長崎市長「苦渋の判断」 被爆者認定訴訟、国の控訴方針受け(2024年9月21日『毎日新聞』)

長崎の被爆体験者訴訟への対応をめぐり記者会見する武見敬三厚生労働相=東京都千代田区の厚労省で2024年9月21日午前8時57分、神足俊輔撮影

長崎の被爆体験者訴訟への対応をめぐり記者会見する武見敬三厚生労働相=東京都千代田区厚労省で2024年9月21日午前8時57分、神足俊輔撮影

 国が指定した援護区域外で長崎原爆に遭った被爆体験者44人(うち4人死亡)のうち爆心地東側の旧3村にいた15人(うち2人死亡)を被爆者と認めた9日の長崎地裁判決を巡り、岸田文雄首相は21日、判決を不服として控訴する方針を発表した。被爆者として認定しない対応は続ける一方で、被爆者と同等にまで医療費助成は拡充する意向を表明した。被爆者認定を求める声に対し、岸田首相は8月、「合理的に解決」する考えを示していた。

 訴訟の原告側は政府の方針を「解決にならない」と批判。敗訴した原告について控訴する。

 長崎の被爆者らに対し、厚生労働省は爆心地から南北約12キロ、東西約7キロの援護区域にいた人たちを被爆者健康手帳が受け取れる被爆者、区域外の東西約7~12キロにいた人たちを被爆体験者とし、手当や医療費負担などで差をつけてきた。

 被爆体験者について、厚労省は「放射能の影響はない」という考え方で、被爆体験による心的外傷後ストレス障害PTSD)などの精神疾患や関連症状、一部のがんを医療費助成の対象としてきた。被爆体験者は2023年度末時点で約6300人。

 長崎地裁判決が一部地域で黒い雨が降ったと認定したことに対し、武見敬三厚労相は記者団に「上級審の判断を仰ぐべく、控訴せざるを得ない」と説明した。黒い雨が降ったとの判決の根拠について、原告敗訴が確定した17年の最高裁判決などと、扱いが異なる点を挙げた。

 一方で、被爆体験者の平均年齢が85歳を超え、健康状態が多岐にわたっているとして医療費助成の対象を拡大する。被爆者と同様に、遺伝性・先天性の病気などを除く全ての病気で、原則として医療機関での窓口負担がないようにする。また精神科の受診を要件から撤廃する。年内に始める。ただし、健康管理手当などがある被爆者とは依然、扱いに差が残る。

 法定受託事務として被爆者健康手帳の交付事務を担う被告の長崎市長崎県は、控訴期限の24日に福岡高裁に控訴する方針。鈴木史朗市長は「国と異なる対応を取って、手帳の交付を行うことは難しい。苦渋の判断だ」と述べた。【肥沼直寛、神足俊輔、園部仁史】

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長崎知事、被爆体験者に「心から申し訳ない」 認定訴訟控訴方針(2024年9月21日『毎日新聞』) 

被爆体験者訴訟への国の対応について受け止めを語る大石賢吾・長崎県知事(右)と鈴木史朗・長崎市長=東京都千代田区の都道府県会館で2024年9月21日午後0時41分、松山文音撮影
被爆体験者訴訟への国の対応について受け止めを語る大石賢吾・長崎県知事(右)と鈴木史朗長崎市長=東京都千代田区都道府県会館で2024年9月21日午後0時41分、松山文音撮影

 「苦渋の決断だ」「大変申し訳ない」。長崎市鈴木史朗市長と長崎県の大石賢吾知事は21日、首相公邸で岸田文雄首相らと面談した後、東京都内で記者会見した。被爆体験者の原告44人のうち15人について被爆者健康手帳の交付を市と県に命じた9日の長崎地裁判決に対し、国の方針に沿って控訴する考えを明らかにする一方で、複雑な心境を口にした。

 市と県は法定受託事務として被爆者健康手帳の交付事務を担う。訴訟では被告として争う姿勢を示す一方で、訴訟外では国に被爆体験者の早期救済を求めてきた。鈴木市長と大石知事は判決後の18日、岸田首相、武見敬三厚生労働相とのオンライン面談で控訴を見送りたい意向を伝えていた。

