与党税制大綱 国民目線で議論すべきだ(2024年12月23日『琉球新報』-「社説」)
自民、公明両党は2025年度の与党税制改正大綱を決定した。所得税が生じる「年収103万円の壁」については、123万円に引き上げることを明記した。大学生年代の子を扶養する親の税負担を軽減する特定扶養控除も、子の年収制限を103万円から150万円に引き上げるなど、現役世代を意識した減税策が並んだ。
手取り増につながる「年収の壁」の引き上げは一定評価できよう。しかし、効果は限定的であり、個人消費の下支えになるかは不透明だ。物価高騰が続く中、社会保険料の負担も増している。社会保険料とも合わせた抜本的な税制改革を進める必要がある。
「年収の壁」の引き上げ幅を巡り、物価上昇を根拠とする与党に対し、最低賃金の上昇率を根拠に178万円を主張する国民民主との間で協議は難航したが、大綱には自公国3党幹事長による「178万円を目指して、来年から引き上げる」との合意内容を記載、交渉決裂を回避した。
これまでの協議では、それぞれが主張する数字が独り歩きし、引き上げによる効果や財源についての議論は十分だったとは言えまい。
税収が5年連続で過去最高を更新すると見込まれる中、長引く物価高騰で低所得世帯を中心に家計の負担は増している。一方で財政への影響も考慮しなければならない。
与党にとって、予算案審議を含め衆院での野党の協力は欠かせず、野党にとってはそれぞれの政策を与党にのませることも可能になろう。であればこそ、与野党には国民目線に立った責任ある議論が求められる。開かれた議論を重ねることで、国民の理解もさらに深まるのではないか。
ガソリン税に上乗せされている暫定税率では自公国3党は「廃止する」との合意文書をまとめたが、実施時期は未定だ。車を保有している世帯だけでなく、物流などにとっても大きな経済効果が生まれる。早急に結論をまとめてほしい。
政府は23~27年度の5年間で必要な防衛費を43兆円程度と定めた。政治的な理由で所得増税が先送りされるなら、巨額な防衛費の根拠について疑問が生じる。
国民民主との間で合意した「178万円を目指す」との内容も盛り込んだ。来年度の金額を巡り3党協議は途絶したが年明け以降の継続を図るという。
年収の壁問題は働く人の税負担を軽くして手取りを増やし、経済成長を実感できるようにするのが目的だ。政治的駆け引きの道具にしてはならない。
税と予算は表裏一体のため、与党は予算編成時期の年末に大綱を決め、政府はそれを受けて税制改正法案をまとめる。
経営者や投資家だけでなく現場で働く人の声も聞くべきではないか。パート主婦やバイト学生とその家族に影響する年収の壁は30年間据え置かれてきた。
国民民主が声を上げなければ問題視されなかった。その点は評価できようが、閉じた場での交渉には疑問が残る。消極姿勢を崩さなかった与党が食料品などの物価上昇を基に123万円を持ち出したのも唐突だ。
これらを総合的に考えねば格差是正の再分配は進まない。
個別交渉は前例となり、日本維新の会も与党と高校教育無償化の協議を始めた。政策のつまみ食いでは人口減時代の税財政の展望は見えないままだ。
自民、公明両党は2025年度の与党税制改正大綱を決定した。パートやアルバイトで働く人に所得税が生じる「年収103万円の壁」について、非課税枠を123万円まで引き上げて手取りを増やすことを盛り込んだ。25年分所得から適用する。
減収分の財源をどうするのかという重要な議論が不十分と言わざるを得ない。政府は野党との議論を深め、国民に詳細を示さなければならない。
与党税制改正大綱は、国税・地方税の税率や課税対象を見直し、今後の検討課題なども盛り込んだ文書。自公の税制調査会が省庁や業界団体からの要望を踏まえ決める。政府は与党の大綱に沿った税制大綱を閣議決定し、翌年の通常国会に関連法案を提出する。
10月の衆院選で自公が少数与党となり、予算や法の成立には野党の協力が欠かせない。自公は、衆院選で非課税枠を178万円に引き上げると訴えていた国民民主と協議を始めた。3党は「178万円を目指して、来年から引き上げる」と合意。これを受け国民民主は24年度補正予算案に賛成した経緯がある。
しかし段階的に引き上げる認識の自公は「大幅な引き上げは困難」として、123万円を大綱に記載した。国民民主が103万円に設定された1995年以降の最低賃金の上昇率から178万円を算出したのに対し、食料品や光熱費といった生活に欠かせない品目の物価動向を踏まえた額だという。
年収の壁を所得税、住民税それぞれ75万円引き上げると、国と地方の合計で年7兆~8兆円の減収という政府試算も示した。財政への影響を最小限に抑えたいという考えがにじむ。
大綱には3党の幹事長が合意した「178万円を目指す」との文言が盛り込まれ、3党は協議の継続を確認した。しかし自公と国民民主の間には認識の違いもあり、難航が予想される。
今回の大綱には、3党で合意したガソリン暫定税率の廃止も記載された。この措置によって国と地方の税収が年間で計約1兆5千億円減るとされる。代わりとなる財源のめどは立っておらず、結論が先行した形だ。
このほかにも減税策を盛り込み、物価高の中で個人消費の下支えや企業の投資促進につなげる狙いがうかがえる。一方で国の借金である国債の残高は2024年度末に1100兆円を超える見通し。財政健全化に向け猶予はない。将来世代に対しても責任ある税制が求められる。
【与党税制大綱決定】政治決着には疑問残る(2024年12月21日『福島民報』-「論説」)
2025年度の与党税制改正大綱で、焦点の「年収103あ万円の壁」引き上げは123万円にとどまった。国民民主党が求める178万円とした場合、兆円単位もの税収減が発生する。自治体の強まる懸念を見ても、非課税枠を一気に上げる副作用は大きいと言える。一方で、現行から20万円引き上げただけで、手取りがどれほど増えるか疑問の声も上がる。税制は国民の生活、経済と国家財政の基盤をなす。本来、政治の思惑を排した検討が必要だ。
年収の壁を巡る自民、公明両党と国民民主党間の交渉は、少数与党の微妙な立場を浮き彫りにした。国民民主党は非課税枠178万円への見直しを衆院選の公約に掲げ、過半数割れした与党に実現を迫った。与党側は「178万円を目指して来年から引き上げる」との文言で、先の補正予算案への国民民主党の賛成を手繰り寄せた。結局は123万円で落ち着かせる与党案に国民民主党は反発し、協議を打ち切った経緯がある。
そもそも、「目指す」との文言に、政治的な落としどころを探る含みがあるのは明らかだ。石破茂首相は「芸術的な表現だ」などと評価したとも伝わる。物価高に苦しむ国民の暮らしと真摯[しんし]に向き合い、国や地方の持続的な財政運営との細密な調整もした上で、はじき出した非課税枠の数字だったか、疑問も湧く。
178万円への引き上げ目標自体は引き続き検討されるようだが、今後の選挙や政局次第でどう進むかは見通せない。立憲民主党は社会保険料が発生する年収の壁への対応を独自の最優先課題に据えている。これらを含め幅広に議論を深めるべきだ。
大学生年代の子どもを扶養する親の税負担軽減については、年収制限を103万円から150万円に引き上げるとした。アルバイトをしながら学業に励む学生を応援する意味では望ましい。とはいえ、労働時間が増え、本業の勉学に支障が出ては本末転倒だ。苦学する学生への支援は制限緩和だけでは十分と言えないだろう。(五十嵐稔)
103万円の壁と税制大綱 責任ある政策論を国会で(2024年12月21日『毎日新聞』-「社説」)
「103万円の壁」を巡る協議の継続を確認した自民、公明、国民民主3党の幹事長会談=国会内で2024年12月20日、平田明浩撮影
物価高に苦しむ国民の税負担を和らげる必要はある。一方で借金まみれの財政をさらに悪化させれば禍根を残す。与野党は責任を持って議論すべきだ。
必要最低限の生活を保障するために設定されたが、1995年以降はデフレを理由に据え置かれてきた。やむをえず働く時間を抑える学生アルバイトらも増えている。引き上げを決めたのは妥当だ。
しかし178万円を主張する国民民主は受け入れていない。少数与党の自公は3党での協議を継続する。年明けの国会で修正の可能性もある異例の展開となった。
今後は与党案から上積みするかどうかが焦点となるが、政治的な駆け引きに終始してはならない。政策の目的や効果、課題を明確にしたうえで結論を得るべきだ。
双方の意見の隔たりは大きい。
与党は、95年以降の食料品などの物価上昇率20%を反映させた。生活費を補うのなら、物価に見合う水準にするのが合理的だ。
国民民主は最低賃金の上昇率と同じ70%強の引き上げを求めている。減税額は年収500万円で約13万円、年収1000万円で約23万円と試算する。大型減税で消費てこ入れを図る狙いだ。
だが年収が高いほど恩恵が大きくなるのは疑問だ。物価高の打撃を最も受ける低所得者を中心に支援する仕組みが求められる。
財政への影響も見過ごせない。政府の試算では、178万円に引き上げると、国と地方の税収が年7兆~8兆円減少する。
国民民主は「経済が活性化して税収も増える」と主張するが、楽観的過ぎる。来年の参院選目当てのアピールなら無責任だ。与党も国民民主案を丸のみして財源を置き去りにすべきではない。
税の議論のあり方を見直す機会にもなる。「自民1強」の国会では、与党内で決めた案がそのまま成立し、審議は形骸化していた。
国民生活に深く関わる税は国会で幅広い観点から協議すべきだ。与野党が議論を尽くし、道理にかなう一致点を見いだす。そうした「熟議」を実現する時である。
税制改正大綱 無責任な楽観論は慎むべきだ(2024年12月21日『読売新聞』-「社説」)
税制を改めれば、恩恵を受ける人と負担が増える人が出てくる。一人ひとりの負担能力に応じ、均衡の取れた税制を決めるのが政治の役割だ。
自民、公明両党が、来年度の与党税制改正大綱を決めた。
大綱には、所得税がかかり始める103万円の水準について、2025年から123万円に引き上げる方針が明記された。今の課税水準となった1995年以降、食費や光熱費などの家庭の支出が2割上昇したことを踏まえた。
物価高が長引く中、30年間据え置かれてきた非課税枠を引き上げるという判断は理解できる。
もっとも、今回の大綱は最終的な決着ではない。
少数与党は、178万円への引き上げを求める国民民主党の協力をつなぎとめるため、大綱に「引き続き 真摯 しんし に協議する」と盛り込んだ。大綱決定と並行して会談した自公と国民民主の幹事長も、そうした方針を改めて確認した。
政府は年明けの通常国会に、大綱を反映した税制関連法案を提出するが、3党の協議次第では修正される可能性がある。
国民民主の要求通り、非課税枠を178万円に引き上げた場合、減収は7兆~8兆円に上る。与党が決めた123万円の場合でも、数千億円の減収となる。
