首相の発言ともなれば国民の利益や国内外の市場に大きな影響を及ぼしうる。「個人的には」という言葉の使い分けは通用せず、中央銀行の金融政策運営の独立性をどれだけ認識しているのかという疑念を招いた。
石破氏は9月の自民党総裁選への出馬表明後、金融所得課税の強化に言及した。貯蓄から投資への流れに反すると批判を浴び、「少額投資非課税制度(NISA)や個人型確定拠出年金(iDeCo)の税の強化は毛頭考えていない」などと補足説明した。
首相周辺には投資家や企業への課税強化、金融・財政引き締めへの懸念が株価下落や円高を招いたとの思いがあるだろう。
2日の首相発言を受けて、3日の東京外国為替市場で円は一時1ドル=147円台まで下落し、日経平均株価が大幅に反発した。政府は財政運営や税制改正などを通じて市場と対話するのが筋で、口先介入は厳に慎むべきだ。
外交・安全保障でも、実現への道筋が不明確なまま誤解を生む発信が目立っている。
首相は9月に米シンクタンクへ寄稿した。①日米安保条約の「非対称性」を改め、米英同盟並みに②在日米軍基地の管理に関する地位協定の見直し③米国の核兵器使用の意思決定に関与する「核共有」④アジア版の北大西洋条約機構(NATO)構想――が柱だ。
日本周辺の安保環境は厳しさを増し、日米同盟を強化する方向性は理解できる。だが安保政策の大幅な見直しは、米国との緊密な調整と信頼関係のもとで進めるべきである。国会審議や選挙公約などを通じて国民に丁寧に理解を得ていくプロセスも大事だ。
持論へのこだわりはわかるが、政権を率いる以上は優先順位を明確にし、具体的な道筋を明らかにしていくべきだ。
日本経済新聞社とテレビ東京による1〜2日の緊急世論調査で石破内閣の支持率は51%だった。発足時としては最低水準で、党利党略をうかがわせる衆院解散の9日への前倒しも影響したとみられる。首相には政権運営の重みを踏まえた発言と行動を求めたい。
石破首相は2日、日銀の植田和男総裁と会談した後、金融政策について「あれこれ指図をする立場にない」としながらも「追加の利上げをする環境にあるとは考えていない」と明言した。
最高権力者の立場から首相は金融政策の是非に触れないのが常だ。石破首相の発言は異例であり、日銀の政策判断を縛る「口先介入」と金融市場で受け止められたのは当然だろう。
首相発言を受けて外国為替市場では「日銀が利上げしにくくなった」との見方から急速に円安が進行。これを好感して株価は大幅に反発した。
日銀は今春、11年にわたった大規模緩和をようやく打ち切り、マイナス金利政策を終了。7月には追加利上げを決め、政策正常化の途上にある。しかし政策金利は0.25%と依然極めて低く、今の物価上昇率が2%を超えている点を勘案すれば、実質的になおマイナス金利状態にある。
植田総裁が首相との会談で、今の政策を「極めて緩和的な状態で、経済をしっかり支えていく」と強調したのはこの点を指している。その上で、経済・物価が想定通りならば追加利上げを検討する方針を説明したのはもっともと言えよう。
石破首相は総裁選の公約で「日銀の独立性」「経済を冷やさない速度での(政策)正常化」を支持すると明記していた。国会論戦を避けての衆院解散・総選挙とともに、ここでも首相の変節や無定見ぶりを指摘せざるを得ない。
身近なものでは行き過ぎた円安である。石油や食料を輸入に頼る日本では円安が輸入コスト増を通じて、物価を押し上げる。家計を苦しめる高インフレは、追加利上げ後の円安修正で和らぐと期待されたが、再び円安へ戻れば元のもくあみとなる。物価高対策を表明したばかりの首相の方針とも矛盾していよう。
日銀の政策転換により「金利ある世界」が復活し、悪化した財政の健全化が焦点となっている。今回の発言がこれに水を差すことに、首相は気付いているだろうか。
正常化へ追加利上げを模索する日銀には、正念場と言えよう。
日銀の掲げる2%目標以上の物価高騰は約2年半続く。企業収益や賃上げは堅調であり、金利是正を妨げる合理的な理由は乏しいのが実態だ。
政治の圧力に屈することなく客観的な景気・物価判断に基づく政策遂行を貫けるかどうか、国民が注目している。
しかし、首相は2日、バイデン米大統領と電話会談した際、協定改定には言及しなかった。3日のエマニュエル駐日米大使との面会でも、議題になったとは伝わってこない。
改定実現に向けた好機であるにもかかわらず、提起すらしないのは理解に苦しむ。長年訴えてきた持論を就任早々棚上げするなら、米軍施設を抱える自治体や住民の期待を裏切ることになる。
米側には、容疑を否認すれば勾留が続く「人質司法」や死刑制度など日本の司法制度の後進性への懸念があり、改定の障壁にもなっている。首相は司法の在り方も含めて検討し、改定の具体的な道筋を引き続き探るよう求める。
首相は安保条約改定に言及し、自衛隊の訓練基地を米国内に置くべきだとも主張する。日本は米国防衛の義務は負わないと説明するが、米側には理解されまい。
米国との核共有や核持ち込みは日本が国是としてきた非核三原則を覆す。断じて認められない。
一連の持論は地位協定改定を除き、憲法9条との整合性が問われる。首相の一存で強行していいわけはない。27日の衆院選で有権者が政権選択の判断材料とするためにも、4日の所信表明演説と続く論戦で説明を尽くすよう求める。
政治家の顔(2024年10月4日『高知新聞』-「小社会」)
訃報が届いたイラストレーターの山藤章二さんは、大の阪神ファンでもあった。高知市夏季大学で来高した年のこと。その十数年前に安芸キャンプを取材した帰りに食べたきつねうどんの味が忘れられず、うどん屋を訪ねた。
ところが、店の主人は「わざわざ東京から…」と大歓待で、出てきた丼には天ぷら、肉、ちくわの大サービス。「普通のきつね」を所望していた山藤さんは言い出せない。「田舎の人の親切はありがた過ぎて腹にこたえる…の巻」。著書「忘月忘日」を基にした記事が本紙にある。
和田誠さんら精鋭と競った時代に確立した山藤流は、「ヒューマンなもの」だという。落語を愛し、川柳や俳句にも造詣が深い。政治家、芸能人らを鋭く斬る風刺似顔絵にも独特の情緒と人間くささがあった。
その政治家の顔も、30年ほど前には「チマチマ顔がのしてきた。〈アマチュアの時代〉の風潮」(山藤章二の顔事典)。週刊朝日の連載を終えた3年前も「最近の政治家の顔をみていると、あまり描く気にもなりません(笑)」。
オタク系の評もある新首相。駅前が似合うドジョウ元首相。いまの政局の主役たちも、山藤さんに言わせれば「いや、まだまだ」だろうか。
首相と金融市場 変動を過度に意識するな(2024年10月4日『西日本新聞』-「社説」)
金融市場が石破茂首相の言動を注視している。日本経済の再生、国民の生活向上につながる政策をどう打ち出すのか。多くの国民の関心事でもある。
株価や円ドル相場は、自民党総裁選に石破氏が勝利してから乱高下している。総裁選での発言と首相としての政策が一致するのか、はっきりしないのが一因だろう。
石破氏は、賃上げや投資拡大を推進した岸田文雄政権の経済政策を引き継ぐと表明した。それだけでは不十分だ。
新政権の経済政策を具体的に示すとともに、総裁選で言及した法人税の引き上げや、金融所得課税強化への対応を明確にする必要がある。
一部で「石破ショック」と呼ばれた円高、株安を気にしたのだろうか。
石破氏は2日に日銀の植田和男総裁と会談した後、日銀の金融政策について「個人的には、追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」と記者団に述べた。
日銀の独立性を脅かしかねない発言で看過できない。
日々の市場では首相の言動が売り買いの材料になる。首相が投資家の動きに過敏になり、市場におもねることがあってはならない。短期的な値動きと距離を保ちながら政権を運営すべきだ。
市場を過度に気にするようでは、必要な政策が断行できなくなるのではないか。前任の岸田氏がそうだった。政権発足後に株価下落が続くと、分配政策の柱だった金融所得課税の強化を棚上げしてしまった。
第2次安倍晋三政権以降の金融緩和で株価が上昇し、富裕層だけが潤った。岸田氏は資産格差の拡大に対策を打つと言っていたのに、株価下落を恐れ、富裕層優遇の税制にメスを入れられなかった。同じ轍(てつ)を踏んではならない。
「円安信仰」についても立ち止まって考えるタイミングではないか。
歴史的な円安ドル高局面では生活必需品が値上がりし、庶民の生活が苦しくなった。「安いニッポン」を目がけて外国人観光客が押し寄せる現状は、日本経済の地盤沈下と表裏一体である。
円安ドル高は輸出産業にはプラスだが、物価上昇を招くため暮らしにはマイナスとなる。経済界が是正を求める声を上げたのはつい最近だ。
衆院選を意識して発言内容を変え、市場や国民を惑わせるのはもっての外である。石破氏は留意してほしい。
「裏金議員」の処遇 国民が納得できる判断を(2024年10月4日『熊本日日新聞』-「社説」)
派閥の事務方に有罪判決は下っても、裏金づくりの経緯や幹部議員の関与は解明されないままだ。
事件への対応などを巡って国民の信頼を失った前首相に代わり、新政権を発足させた石破茂首相は「国民の信任を問う」として早々に衆院の解散方針を表明した。「政治とカネ」が焦点になる中で、裏金に関与した議員ら約50人も衆院選に臨む見込みだ。
政権与党としてこれら議員をどう処遇するかは、新政権の評価に直結するだろう。うやむやな対応では、国民の納得は得られない。
判決によると、事務局長は安倍派の会計責任者となってから2022年までの5年間に、派閥のパーティー券販売の収入と支出計約13億5千万円を政治資金収支報告書に記載しなかった。「裏金化」した資金は各議員に渡ったが、政治資金規正法では、議員ではなく会計責任者が報告書作成の義務を負っている。
組織的な裏金づくりの仕組みはいつどのようにして始まり、何に使われてきたのか。派閥トップや幹部議員の関与はあったのか。事務局長の公判ではこれらの疑問はほとんど明らかにならなかった。
一連の事件では今年1月、旧安倍派、旧二階派、旧岸田派の当時の会計責任者と所属議員の一部計10人が起訴・略式起訴された。
自民党は2月、議員への聞き取り調査を基に裏金に「違法な使途はなかった」と認定。派閥の幹部議員らが国会の政治倫理審査会に出席したが、関与や責任を否定した。それを踏まえて4月、不記載のあった議員の一部に党員資格停止や戒告などの処分を下し、その他多数を幹事長注意とした。
