1回4時間程度、1万1千円(交通費は別途)で代行してくれる。

すがる思いで依頼したのが昨冬。以来、母とは会っていない。「『会いに行かなければ』とも思う。でも、あの言動を思い出すと足が向かない」と山下さん。今は「母が亡くなった後に会う」という選択肢も視野に入れている。

■「救われた」話す人も

LMNには今、年老いた団塊世代の親を抱えた30代後半~50代からの相談が絶えない。代表理事の遠藤英樹さん(57)は「3年前は月30件ほどだった問い合わせ件数は、今では5倍近い」と明かす。

多いのは、長期間交流がなかった親から、突然連絡を受けたというケースだ。さまざまな葛藤の末、実家から離れて暮らしてきたのに、再び親と向き合い介護や最期を看取る「問題」に直面。戸惑いや不安から、その代行を依頼する人も少なくない。定期的に連絡を取り合う関係であっても親が認知症となり、対応に疲れ切った子が家族代行を依頼してくるケースなどもあるという。

核家族化が進むが「親の面倒は子がみるもの」との価値観は根強く、遠藤さんは「子は年老いた親について一人で悩みがちだ」とする。そうした中で親を誰かに任せる選択肢があることで、「救われた」と話す依頼者も少なくないという。

店じまいならぬ〝家族じまい〟。薄情にも映りかねないが、遠藤さんはこう続けた。「支援を受けられない高齢者も大勢いる。子がお金を出して親を誰かに任せることは自分勝手ではなく、ある種の優しさといえるかもしれない」

■1人暮らし高齢者、2050年には1084万人に

内閣府の「高齢社会白書」(令和6年版)から65歳以上のいる世帯を構造別にみると、三世代で暮らす世帯は昭和55年には50・1%と全体の半数を占めていたが、令和4年には1割を切り7・1%まで減少している。

一方、夫婦のみの世帯と単独世帯は、昭和55年は、それぞれ16・2%と10・7%だったが、令和4年には、32・1%と31・8%となり、計6割超に上っている。

1人暮らしの65歳以上の高齢者は、昭和55年の約88万人から令和2年には、約672万人まで増加。2050(令和32)年には約1084万人に達する見込みだという。

65歳以上の高齢者を対象とした国の調査(令和5年度)によると、「孤立死を感じるか」の問いに「とても感じる」「まあ感じる」とした割合は計約5割に上っている。(三宅陽子)

急激な単身化が進む日本で、これまで人と人とをつないできた「縁」が薄まっている。そんな社会の今を追った。