岸田前政権は2年前、防衛費の拡充のため、法人税と所得税、たばこ税を増税し、年1兆円の財源を賄う方針を決めた。24年度からの実施を想定していたが、自民党内で世論の反発を恐れる声が強まり、先送りが続いていた。
今回、3税のうち所得増税は見送ったものの、ようやく財源確保に道筋が付いたことは前進だ。
自民や国民民主内には、国の税収が伸びていることを理由に「増税しなくても防衛予算の拡充はできる」といった声がある。
税収は多少伸びているからといって、国のお金が余るようになったわけではない。無責任な楽観論は控えねばならない。
自民、公明両党は20日、2025年度の与党税制改正大綱を決定した。年収が103万円を超えると所得税負担が生じる「103万円の壁」をめぐる国民民主党との協議はまとまらず、123万円に引き上げる与党案を明記した。
178万円への引き上げを求めていた国民民主は強く反発しており、少数与党のもとで国会審議の行方は極めて不透明だ。
今回の大綱は「年収の壁」に焦点が集中するあまり、税の全体像への目配りが欠けた。防衛力強化のための増税はたばこ税と法人税を26年4月に上げる一方、所得税の増税時期の決定は先送りした。高校生の子を持つ親らの扶養控除は当初の縮小方針を修正し、現行水準を維持することになった。
国民民主が衆院選で訴えた「103万円の壁」には確かに重要な問題提起が含まれる。例えば、アルバイトで働く大学生らの年収が103万円を超えると税負担で親の手取りが減る現状は、学生の就労を抑える壁になっている。
大綱には年収150万円までは親に特定扶養控除を適用する案が盛り込まれたが、これは国民民主の主張があってこそだろう。
この問題の底流には、インフレで所得が増えると所得税の適用税率が上がり、自然と増税が起きる現象がある。こうした増税効果を国民全般の問題と指摘し、解決策として基礎控除の引き上げを求めたのも重要な論点である。
ただ、物価動向から控除額を123万円に上げる案を示した与党に対し、国民民主は最低賃金の上昇率から算出した178万円にこだわり、協議は膠着した。
178万円という水準はインフレ調整の枠を超えた減税政策である。そうであれば財源を確保し、行政が混乱しないようにするのが責任政党のあり方のはずだ。
これらは年金の第3号被保険者制度にも共通する。各党は目先の人気取りに走らず、将来世代のために責任を持って税・社会保障の大改革に取り組むよう求める。
国民民主が求める178万円とは開きがある。3党幹事長は20日の会談で協議の継続を改めて確認し、交渉の枠組みが決裂することだけは回避した。
年収の壁の見直しは壁を超えないようにする働き控えの抑制策であり、恒久的な減税策だ。暮らしにも幅広く影響する。
「壁」引き上げは妥当だ
国民民主の姿勢にも残念な点がある。法案成立のキャスチングボートを握ることに意を強くし、手取りの増加を掲げた自らの公約を反映させようと強気に出たのはいい。
だが、178万円に固執するあまり、与党との土壇場の交渉に応じなかった振る舞いは首肯できない。国と地方で7兆~8兆円の減収になるとの試算を踏まえた財源確保も納得できる具体策を示さなかった。
これでは無責任である。税制改正を担う政党としての自覚に欠け、「対決より解決」という看板も色あせて見える。
与党が決めた非課税枠の拡大は、最低限の生活に課税しない基礎控除と、会社員らの経費を差し引く給与所得控除をそれぞれ10万円ずつ引き上げて、控除の合計額を現行の103万円から123万円にするものだ。
103万円は約30年も据え置かれており、これを引き上げるのは妥当である。焦点だった引き上げ幅について、食費や光熱費など身近な物価の上昇率を反映させたこともうなずける。
大学生年代(19~22歳)の子供を扶養する親の税負担を軽減する特定扶養控除も見直し、子供の年収制限を103万円から150万円に引き上げる。親の控除がなくならないよう103万円を超える就労を控えるアルバイト学生は多い。「103万円の壁」への対応で手をつけるのは当然だ。就労を促して人手不足の緩和につなげたい。
大綱には、補正予算を成立させるため自公と国民民主の3党幹事長が先に合意した事項も明記した。178万円を目指す方針やガソリンの暫定税率廃止である。いずれも時期や実施方法は示されておらず、今後、3党間で改めて協議する。
その際には、巨額の税収減を伴うこれらの措置の必要性についてよく吟味すべきだ。減税で可処分所得を引き上げて消費を刺激する狙いは分かる。一方で民間企業では賃上げの動きが広がっている。物価高が深刻だとしても、それで消費が極度に落ち込んでいるともいえない。
減税の必要性吟味を
ただでさえ社会保障費などの財政需要が急増する中、財源の当てもなく大規模減税を進めるわけにはいくまい。地方への影響も見極める必要がある。減税で経済が上向けば税収増も期待されるが、それがどの程度なのかも詳細に検討すべきだ。
所得税見送りの背景には手取り増を掲げる国民民主への配慮などもあったようだ。だが防衛力を安定的に強化するためには安定した財源が必要だ。そのための道筋をいつまでも決められないのはどうしたことか。軍事的圧力を強める中国などがどうみるかについて懸念する。
高校生年代(16~18歳)の子供がいる世帯の扶養控除縮小については、現状を維持することにした。控除縮小は児童手当の支給対象に高校生を含めることに伴う措置だ。だが、昨年末の税制改正では最終決定に至らず今回の改正に持ち越された。それがまたもや見送られた。
先の衆院選で大敗した与党にすれば負担増につながる税制改正は極力避けたいのだろう。一方で衆院選で大きく議席を伸ばした国民民主は世論の支持に自信を深めて減税路線の一点張りである。そうした政治状況で与党が役割を果たすべき責任ある税制論議が深められたのかは疑わしい。石破政権は厳しく認識すべきである。
学生と税控除 本分の学業妨げぬよう(2024年12月21日『東京新聞』-「社説」)
家計支援を意識した大綱だが、本分である学業への影響や消費の刺激効果には強い疑問が残る。
19歳から22歳までの子を養う親の負担については「特定親族特別控除(仮称)」を創設し、年収制限を現行の103万円から150万円に引き上げる。
この措置により、大学生らがアルバイトなどで長時間働いても親の納税額は増えず、学生は勤務時間を延ばすことが可能となる。
大和総研の推計では、年収103万円以下になるよう就業調整している学生は約61万人に上り、制度改正が人手不足の緩和につながると期待する意見はある。
親の収入が増えない中、奨学金やアルバイトの掛け持ちで学費を賄う学生は多い。扶養控除の要件緩和は生活に苦しむ学生を支援するという意味では理解できる。
ただ、学生の本分は学業だ。アルバイトなどの経験が社会で役立つことは否定しないが、学生らを苦しい経済環境に置き、長時間労働に導くことは、経済政策の失敗を学生ら若い世代に回すことにほかならず、到底許されない。
政治が本来取り組むべきは、学業に専念できる経済環境の整備であることを忘れてはなるまい。
「年収の壁」を巡り、国民民主党は178万円への引き上げを主張。与党の自公両党や財務省は当初「税収に大きな穴があく」として大幅引き上げを渋っていたが、「引き続き真摯(しんし)に協議する」ことで自公国3党が合意し、25年は基礎控除48万円と給与所得控除55万円を、それぞれ10万円ずつ広げて計123万円とする。
国民の狙いは減税効果による手取りの増加。ただ123万円では手取りはわずかしか増えず、消費刺激効果はそれほど望めない。
物価高が収まらない中、家計を助ける手取り額の増加は喫緊の課題だ。年明けの通常国会では予算の無駄をなくすために議論を尽くし、効果的な減税を行うための財源確保に努めなければならない。
与党税制大綱 生活安定への協議続けよ(2024年12月21日『新潟日報』-「社説」)
ただ、生活の安定に資するかは見通せず、財政面でも懸念が残る。与野党は引き続き、真摯(しんし)な協議を続けねばならない。
しかし3党の税制調査会幹部の間では、引き上げ幅や財源で溝が埋まらず、123万円にとどまった。協議は継続されるとはいえ、国民民主が要求する178万円との開きは依然大きい。
税制協議が24年度補正予算の成立が絡む政治主導で進んだ半面、政策効果などがデータに基づいて検討された様子はなかった。
引き上げに伴う所得税や住民税の減収に対する対策も「特段の財源確保措置を要しない」とし、さらなる恒久減税まで保留した。
地方税の住民税は26年度分から影響が生じ、減収は最大1千億円と試算されるという。政府が当初試算した約4兆円からは大幅に圧縮されたとはいえ、地方税収にどう影響するかは今後の協議次第で、注視する必要がある。
19~22歳の大学生年代の子どもを扶養する親の税負担を軽減する特定扶養控除では、「特定親族特別控除」(仮称)を創設し、学生らの年収制限を103万円から150万円に引き上げる。
長時間のアルバイトで学生らの収入が増えても、親の納税額が増えないようにする。学費や生活費が上がる中、アルバイト収入を生活費の足しにしている学生にとっては朗報だろう。
引き上げには人手不足の緩和につなげる狙いもあるという。
ただ本来、望ましいのは、学生が生活費を心配せずに、学業に専念できることだ。賃上げで世帯全体の可処分所得を増やすとともに、労働力不足に悩む企業の生産性向上に向けた支援を進めたい。
与党は当初、児童手当を16~18歳の高校生年代まで広げた代わりに、扶養控除を縮小する方針だった。国民民主が維持を要求し、25年度の控除縮小は見送った。
一方で少数与党は、野党の要求を取り込まねばならず、財政規律の維持が困難になりがちだ。
そうした中にあっても、与党には責任ある財政運営が求められることを忘れないでもらいたい。
最大の焦点は、年収が103万円を超すと所得税が生じる「103万円の壁」の扱い。基礎控除と給与所得控除を10万円ずつ拡大し、非課税枠を123万円に引き上げた。ここ30年間ほどの、食料品や光熱費といった生活に欠かせない品目の物価動向などから上げ幅を決めたという。
衆院選で躍進した国民民主党が与党に求めている引き上げ額とは50万円以上も開きがある。手取りは増えるが、小幅にとどまる。3党は「178万円を目指して、来年から引き上げる」ことで合意していただけに、肩透かしのように感じる人も多いだろう。
合意の趣旨は大綱に記され、きのう3党は協議継続を確認した。とはいえ、7兆~8兆円に上るとされる税収減の穴埋め策や社会保険料との兼ね合いなどの課題は残されたままだ。
そもそも、なぜ178万円なのか。最低賃金の上昇率に合わせて計算したというが、どれほど理解されているのだろう。合意を進めるには幅広い賛同が欠かせない。
急激な物価高などで、経済的な不安を日々感じている人は多いはずだ。年収の壁引き上げ自体は歓迎できよう。ただ、政策的な目的や効果などを十分評価した上での判断なのか、疑問が残る。与党が、野党の要求に小出しに応じただけの場当たり的対応に終始している印象は拭えない。人口減少社会を見据えた抜本的な税制改革とは程遠い。