不記載のあった議員の選挙での公認の是非について、石破氏は総裁選に出馬表明した際「徹底的に議論すべきだ」と非公認をにおわせたが、翌日に「新体制で決めることだ」とトーンダウンした。1日の首相就任時の記者会見では、議員に再発防止の考えなどを書面で提出させた上で、選挙区での支持を踏まえて判断するとした。
現行の安保条約と地位協定は1960年に締結されて以降、条文の中身は全く変わっていない。
日本の首相が就任早々、正面から地位協定改定をぶち上げること自体、極めて異例である。
改定を疑問視する声が上がっていることについて石破氏は「日米同盟に懸念が生じるとは全く思っていない。同盟強化につながる」と述べ強い意欲を示した。
那覇市で開催された総裁選の演説会では「いつまでたっても運用の改善だけで事が済むとは思わない」とも述べた。
どの部分をどのように変えたいのか、今のところ、はっきりしない。
構想が具体的に示されなければ評価を下すことはできないが、現時点では、県が要請してきた地位協定の改定とは、その中身が「似て非なるもの」との印象が強い。
改定には私たちも大賛成である。問題はその中身だ。
石破新首相は、解散・総選挙を巡って、これまでの主張を撤回、早期解散を打ち出し、野党の猛反発を浴びた。
■ ■
地位協定の前身は日米行政協定である。52年に国会での議論もないまま調印された行政協定は、米軍に過剰なまでの特権を与え、保守層からも強い批判を浴びた。
歴代の県知事は繰り返し、地位協定の改定を政府に要請してきた。安全保障の名の下に県民の命と暮らしが脅かされ続け、人権が侵害されてきたからだ。
■ ■
米軍の事件・事故による住民被害は多岐にわたる。
PFAS(ピーファス)などの有機フッ素化合物の環境汚染問題や、米兵による相次ぐ女性暴行事件は、とりわけ深刻である。
協定の運用見直しや環境補足協定には依然として問題点が多い。PFAS汚染の立ち入り調査を県が申請しても、米軍の同意が得られず、実現していない。
そして何より、改定の機運を高めるためには、全国規模の運動の広がりが必要だ。
石破新政権発足 論戦なき解散認められぬ(2024年10月2日『北海道新聞』-「社説」)
石破首相は新内閣発足の後、就任の記者会見で衆院を9日に解散し、総選挙を15日公示、27日投開票の日程で行うと正式表明した。
政権発足の勢いを駆って「ご祝儀相場」の支持があるうちに、できるだけ早く解散に持ち込むのが有利と判断したのだろう。そうであれば党利党略と言わざるを得ない。
党人事や組閣でも長老や解散したはずの旧派閥に配慮する姿勢が目立つ。裏金事件や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への対応はうやむやなままだ。
首相への期待はこれまで「党内野党」として執行部への批判もいとわない改革姿勢にあった。ところが、総裁選後に見えてきたのは旧態依然とした自民党型政治や自己保身ばかりだ。
首相は議会制民主主義を軽視した性急な解散を思いとどまり、国会で腰を落ち着けて議論すべきである。
内向きの姿勢際立つ
重要な解散時期の判断についても、森山氏の進言を受け入れたとされる。首相の決断力に早くも疑問符がついた形だ。
内閣の顔ぶれは論功行賞の印象が強い起用も多く、女性は2人と少ない。内向きの姿勢ばかりが際立ち、何を目指す内閣だと国民に訴えたいのか見えてこない。首相は会見で「納得と共感の内閣」と強調したが、独自色は乏しいと言うほかない。
変節ぶりが目に余る
首相は総裁選で早期解散を明言した小泉進次郎氏に対し「なってもいない者が言及すべきではない」「世界情勢がどうなるか分からないのにすぐ解散するという言い方はしない」などと批判的な姿勢を示してきた。
にもかかわらず、舌の根も乾かぬうちに言動を翻したのは変節との批判を免れない。
しかも衆院選の日程は首相就任の前日に発表している。まさに「なってもいない者」による異例の表明ではないか。
首相は総裁選を通じ「誠実」「謙虚」などの言葉を繰り返してきた。スローガンとして「ルールを守る」を掲げていた。
その言葉が空虚に響く。
有権者の審判を経ずに就任した首相がいずれかの段階で信を問わねばならないのは当然のことだが、今回の決定はあまりにも拙速だ。
総裁選で公言した選択的夫婦別姓の導入や金融所得課税の強化など、実現の見通しをたださなければならない課題も多い。
衆参両院の代表質問と党首討論だけでは不十分であり、予算委の議論は欠かせない。
疑惑解明も後退した
首相の対応のぶれは最大の焦点である裏金問題でも際立つ。
総裁選の出馬会見の際に言及した裏金議員の選挙での非公認の可能性については「党の選対本部で適切に議論し判断する」などとトーンダウンした。
裏金事件の再調査の必要性についても「知識を持たないまま軽々なことを申し上げない」とかわしている。
裏金はその実態が分からないことだらけだからこそ、再調査が必要なのだ。そこで足踏みをするようでは、政治不信は強まる一方だろう。
旧統一教会を巡る問題も構図は同じだ。
こうしたのれんに腕押しの対応は、退陣に追い込まれた岸田氏と何ら変わらない。
首相は本当に政治に対する国民の信頼を取り戻すつもりがあるのか、疑わざるを得ない。
君子は豹変す(2024年10月2日『北海道新聞』-「卓上四季」)
高市早苗氏の20年近く前の一文である。「政治リーダーには、熟慮熟考の上で政策変更の必要を感じた場合には、批判を恐れず堂々と豹変(ひょうへん)し、その必然性を国民に説明できる君子であっていただきたい」
▼タイトルは「君子は豹変す」。氏のサイトから一部を略して引いた。教えを受けた松下幸之助は一度決めたことをしばしば変えたという。その逸話を踏まえた主張だった
▼なにせ、これまで「国民に判断材料を提供する」として、一問一答で議論を戦わせる予算委員会を開くべきだと強調し、衆院の早期解散には否定的だった。それが総裁選に勝利するや、フライング気味に超短期決戦を決めた
▼野党から攻め立てられないうちに総選挙に持ち込めとの党内圧力に屈したのだろうか。しかし「正直で筋を通す」のがこの人の持ち味であったはずだ
▼能登の復旧と復興、物価高、人口減―と課題は山積している。何より「政治とカネ」の問題にけじめをつけ、政治への信頼を確かなものにしなければならない。石破氏が向き合うべきは身内の論理ではなく国民だ。そこをくれぐれも忘れないでもらいたい。
自民党の石破茂総裁が第102代首相に指名され、石破内閣を発足させた。首相は9日に衆院を解散、国民の審判を仰ぐ意向だが、約束していたはずの十分な国会論戦を回避する姿勢を示したことからいきなり野党の激しい反発を浴びる多難な船出となった。
党執行部と閣僚の顔触れは、初入閣組が13人とフレッシュさを演出する一方で、林芳正官房長官や加藤勝信財務相を起用して安定感にも留意した。しかし、内情は総裁選の論功行賞と、支援を受けた首相経験者らの意向が強くにじむ内向きの人選が目立つ。総裁選で激しく争った高市早苗、小林鷹之両氏を執行部に取り込めず、挙党態勢の構築に失敗、政権基盤の脆弱(ぜいじゃく)さを浮き彫りにした。
石破首相は「逃げずに実行する内閣」と強調するものの、前言を翻して最短の解散・総選挙日程を表明する極めて異例の手法に踏み切り、論戦から逃げた印象は拭えない。国会が選挙モード一色に染まった結果、何を目指す政権なのか、メッセージが伝わらないスタートとなったのも皮肉だ。
岸田文雄前首相が退陣に追い込まれた要因を、石破首相も忘れてはいないだろう。旧安倍派など派閥パーティーに絡む巨額裏金事件、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関わりなどが招いた深刻な自民政治への不信である。
ならば最優先すべきは、裏金や旧統一教会問題の実態解明に向けた再調査と徹底した説明だ。
資金還流を受けた議員の聞き取り調査では「違法に使った例はない」と結論付けながら、地元有権者への違法な香典などの原資にした疑いのあるケースが発覚。旧安倍派の裏金事件の公判では、いったん中止した資金還流の再開が派閥幹部の協議で決まったと、会計責任者が証言した。国会の政治倫理審査会で関与を否定した派閥幹部の主張に疑念が膨らむ。
ところが、新執行部の幹事長には裏金の聞き取り調査に当たった森山裕氏、幹事長代行には、資金還流を受けた福田達夫氏が就任、この問題に取り組む「覚悟」は感じられない。裏金を受け取りながら政倫審の出席を拒む73人の議員の説明責任も、早期解散でうやむやにしてしまうのか。総裁として明確な説明が求められる。
石破首相は「1強」と呼ばれた安倍政権時代から「正論」を吐き、「与党内野党」とも評され存在感を見せてきた。今度は自身の過去の言動との整合性が問われる。
政策面では、石破新政権の経済政策が見えないとして、マーケットが乱高下。北大西洋条約機構(NATO)のアジア版を創設、「核の共有や持ち込み」を具体的に検討すべきだと主張した、米国の保守系シンクタンクへの寄稿も波紋を広げている。本来ならば解散する前に、首相自身が詳細に語り、野党の質問に真摯(しんし)に答えるべきだ。
政権基盤の安定性を欠く首相が、なすべきことは何か。党内の意見に流されるのではなく、「民意」とタッグを組み、信頼回復のために、政治とカネなどに対して毅然(きぜん)と対応していくほかない。
1940年のディズニー映画「ピノキオ」は操り人形のピノキオが主人公。人形師のゼペットじいさんが作ったが、ある夜に妖精が命を授け「勇気と正直さと優しさを持てば人間になれる」と告げた。ピノキオは一人で動けるようになり、コオロギのジミニーと多くの経験を積む。
操り人形には3種類あるそうだ。ピノキオは糸人形。他に棒で操るもの、手指を入れ動かすものも。通常は操り手なしでは動けない。
自民党の石破茂新総裁がきのう第102代首相の座に就いた。もとより非主流派が長く党内基盤は脆弱(ぜいじゃく)だ。新内閣や党役員の顔ぶれを見ると、総裁選の逆転劇を生んだとされる前首相や元首相ら有力者への配慮、逆に反石破化が危ぶまれる勢力の処遇などに腐心したようだ。挙党一致は道半ばか。
衆院解散・総選挙前に国民へ判断材料を示すとしていた石破氏だが、新首相へのご祝儀相場に乗り選挙戦に臨みたい与党の声に引きずられるように早期解散を選んだ。新政権の刷新感と安定感の両立には全方位バランスが肝とはいえ無数の「糸」に手足を絡め取られないか。
