マングースの根絶に関する社説・コラム(2024年9月5・10・30日)

鹿児島・奄美大島で「根絶」に成功した特定外来生物のフイリマングース環境省提供
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かつて沖縄で観光客向けに行われていたハブとマングースの決闘=1961年9月

マングース根絶 生態系壊す外来種の定着防げ(2024年9月30日『読売新聞』-「社説」)
 
 海外から持ち込まれた外来生物は、日本固有の在来種を駆逐し、生態系を脅かす。その影響の大きさを改めて認識し、侵入や定着を防ぐ対策を強化していきたい。
 環境省は、鹿児島県・奄美大島外来種マングースを根絶したと宣言した。
 マングースはもともと中東から東南アジアにかけて生息している。日本には、毒蛇のハブなどを退治する目的で、まず1910年にインドから沖縄に持ち込まれ、79年にはその子孫約30匹が奄美大島に放たれた。
 ところが、マングースは日中に活動するため、夜行性のハブを捕食しなかった。代わりに、国の特別天然記念物で動きの鈍いアマミノクロウサギなどの在来種が襲われる結果となったことから、90年代に入って駆除が始まった。
 根絶できたのは、地元の地道な努力が実ったからにほかならない。専従チームを組織し、独自に開発した筒形のワナや自動撮影カメラ、マングースを追跡する探索犬を駆使して捕獲を続けた。
 この結果、2000年のピーク時に1万匹いたと推定される奄美マングースは年々減少した。18年を最後に見つかっていないため、今回の根絶宣言に至った。
 奄美の経験は、生態系の微妙なバランスを理解しないまま、安易に外来種を持ち込むことの危険性を示していると言えよう。
 マングースは外国でもネズミ駆除のため、離島などに持ち込まれたが、面積が712平方キロ・メートルの奄美大島のような広い地域での駆逐成功例はない。
 外来種はいったん定着すると取り除くのは困難で、多大な努力を要するため、駆除をためらう地域も多い。その中で、今回は、予算と人員を確保し、計画的に捕獲を続ければ、根絶が可能なことを示した点でも意義が大きい。
 マングースがなお生息する沖縄本島の北部には、ヤンバルクイナなどの貴重な固有種が数多く生息している。国や自治体は、奄美で蓄積された知識や経験を生かし、沖縄でもマングースの根絶を目指してもらいたい。
 奄美大島で駆除されたマングースは、計3万匹に上るという。人間の都合で、害獣として処分せざるをえなくなった。
 本州でも、ペットとして輸入された北米原産のアライグマが野生化し、農作物の被害も出ている。まず「入れない、捨てない、広げない」という原則が重要であることを確認したい。

マングースの根絶宣言 生態系崩すリスク教訓に(2024年9月10日『毎日新聞』-「社説」)
 
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鹿児島県の奄美大島。貴重な生態系を脅かしていたマングースの根絶が宣言された=2018年4月、本社機「希望」から徳野仁子撮影
 自然環境がひとたび損なわれると、回復には膨大なコストと時間がかかる。教訓として今後に生かさなければならない。
 鹿児島県・奄美大島の貴重な生態系に深刻な影響を与えてきた外来種マングースを根絶したと、環境省が宣言した。
 島の面積は、琵琶湖を上回る712平方キロに及ぶ。これほど広範囲に定着した外来種の根絶は世界でも例がないという。
 マングースは1979年ごろ、毒蛇のハブを駆除することを目的に持ち込まれた。当初は約30匹だったが、ピーク時の2000年には推計で約1万匹にまで増えた。
 昼間に活動するマングースは夜行性のハブをほとんど捕食しなかった。一方、国の特別天然記念物アマミノクロウサギなど希少動物が次々と襲われ、農作物や家きんにも被害が出た。
 環境省は00年から本格的な対策に乗り出し、これまでに35億円超を投じた。生態系保全で成果を上げたことが評価され、島は21年、沖縄県西表島などとともに世界自然遺産に登録された。
 原動力となったのは、貴重な生態系を守りたいと険しい山に入り、駆除に尽力した島民の熱意だった。自然保護は、草の根レベルでの理解や活動が重要であることを示した好事例と言える。
 グローバル化で、人とモノの移動が活発になったことに伴い、外来種問題は深刻さを増している。農漁業被害や対策費などの経済的損失は急増し、19年時点では世界で年間4230億ドル(約60兆円)に上ったとの試算もある。
 被害を拡大させないためには、外来種を「入れない」「捨てない」「広げない」という3原則を徹底していくことが肝要だ。
 身近なペットも飼い主が世話をしきれなくなって捨てられると、生態系に悪影響を及ぼす。
 外国産のアライグマやアメリカザリガニカミツキガメなどは日本各地で在来の動植物に被害を与えている。奄美大島では野生化したネコも脅威となっている。
 いずれの問題も人間の身勝手な行動が引き起こしたものだ。
 行政当局による水際対策や駆除の強化とともに、国民一人一人が生態系を守るという意識を高めていくことが欠かせない。