本質的な議論を欠いたままの決定という点では、防衛増税も変わるまい。防衛力強化のための財源を確保するため、法人税とたばこ税の上乗せを26年4月から始める、とした。一方で、所得税の上乗せ開始時期の決定は今年も見送った。年収の壁引き上げで手取りを増やす一方、増税するのは、ちぐはぐ過ぎるからだろうか。5年間で43兆円という数字ありきの防衛予算増について、中身の議論は乏しかった。
開会中の臨時国会では与党のしたたかさが散見される。野党の協力がなければ成立しなかった補正予算も、年収の壁で協議していた国民民主党だけではなく、日本維新の会も賛成に回った。両党をてんびんにかけ、有利な譲歩を引き出しやすくなった。
その分、野党の責任も重くなった。自党の政策を実現させるため、与党に取り入ろうと、野党同士が争うようになれば、与党の思うつぼだ。
106万円の壁撤廃 働き控えを解消できるか(2024年12月15日『新潟日報』-「社説」)
働き控えの解消につながるか不透明だ。企業に負担を求める案も場当たり的で仕組みを複雑にしかねない。年金制度全体の抜本的な見直しを検討すべきだ。
厚生労働省は、会社員に扶養されるパートら短時間労働者が厚生年金に加入する年収要件「106万円以上」を撤廃する方針だ。
5年に1度の年金制度改革の中で見直され、来年の通常国会での法案提出を目指す。
現状では、従業員数51人以上の企業で週20時間以上働き、年収が106万円以上になると、厚生年金に加入しなければならない。
加入による保険料負担を避けようと働くことを控える「106万円の壁」が、労働者不足を招いているとされてきた。
厚労省は労働時間など四つの加入要件のうち年収と従業員数の二つを撤廃し、パートが壁を気にせずに働ける仕組みだとしている。
従業員5人以上の個人事業所も厚生年金に加入するようにする。現行の製造業など17業種から全業種に拡大する。
実現すれば新たに200万人の加入が見込まれ、年金財源の確保にはプラスになる。
加入すると年金受給額が増え、病気や出産で休職した際の補償も手厚くなるなどの利点はある。
しかし、保険料負担で手取りが減るため「老後より今の資金が必要」などの不満が出ている。
手取り減対策として厚労省は、加入者と企業で折半する保険料のうち、加入者が払う一部を企業が肩代わりする案を示している。割合は企業が決め、全額負担は認めない。肩代わりを受けても将来の年金額は変わらないとする。
企業側には負担増となるため、経済界からは小規模事業者への影響を懸念する声が上がる。
肩代わりが時限的な特例というのも半端で、企業によって対応が異なり、複雑化が懸念される。
政府は昨年10月から106万円を超えた従業員の保険料を肩代わりした企業に補助金を出しており、公平性の観点からも疑問だ。
気になるのは「週20時間以上働く」との要件を残したことだ。
最低賃金の引き上げに伴い、週20時間以上働くと年収106万円を上回る地域が増え、要件が形骸化しているとの見方があるためだが、これにより保険料負担を避けようと労働時間を抑える「時間の壁」が生じる可能性もある。
社会保険料を巡っては「130万円の壁」への対応も焦点だ。
扶養されているフリーランスの個人事業主など、厚生年金への加入要件を満たさない人が年収130万円を超えると、扶養から外れ、国民年金と国民健康保険の保険料負担が生じるが、手取り額が減る上、老後の給付は増えない。
誰もが安心できる年金制度としていくには、小手先の改革では追い付かない。
自公国減税合意 財源確保避ける粗雑さ(2024年12月14日『東京新聞』-「社説」)
自民、公明、国民民主3党が、所得税が課される「103万円の壁」について、来年から「178万円を目指す」ことで合意した=写真。非課税枠の引き上げは手取り額の増加が期待できるが、税収減対策が放置されたままだ。政権維持と成果誇示を優先した合意は粗雑さを指摘されて当然だ。
生活必需品の値上げに歯止めがかからない中、非課税枠の引き上げが実現すれば家計の手助けになる。パート従業員らの働き控えが減り、人手不足の緩和につながる可能性もある。
しかし、非課税枠を178万円にまで広げた場合、政府は、国と地方合わせて7兆~8兆円の税収が減ると試算している。巨額の税収減による行政サービス低下を避けるには別途財源が必要だ。
アベノミクスの影響で実質的に減少した手取り額を増やすために必要な財源を、大企業や富裕層への課税を増やすことで確保することは理にかなう。政府と3党は大企業がため込んだ内部留保への課税や、金融所得課税の強化などの財源確保策を検討すべきだ。
3党はガソリン税に上乗せしている暫定税率廃止も合意した。ガソリン消費を増加させ、脱炭素に逆行するとの指摘はあるが、ガソリン価格上昇が燃料費高騰を通じて中小事業者や家計に打撃を与える現実も直視する必要がある。
現代の「四十七士」の”仇討ち”(2024年12月14日『山陰中央新報』-「明窓」)
血なまぐさい話ではないが、現代の「四十七士」にも決起を促したい。47都道府県知事である。所得税の非課税枠「年収103万円の壁」の引き上げを巡る師走の政治攻防。庶民の手取りが上がる話に知事らは反対はしないが、地方自治体の税収減を懸念し、成り行きを見守る。壁が大幅に引き上がり、所得税収が少なくなった結果、同税の一部が原資となる地方交付税が減少する恐れがあるのも、歯切れが悪い一因か。
「年収の壁」合意 税の穴どう埋めるのか(2024年12月13日『河北新報』-「社説」)
国民の暮らしに本当に資するのか。税収の「穴」などへの懸念を置き去りに、政局を優先させた密室の合意は無責任だろう。
所得税が生じる「年収103万円の壁」を巡り、自民、公明、国民民主3党が来年から引き上げることで合意した。
「103万円の壁」は約30年も据え置かれてきた。物価上昇に応じた引き上げで、働く人の手取り増加や人手不足の緩和への期待があるのは理解できる。
合意では、「178万円を目指して、来年から引き上げる」と文書に記した。国民民主がこだわった「178万円」の目標を掲げたが、具体的な引き上げ幅は示さず、解釈にあいまいさを残した。
最大の問題は、引き上げに伴う減収分の財源確保策がないことだ。178万円へ引き上げた場合、国と地方の税収が年間約7・6兆円減るとされる。
「働き控え」の解消や消費刺激で税収増の効果があっても、人口減の中で、大きな税の穴が埋まり続けるとは思えない。
高所得者ほど恩恵が大きい問題も手つかずのままである。政局の駆け引き材料にして、減税の利点だけをつまみ食いし幹事長間で決めた不透明さは看過できない。
さらに19~22歳の子を扶養する親が対象の「特定扶養控除」でも、国民民主の要求通り、学生アルバイトの年収制限を150万円に引き上げるという。
一方、厚生労働省は主婦パートらが厚生年金に加入する年収要件「106万円の壁」を撤廃する方針だ。老後の給付は増える半面、保険料で手取りが減る。
他にも幾つかの「壁」があり、制度の整合性が問われよう。
1リットル当たり53円80銭のガソリン税は28円70銭になるが、時期は未定とする。これは約1・5兆円の減収につながる。脱炭素化の流れにも逆行するのではないか。
このままでは将来に大きな禍根を残す。国と地方の税制全体の中で、開かれた議論を求める。
「103万円の壁」の3党協議 判断材料示さぬ合意、危うい(2024年12月13日『中国新聞』-「社説」)
自民、公明、国民民主の3党は、年収が103万円を超えると所得税が生じる「103万円の壁」について、2025年から引き上げることで合意した。上げ幅は、国民民主党が求める178万円を目指すと合意文書に記した。
衆院で少数与党に変わったからこその政治プロセスである。与党が24年度補正予算案を年内に成立させるため、急転直下で歩み寄った。ガソリン税に上乗せされている暫定税率の廃止と合わせ、国民民主党が衆院選公約にした政策をのんだ形だ。
賃金が思うように上がらず、急激な物価高に苦しむ国民から見れば、この30年近く非課税枠が据え置かれてきた現状に不満がある。しかも、税収は5年連続で過去最高を更新する見込みだ。これまで与党だけで決着してきた税制協議に、民意を反映させる動きは納得できる。
引き上げは必要だろう。それにしても178万円という数字が先行し、中身を詰めない見切り発車だ。目的や見込む効果があやふやな上、恒久減税による財政や社会保障、行政サービスへの影響についても説明がない。国民民主党の言う「手取りを増やす」には当面、つながるかもしれない。だが長い目で見て国民のためになるか、精査したのだろうか。判断材料を示さないまま決める手法は危うい。
合意後、自民党の森山裕幹事長は「1年でできるわけではない」とし、複数年にわたる段階的な引き上げを示唆した。25年からの実施を強く求めた国民民主党と、温度差がある。3党が単に党の利益を優先しただけか否かは、これから問われる。国民目線で協議すべき点は山積みだ。
引き上げ幅は、その税制を設けた目的と、税収減の影響を踏まえなければならない。
178万円という数字は、非課税枠を103万円にした1995年から最低賃金が7割上がったのを根拠としている。しかし、非課税枠は最低限の生活を保障する目的で設定されており、物価上昇率に準ずるのが妥当といえよう。
仮に178万円まで引き上げると、国と地方を合わせた減収額は政府試算で年7兆~8兆円となる。ならば歳出削減や別の増税、国債発行など財源の議論が欠かせない。国民民主党の言う、税収の上振れ分や、経済効果による増収は候補になるとはいえ、巨額かつ恒久的な財源に充てるにしては楽観的過ぎる。とりわけ地方自治体が代替の財源を求めるのは当然である。
減税で懐が潤うように見えても、結局は借金の穴埋めや行政サービスの縮小で国民につけを回すことはないのか。
「103万円の壁」を引き上げる目的として、労働力不足を背景に、パート労働者らの働き控えの解消につながるとの主張もある。それを言うなら、社会保険料の支払いが発生し、より多くの人が関わる「130万円の壁」の議論こそ欠かせない。
そもそも3党の税制協議だけで決定していい政策ではなかろう。何が目的で、どれほどの効果があるのか。説明責任を果たすよう求める。
石破茂首相の地盤である鳥取県は明治期、政府の方針に翻弄(ほんろう)されたことがある。1876(明治9)年に府県統合が行われた際に島根県に編入され、いったん消滅してしまった。士族らから再設置を求める運動が起こり、やっと復活したのは5年後の81(明治14)年だった
▲時が移っても、中央が地方を左右するパターンは変わらない。年収「103万円の壁」の見直し方針に伴い、自治体の地方税収に与える影響が焦点になっている。減額幅が大きくなれば住民サービスなどに支障を来しかねないと、知事らから懸念を訴える大合唱が起きている