優しく勇気ある行動でゼペットを救ったピノキオは人間になれた。ただ永田町界隈では力ある勢力に従順なリーダーの方が重宝されるようだ。操り手の思惑はさておいて、新首相には政治への信頼を失いかけた国民と真剣に向き合うことを望む。
石破氏は次期衆院選に向け「国民に判断材料を提供するのは政府、与党の責任」として野党との国会論戦に応じる姿勢を示していた。今回の短期日程では野党から「変節した」と批判されても反論できないだろう。
石破氏が総裁選で述べた発言が今になってぐらつき、一部は変化している。これをただすことも必要だ。野党が求める予算委員会の日程を組んで論戦を深められれば、衆院選の争点を明確に有権者に示すことにつながるはずだ。
発足した新内閣には初入閣が13人いる。予算委での答弁でそれぞれの力量が確かめられる。適所適材の人材がそろった内閣かどうか、有権者が判断する機会を得られるだろう。
能登半島の災害対策や、物価高対策を含む経済政策は衆院選の大きな争点。石破氏が総裁選で公約とした北大西洋条約機構(NATO)のアジア版、日米地位協定の見直しについて、今度は首相としての立場から詳しく説明する必要がある。
自民党派閥の裏金事件の「けじめ」に対する石破氏の姿勢が曖昧なままだ。公認については「党の選対本部で適切に議論し判断する」と歯切れが悪い。
石破氏は首相指名の前に「国民に正面から向き合い誠心誠意語っていく。逃げずに実行する内閣にする」と述べていた。何をおいても語り、実行すべきなのは「政治とカネ」問題だ。国会で明確な説明を求めたい。
9人が立候補したにぎやかな総裁選、新内閣発足と自民党が注目を浴びてきた。新首相就任から間を開けることなく、解散・総選挙へ突き進むのは3年前と同じ。支持率が低迷していた菅義偉元首相に代わった岸田文雄前首相の下での衆院選で、自民党が単独で絶対安定多数に達したのは周知の通りだ。
今回も自民党に耳目が集まるタイミングで早々に選挙日程が決まった。ただ衆院選前の国会論戦では野田佳彦元首相が新代表になった立憲民主党をはじめ、日本維新の会など野党側の出番もある。その訴えにもしっかり耳を傾けていきたい。
人の真意は頭ではなく腹の中にあるとする日本語表現は少なくない。心中をうかがわれると「腹を探られる」、何かたくらみがあれば「腹黒い」、信頼を築く上では「腹を割って」話すことが大事だ
▼政治は国民に腹を割ってきただろうか。例えば岸田政権が創設した子ども・子育て支援金。財源捻出のため公的医療保険料に上乗せして徴収するのに、理屈を重ね「実質負担ゼロ」と繰り返した。支援金の名称もあって負担増をごまかされた印象が拭えない
▼聞かれたことに答えなかったり、はぐらかす対応をしたり。いつからか、そんな国会答弁を多く見せられているような気がする。負担増など不都合な点も含めて説明を尽くすことが政治のはずだ
▼昨日、石破茂氏が首相に選出された。自民党総裁選では「勇気と真心を持って真実を語る」と主張していた。師の一人とする故渡辺美智雄元副総理の言葉だ。真実は大抵、受けが悪い。語るには勇気がいる。政治はそれを真心で語らなければならない。そんな意味という
▼自民を生まれ変わらせ、派閥裏金事件で失った信頼を取り戻す決意と受け取れる。党批判もしてきた論客の石破氏だ。腹を割ってくれそうな雰囲気が国民的人気の理由だろう
▼ところがだ。衆院解散前の予算委員会開催に言及していたのに、首相の座を射止めたら一転、早期解散を表明した。野党は党利党略で本格論戦から逃げたと批判する。国民の目にどう映るか。石破氏の姿勢が早速問われる。
早期解散に慎重な立場から早々に変節し、新内閣発足の勢いのまま衆院選に打って出ることにしたのも、党内の声に押されてのことだ。
これでは内外の圧力に屈することなく、政治改革などの課題に取り組めるのか、実に心もとない。言行不一致が続けば、政治不信をいっそう深刻化させかねない。
閣僚の顔ぶれでは、無派閥議員と安全保障政策を通じて石破氏と親交のあった「国防族」の多さが目立つ。
公明党の斉藤鉄夫国土交通相を除く19人の閣僚のうち、無派閥議員は石破氏を含め11人。21年の岸田政権発足時の3人から大幅に増えたが、実態は旧石破グループと総裁選の決選投票で石破氏を支持した菅義偉元首相のグループが多くを占める。
いずれも石破氏を支える党内人脈の狭さ故だろうが、これでは論功行賞と自身に近い議員の優遇とみられても仕方あるまい。
麻生太郎元首相を党最高顧問に、菅氏を副総裁に迎えたことも「長老支配」の復活が危惧される。
さらに看過できないのは、石破氏が首相就任から最短日程で衆院の解散に踏み切ることだ。
新政権発足の「ご祝儀相場」が見込めるうちに衆院選に持ち込み、勝利を狙おうという、党利党略優先の判断と言わざるを得ない。
石破氏はかねて政権の都合による「7条解散」は「憲法の趣旨に反する」と否定的な見解を示していた。
新政権の誕生にあたり国民の評価を得ることに一定の意義はあっても、石破氏が示す9日解散・27日投開票の日程では、国民の判断材料となるような政策論議は期待できず、国会軽視の批判は到底免れない。
党内基盤の脆弱(ぜいじゃく)さから、内向きな政権運営を強いられるようでは、国民の期待も決して長続きはするまい。
(2024年10月2日『山形新聞』-「談話室」)
▼▽日中は汗ばむほどの気温になるが、ここ数日は確かに秋の訪れを感じる。街のあちこちにキンモクセイの甘い香りが漂っている。強い芳香に反しオレンジ色の花弁は慎(つつ)ましい。故に花言葉は「謙虚」や「真実」だとか。
▼▽先日の自民党総裁選で耳にした熱いスピーチを思い出した。「謙虚な政党をつくる」「勇気と真心を持って、真実を語る」。発言の主は、第102代首相に選ばれた石破茂氏である。自らの政治の原点として、これまで度々語ってきたフレーズだ。約40年変わらぬ志という。
▼▽師と仰ぐ渡辺美智雄元副総理の言葉らしい。「金や名誉が目当てならここを去れ。本当のことを勇気を持って国民に語るために政治家はいる」。国会議員になる前、感銘を受けた石破氏はカセットテープに録音し何度も聞いた。自著にも記しており、強い思い入れが伝わる。
▼▽その石破氏が変節したと、早速野党の批判を浴びている。総裁選では国会論戦を重視すると述べていたのに、早期解散を表明したからだ。キンモクセイの花言葉には「陶酔」もあるという。首相の立場に就いても持論を貫き、真実を語り通せるのか。当面の見どころとなる。
石破内閣発足/国民に何を問うか見えない(2024年10月2日『福島民友新聞』-「社説」)
石破氏は党人事で、確執があるとされる麻生太郎副総裁を最高顧問に据え、副総裁に後ろ盾として菅義偉元首相を配した。閣僚人事では総裁選で争った林芳正氏を官房長官、加藤勝信氏を財務相に起用し、挙党態勢の構築を強く意識したことがうかがえる。
ただ、総裁選の決戦投票で戦った高市早苗氏は党総務会長起用の打診を固辞するなど、党内融和に不安材料を残した。閣僚人事でも側近や無派閥系の議員が重用された。「無派閥」を掲げ、党内基盤が弱い首相が、どのような政権運営を見せるかは不透明だ。
極めて異例なのは首相就任前に総選挙の日程を宣言したことだ。石破氏はおとといの会見で、9日に衆院を解散し、27日投開票で衆院選を行うと表明した。臨時国会では衆参両院の代表質問、党首討論は行うものの、野党が求める予算委員会の開催は見送るという。
石破氏は総裁選で「国会での与野党間の議論」を経て、解散総選挙に臨む意向を示していた。もし新政権誕生の浮揚効果が見込める短期決戦で衆院選に臨もうというのなら、約束をほごにする形である。早期解散の正当な理由とともに、選挙で国民に何を問うのか、それを明確に示すべきだ。
国会では政治不信の根源となっている「政治とカネ」の問題を巡る裏金事件の真相解明や再発防止策をはじめ、首相が持論としてきた防災省や、アジア版北大西洋条約機構(NATO)の創設についても踏み込んだ議論は行われない見通しだ。国民生活を左右する経済政策も具体策は見えない。
どのような国を目指し、そのためにどういう道筋を描いているのかを国民に説明し、国会で議論するのが、時の政権、政党の果たすべき役割だ。党利党略を優先し、国会での論戦を避けるような姿勢は看過できない。
政権発足から間もなく選挙戦に突入し、それぞれの大臣が復興の実態を把握、理解するための十分な時間が得られないような状況があってはならない。各大臣は現場主義を徹底し、被災住民らの声を踏まえてさまざまな施策を着実に前に進めてもらいたい。
地方の視点(2024年10月2日『福島民友新聞』-「編集日記」)
円安を追い風に訪日外国人客が過去最多ペースで伸びている。歓迎すべきことではあるものの、約7割が三大都市圏に偏り、地方への波及はまだまだ。コメの需給逼迫(ひっぱく)や値上がりの一要因にもなっていると聞くと、喜んでばかりもいられない
▼外国人頼みというわけにもいかず、地方の足腰を強くしなければならないのは言うまでもない。ところが、全国の知事、首長に対する調査では、この10年間の地方創生について自治体の7割弱が、取り組みの成果が不十分と受け止めている
▼石破内閣が発足した。船出したばかりで、あれこれと口を挟むのは早い気もするが、閣僚の顔ぶれに、恩賞人事だとか、党重鎮に忖度(そんたく)した人事ーといった冷ややかな声も上がる
▼地方創生は10年前、安倍政権が本腰を入れ取り組み始めた。自治体ごとに戦略をまとめて子育て環境の整備などを進め、国が支援してきた。初代担当相を務めたのが石破首相。地方への視点は、しっかりお持ちだろう
▼地方の落ち込みが続けば、国の将来が見通せなくなる。じっくり国会論戦を聞きたいところだが、首相就任から最速日程で衆院が解散となる。早くも選挙モードの中で、地方の再生に向けた議論は尽くしてほしい。
石破茂内閣は、多難な先行きを伴いながら始動した。閣僚人事を巡る摩擦が取り沙汰される中、指導力を発揮して政治への不信感、閉塞[へいそく]感を打破できるのか。国民生活に真摯[しんし]に向き合い、有言実行の政治を進め切れるのか。動向を見極めねばならない。
閣僚は党役員人事と同様、総裁選での自陣と、決選投票で勝利に貢献した陣営からの登用が目立つとされる。首相経験者ら党重鎮の影響力に期待する色も濃いなら、政権運営は忖度[そんたく]が働き、制約されかねない。政治改革への発言は、変遷も指摘されている。
政策活動費の廃止といった政治改革は、党内の異論を収める胆力と求心力が必要だ。実効性が問われる改正政治資金規正法は、修正すべきは果断に修正する。支持率が急落した前政権を教訓に、民意にしっかりと目を向ける姿勢に転じなければ、首相が交代した意味はない。
