沖縄や鹿児島・奄美大島などに生息する…(2024年9月5日『毎日新聞』-「余録」)

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鹿児島・奄美大島で「根絶」に成功した特定外来生物のフイリマングース環境省提供
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かつて沖縄で観光客向けに行われていたハブとマングースの決闘=1961年9月
 
 沖縄や鹿児島・奄美大島などに生息するハブの漢字表記の一つに「飯匙蛇」がある。飯匙(はんし)はしゃもじで毒ヘビ特有の三角の頭の形容らしい。「マングースと飯匙蛇の試合 マン君の大勝利」。こんな見出しが躍ったのは1910年4月の琉球新報紙だ
▲動物学者の渡瀬庄三郎博士がインドから29匹を沖縄に持ち込み、試験的にハブやネズミを捕殺させた。ネズミはサトウキビに被害をもたらし、毒で命を奪うハブは島民に恐れられた。駆除が狙いだった
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▲博士はマングースコブラに勝つショーを見たそうだが、思いつきではなかった。米国の学会でカリブ海のジャマイカがネズミ退治に導入し、サトウキビを大増産させたと聞いたという
▲当時は最新の知見。世界各地で模倣された。それが遠い将来に想定外の事態を生むのだから科学は恐ろしい。夜行性のハブ退治には役立たず、貴重な在来種が捕食されている実態がわかり、マングースは一転、駆除の対象になった
▲79年に沖縄から導入した奄美大島での「根絶宣言」にホッとする一方、人間の都合で本来の生息地から移された「外来生物」に同情したくなる。在来種が危機に陥ったのは日本だけではない。ジャマイカなど西インド諸島でも駆除が試みられてきた
▲ただ、難易度が高く、過去に根絶に成功した最大の島は約1平方キロの無人島という。約700倍の奄美大島での成功は勇気づけられる先例だろう。経験を世界で生かし、外来生物をこれ以上増やさないことがせめてもの供養か。

「救世主」のリストラ(2024年9月5日『産経新聞』-「産経抄」)
 
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環境省が防除を進めてきた外来種マングース環境省提供)
「ほかの物事」を意味する「他」は、もともと「佗」と書いた。「它(た)」はヘビを表す。円満字(えんまんじ)二郎著『漢字の動物苑』によれば、中国の古い字書にその由来があるという。昔の人々は草むらに暮らしたため、よくヘビにかまれた。
▼知った顔に会えば「它無きか(ヘビはいないか)」と挨拶するのが習いになり、「いつもと違うこと(ほかの物事)はないか」の意味が生まれた、と。人々の天敵は他ならぬヘビだった。天敵退治を期待され、沖縄本島外来種マングースが持ち込まれたのは明治43年である。
▼猛毒のハブを一掃してくれる―。高名な動物学者の触れ込みに、島民は「救世主」と歓迎したという。昼間に活動するマングースと夜行性のハブ。「退治」の効果は長らく検証されないまま、昭和54年には鹿児島・奄美大島にも持ち込まれている。
▼ハブの代わりに捕食されたのは、国の特別天然記念物アマミノクロウサギなど島の固有種である。その数は一時、激減した。マングースは救世主から一転、平成5年には駆除が始まり、後に特定外来生物の指定も受けている。最大1万匹に上った奄美で、「根絶」が宣言された。
マングースの牙がハブでなく「他」に向いたのは、誤算というより人間の浅慮の罪だろう。島では捕獲の専門集団が組織され、駆除の数は累計3万匹を超えたと聞く。根絶で島の希少な生き物が回復していくのは朗報だが、その味わいはほろ苦い。
▼<強き者の理論をもちて馘首(かくしゅ)せし二人に来むかふ冬を思へり>湯本竜。退職勧奨の風景だろうか。奄美で行われた駆除も、どこかリストラに重なる。携わった人々の、胸の痛みは想像に難くない。天に召されたであろう元救世主たちに、いまは謹んで瞑目(めいもく)する。

奄美大島マングース「根絶」 環境省が宣言へ ハブ対策で導入失敗(2024年8月31日『毎日新聞』)
 
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鹿児島・奄美大島での「根絶」に成功した特定外来生物のフイリマングース環境省提供
 絶滅危惧種を捕食するなど、生態系や農業に深刻な被害をもたらしてきた侵略的外来種のフイリマングースについて、環境省が鹿児島県・奄美大島(712平方キロ)での「根絶」を宣言する見通しとなった。9月3日の専門家検討会後に正式発表する。奄美大島のように広い範囲に定着した後にマングース根絶に成功した事例は世界でも例がないという。
 環境省によると、フイリマングースは南アジアに分布している。日本には毒蛇のハブやネズミの駆除目的で導入され、奄美大島には1979年、30匹程度が持ち込まれた。
 だが、ハブが夜行性であるのに対しマングースは昼間に行動するため、ハブ対策としての効果はなかった。希少な在来の動物などを捕食して分布を広げ、2000年には島内の生息数が約1万匹にまで増えた。一方、国の特別天然記念物アマミノクロウサギなど一部の絶滅危惧種は、01~02年ごろには生息数がマングース導入前の2割程度になった。
 国は00年ごろ、本格的にマングース捕獲に着手。05年に外来生物法の特定外来生物に指定した。同じころ、島民らが捕獲専門集団「奄美マングースバスターズ」を結成。これまでに約3万2600匹が捕獲された。島内では農作物被害が減り、在来種の生息数も徐々に回復した。
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鹿児島・奄美大島での「根絶」に成功した特定外来生物のフイリマングース環境省提供
 環境省によると、侵入後のマングース根絶事例は世界で9例ある。ただし、計画的に捕獲を進めた事例の中で対象面積が最も広かったのは1・15平方キロ、根絶までの総捕獲数は76頭だった。
 奄美大島は21年、希少な固有種など生物多様性の豊かさが評価され、西表島沖縄県)などとともに世界自然遺産に登録された。
 有識者検討会委員の深沢圭太・国立環境研究所主任研究員(生態学)は「(根絶は)世界に誇れる成功事例。在来種が回復し、生物多様性保全の面でも大きな成果だ。仮にマングース対策が不十分であったなら、世界自然遺産登録にも影響があった可能性がある」と評価する。
 根絶に至るまでには多くの代償も払った。環境省の00~24年度の対策事業費は計36億円に上る。環境省外来生物対策室の松本英昭室長は「そもそも人がマングースを持ち込まなければ対策は不要だった。犠牲になる在来種や捕殺されるマングースもいなくて済んだことを忘れてはいけない」と話す。【山口智