▲自主財源の地方税が歳入全体の3~4割にとどまり、「3割自治」とやゆされてきた日本の地方自治である。約20年前、国と地方の「三位一体の改革」で地方側は国と渡り合い、3兆円の税源が国から移された。ところが、国から地方に配られる交付税が5兆円削られた
▲そんな過去もあるだけに、地方側には決着の行方に根深い不信感があるのだろう。折り合いをつけようと与党では「103万円の壁」見直しにあたり、住民税の基礎控除を対象から外す案も検討されているという。知事からは見直しには賛成し、穴埋め措置を求める声もある
▲国と地方に降りかかった難題。自治体の財源はどうあるべきか、基本に立ち返る議論が乏しいのはさみしい。
ネットスーパーの受注品を手に取るパート従業員の女性。今春から「年収の壁」を超えて働き出した=川崎市内で10月25日、宇多川はるか撮影
専業主婦が多かった時代の年金制度は、そろそろ見直す時期に来ているのではないか。
厚生労働省が、パートなど短時間労働者に厚生年金の保険料負担が生じる「年収106万円の壁」を撤廃する方向で調整している。
従業員50人超の企業で週20時間以上働き、年収が約106万円以上ある人は厚生年金に加入しなければならない。そのため、「働き控え」が生じている。
厚労省は、厚生年金への加入要件のうち収入と企業規模を撤廃して、壁を意識せずに働けるようにする考えだ。
加入者は、保険料を支払わなければならないものの、老後の保障が手厚くなるメリットがある。
それでも、「週20時間」の要件は残るため、働き控えが十分に解消されない可能性がある。
厚労省は、労働者が納めるべき保険料の一部を企業が肩代わりできる案を示している。
人材を確保したい企業に経営努力を求める形だが、体力のない企業にとっては、新たな負担になりかねない。
一方、厚生年金の加入対象にならない事業所などの場合、年収が130万円を超えるとサラリーマンなどの扶養対象から外れ、働き手に国民年金の保険料負担が生じる。「130万円の壁」と呼ばれている。
年収を低く抑えれば、「第3号被保険者」として保険料を払わなくても国民年金を受け取れる。専業主婦などの年金給付を確実にするためにできた制度だ。
3号は、1995年度には1220万人いたが、共働きが増え、現在は半分近くまで減った。働く女性に不公平感が強まるとともに、女性の就労を妨げる弊害も指摘され、労使双方から廃止を求める意見が出ている。
厚労省は、厚生年金への加入者を増やすことで、3号の該当者を減らそうとしている。だが、これでは抜本的な解決にはならない。廃止を含めて検討すべきだ。
ただし、病気や育児、介護などで働けない人もいる。仮に廃止するとしても、この人たちの老後を支える仕組みを構築することが不可欠である。
社会の変化に即した制度のあり方を議論しなければならない。
5年に1度実施される財政検証を受けて行われる年金制度の見直しで、社会保険の「壁」を巡る議論にも注目が集まっている。年収が基準額を超えると年金と健康保険の保険料負担が生じるため働き控えが起きており、働き手不足に拍車を掛けているためだ。
就労意欲を阻害しないことはもちろん、医療や年金の保障も手厚くする制度への改正を求めたい。
従業員が50人超の職場で週20時間以上働く人は年収106万円、50人以下の場合は同130万円を超えると、厚生年金や国民年金、健康保険などの保険料負担が発生して手取り額が減る。
これが社会保険の「壁」と呼ばれ、収入が壁を越えないよう就労を控える人がいるため、働き手不足の一因と指摘されてきた。
厚生労働省は今回の見直しで、週20時間以上働く人を年収額や職場の従業員数に関係なく厚生年金の加入対象とする案を審議会に提示した。約200万人が新たに対象となり、106万円の壁が解消され、130万円の壁の影響も減る。ただ、106万円以下でも保険料負担が発生する。
新たに保険料が生じる人には負担増となるが、厚生年金加入は将来の低年金を避ける意味がある。特に女性は、パートなどで働く人が多く、男性に比べて平均寿命が長い。現在の手取りではなく、将来の受給額を増やす選択だ。
厚労省は、労使折半の保険料を企業側が任意で多く負担できる特例措置案も公表したが、この手法には、企業の経営体力の有無で格差が生じかねず、折半負担の人との公平性が問われるなどの問題点もある。
これとは別に、立憲民主党は130万円の壁を巡り、保険料負担で手取りが減る分を補塡(ほてん)するために給付金を支給する法案を国会に提出している。
どの案が私たちの暮らしを向上させ、働き控えをなくすために有効なのか。国民に見える形で議論し、仮に負担増を求めるのであれば、年金や健康保険など社会保険に加入する意義や利点について説明を尽くさねばならない。
年収の壁見直し/丁寧な制度設計欠かせない(2024年11月22日『福島民友新聞』-「社説」)
税と社会保障に関わる重要な課題だ。政府と国会には、丁寧な制度設計が求められる。
自民、公明、国民民主の3党は、年収103万円を超えると所得税が生じる「103万円の壁」の引き上げを政府の経済対策に明記することで合意した。非課税枠の上げ幅は今後協議される。
年収が減るため「働き控え」の要因となっている主な壁は103万円の他、年金や健康保険の支払いが生じる106万円と130万円がある。前者は税、後者は社会保障に関わる制度だ。
最低賃金が上昇しており、パート従業員らがそれぞれの壁に達する就業時間は短くなっている。物価高でも就業を抑えざるを得ず、生活が苦しい人は少なくない。一方、企業にとっては働き控えが人手不足の一因となっている。
働く意欲のある人の就業を抑制し、低賃金にとどめる現在の仕組みは非合理な面がある。103万円の壁の見直しは必要だろう。
配偶者の場合は特別控除があるため、150万円までは税負担が軽くなる。特別控除を知っているか、いないかの違いで手取りに差が出る。他方、学生には特別控除はなく、103万円を超えると扶養する親の手取りが大きく減る。
103万円の壁とは別に、厚生労働省は、社会保険料の支払いが生じる106万円の壁について、基準額などの要件撤廃を検討している。見直されれば週20時間以上働く人の大半は、年収を問わず厚生年金に加入することになる。
例えば扶養家族となっているパート従業員の場合、基礎年金に厚生年金が積み上がることで老後の給付が手厚くなる利点がある。ただ、目先の手取りは減る。
年金制度への不信感は根強く、壁の見直しで働き控えが解消されるかは不透明だ。政府と国会は、税と社会保障をかみ合わせ、生活が安定し、多くの人が負担を分かち合える制度へと抜本的に改革する必要がある。
国民の要求通り、所得税の非課税枠を178万円に引き上げれば、税収が国と地方合わせて7兆円以上減ると試算されている。しかし、国の税収の1割に相当する財源をどう確保するか議論は深まっていない。また一律に引き上げると高額所得者ほど減税効果が大きく、格差が広がるとされる。
自公国合意 野党への譲歩だけで済むのか(2024年11月22日『読売新聞』-「社説」)
自民、公明両党と国民民主党が総合経済対策の内容で合意した。国民民主の要求を反映し、所得税がかかる年収の最低ライン「103万円の壁」の引き上げが明記された。ガソリン税の減税を検討する方針も盛り込まれた。
少数与党の石破政権は、野党の協力がなければ予算案も法案も成立させることができない。政権の命運は、国民民主を含む野党が握っていると言えるだろう。
このため与党が野党と協議し、政策合意を図ることが必要になるが、その場合、政策がもたらす利点だけでなく、負担についても責任を分かち合うのが当然だ。
「103万円の壁」について、国民民主の主張通り178万円に引き上げると、国と地方で7兆~8兆円の税収減が見込まれる。問題となるのは、その財源だ。
自公両党は経済対策に「国・地方の財政への影響に留意する」という文言を記そうとしたが、国民民主が反発し、見送られた。
国民民主は、財源は「政府が考えるべきだ」と主張している。
衆院選敗北の責任を取らずに延命を図ろうとする石破政権の弱点を利用し、得点だけを挙げようというのでは、圧力集団と変わらない。個別政策ごとに協力する「部分連合」にも値しない。
政策遂行に伴う責任を免れようとする姿勢は、国民民主に限らず、他の野党にも見受けられる。
年収が130万円に達し、社会保険料の支払いが生じた場合、減収分を給付で補うという内容だ。立民はその財源を7800億円と試算しているが、財源の確保策は具体性に欠ける。
政治資金を透明化する改革は重要ではあるが、人口減少や安全保障環境の悪化といった難題への対応も急務である。与野党は建設的な政策論戦を通じ、国民の負託に応えねばならない。
103万円の壁 効果見極め制度の設計を(2024年11月22日『産経新聞』-「主張」)
103万円の壁は約30年間据え置かれてきた。物価や賃金の上昇を踏まえれば、これを引き上げること自体は理に適(かな)う。人手不足が深刻化する中、壁を意識した働き控えをなくすためにも見直すことは妥当だろう。
ただ具体化する際には、巨額の減収を伴う措置でどれほどの政策効果が得られるのかなどを十分に吟味してもらいたい。
今後の焦点は壁の引き上げ幅だ。国民民主は103万円を178万円まで引き上げるべきだと主張するが、その場合、国と地方の税収が7兆~8兆円も減るという政府の試算がある。このため全国知事会などは地方の財政運営への影響などを踏まえた議論を求めている。
国民民主が178万円に引き上げる根拠とするのは最低賃金の伸びだが、物価上昇率に基づけばそこまで引き上げる必要はないはずだ。国民民主があくまでも178万円にこだわるのなら、財源論を含む具体策を明確にする責務があろう。
手取り増による消費刺激効果も問われる。103万円の壁が引き上げられれば、親の扶養のもとで働く大学生らが恩恵を受けるが、アルバイト学生の手取り増による個人消費の伸びは103万円を178万円にしたときで約3190億円になるという民間試算がある。こうした数値を踏まえた上で制度の詳細を詰めなくてはならない。
「年収の壁」問題には、税だけでなく、社会保険料負担が生じる「106万円の壁」などもある。これらは働き方や扶養のあり方に関わる問題だ。その根本から議論を深めてほしい。
自公と国民民主は、ガソリン減税を検討することでも合意した。国民民主との協力が必要だとしても、国民民主が求める要望を3党の税調による協議のみに委ねる必要はない。まずは石破茂首相が政策の方向性を明確に示すべきである。
「103万円の壁」合意 実現へ財源確保が不可欠(2024年11月22日『新潟日報』-「社説」)
手取りを増やすための引き上げに合意したことは前進だが、詳細は未定でどう具体化するか見通せない。実現には政府が責任を持って財源を確保する必要がある。
年収103万円を超えると所得税が生じる「103万円の壁」の問題で、自民、公明、国民民主3党が経済対策に額の引き上げを明記することで合意した。
経済対策の裏付けとなる2024年度補正予算案の早期成立へ、3党で協力することも確認した。