旧安倍派は一人も入閣せず、不満や反発もあるようだ。派閥の裏金事件の結果責任に照らした判断ならば、世論の感覚も踏まえて受け入れるべきではないか。
総裁選で対決した有力議員が党役員就任を固辞した事態も伝わる。結束して心機一転を期すべき党勢下、対立を深めるようでは、政権や党の立て直しも、国民の信頼回復も遠のくだけだろう。
臨時国会の日程を巡り、与党が9日までの会期を提示したのに対し、野党側は審議が不十分だと反発した。石破氏は衆院解散・総選挙に先立ち、新政権への審判を仰ぐ材料を予算委員会の審議などで十分に示すと述べてきた。国会論戦の幕を早々に引くような姿勢は「逃げず、正面から謙虚に」との政権方針とは裏腹に映る。
東日本大震災と東京電力福島第1原発事故関連の主要閣僚で、国土交通相は再任された一方、復興、環境、経済産業、農林水産相らは初入閣となった。被災地の現状と複雑、多様な復興の課題をしっかりと理解し、責任感と緊張感を持って職責を果たすよう求めたい。(五十嵐稔)
(2024年10月2日『山形新聞』-「談話室」)
▼▽日中は汗ばむほどの気温になるが、ここ数日は確かに秋の訪れを感じる。街のあちこちにキンモクセイの甘い香りが漂っている。強い芳香に反しオレンジ色の花弁は慎(つつ)ましい。故に花言葉は「謙虚」や「真実」だとか。
▼▽先日の自民党総裁選で耳にした熱いスピーチを思い出した。「謙虚な政党をつくる」「勇気と真心を持って、真実を語る」。発言の主は、第102代首相に選ばれた石破茂氏である。自らの政治の原点として、これまで度々語ってきたフレーズだ。約40年変わらぬ志という。
▼▽師と仰ぐ渡辺美智雄元副総理の言葉らしい。「金や名誉が目当てならここを去れ。本当のことを勇気を持って国民に語るために政治家はいる」。国会議員になる前、感銘を受けた石破氏はカセットテープに録音し何度も聞いた。自著にも記しており、強い思い入れが伝わる。
▼▽その石破氏が変節したと、早速野党の批判を浴びている。総裁選では国会論戦を重視すると述べていたのに、早期解散を表明したからだ。キンモクセイの花言葉には「陶酔」もあるという。首相の立場に就いても持論を貫き、真実を語り通せるのか。当面の見どころとなる。
石破新内閣が発足 改革の具体像が問われる(2024年10月2日『毎日新聞』-「社説」)
根深い政治不信を払拭(ふっしょく)し、内外の懸案に対処する政策を実行できるか。新首相の力量が問われる。
その布陣には「派閥政治からの脱却」を印象づけようとの狙いがうかがえる。党総裁選で石破首相を支えた非主流派や無派閥の議員を多く起用した。一方、派閥の裏金問題に関わった安倍派議員は入閣しなかった。
ただ、政権基盤の弱い首相は、挙党態勢の演出に腐心したのが実態だ。
「政治とカネ」対応が鍵
最優先で取り組むべき「政治とカネ」の問題は具体策が乏しい。
首相は政治資金に関し、「限りなき透明性を持って公開する」と強調してきた。それならば、政策活動費は廃止するのが筋だ。
裏金事件に関与した議員らの再調査についても、首相は曖昧な発言を繰り返している。
国会議員歳費と別枠で月100万円が支給される調査研究広報滞在費(旧文書通信交通滞在費)は、使途公開に向けた検討を急ぐ必要がある。
政治資金の透明化に抵抗する党側に屈して、不十分な改革で終わらせるようでは、国民の期待に応えられない。
日本経済を好転させるための方策も問われる。
国民が物価高に悩まされる中、暮らしの立て直しは新政権にとって喫緊の課題である。
石破首相は、賃上げと投資を軸とする岸田文雄前首相の経済政策を踏襲する考えだ。とはいえ、岸田政権のように、ガソリン代や電気・ガス代の補助を漫然と続けるのは不適切だ。
日銀が利上げを進めれば、借金頼みの財政運営は持続可能でなくなる。首相は総裁選で「本当に困窮している方々に適切な対策を打ちたい」と主張した。その言葉の通り、低所得者層に的を絞った支援策を講じるべきだ。
安全保障政策に危うさ
安全保障に通じているとされる首相だが、掲げる政策には危うさがつきまとう。
米シンクタンクへの寄稿で「米英同盟並みに日米同盟を引き上げる」と強調し、日本が米国の防衛義務を負う方向で日米安保条約を改定すべきだとの考えを示した。在日米軍の活動ルールを定めた日米地位協定も見直し、グアムに自衛隊を駐留させることを提案した。
戦後の外交・安保政策を大転換させるもので、米国との同盟関係にあつれきを生みかねない。憲法改正も必要となる。国民の理解が得られるとは到底思えない。
新政権の方針についての議論を避け、支持率が高いうちに選挙をした方が有利になると考えているとすれば、党利党略も甚だしい。
首相は総裁選で「国民にもう一度信頼してもらえる政治」の実現を訴えてきた。その約束を守り、国民の声に真摯(しんし)に耳を傾け、改革の具体像を示すべきだ。
山藤章二さんがイラストを描き、1999年に発売された「笑門来福落語切手」。各2枚ずつの10面シートで1シート800円だった。
▲落語通の山藤さんは同学年のライバルを古今亭志ん朝、自身を友人の立川談志になぞらえた。週刊文春の洗練された表紙(和田)と週刊朝日巻末に連載した毒のある風刺似顔絵「ブラック・アングル」(山藤)。イラスト界の巨匠2人の「芸風」の違いをよく言い当てている
▲山藤さんが87歳で亡くなった。8歳で終戦を迎え、国家体制や価値観の大転換を体験した。「人間を、国を、政治を……すべてを鳥(ちょう)瞰(かん)的に見るようになった」(自分史ときどき昭和史)という。その観察眼が風刺にも生かされたのだろう
▲ロッキード事件が発覚した1976年に始まったブラック・アングル。思い切った見立ての似顔絵で世相を切り取った。武者小路実篤の色紙をモチーフに田中角栄元首相ら事件の主要人物を野菜のように描いた「仲よき事は美しき哉(かな)」は今も語り継がれる
▲大平正芳元首相を岸田劉生の「麗子像」に模して描き、小泉純一郎元首相は赤いポストに顔を描いた。当初は「面白い顔ではない」と思いながら「汲(く)めどもつきぬ味わい」を見つけたのが小渕恵三元首相という。政治家にもファンは多かったらしい
▲石破茂新内閣が発足した。山藤さんならどこを切り取るか。早期解散への方針転換で孤立しても信念を貫くイメージが早くも揺らぐ。そんな姿が狙われそうである。
石破内閣発足 早期解散で国民に何を訴える(2024年10月2日『読売新聞』-「社説」)
◆党内基盤の脆さを克服できるか◆
異例ずくめの船出である。首相就任前に衆院解散・総選挙の断行を表明するのは前代未聞だ。
首相は衆院選で、連立を組む自民、公明両党の安定多数の確保を目指すことになる。国民が判断しやすいよう、選挙戦を通じ、政権の掲げる国家像や具体的な政策を明確に打ち出す必要がある。
◆官邸主導から党主導へ
衆参両院での首相指名選挙を経て、石破茂氏が第102代首相に就任し、内閣を発足させた。
人口減少や安全保障環境の悪化など、国内外の課題への対応は急務だ。首相は様々な難題の解決に向け、総力を挙げて取り組まなければならない。
自民党役員人事でもベテランを登用し、幹事長に森山裕氏、総務会長に鈴木俊一氏を充てた。副総裁に菅義偉氏、最高顧問に麻生太郎氏という2人の首相経験者を要職に就けたのは、党内の重しとしての役割を期待したためだ。
一方、19人の閣僚中、初入閣は13人で、無派閥は10人に上った。派閥の意向に沿った従来の組閣の手法と一線を画している点でも、異例と言えるだろう。
今回の人事で浮き彫りになったのは、首相の党内人脈が極めて限られている点だ。
総裁選で首相を推薦した20人のうち、6人が入閣した。自らに近い議員をこれほど登用したのは、単に論功行賞という意味だけでなく、首相と接点のある議員が少ないためだ、との指摘がある。
だが、今回の人事で挙党態勢を築けたとは言えない。100人近くに上る旧安倍派の議員は、閣僚や党四役に起用しなかった。
◆挙党態勢には程遠い
長く非主流派だった首相としては、森、小泉、安倍、福田の4首相を輩出した清和政策研究会(旧安倍派)が党運営を主導する体制に、終止符を打つ狙いがあったとの見方が出ている。
首相は、衆院選前に国会でしっかりと論戦を行う考えを示していたが、森山幹事長らの進言を受け、衆院選を「10月15日公示―27日投開票」で行う考えを表明した。首相就任から8日後の解散も、26日後の投開票も戦後最短となる。
新内閣に対する国民の期待感が高いうちに信を問うという狙いのようだが、首相の大権である解散権が、党側にあるかのような印象を与えたのは事実だ。
首相の党内基盤は 脆 もろ く、今後も党主導で政策や政局が決まっていく可能性がある。
不安定な状態でスタートした政権を軌道に乗せられるかどうかは、首相の力量次第だろう。
◆国際情勢への対応急務
ウクライナ戦争や中東の紛争は長期化し、国際秩序をどう立て直すかは待ったなしの課題だ。
先進7か国(G7)の一角で、経済大国の日本の新しい首相が何を表明するか、注目を集めることは間違いない。
首相は、明確な外交方針に基づき、秩序の回復に向けて日本が果たす役割を語るべきだ。
実質賃金が2か月連続でプラスとなるなど、経済指標は上向いているが、生活が豊かになっているという実感は乏しい。
新政権は難題から逃げず処方箋を(2024年10月2日『日本経済新聞』-「社説」)
自民党の石破茂総裁が第102代首相に就任し、新内閣が発足した。9日に衆院を解散し、27日投開票の総選挙に臨む。激動する世界で経済再生を軌道に乗せ、国を守るかじ取りは難しさを増す。難題から逃げずに取り組み、国民の信任を得なければならない。
新たな党執行部と閣僚の顔ぶれからは挙党態勢の構築に苦心した形跡がうかがえる。首相は距離のある麻生太郎氏を党最高顧問に据えて政権に取り込んだが、総裁の座を争った高市早苗、小林鷹之両氏はポストの打診を断った。
所得増の定着へ道筋を
長らく主流派の最大派閥として君臨した旧安倍派の閣僚はゼロだった。政治資金収支報告書の不記載があった議員が多く、起用すれば批判を招くおそれがあった。旧安倍派は不満を募らせ、安倍晋三元首相を「国賊」と呼んだと報じられて党処分を受けた村上誠一郎氏の入閣にも反発している。
最重要課題の経済再生は成長戦略の肉付けが待ったなしだ。マーケットは不安定な動きをみせている。首相は就任記者会見で、岸田政権の成長戦略や資産運用立国などの経済政策を引き継ぐと強調し、物価高対策として低所得者向けの給付金の検討も表明した。