沖縄や鹿児島・奄美大島などに生息する…(2024年9月5日『毎日新聞』-「余録」)
 
 沖縄や鹿児島・奄美大島などに生息するハブの漢字表記の一つに「飯匙蛇」がある。飯匙(はんし)はしゃもじで毒ヘビ特有の三角の頭の形容らしい。「マングースと飯匙蛇の試合 マン君の大勝利」。こんな見出しが躍ったのは1910年4月の琉球新報紙だ
▲動物学者の渡瀬庄三郎博士がインドから29匹を沖縄に持ち込み、試験的にハブやネズミを捕殺させた。ネズミはサトウキビに被害をもたらし、毒で命を奪うハブは島民に恐れられた。駆除が狙いだった
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▲博士はマングースコブラに勝つショーを見たそうだが、思いつきではなかった。米国の学会でカリブ海のジャマイカがネズミ退治に導入し、サトウキビを大増産させたと聞いたという
▲当時は最新の知見。世界各地で模倣された。それが遠い将来に想定外の事態を生むのだから科学は恐ろしい。夜行性のハブ退治には役立たず、貴重な在来種が捕食されている実態がわかり、マングースは一転、駆除の対象になった
▲79年に沖縄から導入した奄美大島での「根絶宣言」にホッとする一方、人間の都合で本来の生息地から移された「外来生物」に同情したくなる。在来種が危機に陥ったのは日本だけではない。ジャマイカなど西インド諸島でも駆除が試みられてきた
▲ただ、難易度が高く、過去に根絶に成功した最大の島は約1平方キロの無人島という。約700倍の奄美大島での成功は勇気づけられる先例だろう。経験を世界で生かし、外来生物をこれ以上増やさないことがせめてもの供養か。

「救世主」のリストラ(2024年9月5日『産経新聞』-「産経抄
 
 「ほかの物事」を意味する「他」は、もともと「佗」と書いた。「它(た)」はヘビを表す。円満字(えんまんじ)二郎著『漢字の動物苑』によれば、中国の古い字書にその由来があるという。昔の人々は草むらに暮らしたため、よくヘビにかまれた。
▼知った顔に会えば「它無きか(ヘビはいないか)」と挨拶するのが習いになり、「いつもと違うこと(ほかの物事)はないか」の意味が生まれた、と。人々の天敵は他ならぬヘビだった。天敵退治を期待され、沖縄本島外来種マングースが持ち込まれたのは明治43年である。
▼猛毒のハブを一掃してくれる―。高名な動物学者の触れ込みに、島民は「救世主」と歓迎したという。昼間に活動するマングースと夜行性のハブ。「退治」の効果は長らく検証されないまま、昭和54年には鹿児島・奄美大島にも持ち込まれている。
▼ハブの代わりに捕食されたのは、国の特別天然記念物アマミノクロウサギなど島の固有種である。その数は一時、激減した。マングースは救世主から一転、平成5年には駆除が始まり、後に特定外来生物の指定も受けている。最大1万匹に上った奄美で、「根絶」が宣言された。
マングースの牙がハブでなく「他」に向いたのは、誤算というより人間の浅慮の罪だろう。島では捕獲の専門集団が組織され、駆除の数は累計3万匹を超えたと聞く。根絶で島の希少な生き物が回復していくのは朗報だが、その味わいはほろ苦い。
▼<強き者の理論をもちて馘首(かくしゅ)せし二人に来むかふ冬を思へり>湯本竜。退職勧奨の風景だろうか。奄美で行われた駆除も、どこかリストラに重なる。携わった人々の、胸の痛みは想像に難くない。天に召されたであろう元救世主たちに、いまは謹んで瞑目(めいもく)する。