 21日の面談では、武見厚労相から控訴が必要な理由について説明を受け、岸田首相からは被爆体験者への医療費助成を拡大する方針が伝えられた。

 鈴木市長は「国と異なる対応を取って手帳を交付することは難しい。大変申し訳なく残念な気持ちでいっぱいだが、控訴やむなしと判断した」と語った。大石知事は「上級審の判断を踏まえ、手帳交付の統一的な基準が確立すれば、長崎でも手帳交付が拡大することにつながる。救済範囲の拡大につなげるための苦渋の決断だ。被爆体験者の皆様には、控訴断念という結果にならず、心から申し訳ない」と述べた。

 大石知事は「長崎でも降雨があったことを証明する資料の探索など一刻も早い救済に向けて、取り組みを進めたい」とも語った。

 一方、医療費助成の拡大について、鈴木市長は「被爆体験者全体の救済が大きく前進した内容で、感謝したい」とし、大石知事も「被爆体験者の健康不安に寄り添うものだ。大変ありがたい」と評価した。

 市と県は控訴期限の24日に福岡高裁に控訴する方針。【松山文音、日向米華】

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医療費の問題だけではない 長崎の被爆体験者が闘い続ける理由(2024年9月21日『毎日新聞』)

被爆体験者訴訟を巡る政府の方針に「納得がいかない」と訴える原告団長の岩永千代子さん(右)ら=長崎市で2024年9月21日午後3時57分、尾形有菜撮影
被爆体験者訴訟を巡る政府の方針に「納得がいかない」と訴える原告団長の岩永千代子さん(右)ら=長崎市で2024年9月21日午後3時57分、尾形有菜撮影

 国の援護区域外で原爆に遭った被爆体験者の救済を巡って21日に政府が示した対応策は、あくまで被爆者とは認めないまま医療費の助成を拡充するというものだった。原告の一部を被爆者と認めた9日の長崎地裁判決に対しても、国側は控訴する方針で、「全員を被爆者と認めて」と訴えてきた原告らは憤り、失望した。

 長崎の被爆体験者の原告たちが求めてきたのは、被爆者援護法が「身体に原爆放射線の影響を受けるような事情の下にあった者」と規定する「被爆者」と認められることだ。

 岸田文雄首相が表明した医療費助成の拡充も確かに重要だろう。ただ、被爆体験者たちが、平均年齢85歳を超えた現在まで20年以上にわたって法廷の内外で闘い続けてきた理由は医療費の問題だけではない。原爆投下後、灰や雨と共に放射性微粒子が降り注いだ環境で生活したために、その後、病気に苦しんだという訴えや体験を黙殺しないでほしいという強い思いが根底にある。

被爆体験者訴訟の長崎地裁判決に対し、国が控訴する方針を示したことを批判する原告団長の岩永千代子さん=長崎市で2024年9月21日午後3時41分、樋口岳大撮影
被爆体験者訴訟の長崎地裁判決に対し、国が控訴する方針を示したことを批判する原告団長の岩永千代子さん=長崎市で2024年9月21日午後3時41分、樋口岳大撮影

 原告44人のうち爆心地東側の旧3村にいた15人を被爆者と認めた長崎地裁判決を受け、原告たちは国や長崎市長崎県に対し、控訴せず、勝訴原告に被爆者健康手帳を交付するよう訴えた。足腰が弱った原告団長の岩永千代子さん(88)は車椅子に乗って市長や知事と面会し、「助けてください」と涙を流しながら懇願した。だが、その思いは届かなかった。

 武見敬三厚生労働相は判決を不服とする理由の一つとして、被爆体験者の敗訴が確定したこれまでの訴訟と今回の長崎地裁の判断の違いを挙げた。これまで「バイアス(偏見)が介在している可能性が否定できない」と一蹴されてきた証言調査の結果を、地裁が一転して旧3村に黒い雨が降ったことの根拠とした点だ。

 そこに透けて見えるのは「被爆体験者の証言は信用できない」という厚労省の一貫した姿勢だ。それを被爆地選出の岸田首相も追認した。被爆の実相を伝える重要性を訴えてきた首相は「被爆者手帳所持者の証言は信用できるが、手帳のない人の証言は信用できない」とでも言うのだろうか。 岩永さんは「命ある限り闘う」と言うが、当事者が力尽きるまで訴訟をさせるのはあまりにも酷ではないか。被爆体験者の体験や証言に国が真摯(しんし)に向き合わない限り、溝は埋まらない。【樋口岳大】