人口減少で労働力が先細りするなか、生産性を高め、物価上昇を上回る所得の向上を定着させる道筋を早く示すべきだ。
持続可能で規律ある財政を取り戻すための議論は避けて通れない。少子化対策や防衛力の強化には安定財源の確保が必要だ。ムダな歳出を減らす努力を前提に、国民にある程度の負担を呼びかける努力を怠ってはならない。
外交・安全保障政策の中核は、強固な日米同盟を軸に中国とどう向き合うかにある。首相は対中抑止の強化を念頭に、アジア版の北大西洋条約機構(NATO)創設や日米安全保障条約、日米地位協定の改定を唱えている。
首相は安保政策へのこだわりが強く、アジア版NATOは長年の持論だ。政治家が理想を掲げるのは悪いことではない。いずれもハードルは高いが、うまく運べば、日米同盟の強化や世界の安定に寄与する可能性はある。
ただ、総裁選のさなかに米シンクタンクへの寄稿で安保条約の改定などを提唱したのは唐突だった。一議員としての発言と、首相になる人のそれは重みが違う。
アジア版NATOも安保条約や地位協定の改定も、国内論議はほとんどなされていない。米国の理解をどう得るのかは交渉を左右する。11月の米大統領選の結果も日米関係に影響を及ぼす。現実を見据え、優先順位をつけて丁寧に取り組まなければならない。
政策遂行の前提となるのは、派閥の政治資金問題で損なわれた国民からの信頼回復だ。問題の真相究明と再発防止はその第一歩である。収支報告書の不記載があった議員を次の衆院選でどう扱うのかは論点となる。
解散前の議論を十分に
曖昧な基準で公認すれば有権者の反発を招きかねない。かといって公認の見送りが相次げば党内の不満が高まる。手綱さばきを注視したい。
しかし、この日程では衆参両院の予算委員会を開き、内政、外交の幅広い課題について与野党が議論する時間はない。与党は党首討論の開催を提案したが、通例1時間に満たない党首討論で十分か疑問だ。少なくとも予算委で与野党がそれぞれの立場を明確にする機会をつくるべきである。
首相は会見で「国民に納得し、共感してもらえる政治を進める」と言明した。不誠実と受け取られかねない姿勢は厳に慎み、政権運営に取り組んでほしい。
石破新内閣 危機感持ち日本守り抜け 挙党体制築かぬままの船出か(2024年10月2日『産経新聞』-「主張」)
国民に信を問う上で判断材料を提供するのは首相の責務である。論戦が不十分でよいのだろうか。「国民に正面から向き合い誠心誠意語っていく。逃げずに実行する内閣にする」と述べた。にもかかわらず、実際には丁寧な質疑を避けようとしているのは残念である。
◆改憲案作成へ動く時だ
首相には保守の矜持(きょうじ)をしっかり持ってもらいたい。党綱領は「日本らしい日本の確立」をうたい、自らを「保守政党」と位置付けている。この理念を踏まえ国家国民を守り抜かねばならない。
今求められるのは、中国やロシア、北朝鮮といった現実の脅威に対処することだ。日米同盟を盤石なものとし、抑止力と対処力の向上へ防衛力の抜本的強化を加速させることである。日本に対する主権侵害などには、毅然(きぜん)とした対応を取ってもらいたい。
憲法改正は自民の党是である。党はすでに憲法に「第9条の2」の条文を新設して自衛隊を明記することや、緊急政令の根拠規定創設を盛り込んだ論点整理をまとめている。これを前提に他党を説得し、改憲原案の条文を早期に完成させるべきだ。目標とする憲法改正の時期も明らかにしてほしい。
安定的な皇位継承をめぐっては男系(父系)継承を確実にしなければならない。岸田内閣時の報告書の実現を求める。国の根幹をなす課題であり、保守の真価が問われる。
北朝鮮による日本人拉致問題について首相は「東京と平壌に連絡事務所を開設して交渉の足掛かりとする」と唱えてきたが、家族会は時間稼ぎに利用されるだけだと反対している。被害者と家族は高齢化している。全員の早期救出に力を尽くさねばならない。
◆経済の道筋を具体的に
経済は国力の基盤である。物価高を上回る持続的な賃上げを確実にし、デフレからの完全脱却を果たすことは重要だ。東京株式市場では一時、日経平均株価が大幅下落した。石破首相の経済・財政政策に対する警戒感が広がったとの見方がある。政策の方向性や道筋を具体的に示し、丁寧な政策運営をすることが肝要である。
「政治とカネ」の問題では政治資金の透明性確保やパーティー収入不記載事件の再発防止策を着実に進め、政治への信頼を取り戻すことが求められる。
理解に苦しむのは石破政権が挙党体制になっていない点だ。弱い党内基盤の強化が本来取るべき対応だった。
決選投票で僅差で敗れた高市早苗前経済安全保障担当相には党ナンバー2の幹事長への就任を求めず、総務会長を打診し固辞された。決選投票で高市氏に投票したとされる茂木敏充前幹事長には重要ポストを提示した形跡はない。
岩屋毅外相は総裁選で石破陣営の選対本部長だった。防衛相当時、韓国軍による海上自衛隊機へのレーダー照射があった。岩屋氏は抗議をしつつも、韓国の国防相と笑顔で握手した人物である。国益を踏まえた外交を展開してほしい。
必ずしも適材適所といえない陣容で衆院選を乗り切り、政策を遂行するのは困難を伴う。首相は日本を守り抜く政治を心掛けてほしい。
「眠狂四郎」などの剣豪小説で知られる柴田錬三郎のもとを、作家の吉行淳之介が訪ねてきた。男女の性を通し人間の生を描き続ける吉行が、次は「鼠(ねずみ)小僧」を書くという。ついては時代物の急所について講義を願いたい、と。
▼江戸を舞台にするのなら、江戸の町を頭の中で歩けるようにならなければ―。「柴錬」先生はそう助言した。吉行は勧めに従って、鼠小僧のいた時代の古地図を買い求めたそうである。作中で描いた街並みは、地図を忠実に再現したものだという。
▼日本の針路を正しく示すべきこの人は、どんな地図をお持ちか。第102代首相に選ばれ、新政権を発足させた石破茂氏である。自民党では長く「党内野党」の立場にあり、時の内閣への直言も辞さなかった。トップに立ち、眺める地図と現実の間には〝誤差〟もあるだろう。
▼総裁選では、国民に判断材料を提供するのが首相の責任だと語っていた。そこから一転し、「27日投開票」の衆院選を明言したのには驚かされた。臨時国会は9日までと短く、十分な論戦はできないと言われている。公約のほごになりはしないか。
▼政治とカネを巡る国民の不信感を拭うのは容易なことではない。デフレ克服を目指す経済政策はどうなる。安全保障政策にしても、石破氏の掲げる「アジア版NATO」と実際のアジア情勢の間には、隔たりがある。現実との誤差があまりに大きい地図では、使い物になるまい。
▼古地図といえば立川談志さんも江戸の街並みを詳細に記憶し、落語の語りに生かした。「そういう部分がなければ『江戸の風』は吹かない」と。さて石破首相である。新政権は追い風を受けるというのが政界の常識だが、世論の風が期待通りに吹くとは限らない。
石破内閣が発足 選択材料示さぬ不誠実(2024年10月2日『東京新聞』-「社説」)
自民党の石破茂総裁が国会で首相に選出され、石破内閣が発足した。石破首相は9日に衆院を解散する意向で、臨時国会での与野党論戦は極めて短期間にとどまる。有権者に政権選択の材料を十分に示さないまま、解散に踏み切るのは無責任極まりない。
石破氏は総裁選で、解散時期に関し「主権者たる国民が判断できる材料をきちんと示すのは新政権の責任」と、予算委員会での論戦後にすべきだと強調していた。
首相就任早々、前言を翻すとは不誠実極まりない。
派閥裏金事件で国民の信頼を失い、岸田文雄首相が退陣を余儀なくされた自民党内では、9月の総裁選で局面を転換し、野党側に攻撃材料や選挙準備期間を与えないまま、衆院選になだれ込む筋書きが取り沙汰されていた。
石破氏はこうした筋書きに違和感を抱いていたからこそ、解散前の予算委開催を主張していたのではなかったか。
党内基盤が弱い石破氏が、後ろ盾の森山裕幹事長らが唱える早期解散にあらがえない事情はあるにせよ、民主主義の根幹をなす衆院選に関する認識が総裁就任から数日で変わるなら、政治指導者としての資質を疑われても当然だ。
◆自説曲げて早期解散
石破氏が国会で首相に指名される前から、衆院解散や投開票の日程を表明し、選挙事務を進めさせたことも、国会軽視との非難を免れない。地方自治体の選挙管理委員会の準備作業への配慮を理由に挙げたが、権限はなく、憲法上疑義があると言わざるを得ない。
5回目の挑戦で総裁選を制したのは、裏金事件で党への信頼が失墜する中、周囲に同調せず、正論を吐く政治姿勢が支持されたためだろう。
石破首相の使命は、これまでの首相が手を付けることができなかった「政治とカネ」をはじめとする数々の問題に果敢に取り組み、自民党の体質を抜本的に改めることにほかならない。
ところが、権力の座に就いたとたん自民党の大勢に染まり、自説を曲げるようでは、裏金事件の実態解明も期待できない。
石破氏は総裁選で、裏金議員の非公認に一度は言及したが、すぐに軌道修正した。このまま水に流し、なかったことにして衆院選を乗り切ろうというのか。
発足間もない石破内閣には政策の実績はない。短期間で衆院解散に踏み切るのなら、暫定的な選挙管理内閣というほかない。
◆政策の具体性を欠く
石破氏が訴える政策も具体性を欠く点が多い。総裁選では富裕層への金融所得課税強化や法人税引き上げの可能性に言及したが、対立候補に批判され、終盤に「『新しい資本主義』にさらに加速度をつける」と岸田路線の継承を唱えるなど独自色は消え去った。
論戦を通じて有権者に政権選択の判断材料を示すことができるまで、国会の会期を延長して審議時間を確保し、衆院解散・総選挙の時期も先送りすべきだ。もし判断材料を示さぬまま解散を強行するのなら、そうした強権的姿勢も有権者の審判対象となるだろう。
▼味のある似顔絵や世相を皮肉る作品で人気だったイラストレーターの山藤章二さんが亡くなった。87歳。さぞ、大勢の人を「苦笑」させてきたことだろう。苦笑どころか腹を立てた人もいるか。鮮やかな切り口と毒気の強いタッチ。そのひねりと誇張が世を大笑いさせてきた
▼似顔絵は「批評」とおっしゃっていた。偉い人の「ぽろっとこぼれた人間味」をつかんで描く。たとえば、そそっかしさやずるさ。だから、描かれた人は思わぬ自分を突きつけられて「苦笑する」
▼人物の内面までも見抜き、それをそのまま、描ける正直な筆をお持ちだった。作家の野坂昭如さんが自分の似顔絵について語っている。「ヒトというよりチンパンジーに近いのだが、ふと鏡を見れば、どんどん山藤の描く顔に似てくる」