若い人ほど、壁が原因となる働き控えの解消や手取り増加に期待が大きい実態がうかがえる。
だが、現時点では引き上げに合意しただけで、非課税枠の上げ幅や財源など詳細は何も決まっていない。25年度税制改正の議論で、国民の期待に沿う内容に改正されるかは不透明だ。
引き上げに伴い必要となる財源がしっかり確保されるかどうか、注視しなくてはならない。
政府試算では、国民民主が求めるように所得税の非課税枠を178万円に引き上げた場合、国と地方を合わせた減収は年7兆~8兆円になるという。
地方税収の大幅減は必至で、本県では、個人県民税と、県内市町村の市町村民税で計700億~800億円の減収となる。
花角英世知事は「とてものみ込めるものではない」と訴え、他の知事からも「減税だけ主張して、後は知りませんでは責任感に欠ける」などの声が上がる。自治体が不安視するのはもっともだ。
経済対策では、ガソリン減税の検討も盛り込む。通常税率に上乗せする「暫定税率」の廃止を含む自動車関係諸税全体の見直しに向けて、結論を得るとした。
暫定税率を廃止した場合、国と地方の税収は年約1兆5千億円減ると試算される。
これらに代わる財源を見つけるのは至難の業だ。国と地方の長期債務残高は24年度末時点で1315兆円に達する見込みで、赤字国債を発行して借金を重ねれば、次世代に負担をつけ回し、財政状況は一層深刻な事態に陥る。
政府は聞こえのいい政策を掲げるだけでなく、財源や財政状況を見据えた検討が求められる。
3党協議の決着 国会形骸化は変わらない(2024年11月22日『信濃毎日新聞』-「社説」)
政府は引き上げを経済対策に盛り込み、対策の裏付けとなる補正予算案の年内成立を目指す。国民民主は賛成する方針だ。
今回のような協議を他の政策についても重ねていくのだろうか。それでは、衆院選前と同様の形骸化した国会審議が、改善されずに続いていく恐れがある。
国会ではこれまで、政府が作成した法案や予算案が自民党内の「事前審査」を経て提出され、野党が審議で反対しても、与党が「数の力」によって押し切る展開が繰り返されてきた。
3党の協議は各党の政調会長が担当した。国会審議と違って非公式で、議事録も残らない話し合いだ。今後も国民民主の意見だけ事前に取り入れ、国会提出後は多数に頼むようになれば、事前審査制が幾分オープンになったに過ぎないと言えるだろう。
本来、実質的な議論を戦わせるべき場が国会審議であるのは言うまでもない。提出前の協議にばかり力を入れるのではなく、委員会など国会での審議を重視するよう与野党に強く求めたい。
国民民主は、合意文書に「引き上げる」や「手取り」といった文言を盛り込ませることにこだわった。衆院選の公約に掲げていたからだ。パート従業員らの働き方を左右する問題を具体的な政策論議に載せたのは、重要な成果と言える。だが今の姿勢は、次の選挙に向けたアピールを最優先としているように見える。
壁の見直しに伴う財政への影響には、地方自治体から強い懸念の声が上がっている。求める政策の負の側面にも目を向け、国会の場で正面から議論する。それが責任ある政党の姿だ。
年収の壁/負担と給付の議論深めよ(2024年11月22日『神戸新聞』-「社説」)
衆院選で「手取りを増やす」と訴え議席を大きく伸ばした国民民主の目玉政策だ。基礎控除と給与所得控除を合わせた所得税の課税限度額を103万円から引き上げて非課税枠を広げ、手取りを増やす狙いだが、上げ幅や穴埋めの財源をどう確保するかの議論はこれからである。
社会保障の公的負担が生じる他の「壁」の見直しにも注目が集まる。目先の手取り増だけでなく、働き方を問わず年金や医療の保障が手厚くなる体制を整えることが不可欠だ。
見直しには人手不足の改善策としての意味合いもある。収入が増えても手取りが減る「働き損」を避けようと、働く時間を抑える人は少なくない。国民民主は103万円が設定された1995年以降の最低賃金上昇率に合わせ、非課税枠を178万円に引き上げるよう主張する。
基礎控除や給与所得控除には、収入の一部を生活費とみなし非課税にする意味合いがある。賃金や物価上昇を反映させ控除額を引き上げるべきとの趣旨はうなずける面もある。
ただ政府の試算では、178万円に引き上げると国と地方の税収減は7兆円を超える。減税による消費喚起も期待はできるが、穴埋めに十分とは限らない。自治体独自の住民サービスに影響が出る可能性がある。
年収の壁には、会社員や公務員の配偶者が扶養から外れ、年金や健康保険の保険料を負担しなければならない「106万円の壁」「130万円の壁」もある。年収によっては将来受け取る年金が増えるが、当面の負担増への反発は根強い。
「壁」に関連し、会社員や公務員の配偶者で年収が一定以下なら保険料負担なしで国民年金や健保に加わることができる「第3号被保険者」制度の在り方も検討すべきだ。
専業主婦の無年金対策として1986年に設けられたが、働く女性が多数を占める現状では不公平との指摘もある。連合は今年10月、段階的な廃止を提起した。
急速な少子高齢化や単身世帯の増加など社会は大きく変化した。「壁」の見直しだけでは一時しのぎに過ぎない。現役世代が負担に納得し老後は誰もが安心して暮らせる社会を目指し、与野党は負担と給付を巡る抜本的な議論を深めねばならない。
「103万円の壁」 開かれた議論、各党で尽くせ(2024年11月22日『中国新聞』-「社説」)
年収が103万円を超えると所得税が生じる「103万円の壁」の見直しに自民、公明、国民民主の3党が合意した。壁を178万円へずらすことを求めてきた国民民主に自公両党が歩み寄り、年末にかけての税制改正の場などで具体的議論が進む見通しだ。
働き方を時代の変化に合わせて変えていくことに異論はない。手取り増を掲げた国民民主が衆院選で躍進したことも民意ではあろう。
しかし、見直しの方向性には賛成できても、個別の課題は多い。十分な検討もなく、年末までに数字だけを見直すような結論では禍根を残す。
しかも、厚生労働省が目指す社会保険料の見直しは、これまで扶養の範囲内だったパートタイマーにも保険料負担を求める内容だ。国民民主の主張とは真逆に手取りが減ることになる。老後の年金などは増えるとは言うが、年15万円ほどが見込まれる負担増は決して軽くはない。
企業が支給する家族手当も税制上の扶養を条件にしているところが大半だろう。扶養から外れれば会社員である配偶者の税金も増えることになる。仮に178万円にまで壁が動いたとしても、扶養を外れてまで働ける流れがどれだけ広がるかは見通せない。
育児や介護を社会で担う仕組みが整っておらず、主に女性が家事を担わざるを得なかった時代から夫婦共働きが当たり前になった時代への変革期である。制度を改めることは不可欠としても、ゴールポストを動かすように、控除額を単純に増やすだけでは抜本的な解決策にはなるまい。
制度見直しによる税収減の問題もある。国が壁を178万円にすれば減収は7兆6千億円と見込む。減税効果で景気が上向けば税収は上振れるかもしれないが、防衛力増強などで膨張した予算を見直すことも必要だろう。
影響は地方も受ける。事業見直しでは追い付かないかもしれない。給食費や医療費の無償化など、地域の実情に即した横出しのサービスが失われる可能性も否定できない。
3党合意を基に、具体的な議論はこれからになる。これまでは与党が数の力を頼りに決定してきたが、少数与党政権ではそうはいくまい。
税金は社会を維持する費用をみんなで負担する仕組みである。誰がどれだけ負担するかを定めたのが税制で、その改正は開かれた場で議論するのが望ましい。
与党の税制改正大綱がそのまま政府の大綱となり、関連法案が国会で可決、成立するのが確実だったからだ。
税調が持つ権限は、自民が多額の企業・団体献金を集める力の源泉である。
献金について経済団体トップは「民主主義のコストを負担するのは社会貢献」と口にする。これは建前だろう。
実際は、減税などの実利を得るための経費の意味合いが大きい。企業が利益の最大化を追求する以上、献金の見返りを求めるのは必然だ。
防衛力増強に充てる増税の具体化も重要な論点だ。調整は難航するとみられる。
トリガー条項は、レギュラーガソリン1リットルの全国平均価格が3カ月連続で160円を超えた場合に一部の課税を停止し、価格を1リットル当たり25円10銭引き下げる措置である。民主党政権だった10年に導入され、東日本大震災の復興財源を確保するために凍結されている。
国民民主は岸田文雄前政権に対しても凍結解除を要求したが、実現しなかった。
防衛力増強の財源は岸田政権が法人、所得、たばこの3税を増税する方針を決めながらも、開始時期の決定を先送りしている。
富裕層優遇との批判がある金融所得課税の見直しも手つかずのままだ。
負担増を求める議論から逃げるのは、責任政党として失格だ。増税が必要と判断すれば、国民や企業に説明して理解を得ることが政府、与党の責務である。減税を求める野党とも協議を重ね、着地点を探りたい。
国民の関心が高い「年収の壁」対策については、立憲民主党も法案を国会に提出している。国民に見える議論を尽くしてもらいたい。
野生のイノシシ肉であつらえたソーセージがお勧めという。挑戦してみると、うまみが濃い。ビールをおかわりすると、シェフが少し得意げにほほえんだ。
イノシシやシカなど「ジビエ」(野生鳥獣肉)の人気が高まっているという。国内では近ごろ、農作物被害対策として狩猟された鳥獣肉が、食用として供給されるようになってきた。駆除して廃棄で終わりではなく、命を大切に扱おうという取り組みだ。
イノシシによる本県での被害といえば、江戸時代に県南地方を見舞った「猪飢饉(いのししけがじ)」が思い浮かぶ。原因は、生態系の破壊にあった。八戸藩は高値で売れる大豆の栽培を奨励した。焼き畑農業が広がり、収穫を終えた畑は放置されていった。イノシシが好むワラビなどが自生し、異常繁殖につながってしまった。田畑は荒らされ、餓死者が多く出た。
現代に目を向ければ、政治の世界は経済対策をめぐる議論が熱気を帯びている。注目の一つは、年収が103万円を超えると所得税が生じる「103万円の壁」の引き上げだ。働く人の手取り収入が増える一方で、国や地方自治体には大幅減収の懸念が生じるというから、難しい問題だ。
熟慮と熟議を求めたい。かつての焼き畑農業のように、目先の利益だけを追いかけては危ないだろう。ジビエ料理も安全のためには、十分な加熱を必要とする。
「就労の壁」は扶養のあり方から議論を(2024年11月21日『日本経済新聞』-「社説」)
「就労の壁」を巡る政策対応は社会の変化を踏まえて税・社会保障のあり方にメスを入れる骨太の改革を目指すべきだ。減税という小手先の人手不足対策に流れるのは賛成できない。
税金や社会保険料の負担で手取りが減らないようにする就労調整が発生するのは、制度内での扶養の位置づけに起因する。扶養家族を持つ世帯主は配偶者控除などで所得税が軽減され、会社員なら追加の保険料なしで医療保険に家族を加入させることもできる。
