米大統領選と世界 協調の視点忘れぬ論戦を(2024年8月26日『毎日新聞』-「社説」)

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民主党全国大会で登壇したカマラ・ハリス副大統領=米中西部イリノイ州シカゴで2024年8月22日、ロイター
 既存の国際秩序が揺らぎ、世界の不安定化が進む。安定に向けた道筋を描くことができるのか。米大統領選は分岐点になる。
 大統領選は、民主党のハリス副大統領が指名受諾演説を行い、共和党のトランプ前大統領との論戦が本格化する。
 ハリス氏は演説で「米国の未来のために戦う」と述べた。トランプ氏は先月の演説で「米国を再び偉大な国にする」と強調した。
 違いは鮮明だ。「未来」をキーワードに前進を誓うハリス氏に対し、トランプ氏は「過去」の栄光を取り戻す、と訴える。
 全米の支持率ではハリス氏がわずかに上回るものの、激戦州を見るとトランプ氏がやや優勢で、勝敗の行方は見通せない。
広がる国際秩序の動揺
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選挙集会に参加するトランプ前大統領=米ノースカロライナ州で2024年8月21日、AP
 大統領選の争点となる国内外の問題は多岐にわたる。
 コロナ禍後も停滞する世界経済への危機感は強い。世界的なインフレは収まっておらず、先進国と途上国の格差が広がる。
 米国では政治的な分断が深まり、欧州では極右勢力が伸長する。移民の増大や雇用環境の悪化により社会不安は膨らんでいる。
 国際法に反するロシアのウクライナ侵攻や、パレスチナ自治区ガザ地区へのイスラエル軍の攻撃は、国際社会に衝撃を与えた。
 激化する米中対立は経済にとどまらず、軍事的な緊張を招いている。日米欧、中露の双方が太平洋で共同訓練を活発化させている。
 こうした難題を解決する処方箋を両氏は示せているだろうか。
 経済では、ハリス氏が1億人超の中間層を対象とする減税策を発表した。食品価格の不当なつり上げへの取り締まりも強化する。
 トランプ氏は経済活性化のために規制緩和を進める一方、保護主義的な政策を徹底する。高関税政策を導入し、中国を狙い撃ちにする構えだ。
 減税財源を示さないハリス氏には無責任との批判がある。自由貿易を阻害するトランプ氏の政策は同盟国にも懸念を広げている。
 移民問題では、国境警備の強化を主張するハリス氏に対し、トランプ氏はより強硬な国境封鎖と不法移民一掃を訴える。排斥の動きが強まれば、国内の分断は一段と深まりかねない。
 物価高や失業への不満の矛先が自由貿易や移民に向かう構図だ。
 外交への懸念は一段と大きい。
 ハリス氏は「米国のグローバルリーダーシップを強化する」と誇示し、トランプ氏は「戦争の日々を終わらせる」と豪語する。
 ウクライナ支援継続を掲げるハリス氏も、停戦を主張するトランプ氏も、出口戦略は明確ではなく、不安は拭えない。
 ハリス氏はパレスチナの人道危機の解決を目指すが、イスラエルを擁護する立場はトランプ氏と変わらず、失望の声も上がる。
「自国最優先」に陥らず
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イスラエル軍空爆により立ち上る黒煙=パレスチナ自治区ガザ地区南部ハンユニスで2024年8月16日、ロイター
 国際社会の課題の解決には、協調に根ざした戦略が必要だ。自国優先に偏らず、国際世論にも誠実に耳を傾けるべきだろう。
 世界は大国が対立する不安定な時代にある。安定へと導くには、新興国や途上国からなるグローバルサウスの協力が欠かせない。
 民主政治の体裁をとりつつも権威的な国家が多い。「民主主義対専制主義」の二元論ではなく、実情に応じた対話が必要だ。
 ロシアを非難しながら、イスラエルを擁護する「二重基準」の姿勢も、独善的に映る。公正な外交を模索すべきだろう。
 国際情勢に及ぼす米国の影響力は大きい。米外交の課題を直視して議論し、自らが信頼に足る国家かどうかを世界に示す機会としてほしい。
 とはいえ、世界の課題を米国一国で担うのは限界にきているのも事実だ。同盟国である日本も、果たすべき役割を考えたい。
 国際秩序を支える民主主義や自由貿易、協調主義は日本にとっての利益でもある。ルールに基づく秩序強化への努力が求められる。
 米国の離脱後、労働搾取禁止などを含む環太平洋パートナーシップ協定(TPP)をまとめ上げた手腕は途上国に高く評価された。
 米国の目の届かない小国に配慮する姿勢はグローバルサウスとの絆を築く。経済発展に伴い途上国で民主化が進めば、秩序安定の一助になろう。
 誰が大統領になっても、独自に培ってきたつながりを生かし、しなやかな外交を展開する。それによってまた日米関係も強くなる。