▼さて昨日、内閣を発足させた石破茂首相。たくさんの政治家を描いてきたその人なら、どんな石破さんを描くのだろう
▼首相就任直後の支持率の「ご祝儀相場」だけを当て込んで、衆院解散に踏み切る必死の形相か。総務会長への起用を高市さんに袖にされ、泣き崩れる姿か。たぶん、石破さんが見れば「苦笑」ではすまぬ毒のある作品が浮かぶ。
求められるのは「政治とカネ」の問題を含めた古い自民党政治からの転換だ。挙党態勢とは言い難い船出で党改革を進め、政策を着実に実行できるか、注視したい。
19人の閣僚のうち初入閣が13人に上る。新鮮な顔触れと言えるが、実力は未知数だ。女性は2人にとどまった。
派閥裏金事件を受けて多くの派閥が解散を決めた中での組閣だった。前日に決まった党役員人事と合わせて見えてくるのは、総裁選の決選投票で石破氏を支援した重鎮や陣営への配慮だ。
石破氏は党内基盤が弱い。新閣僚で新味を出す一方、要所に重鎮やベテランを置いて基盤を固めようとする狙いがうかがえる。
人口減少や物価高、安全保障環境の変化など、課題は山積している。政策を実行するには今後いかに求心力を高め、挙党態勢を築いていくかが課題となる。
党内の非主流派に身を置いてきたからこそ石破氏には、党改革、政治改革を断行してもらいたい。
「ぼろが出ないうちに解散すべきだ」とする森山氏らの意向に沿ったとされるが、首相就任前に衆院選日程を明言するのは極めて異例だ。石破氏はかねて、事実上首相が判断する「7条解散」に否定的でもあった。
立憲民主党など野党が「国会軽視」「党利党略の解散権行使だ」と批判するのも当然だ。
新内閣に本県関係議員はいなかった。県関係の閣僚不在は約12年に及び、政治力の低下を表している。奮起してほしい。
石破政権が発足 旧来政治を刷新できるか(2024年10月2日『信濃毎日新聞』-「社説」)
内閣の前途多難を予感させる船出となった。
新内閣の使命は、裏金事件を招いた自民党政治を検証し、政治に対する国民の信頼を取り戻すことだ。「表紙」を取り換えただけでは旧来政治は「刷新」されない。問われるのは何をどう実行するか―である。
■改革あってこそ
石破氏はこれまで、重要な政治的な局面で正論を述べ、首相にふさわしい人を選ぶ世論調査で常にトップ争いをしてきた。
自らがトップに就いた後も「説明責任を果たし、国民が納得するまで全力を尽くす」(総裁選告示日の演説)姿勢を続けることができるのか。
新内閣には、裏金事件の舞台となった旧安倍派の議員が入らなかった。2012年に第2次安倍晋三内閣が発足して以降、後継の内閣に継承されてきた「安倍路線」からの脱却を目指す姿勢が表れたといえる。安倍氏の批判を続けた村上誠一郎氏の入閣は象徴的だ。
総裁選の決選投票で敗れた高市早苗氏は、党総務会長の打診を固辞し入閣もしなかった。基盤が弱い石破氏が党内を統率していくには、今後も旧派閥の領袖(りょうしゅう)らに配慮を迫られる可能性が高い。
兆しは既に表れている。総裁選では当初、裏金事件に関係した議員の公認について「徹底的に議論する」と述べていたが、党内の反発を受け発言を修正した。事件の再調査にも消極的だ。
自民党は汚職などで支持率が低下して窮地に陥れば、党内の非主流派から総裁を選ぶ「疑似政権交代」でしのいできた。金権問題で田中角栄氏が退陣した後の三木武夫政権や、リクルート事件後の海部俊樹政権などが該当する。
これらの政権は結果的には党内の反発で改革を達成できないまま中途半端な形に終わっている。その二の舞いは避けねばならない。
■「論戦尽くす」どこへ
石破氏は有権者に判断材料を示すため、「本会議あるいは予算委員会で議論して国民の信を問う」と述べていたはずだ。9日に党首討論を開催する予定だが、時間が短く、石破氏以外の閣僚が野党の質問に答える場面もない。
これで国民に判断材料を示したと強弁するには無理がある。石川県能登地方の記録的豪雨への対応も審議する必要があるはずだ。
新政権の浮揚効果が見込めるうちに、選挙に打って出て勝利につなげたいという党利党略が優先したのだろう。石破氏が主張してきた「正論」が早くも揺らぐ。
安倍政権以降の国会では、首相や閣僚が野党の質問に真正面から答えず、審議時間だけが過ぎる光景が繰り返されてきた。形だけの論戦は国会軽視だ。民主主義をないがしろにする政治手法を終わらせたい。
■将来ビジョン示せ
求められるのは国民が将来に希望が持てるビジョンの提示だ。
まずは急激な物価高への対応と、持続的な経済成長に導く手法を明確に示すべきだ。物価上昇を超える賃金上昇をどう実現するのか。医療、年金など社会保障に対する将来不安を解消する手立ても説明する必要がある。
金融緩和を中心としたアベノミクスに対する評価や、今後の方針も詳細に語らねばならない。
石破氏は防災対策の重要性を訴え「防災省」創設などを掲げた。毎年のように大きな災害が発生する中、国民の関心も高いだろう。どんな機能を持たせるのか。
東京一極集中の是正と地方の活性化策も石破氏の看板政策のはずである。総裁選では地方が自由に使える資金の充実などを訴えたが、具体論を聞きたい。
いずれもこれまでの日本の安保政策から大きく逸脱する。現実的か。必要なのは、対立を解消して緊張関係を緩和する外交のあり方だ。行き詰まった現状を乗り越える方策をまず示してほしい。
エネルギー政策は、国民生活、経済、国家安全保障の要諦だ。その方向を定めるエネルギー基本計画が年度内に改定される。第102代総理大臣に選ばれた石破茂氏が、まず取り組むべき大きな仕事の一つ。とりわけ原子力発電をどう位置づけるかが重要テーマとして注目される。
原発を巡っては、現行計画は「可能な限り依存度を低減」と書いている。しかし岸田文雄前首相は、活用方針に転換。自民党総裁選を争った9人のうち8人も活用に肯定的だった。これまで脱原発を持論としていた河野太郎氏も「前提条件が変わった」として、再稼働やリプレースも選択肢と主張した。前提条件とは、AI普及やデータセンター拡大、半導体工場立地などで電力需要予測が増大していることを指している。
唯一、原発活用に慎重だったのが石破新首相。再生可能エネルギー拡大を持論とし、8月の出馬表明では「ゼロに近づける努力を最大限行う」とした。ただ9月には「ゼロが目的ではない」「新増設も排除しない」との考えを示す場面もあった。現段階で真意は見えづらい。
基本計画見直しは3年に一度行われる。今回は電力需要増大への対応が優先事項。5月の議論着手時点で経済産業省は「再生エネと原発を最大限活用」の方向を検討するとした。原発がどう位置づけられるのかを福井県や県内立地自治体は注視する。
再生エネ拡大のみで需要増大をまかなうことには無理がある。太陽光に限れば国内は限界に近い。森林などを切り開いてパネルを敷き詰める手法には防災上の危険や自然環境を傷めるデメリットがつきまとう。総裁選候補からも「もうやめた方がよい」(小林鷹之氏)と指摘があった。
昨年成立した改正原子力基本法は「原発活用による電力安定供給の確保や脱炭素社会の実現」を国の責務とした。今後の見直し議論は岸田政権の方針を引き継ぎ、同法と整合性を図るのか。それとも新たな視点を示すのか。新政権の姿勢が現れるものとなる。
一方、原発を活用する場合に最も問題となるのが、核のごみの最終処分をどうするかの「バックエンド対策」。総裁選では取り上げられる場面が少なかったが解決困難な難題だ。岸田政権は昨年、最終処分について「政府一丸となって、かつ政府の責任で取り組んでいく」と閣議決定した。「政府の責任」を新政権はどう果たすのか。石破首相は早期に明確にすべきだ。
過去の政権は、立地自治体の苦労を見ていながら、核のごみに正面から向き合ってこなかった。新政権誕生を、最終処分問題の転換点にしてもらいたい。
石破内閣発足/国民の信頼回復へ有言実行を(2024年10月2日『神戸新聞』-「社説」)
新首相には派閥裏金事件で失墜した政治への信頼を取り戻す責務がある。幅広く国民の声に耳を傾け、指導力を発揮して国内外の課題解決に改革を断行しなければならない。
◇
長く続いた安倍晋三政権で非主流派だった石破氏の首相就任は、菅義偉、岸田文雄両政権に引き継がれた「安倍路線」からの転換となるかに注目が集まる。議論を経ない政策変更や、数々の政治とカネの問題で招いた深刻な政治不信などの「負の遺産」を総括し新たな方向性を示す必要がある。
改革には安定した政権運営体制の構築が必須だが、石破氏の党内基盤は盤石に程遠い。それが露呈したのが、「実力者」への配慮が際立った党役員・閣僚人事だ。
閣僚19人のうち13人が初入閣だが女性は2人、50歳以下はゼロと刷新感に乏しい。林芳正官房長官を続投させるなど主要閣僚には石破総裁誕生を後押しした旧岸田派や菅元首相に近い議員、自らの推薦人を務めた議員の起用が目立つ。
党役員人事でも、論功行賞が如実だ。党運営の要となる幹事長には岸田、菅両氏との関係が良好な森山裕総務会長が就き、政調会長には旧岸田派の小野寺五典元防衛相、選対委員長に菅氏と近い小泉進次郎元環境相を充てた。麻生派の鈴木俊一財務相を総務会長にするなど党内融和に一定の配慮は見せたが、旧安倍派は党四役や閣僚に起用しなかった。
主導権が従来の旧安倍派と麻生派から旧岸田派と菅氏周辺に移っただけではないか。石破氏がどこまで主体性を発揮できるか疑問だ。
まず裏金にけじめを
石破氏は自民党にありながら政権批判も辞さない姿勢で存在感を維持してきた。自らの基盤は国民の支持しかないと腹をくくるべきだ。
まずは裏金問題にけじめをつけ、信頼回復を最優先せねばならない。岸田氏が退陣した理由は裏金事件の引責だった。裏金の経緯や使途はいまだに闇に包まれ、再調査も見通せない。石破氏は当初、関与した議員を選挙で公認しない可能性に触れたが党内の反発でトーンダウンした。改正政治資金規正法の抜け穴も明らかだ。政策活動費の見直しなど残る課題に取り組むのが急務である。
経済政策では岸田政権の「新しい資本主義」を継承し「物価上昇を上回る賃金上昇の実現」を主張する。格差是正に向け金融所得の課税強化などにも言及したが、党内や金融市場の反発を乗り越えるだけの覚悟があるのかがまだ見えてこない。
注目すべきは持論の「防災省」の創設である。多発する自然災害に既存の組織では対応できなくなっている点を明確に示し、議論を深めてほしい。加えて、豪雨災害も重なった能登半島地震の被災者支援に全力を尽くしてもらいたい。