問題は配偶者が働いた場合でも収入が一定額になるまではこれらの支援を受けられることだ。所得税は年収が103万円まで、社会保険料は働き方によって106万円以上または130万円以上になるまでは負担が発生しない。
収入がこの基準を超えると、配偶者本人に税や保険料の納付義務が発生する。いままで負担ゼロだったのに、いきなり年収100万円超に見合った額が徴収されるので手取りへの影響は小さくない。この段差が壁の発生原因だ。
壁をどかす方法は2つある。税や保険料を求める年収基準を引き上げるか、段差を小さくするために基準を逆に大きく下げるかだ。国民民主が「手取りを増やす」として求めている、所得税の控除額を103万円から178万円に上げる案は前者にあたる。
年収基準を上げれば配偶者の労働時間は増えるだろう。ただし、税優遇の拡大はフルタイム就労を見送る誘因になりかねない。
そもそも「働く配偶者」の今の控除額が妥当なのかも議論すべきだ。共働き世帯が一般的になった現在、収入を得ている専業主婦らが基礎控除と配偶者控除という二重の控除を受ける現状は、不公平感を引き起こしている。
物価動向を踏まえた基礎控除の引き上げは検討の余地があるが、実施するなら働く配偶者の控除縮小と一体で行うべきだろう。
働き方が多様化した時代に求められるのは就労の選択をゆがめない制度だ。収入に応じて税や保険料を納めるのは社会の基本でもある。税も保険料も徴収ラインを大きく下げ、働く配偶者の優遇を見直す改革こそが必要だ。
106万円の壁 公平、持続的制度の構築を(2024年11月21日『福井新聞』-「論説」)
人口減少・少子高齢化の加速に伴い社会保障制度の在り方が大きな課題となっている。厚生労働省は、パートなど短時間労働者が厚生年金に加入しなければならない収入要件「106万円の壁」を撤廃する方向で調整している。勤務先が従業員数を51人以上とする要件もなくす。労働時間が週20時間以上なら収入を問わず加入が必要になる。
現行制度では、会社員の夫に扶養される主婦らは、パートで賃金が月8万8千円(年収約106万円)以上になると厚生年金、健康保険の保険料を勤務先との折半で自身が支払わなければならない。その負担によって手取りが減る「逆転現象」が生じる。
これが保険料負担を避けようと働く時間を抑える「106万円の壁」となっている。国会では所得税が発生する「103万円の壁」が焦点となっているが、超過分から課税が始まるだけで「逆転」は起きない。就業調整を招く壁としては106万円の方が大きい。
要件撤廃によって厚労省は、新たに200万人の厚生年金加入を見込む。所得税減税で就労と消費を促す103万円の壁引き上げとは逆方向の政策で、効果を相殺しかねないとの見方もある。だが、専業主婦世帯に代わって共働き世帯が多数派となった時代に応じた前向きな制度変更と捉えるべきではないか。
人口減少・少子高齢化に直面する日本では、社会保障の安定と人手不足への対策が待ったなしだ。社会保険料を負担しても働く人が増えれば、保障や年金が充実する。壁を上回ると手取りが減るため働く時間を抑える理由になっており、働き控えがなくなれば人手不足の緩和にもなるだろう。
収入要件撤廃の背景として最低賃金の上昇がある。加入条件とされている週20時間、年52週間働くと一部の地域や事業所では106万円を超え、106万円の壁は形骸化しているといえる。
ただ「20時間の壁」は残る。会社員や公務員に扶養される配偶者が週20時間未満の就労なら保険料を支払わずに基礎年金を受給できる「第3号被保険者制度」は変わらない。単身世帯や家計を支えるためパート労働に従事する主婦らから見れば比較的高所得の配偶者に扶養される専業主婦らを優遇したままだと映るかもしれない。
3号制度は専業主婦世帯が多数だった時代に、離婚などで無年金にならないよう女性の受給権確保のため創設された。今も育児や介護、自身の病気などで働きたくても働けない人の年金権を守るには3号制度は有効であり、時代に合わないと廃止するのは適当でない。
政府は公平性を高めながら持続可能な制度構築に取り組まなければならない。
年収の壁 税と社会保障あわせて論じよ(2024年11月20日『読売新聞』-「社説」)
収入が増えたら、税や社会保障の負担が生じて手取りが減るからと、働く時間を抑えている人が少なくない。
人手不足が深刻化する中、「働き控え」は社会的損失といえる。政府は税制、社会保障制度を一体で見直すとともに、負担のあり方も含めて改善策を実施していくべきだ。
自民、公明、国民民主の3党は、パートなどで働く人の年収が103万円を超えると、所得税が課される「103万円の壁」の見直しの協議を始めた。年収から控除される非課税枠を引き上げ、実質的な手取りを増やす狙いがある。
非課税枠はかつて、物価の変動に合わせて引き上げられてきたが、デフレ下にあったこの30年間は、据え置かれていた。物価が上昇している現状を踏まえて、非課税枠を引き上げる必要性はあるといえるだろう。
問題はその引き上げ幅だ。国民民主は103万円を「178万円」とするよう要求している。その場合、国と地方の税収減は7兆円を超えるという。与党は、財政への影響が大きいとして、大幅な引き上げには慎重だ。
国民民主は、非課税枠の引き上げの財源について「政府が考えるべきだ」としている。
だが、国、地方とも財政が厳しいことに変わりはない。非課税枠の引き上げに伴う税収減の穴埋めはどうするつもりなのか。財源を「政府任せ」にしている国民民主の姿勢は無責任だ。
「年収の壁」は、税制の103万円に限らない。
従業員51人以上の企業で週20時間以上働くパートは、年収が106万円を超えると配偶者の扶養から外れ、厚生年金や健康保険に加入しなければならない。従業員50人以下の企業の場合、扶養から外れる基準は130万円となる。
厚生労働省は、この「106万円の壁」の撤廃を検討している。撤廃した場合、厚生年金加入者は200万人増える見通しだ。年金財政の安定化が狙いとされる。
一方、働き手は新たに社会保険料を負担するため手取りが減ることになる。将来、受け取る年金が増えるというメリットはあるが、当面の負担への反発は強い。
政府は、「年収の壁」の見直しに伴う課題を総合的な観点から議論する必要がある。
撤廃は時代の流れに沿う/「106万円の壁」(2024年11月18日『東奥日報』-「時論」)
厚生労働省は、パートなど短時間労働者が厚生年金に加入しなければならない収入要件「106万円の壁」を撤廃する方向で調整している。勤務先の従業員数を51人以上とする要件もなくす。学生ではなく労働時間が週20時間以上なら収入を問わず加入が必要になる。
現状では、会社員らに扶養されていた配偶者もパートで賃金が月8万8千円(年収約106万円)以上になると厚生年金、健康保険の保険料を、勤務先との折半により自身で支払わなければならない。
その負担で手取りが減る「逆転現象」が生じるため、手取りを増やすには年収125万円程度まで働く必要がある。
これが、保険料負担を避けようと働く時間を抑える「106万円の壁」だ。所得税が発生する「103万円の壁」が国会の焦点になっているが、そちらは超過分から課税が始まるだけで「逆転」は起きない。就業調整を招く壁としてはむしろ106万円の方が課題だ。
今回の要件撤廃は、新たに厚生年金の加入対象となる短時間労働者200万人に保険料を課す。所得税減税で就労と消費を促す103万円の壁引き上げとは逆方向の政策で、効果を相殺しかねないとの指摘もある。
だが、専業主婦世帯に代わり共働き世帯が多数派となった時代の流れに沿った、前向きな制度変更と受けとめるべきではないか。
人口減少・少子高齢化に悩む日本では、社会保障の安定と人手不足への対策が急務だ。社会保険料を負担しても働く人が増えれば、払った分だけ保障や年金が充実する。経済成長を阻害する人手不足も緩和できる。長い目、広い視野で見れば、決して「働き損、払い損」にはならないはずだ。
収入要件撤廃の背景には最低賃金の上昇がある。2024年度の最低賃金で週20時間、年52週間勤務した場合、11都府県では年収が106万円を超える。石破政権は最低賃金引き上げを加速する方針で、早ければ25年度には全都道府県で超える可能性もある。106万円の壁は既に形骸化しつつあり、その意味でも撤廃には合理性があるといえる。
ただ、「20時間の壁」は残る。会社員や公務員に扶養されている配偶者が週20時間未満の就労ならば、保険料を支払わずに基礎年金を受給できる「第3号被保険者制度」も残る。
単身世帯や家計を支えるためパート労働に従事する主婦らから見れば、比較的高所得の配偶者に扶養される専業主婦らを優遇する不公平の温存と映るかもしれない。さらに言えば、自営業者らの配偶者は基本的に自分で社会保険料を負担している。いびつな構造であることは否定できない。
3号制度は、専業主婦世帯が多数の時代に、離婚などで無年金にならないよう女性の受給権確保のため創設された。だが時代に合わなくなったと廃止するのも不適当だ。育児や介護、自身の病気などで働きたくても働けない事情を抱えた人の年金権を守るには、3号制度はなお有効だからだ。
官民で保育や介護の受け皿充実、多様な働き方提供を進め、遠回りでも3号制度が不要となる社会の実現を目指した
「年収の壁」議論 制度全体を視野に収めて(2024年11月17日『信濃毎日新聞』-「社説」)
手取り収入増を掲げる国民民主は、所得税の課税の最低ラインを現行の103万円から178万円へ引き上げることを主張。当面は引き上げ幅が焦点となる。
ただ、「103万円の壁」はあくまで議論の入り口に過ぎない。
年収の壁は、社会保険料に関わる「106万円の壁」「130万円の壁」など計六つある。これらは配偶者に扶養されてパートやアルバイトで働く主婦らが税金や保険料の負担を避けるために就労を調整する「壁」ともなってきた。結果として雇用の不安定化や老後の低年金につながっている。
見直しの目的は何か。目先の手取り増にとどまらず、働きたいと願う人がまっとうな収入を得て、医療や年金の保障も手厚くなるよう体制を整えることだ。
配偶者控除については103万円を超えても一定額までは「特別控除」があるため世帯主の手取りは減らない。それでも働き控えはなくならない。多くの企業が社員に「家族手当」などを支給する際、配偶者や子どもの年収の上限を103万円としているからだ。
会社員や公務員に扶養されている配偶者は、国民年金の第3号被保険者として保険料を負担せずに基礎年金を受給でき、健康保険の給付も受けられる。保険料が発生するのが106万円、130万円の壁だ。厚生年金に入れば将来受け取れる年金額は増えるものの、保険料の負担感も大きい。
壁をどのようになくしていくか。厚生労働省はパート労働者らの厚生年金加入を巡り106万円の年収要件を撤廃する方向だ。立憲民主党は130万円の壁の解消に向け保険料による減収分を補填(ほてん)する対策をまとめた。いずれも財源や影響などの精査が要る。
