旧姓の通称使用「時には命にかかわる」 夫婦別姓訴訟の原告が、自民総裁選の候補者に知ってほしい深刻な事情(2024年9月21日『東京新聞』)

 
 選択的夫婦別姓制度を巡り、自民党総裁選で論戦が交わされている。議論の行方を固唾(かたず)をのんで見守っているのが、制度導入を求めて東京地裁などに提訴している原告らだ。誰が総裁に選ばれるかで対応に大きな差が予想されるだけに、当事者らは「旧姓の通称使用では解決できないから訴訟をしている。困り事としてだけでなく、人権問題として考えてほしい」と願っている。(砂本紅年)
開催された別姓訴訟の報告会で発言する原告=20日、東京都港区の虎ノ門ホールで(坂本亜由理撮影)

開催された別姓訴訟の報告会で発言する原告=20日、東京都港区の虎ノ門ホールで(坂本亜由理撮影)

 20日、原告や支援者ら約50人が集まり、都内で開かれた集会。別姓を選べない民法や戸籍法の規定は憲法違反だとして、元の姓のままで結婚できることの確認などを国に求めた訴訟の第2回口頭弁論がこの日あり、多くは傍聴を終えた後に合流した。

◆支障が出るから、夫と結婚、離婚を5回繰り返した

 自民党総裁選について、「長年放置されていた選択的夫婦別姓の問題が、議論の俎上(そじょう)に上ったこと自体は良かった」と話すのは、原告の一人、宇宙航空研究開発機構JAXA)技術領域主幹の新田久美さん(58)=仮名。
 夫との結婚を考えた30年前も導入論が高まっていた。仕事で出入りする米航空宇宙局(NASA)などへの入構時や安全保障にかかわる国際会議は戸籍姓でしか通行証が発行されない。論文発表や特許取得も名前を統一しなければ、研究実績に支障が出る。すぐに法改正されるだろうと「別姓待ち」で事実婚を選んだ。
 出産や住宅取得時などは同姓でないと不便が生じるため、これまで夫(57)と結婚、離婚を5回繰り返した。高市早苗経済安全保障担当相(63)が「(旧姓の通称使用拡大で)ほとんどの不便は解消される」と主張することには違和感しかないという。

◆戸籍名を誰も知らず救急搬送に支障が…

 数カ月前には、ドイツで開かれた国際会議で、知人の女性会社員が体調不良で意識を失った。会社で旧姓を使っていたため、彼女の会議の登録名である戸籍姓を同行の同僚が誰も知らず、救急搬送に手間取った。居合わせた新田さんが事情を説明し、同一人物だと確認できたが、「旧姓の通称使用は時には命にもかかわる事態を招く」と感じた。
 結婚で姓を変更するのは95%が女性。中にはアイデンティティー喪失に直面したり、精神的苦痛を感じたりする人もいる。都内で子育て中の事実婚の原告、黒川とう子さん(51)=仮名=は「政争の種となっているが、応急措置にすぎない旧姓の通称使用では、根本にある人権問題は解決できない」と指摘。子どもの姓をどうするかで混乱を招くという反対派の主張についても、「別姓を選べないのは世界で日本だけ。日本以外の国は、家族が崩壊していると言いたいのだろうか」と疑問を呈した。

◆同じ議論をこの先何十年も続けるのか?

 弁護団長の寺原真希子弁護士は「通称使用では解決できないから訴訟をしている。時期尚早というが、これまでも長年続けた議論を、これからも何十年続けるのか。政治状況は不透明。引き続き全力で訴訟に取り組む」と決意を新たにしていた。