岸田政権が進めた防衛力強化も引き継ぐ姿勢だ。対等な日米関係へ日米地位協定の改定を掲げるほか、中国や北朝鮮の脅威を念頭に北大西洋条約機構(NATO)のアジア版創設も提唱する。集団的自衛権の全面行使を前提とした「集団安全保障」体制に相当し、憲法との整合性が問われる。現実的な提案と言えるのかきちんと説明する必要がある。
議論尽くし争点示せ
石破氏は総裁就任後の9月30日、10月9日に衆院を解散し15日公示、27日投開票の日程で総選挙に踏み切ると表明した。首相就任前に解散を明言するのは極めて異例である。
総裁選では国会論戦が重要と唱えたが、早期解散を求める与党の圧力に屈した。政策議論は後回しにし、新内閣発足の勢いに乗じて選挙戦を有利にしたい党利党略が透ける。従来の政権の国会軽視と変わらず、言行不一致との批判は免れない。
国民の信を問う争点を明らかにし、与野党の対立軸を提示するためにも解散前に議論を尽くすべきだ。
石破内閣発足 「地方を守る」約束果たせ(2024年10月2日『山陽新聞』-「社説」)
石破氏は総裁選公約で「日本の真の価値は地方と中小企業にこそある」とし、日本経済の起爆剤として大規模な地方創生策を講じるとした。
地方創生は地方の人口減少克服と東京一極集中の是正が目的である。国は2014年から本格的に取り組んでおり、石破氏は初代の担当相だ。視察を重ね、地方の衰退を憂う関係者と膝詰めで語り合ったという。
だが、政府の10年間の取り組み成果は決して芳しくない。進学や就職をきっかけにした地方から東京圏への若者流出が止まらない。その傾向は女性で顕著だ。石破氏は総裁選で「若い女性に選ばれる地方は何かということに絞ったプロジェクトの展開を図りたい」と語った。政府機関の移転や、企業の地方移転を促すための税制優遇措置など、地方創生につながる施策を着実に進めてほしい。
自民、公明両党による石破内閣がきのう発足した。先に役員人事を決めた自民執行部と合わせ、新政権のスタートである。総裁選の決選投票で石破氏の勝利に貢献した菅義偉元首相、岸田文雄前首相に近い顔触れが目立ち、論功行賞の色合いが強くにじむ。
石破氏は世論調査で国民人気が高い一方、党内基盤の脆弱(ぜいじゃく)さが課題として指摘されてきた。だが、安易に党内に迎合し、正論を曲げるようであれば、国民の支持は逆に離れよう。世論を踏まえた政策を進めねばなるまい。
新政権は9日に衆院を解散し、衆院選に向かう予定だ。石破氏は総裁選期間中、極めて早期の解散に否定的な認識を示し、国会の予算委員会を開き、国民に判断材料を提供する必要性を指摘していた。代わりに党首討論を行う方向ではあるものの、手のひら返しの感は否めない。
自民派閥の裏金事件をきっかけにした国民の政治不信払拭も重大な課題である。自民は関係議員を処分し、党則などを改め、改正政治資金規正法を国会で成立させたが、事件の全容は依然闇の中だ。
党の調査は所属議員らが派閥からの還流金を「違法に使った例はない」としていた。しかし、規正法違反罪などで有罪となった元衆院議員が裏金を香典提供やスーツ代に使った疑惑が浮上している。再調査が必要なのは明らかだ。
石破氏は「ルールを守る政党でなければならない。守っているかどうか検証されるような仕組みをつくっていかなければならない」としている。新政権に求められるのは、国民に真摯(しんし)に向き合い、真実を語る政治姿勢である。
新首相のセールスポイント(2024年10月2日『山陽新聞』-「滴一滴」)
「失敗は成功の母」という。成功の裏には数々の失敗がある。失敗から学び、挑戦を続ける人が成功をつかむことができる
▼自民党総裁選の討論会で、そんな格言を思い起こさせるやりとりがあった。「自分が総裁にふさわしい理由」を問われ、多くの候補者が経験や実績、責任感などをアピールする中、石破茂氏は「失敗と挫折の連続」と答えた
▼政治改革、農政改革、防衛改革、地方創生など、その時々の一番難しいテーマに挑戦してきた、と石破氏は自身の経歴を振り返った。うまくいかないことも多く、そのたびになぜだろうと自問したという。こうした失敗と挫折の経験を若い世代に繰り返させたくない、と訴えた
▼新内閣が取り組むべき課題は山積する。派閥裏金事件で国民の政治不信は高まり政治改革が急務。中国やロシア、北朝鮮などを巡り安全保障情勢は緊迫している。経済活性化策では地方創生に重きを置き、農林水産業などのてこ入れを掲げる
▼短い国会論戦とはいえ、石破氏には自問して磨いてきた政策を分かりやすく示してもらいたい。失敗を繰り返さないという決意のほどや、いかに。
石破内閣発足 国民に目を向けた政治を(2024年10月2日『中国新聞』-「社説」)
「国民に正面から向き合い、逃げずに実行する内閣にする」と組閣前に述べていた。ただ、何をしたいか。肝心の政策がはっきりしない。
岸田内閣の政策を大筋で継承するにせよ、個別の課題に対して、どんなスタンスで臨むのか。違いをどう出していくのか。国民にきちんと説明しなければならない。
「政治とカネ」問題でけじめを示す姿勢は、最大派閥だった旧安倍派議員を入閣させなかった点でも明らかだ。党内融和より、金権政治に対する国民の批判に向き合おうとしたことは評価できる。
岸田内閣の提唱した「デジタル田園都市国家構想」など東京一極集中の是正を推し進める―。地方活性化を主張し続けてきた石破氏だからこそ地方の期待も膨らむだろう。
例えば、総裁選でも主張していた「防災省」設置。能登半島地震や大雨被害で明らかなように、災害は列島のどこでも、いつでも起こり得る。防災予算や人員を手厚くするのは当然だが、屋上屋を架さぬよう、内閣府の防災部門など現存部署との統合や役割分担など、ハードルは高い。
懸念されるのは、石破内閣の政策が見えてこないうちに衆院解散、総選挙が実施されかねないことだ。
自民党総裁選で石破氏は、予算委員会での与野党論戦の後での総選挙を主張していた。ところが、総裁になった途端、今月27日に総選挙をする考えを示した。首相就任前の表明に野党は「憲法違反の疑い」「立法府を軽視」と反発している。裏金問題に関する追及から逃げようとしているとしたら、許されない。
野党との論戦を通して、内閣の姿勢が明らかになり、互いの政策も磨かれる。たとえ短時間であっても、論戦を尽くさなければならない。それが、国民に目を向けた政治の第一歩にもなるはずだ。
君子豹変せねば(2024年10月2日『中国新聞』-「天風録」)
君子は豹変(ひょうへん)す―。変節を非難する悪口に使われがちだが、本来の意味は違う。豹の毛が生え替わって文様が鮮やかになるように、優れた人は過ちを速やかに改めて、面目を一新するものだという中国古典の言葉。生え替わりの時季は今時分らしい
▲まさか、論戦重視の姿勢が過ちだったと悟ったわけではあるまい。ぼろが出ぬうちに早期解散を、と迫る党内の声に抗しきれなかったのだろう。野党から「豹変だ」と猛反発を招き、新政権は荒れ模様の船出となった
▲論客を自負する石破氏の語り口で印象的なのは、「いかんのだ」と「ねばならない」である。安倍1強の時代に、国会を軽視するような政権運営や相次ぐ「政治とカネ」問題に党内から苦言を呈した数少ない政治家だ
▲これまでの「いかんのだ」にたがわぬ政治が問われよう。きのう「国民に正面から向き合い誠心誠意語っていく」と述べた。政局の秋、君子たれば改めて豹変せねばならない。
【石破内閣発足】問われる政治改革の意欲(2024年10月2日『高知新聞』-「社説」)
「政治とカネ」問題を通じて国民に広がった不信の払拭を求められる新政権だが、衆院解散・総選挙のタイミングを巡り、早々に信頼を損なう事態を招いている。これでは政治改革、党改革の姿勢に疑問符を付けざるを得ない。
石破氏は総裁選の際、「国民が判断する材料を提供するのは首相の責任」として本格論戦に意欲的だった。そもそも、首相の「伝家の宝刀」とされる憲法7条解散に対しても消極的だった。
それらの方針を転じたのは、政権に新味のあるうちに選挙をした方が有利だとの周囲の意見を採用したからだろうが、言行不一致で、国民と国会を軽視したとのそしりは免れない。「党利党略を優先した」との野党の批判はもっともだ。
特に石破氏は「党内野党」と言われながらも筋を通して世論の支持を得てきた。総裁選でも「謙虚な自民党」を訴えた。それだけに裏切られたと思う人も多いのではないか。
結果的にそれで、選挙準備が遅れた野党を下したとしても「信」を得たと言えるのだろうか。政権が船出する段階で新たな「不信の芽」を生じさせた責任は重い。
閣僚・党役員人事では、自らに近い議員のほか、防衛相に就いた中谷元氏(衆院・高知1区)ら安全保障政策に通じた議員、無派閥議員の起用が目立ち、首相経験者らへの配慮も見えた。「党内基盤が弱い」とされる中で安定感や挙党一致に腐心の跡は見えるが、内向き姿勢は否めず高揚感や刷新感には欠ける。決選投票を戦った高市早苗氏がポストを固辞するなど一枚岩には程遠い。
従来の主流派と非主流派が大きく入れ替わったのも印象的だ。それによって、国会軽視や1強政治による「おごり」「緩み」など「安倍政治」の負の側面が解消されるのなら歓迎だが、衆院解散時期を巡る党略が期待をしぼませてしまった。
それだけに、旧安倍派を中心とした政治資金パーティー裏金事件への対応が注目される。国民の不信は消えていない。報告書に不記載があった「裏金議員」の衆院選公認問題で、首相が訴えてきた「国民の納得を得られる説明」ができるかどうかは当面の最大の課題だろう。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題も焦点になる。
物価高の経済、対中関係が悪化する外交など幅広い課題がある中、首相は総裁選で、防災省の創設、アジアでのネットワーク型の集団安全保障など独自の政策も提案した。
それらの実現性も問われるが、総裁選では安倍政権以降の政権運営がほとんど総括されなかった。その意味でも、衆院選前の野党との論戦に十分な時間を確保するべきだった。
内向きではなく(2024年10月2日『高知新聞』-「小社会」)
内向きではなく(2024年10月2日『高知新聞』-「小社会」)
明治・大正の政治家、大隈重信が16年ぶりに首相に返り咲いたのは1914(大正3)年、76歳の時だった。それを祝う席で「政治ほど面倒なものはない」との言葉を残している。
演説の記録によると、手柄を挙げると内輪で嫉妬の嵐に。逆に少しでも失敗するとすぐに責められ、少しためらっても「意気地がない」と文句を言われるからのようだ。内向きの政治にうんざりしていたのが分かる。