もう一つ、欠かせない変革がある。家事や子育て、介護などケアの多くを女性が担っている。働くことも家庭のことも共に分かち合えるよう、長時間労働に代表される「男性正社員」の働き方そのものを変えなくてはならない。
厚生労働省は、パートなど短時間労働者が厚生年金に加入しなければならない収入要件「106万円の壁」を撤廃する方向で調整している。勤務先の従業員数を51人以上とする要件もなくす。学生ではなく労働時間が週20時間以上なら収入を問わず加入が必要になる。
現状では、会社員らに扶養されていた配偶者もパートで賃金が月8万8千円(年収約106万円)以上になると厚生年金、健康保険の保険料を、勤務先との折半により自身で支払わなければならない。
その負担で手取りが減る「逆転現象」が生じるため、手取りを増やすには年収125万円程度まで働く必要がある。
これが、保険料負担を避けようと働く時間を抑える「106万円の壁」だ。所得税が発生する「103万円の壁」が国会の焦点になっているが、そちらは超過分から課税が始まるだけで「逆転」は起きない。就業調整を招く壁としてはむしろ106万円の方が課題だ。
今回の要件撤廃は、新たに厚生年金の加入対象となる短時間労働者200万人に保険料を課す。所得税減税で就労と消費を促す103万円の壁引き上げとは逆方向の政策で、効果を相殺しかねないとの指摘もある。
だが、専業主婦世帯に代わり共働き世帯が多数派となった時代の流れに沿った、前向きな制度変更と受けとめるべきではないか。
人口減少・少子高齢化に悩む日本では、社会保障の安定と人手不足への対策が急務だ。社会保険料を負担しても働く人が増えれば、払った分だけ保障や年金が充実する。経済成長を阻害する人手不足も緩和できる。長い目、広い視野で見れば、決して「働き損、払い損」にはならないはずだ。
収入要件撤廃の背景には最低賃金の上昇がある。2024年度の最低賃金で週20時間、年52週間勤務した場合、11都府県では年収が106万円を超える。石破政権は最低賃金引き上げを加速する方針で、早ければ25年度には全都道府県で超える可能性もある。106万円の壁は既に形骸化しつつあり、その意味でも撤廃には合理性があるといえる。
ただ、「20時間の壁」は残る。会社員や公務員に扶養されている配偶者が週20時間未満の就労ならば、保険料を支払わずに基礎年金を受給できる「第3号被保険者制度」も残る。
単身世帯や家計を支えるためパート労働に従事する主婦らから見れば、比較的高所得の配偶者に扶養される専業主婦らを優遇する不公平の温存と映るかもしれない。さらに言えば、自営業者らの配偶者は基本的に自分で社会保険料を負担している。いびつな構造であることは否定できない。
3号制度は、専業主婦世帯が多数の時代に、離婚などで無年金にならないよう女性の受給権確保のため創設された。だが時代に合わなくなったと廃止するのも不適当だ。育児や介護、自身の病気などで働きたくても働けない事情を抱えた人の年金権を守るには、3号制度はなお有効だからだ。
官民で保育や介護の受け皿充実、多様な働き方提供を進め、遠回りでも3号制度が不要となる社会の実現を目指したい。
「103万円の壁」見直し 税収減、地方に慎重な配慮を(2024年11月16日『河北新報』-「社説」)
記録的な物価高の中、約30年も手付かずだった所得税控除額の見直しが必要なのは理解できるとしても、財源の手当てや税収減に見舞われる地方への影響を抜きにしては議論を前に進められない。
「働き控え」の解消や個人消費の押し上げにどの程度の効果が見込めるのか、一律の控除額引き上げで格差の拡大を招かないか、などの点でも慎重な検討が不可欠だ。
今後の経済政策や税制を巡る自民、公明、国民民主の3党による協議で「103万円の壁」の見直しが焦点となっている。
控除額は高度成長期には物価変動に応じた調整が行われていたが、1995年に現在の103万円になって以来、実質的に変わっていない。
政府の試算では控除額を178万円に引き上げた場合、年7兆~8兆円の税収減となり、うち地方税は4兆円の減収となる。
国民民主は「消費が活性化し、税収も増える」と主張するが、楽観的過ぎないか。
全国知事会長の村井嘉浩宮城県知事は13日の会見で、県と県内市町村で計810億円の減収になるとして「結果的に大きく住民サービスが下がる」と指摘。財源確保に向け「地に足の着いた対策を」と苦言を呈したのも当然だ。
さらに所得の高い人ほど減税効果が大きく、所得格差が広がりかねない点も見過ごせない。民間の試算では年収200万円の人の減税額は8万円余りだが、800万円以上では22万円を超える。
「年収の壁」には、他に社会保険料の支払い義務が生じる「106万円の壁」「130万円の壁」もある。
専門家の間では手取りの減少幅の大きさや「働き控え」の誘因としては、こちらの壁の方がより深刻だとの指摘も多い。
アルバイト学生の就業調整を巡っては、親の扶養控除の在り方とセットで考える必要もありそうだ。
3党の協議は曲折も予想される。控除額の引き上げ幅を巡って単に「落としどころ」を探るのではなく、税の公平性や財政とのバランスを十分に考慮した上で真に効果的な見直しを目指すべきだろう。
年収の壁 首相は議論整理し説明を(2024年11月16日『産経新聞』-「主張」)
手取りを増やすのか増やさないのか。議論を整理し、はっきりさせねばならない。その上で石破茂首相が説明すべきだ。
「103万円の壁」や「106万円の壁」などの見直しのことである。
いずれの壁も働く時間を抑制する要因とされる点では同じであり、人手不足解消や働き方改革を進める上で制度の見直しは必要だろう。
ただし103万円の壁見直しは手取り増のための減税だ。
逆に106万円の壁撤廃は老後の年金給付を手厚くするため、まず保険料を払ってもらう措置である。長い目でみれば給付増となる。だが、当面の手取りは減る方向に働く。
これらの制度は全く別の話だが、議論のタイミングが重なり、悩ましいことになっている。政府や国会は問題を整理する必要がある。国民の財布は一つだ。制度の見直しで手取りが増えるのか増えないのか、石破首相は国民に丁寧かつ分かりやすく説明せねばならない。
実質賃金の低迷が消費や経済成長の隘路(あいろ)となっており、国民民主が手取り増を目指すのはうなずける。ただ、103万円を178万円まで一気に引き上げることが妥当なのか。
看過できないのは、国民民主が減収財源について「基本的には与党の責任」としていることだ。主張を反映させたいなら財源確保策についても説得力ある提案をする責務がある。
【「年収の壁」協議】財源問題と一体で検討を(2024年11月16日『高知新聞』-「社説」)
少数与党になった石破政権の今後を左右するテーマだけに、政治的な駆け引きや思惑が先立つことも懸念される。それによって制度・政策がゆがむような事態は避けたい。
年収が103万円を超えると所得税が発生する「年収の壁」の見直しが、大きな焦点になっている。
引き上げれば労働者の手取りは増える。しかし、自治体の大幅な税収減は避けられない。財源問題を棚上げしたままでの議論は無責任であり一体的な検討を求めたい。
国民民主の指摘通り、物価高で国民の負担感は増している。所得税の非課税枠は、最低限の生活費には課税しないとの考え方に基づいており、物価上昇に伴って見直しを議論するのは自然な流れだろう。
また、最低賃金が上がる一方で年収の壁は変わらないため、パートやアルバイトの働き控えにつながっている。壁の見直しは、深刻化する人手不足解消の一助にもなるとして企業側の期待も小さくない。
ただ、引き上げ幅を巡っては立場によって考え方が異なる。国民民主は、非課税枠103万円が1995年から据え置かれているため、以降の最賃上昇率に基づき178万円を求める。そうなると国と地方の税収減は合計で年7兆6千億円、うち5兆円が地方分と試算される。地方側からは「身近な行政サービスに影響する」「財政破綻する」と否定的な意見が相次いでいる。
国民民主は、掲げた政策を実現するという政治的な意味にこだわりたいだろうが、財政問題に無関心では政策協議に加わる資格も問われる。与党は基本的に譲歩せざるを得ない立場だが、健全財政、地方の財源への責任がある。減る税収にどう留意するか、十分な分析と協議が求められる。
手取り増が消費につながって税収減はカバーできるとの主張もあるが、短期的に収入が増えても、社会保障制度に見通しが立たなければ消費は簡単に増えないのではないか。そもそも「所得税の103万円の壁」のみに焦点を当てていると、さまざまな面でつじつまが合わなくなる。
非課税額の引き上げは高所得者ほど減税額が大きく、格差を助長する側面もある。
手取り増にこだわるなら、扶養の観点からも整合をとるべきだ。学生がアルバイトなどで103万円を超える年収があれば親は扶養控除が受けられなくなって手取りが減ることもある。配偶者が103万円を超えると手当を打ち切る企業もある。
働き控えをなくす意味では社会保険料負担が生じる年収水準も議論する必要がある。「106万円の壁」「130万円の壁」と呼ばれる線引きがそのままでは効果は薄いとみられる。こういう課題と一体的に、税制、社会保障制度を考えていくべきだ。
見直しに伴う税収減は7兆円超とされ、高所得者ほど減税効果が大きい問題も指摘される。
この壁を超えてもパート主婦は夫が税を控除される場合が多いが、配偶者手当を打ち切る企業もある。学生バイトは親に税控除がなくなり負担が増える。
一方で社会保険は51人以上の企業でパート年収106万円、それ以外でも130万円に達すると加入義務が生じる。
だが物価高の中、目先の手取りを優先したいのが実情だ。受給年齢や給付水準が複雑に変わる年金制度への不信感も強い。
税も社会保障も主に夫が働き、妻の収入は家計を助ける程度という前提のままである。
年収の壁 「103万円」問題だけでない(2024年11月15日『京都新聞』-「社説」)
目下の物価高にあえぐ家計の助けは大切だが、現実的な効果と影響を見極める必要があろう。
年収から控除される非課税枠を引き上げることで、働き手の実質収入を増やすのが狙いという。
パート従業員らが非課税の枠内に勤務時間を抑える「働き控え」をせずに済み、小売りや飲食、サービス業などで広がる人手不足の緩和にもつながるとしている。
3党で見直す方向は一致し、石破茂政権が月内に取りまとめる経済対策に、どう検討方針を盛り込むかの詰めに入っている。
そもそも非課税枠は、必要最低水準の生活を保障するために設けられた。103万円は、全ての納税者が対象の「基礎控除」(48万円)と、会社員の必要経費としての「給与所得控除」(55万円)の合計である。
長くデフレ経済などを理由に据え置かれており、物価上昇の中、枠を一定広げることは理にかなっている。
高所得者ほど恩恵大
国民の玉木雄一郎代表は、「手取りを増やす」をスローガンに衆院選で掲げた「178万円への非課税枠引き上げ」を強く要求している。103万円となった1995年から最低賃金が1・73倍に増えたことを根拠とする。過半数割れした与党に対し、予算をはじめ法案通過の可否を握る立場を背景に強気である。
ただ、国民側の主張には疑問点が少なくない。
1・7倍の非課税枠の拡大は、手取りの収入増をもたらす分、税収は落ち込む。所得税と住民税の基礎控除を現行より75万円引き上げた場合、国と地方を合わせて年約7兆6千億円の税収が減ると試算されている。全国知事会も、厳しい地方財政をより圧迫すると懸念を強めている。
懸案の金融所得課税の強化を含め、高所得者ほど税負担率が下がる税制の「ゆがみ」と合わせて是正の議論が必要だ。
しわ寄せに懸念強く
また、103万円を壁とみる働き控えには、一部に誤解もあるようだ。主婦のパートの場合、年収150万円までは「配偶者特別控除」が受けられるため、実際は世帯の手取りは減らない。
一方で、学生はアルバイトで年収103万円を超えると、親が扶養控除を受けられずに減収となる。同控除の適用範囲の見直しも検討すべきだろう。
与党内にも巨額の税収減への慎重論は根強い一方、安定的な政権運営に国民をつなぎとめようと守勢に回っている。
ただ、目先の暮らし支援にとらわれるあまり、他の公的サービスや次世代への「しわ寄せ」が大きく及ぶのでは困る。
抜本改革も見据えよ
玉木氏は「財源は与党の責任」とし、税収の上振れなどで賄えるとする。だが、継続的な財源の手当てが必要だ。景気などで左右される税収次第というのは無責任だろう。
必要な生活保障という基本に立ち、この間の物価上昇率(約1割)を軸とする引き上げ幅が現実的ではないか。
非課税枠103万円が引き上げられても、「年収の壁」には社会保険料の支払いが生じる「106万円」と「130万円」もある。
従業員51人以上の企業で働く場合、年収106万円を上回ると厚生年金と健康保険に入って保険料を負担し、手取りは減る。ただ、保険料に応じ年金額は増え、健保の手当が充実する利点もある。
50人以下の企業では、年収130万円を超えると保険料支払いで手取りが減り、給付も増えない。実際は最も就業を制約する壁との声が強い。
政府は昨秋、従業員の保険料負担を軽減する企業に助成金を設けた。さらに厚生年金に加入できるパートらの年収要件(106万円以上)を撤廃して加入を促す法改正も進める方向だ。200万人が新加入の見込みで、労使双方の保険料負担への支援が課題となる。
立憲民主党は「130万円の壁」を是正する法案を国会提出した。保険料支払いによる減収分に的を当てた補てん策は合理的であり、検討に値しよう。
これらは国・地方の財政や社会保険制度、働き方や老後にも関わり、国民負担と給付の全体像を見据えた抜本改革が欠かせない。
3党だけの密室協議で固めるのでなく、他の野党を含めて広く開かれた議論を求めたい。
年収の壁 ひずみ全体に目を向けよ(2024年11月15日『西日本新聞』-「社説」)
収入が増えても手取りが減る「働き損」を避けようと、働く時間を抑えている人は少なくない。人手不足が広がる中で、働ける人の働き控えは社会全体の損失だ。
きっかけは国民民主党が、所得税がかかる基準を年収103万円から178万円へ引き上げると衆院選で公約し、躍進したことだ。「手取りを増やす」という訴えは現役世代の支持を集め、改選前の4倍の28議席に増やした。
この額は1995年から据え置かれており、見直しに異論はない。物価上昇に苦しむ低所得者への支援は必要だ。
問題は引き上げ幅である。国民民主は95年以降の最低賃金上昇率に合わせ、控除額の73%増額を主張する。これに伴う国と地方の税収減は、合わせて年7兆6千億円と試算されている。
収入が103万円を超えても本人の手取りが減ることはない。ただこの額を家族手当の支給基準にしている会社がある。子どものアルバイト収入が103万円を超えると、世帯主の扶養控除がなくなり所得税が増えてしまう。
世帯として見れば、手取りが減る「103万円の壁」は確かに存在する。こうした点も踏まえ議論してほしい。
年収の壁には社会保障に絡む「106万円の壁」や「130万円の壁」もある。会社員や公務員の配偶者に扶養されて働く人にとっては、こちらが働き控えを招く壁だ。
勤務先の従業員数によって年収が106万円以上か130万円以上になると、配偶者の扶養から外れ、健康保険や年金などの保険料を負担しなければならない。
ここを境に手取りが減るため「働き損」と受け止められがちだが、新たに厚生年金に加入する場合は将来の年金額が増える。
厚生労働省は厚生年金加入の年収要件をなくすなど、対象の拡大を検討しているようだ。老後の備えを厚くする方向は理解できる。
年収の壁に関連し、会社員や公務員家庭の専業主婦・主夫を優遇する国民年金の第3号被保険者制度の在り方も、併せて検討すべきだ。
「年収の壁」見直し 財源問題、避けて通れぬ(2024年11月13日『東奥日報』-「時論」)
パートやアルバイト従業員らが所得税額を計算する際、年収から給与所得控除55万円と基礎控除48万円を差し引くことができる。控除合計額の103万円を年収が上回ると超過分に所得税が発生する。これが「働き控え」を招いているとされる。
国民民主は最低賃金の上昇率を根拠に控除額を178万円に引き上げるよう求める。働き控え解消を人手確保につなげ、幅広く手取りを増やす狙いだ。
所得税の約33%は自治体の税収不足を補うために国が配る地方交付税の原資になっており、その減収に伴って地方はさらに1兆円強を失う計算。こうした自治体の減収分を国が恒久的に補っていくのは容易ではない。これでは石破内閣の「地方創生」が看板倒れになりかねない。
非課税額の引き上げでは、年収の多い層ほど減税額が大きいとされる。格差の助長は看過できない。
パート、アルバイトの働き控えについては社会保険料が生じたり、親の扶養控除が受けられなくなったりする別の年収額が壁になっているという見方もある。税の問題に限らず、社会保険なども含めた制度の抜本見直しが求められよう。
手取り増という国民民主の主張は多くの賛同を得た。だが巨額減税の財源についてしっかりした説明を欠く姿勢は疑問だ。
さらにガソリン税を一部軽減する「トリガー条項」の凍結解除も求めている。凍結解除で国と地方の税収が1兆5千億円程度減ると政府は試算する。恩恵が車利用者に偏り、脱炭素に逆行するという懸念もある。
こうした経済対策は国民の現在と将来の暮らしに密接に関わる。自公と国民民主の協議だけで決められるものではない。
自公は12日、立憲民主党や日本維新の会とも経済対策について協議の場を設ける方針を明らかにした。本来は国会での議論によって各党の考えを国民に示すべきところだろう。巨大与党が数の力で押し切ってきた従来とは異なる新しい国会の在り方を求めたい。
少数与党となった自民、公明と野党の国民民主による3党の政策協議で、「年収103万円の壁」の引き上げが焦点となっている。
パート従業員らは現在、年収が103万円を超えなければ所得税が発生しない。この非課税枠を178万円にまで引き上げ、税負担の軽減を図るべきだというのが国民民主の主張だ。
手取り収入の減少を意識し、年収が103万円の水準を超えないよう労働時間を抑える人がいるため「壁」と言われている。
非課税枠の存在はそもそも、最低限の生活費には課税しないという考え方に基づいている。食料や燃料など生活必需品の物価が上昇している以上、これを見直すこと自体は必要な作業である。
だが、国民民主の言うように一気に75万円も引き上げるというのは現実的なのか。
政府試算によると、これを実施した場合、国と地方の年間の税収が計約7兆6千億円減る。うち地方分が約4兆円を占める。
財源不足をどうカバーしていくのか。国民民主が衆院選で掲げた政策集などには、説得力のある提案が見当たらない。
財政への影響を十分に考慮しない政策は将来に禍根を残す。協議を進める際、3党はそのことを強く意識してほしい。
衆院選の与党大敗を受けて発足した第2次石破内閣は、野党の協力なしに予算や法案が通らない状態となった。政権維持を優先するあまり、後先を考えず安易に妥協するようでは困る。
国民民主は「未来志向の積極財政」を掲げる。うかがえるのは、減税や財政出動で消費や投資を促して経済が活性化すれば税収が増え、必要な財源もそこから得られるという発想だ。
うまくいくだろうか。景気回復で税収増が実現したとしても安定財源ではない。増大する社会保障負担などをどう分け合うかといった厳しい議論から目をそらし、国民に聞こえのよい収入向上策を訴えているようにも見える。
「106万円の壁」や「130万円の壁」と言われる問題だ。政府は昨年、従業員の保険料負担を軽減した企業に補助金を出す対策をまとめている。これまでの議論を踏まえ、負担のあり方を広く見直していく必要がある。
年収の壁 十分な議論が欠かせない(2024年11月13日『新潟日報』-「社説」)
働く環境を整えるために制度を改める必要はある。ただ、政権運営を意識し、結論ありきで押し進めれば、財源不足によるひずみやしわ寄せが生じかねない。丁寧で十分な議論が求められる。
11月に取りまとめる経済対策案にも明記する方向で、与党の自民、公明両党と、野党の国民民主党による協議が始まっている。
石破茂首相は第2次内閣が発足した11日夜の記者会見で、年収の壁について「与党として真摯(しんし)に検討する」と言及した。
焦点は、所得税が発生する「103万円の壁」の扱いだ。
国民民主はこの控除額を178万円に引き上げるよう強く求めている。政権運営の鍵を握る国民民主の主張通りに、与党が引き上げに応じるか注視される。
政府の試算では、この額に引き上げると国と地方を合わせた税収は約7兆6千億円減り、うち地方分は4兆円程度になるという。
減収分を補う財源がなければ、本県をはじめ厳しい財政運営を迫られる地方への影響は避けられない。慎重な検討が欠かせない。
年収の壁には、103万円とは別に、社会保険料の支払いが発生する「106万円」と「130万円」の壁もある。
勤務先の企業規模で異なるが、年収が106万円や130万円を超えると、健康保険など社会保険料の自己負担が生じる。手取りが減るため労働時間の抑制を招き、人手不足の一因になっている。
106万円は、厚生年金に加入する基準でもある。厚生労働省はこれまで年収106万円以上、従業員数51人以上としていた加入の要件をなくし、労働時間が週20時間以上あれば、年収を問わず加入するとして調整している。
最低賃金の引き上げにより、週20時間の労働時間があれば年収106万円を上回る地域が増えたことが理由だ。保険料負担が生じ、手取り収入が減る人が出てくる。
税制と社会保障の双方に絡む年収の壁は複雑で、賃上げが進めばまた見直しが避けられない。
公明や、国民民主以外の野党には、130万円の壁を含む議論や、税制と社会保険料の一体的な検討が必要だとの声がある。
政府は政権安定という内向きの発想ではなく、国民生活に目を向けて検討を進めてもらいたい。