「政治家の根本」とは何かについても説き、「人の心を知る」「国民の心理状態を知る」こととした。首相としての評価は多々あろうが、姿勢は藩閥政治を批判し、民衆政治家と呼ばれた大隈らしい。
きのう就任した石破茂・新首相。座右の銘は「至誠の人」という。やはり内向きの政治を批判してきた代議士なので注目していたが、豹変(ひょうへん)したようだ。重視するとしていた臨時国会での論戦は早々に切り上げ、9日に衆院を解散すると表明した。
新政権発足の勢いのまま、早期に総選挙に挑み、自民党の派閥裏金事件の影響を最小限に抑える―。そんな内輪の思惑が透ける。しかも首相に指名される前の発表。党内で「意気地なし」とでも言われ、押し切られたのだろうか。
大隈は演説でこうも呼びかけた。「過ちに陥るかもしれぬ。どうか盛んに批判を」「それがなければとても良い政治は出ない」。国民の方を向き、批判にも耳を傾ける至誠の石破政権であってほしい。
石破内閣発足 長期政権の弊害と決別を(2024年10月2日『西日本新聞』-「社説」)
この日程では、国民に新政権の方針や政策が十分に伝わらない。あまりに性急過ぎる。
政権発足の直後で、刷新ムードが高い時期の方が与党に有利に働くと判断したのであれば、党利党略と言わざるを得ない。
出だしからの言行不一致に、政権の先行きが思いやられる。
■わずか1カ月で変節
何を焦っているのか。石破氏が衆院選の日程を公言したのは、首相就任前の9月30日だった。解散権を持たない段階で解散方針を語るのは越権行為だろう。
新政権が国民の審判を受けるため、早期解散に踏み切ることは理解できる。それなら少なくとも、石破氏の所信表明と各党の代表質問、さらに予算委員会での質疑応答を経て、衆院選の争点や論点を明らかにするのが筋だ。
解散時期は総裁選でも議論になった。石破氏は全閣僚が出席する予算委員会を開いた上で「この政権は何を考えているのか、何を目指そうとしているのかを国民に示し、その段階で可能な限り早く信を問いたい」と語っていた。
わずか1カ月程度で変節するとはどうしたことか。
石破氏は自民党内の支持基盤が弱い。役員人事では党内外に幅広い人脈を持つ森山裕氏を幹事長、元首相の菅義偉氏を副総裁に起用して土台を固めた。一方、総裁選で争った高市早苗氏と小林鷹之氏に役職を固辞され、挙党体制には不安が残る。
党内には、新政権への「ご祝儀票」が見込めるうちに衆院を解散した方が得策との声が強い。こうした圧力に石破氏が押し切られたようだ。
長らく党内野党に甘んじていても、持論を貫くのが石破氏の持ち味ではなかったか。
国民が1票を投じるのに必要な材料を提示するのは、石破氏の責任だ。自民党の都合で拙速に、国民に選択を迫るべきではない。
まずは国会論議を通じて、政権の運営方針や具体的な政策を示してもらいたい。
■国会で議論を尽くせ
石破政権がこの路線を継承するか、転換するかに着目したい。
賛否が分かれる重要課題について、国会で議論を尽くさないようでは民主政治が劣化する。
旧安倍派を中心とした世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係、裏金事件にも決着をつけるべきだ。
石破氏は第2次安倍政権の途中から、政権中枢と距離を置いてきた。「安倍路線」をどのように総括するかは、新政権の命運を占う鍵となろう。
石破内閣発足 信頼回復は待ったなしだ(2024年10月2日『熊本日日新聞』-「社説」)
きのう召集された臨時国会で自民党総裁の石破茂氏が新首相に選出された。新内閣には、党派閥の裏金問題で失った国民の政治への信頼を取り戻すという待ったなしの課題がある。能登半島豪雨や経済対策などの対応も急務だ。
石破氏は既に、9日にも衆院を解散し、月内に総選挙を実施する方針を表明した。新政権発足で国民に刷新感を印象づけ、早々に選挙に打って出る戦略だろう。しかし、選挙戦の間にも国政を停滞させることは許されない。
閣僚には、党総裁選で石破氏勝利に貢献した陣営の顔触れが目立った。決選投票で石破氏を支持した林芳正官房長官を留任させ、新政権誕生のキーマンとなった菅義偉元首相に近い三原じゅん子氏をこども政策担当相に起用した。自身の側近にあたる無派閥の議員らも多数登用した。
裏金問題の中心となった旧安倍派からの入閣はなかった。ただ、同じく裏金で問題となった旧二階派の議員は入閣させ、総裁選での支援に対する恩賞人事の側面を色濃く見せた。
裏金事件を受けて政治資金規正法が一部改正されたが、それでも国民の信頼は回復せず、支持を失った岸田文雄前首相は退陣に追い込まれた。「政治とカネ」を巡る問題は終わったとは言えず、新内閣にはまずこれにどう対応していくかが問われる。石破氏は総裁選で「ルールを守る政党でなければならない」と強調した。実行力が試されるのはこれからだ。
この秋も食品などの値上げが相次いでおり、一刻も早い物価高・経済対策が待たれている。にもかかわらず新政権の経済政策が見えないとして、マーケットは乱高下した。
防衛費や子育て支援策の安定財源の確保も、前政権で先送りされたままだ。コロナ禍で大きく膨らんだ予算を平時に戻す道筋も示してもらいたい。政治不信のもう一つの要因となった世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党の関係の問題も解明されていない。
石破氏は安倍政権時代から時に政権批判を辞さず「与党内野党」と評された。審議を避け議論を尽くさないのであれば、「国会軽視」と言われた安倍政権と同じになってしまいかねない。
コロナ禍の2021年に発売され、楽しく読めた本がある。『もしも徳川家康が総理大臣になったら』(眞邊明人著)である
◆コロナに感染し、現職の総理大臣が死去したため、政府がAI(人工知能)とホログラムの最新技術で歴史上の偉人を復活させ、最強の内閣をつくる物語だ。徳川家康が総理大臣、官房長官は坂本竜馬、財務大臣は豊臣秀吉、文部科学大臣は菅原道真、経済産業大臣は織田信長といった面々である
◆こちらの人選はAI任せというわけにはいかなかっただろう。石破茂氏がきのう総理大臣に選出され、新内閣が発足した。「脱派閥」を意識したのだろうか、初入閣13人の半数が無派閥だ。「派閥順送り」ともいわれたこれまでの人選とは違う気もするが、さてどうだろう
◆冒頭の最強内閣で、佐賀県関係では江藤新平が法務副大臣を務めた。「石破内閣」では県選出の福岡資麿参院議員(51)が厚生労働大臣として初入閣した。赤ちゃんから高齢者までそれぞれの幸せのために尽くす要職。コロナも克服したわけではない。偉人に負けないような働きを期待する。(義)
石破内閣が発足 解散ありきは国民無視だ(2024年10月2日『琉球新報』-「社説」)
石破内閣が発足 解散ありきは国民無視だ(2024年10月2日『琉球新報』-「社説」)
しかし、その姿勢はうかがえない。召集された臨時国会は、石破首相が表明した9日の解散の会期日程で組まれている。与党が示した1日から9日間の日程案に野党が反発したため、臨時国会は首相指名選挙を行う衆参両院の本会議の開会が予定時刻よりも遅れるなど、異例の幕開けとなった。解散ありきの政治日程は国民無視の姿勢だ。
野党側は能登の豪雨被害を受けた補正予算の編成を求めているが、首相は補正予算ではなく予備費で対応するとの考えを示している。国会で被災地支援について議論を経ぬまま、政治日程を推し進めることに被災者や国民の理解は得られないのではないか。
裏金事件を巡る対応にも疑問がつきまとう。首相は総裁選の出馬表明の際に裏金事件に関係した議員について、衆院選で非公認とすることもほのめかしていたが、その後、トーンダウンしている。
野党は裏金問題に関係した議員らを出席させる政治倫理審査会の開催も求めている。そもそも総裁選では全候補が党処分の見直しなどに否定的だった。首相は共同通信アンケートに「新たな事実が判明すれば必要な対応を検討する」としたが、就任後の会見では再調査を否定した。
裏金事件については十分な実態解明はなされていない。党総裁の交代で幕引きを図ることは許されないのだ。
裏金問題への対応は総辞職した約3年間の岸田文雄内閣をどう総括するかにも関わる。岸田首相の在職中は旧統一教会問題も浮上した。臨時国会に臨む石破首相は少なくとも党首討論で「政治と宗教」「政治とカネ」についての考えを明らかにすべきだ。
岸田内閣の評価は、次期衆院選の争点にもなろう。安全保障については、米国との一体化を一気に進め、防衛力の「南西シフト」によって沖縄の基地負担はさらに増すことになった。外交では韓国との関係改善の一方、日中関係は冷え込んだままだ。原発回帰のエネルギー政策はどう評価されるだろうか。日々の暮らしは豊かになっただろうか。子育て施策や少子化対策、地方振興など積み残しも多い。
新内閣を発足させながら、こうした課題に関する十分な議論を経ずに衆院解散に踏み切ることは国民不在と言われても仕方あるまい。総裁選で石破首相は「国民に判断材料を提供するのは新しい首相の責任だ」と述べていた。論戦を制限して解散を急ぐ姿勢を改め、国会でしっかりと判断材料を示してもらいたい。
石破内閣発足 首相は審判材料を示せ(2024年10月2日『沖縄タイムス』-「社説」)
しかし内実は総裁選の論功行賞の側面が色濃い。決選投票で支援を受けた首相経験者らの意向も強くにじみ出る人事となった。
女性閣僚も2人で、直近の第2次岸田再改造内閣の5人から減るなど刷新イメージとは程遠い。
石破首相は記者にどんな内閣にしたいかと問われ「逃げない内閣」「実行する内閣」と強調した。
だが「野党と論戦をした上で国民の審判を仰ぐ」とした前言を翻して最短の解散・総選挙日程を首相就任前に表明した。国会論戦から逃げた印象は拭えない。
裏金を受け取りながら政治倫理審査会への出席を拒む73人の議員の説明責任も、早期解散でうやむやにしてしまうのか。議員らにどう説明責任を果たさせるのか。総裁として明確にすべきだ。
■ ■
沖縄関係の閣僚にはおなじみの顔ぶれも並ぶ。
■ ■
石破首相は会見で「五つの守る」を掲げた。その第一を「ルールを守る」とし、不断の姿勢で政治改革を進めるとした。
それであれば最優先すべきは裏金や旧統一教会問題の実態解明に向けた再調査と徹底した説明であろう。
石破内閣は今後どういう政策を取っていくのか。首相は所信表明演説と国会質疑を通して、国民に審判材料を提示するべきだ。