米民主党のハリス副大統領は通常ならある予備選を経ずに大統領候補になった=AP
受諾演説で、共和党候補のトランプ前大統領が返り咲けば民主主義が脅かされ、極めて深刻だと警告した。自身は「全ての米国人のための大統領になる」とし「分断の過去と決別し、新たな道を切り開く」と訴えた。
初の黒人、アジア系の女性大統領を目指す決意を示したと言える。米国第一を掲げて党派対立をあおるトランプ氏との対決姿勢を鮮明にし、団結を唱えたものの具体策は乏しかった。
波乱続きの選挙戦は異例の短期決戦となる。国際協調を続けるか、自国第一主義に回帰するか、世界が注視している。両候補は中傷合戦ではなく、徹底的に政策を競ってもらいたい。
演説でハリス氏は初めて外交・安全保障の政策を示し「世界でのリーダーシップを放棄しない」と強調した。
不安定化した国際秩序を立て直すには、各国が協調して臨むことが欠かせない。
トランプ氏は親イスラエルを鮮明にしている。ハリス氏も同様の立場しか示せないなら、国際社会の信頼は得られまい。
通商政策でトランプ氏は全ての輸入品に10%、中国に60%の関税を課すという。ハリス氏は批判したが、バイデン政権も保護主義的な傾向を強めた。内向きな政策を競うようでは世界の分断を加速しかねない。
ハリス氏が副大統領候補に選んだウォルズ・ミネソタ州知事と、トランプ氏が副大統領候補にしたバンス上院議員は、共に中西部出身の白人男性だ。激戦州が多いラストベルト(さびた工業地帯)の白人労働者への支持を広げる狙いがある。
今の米国社会は分断をあおらず、多様な人々を包摂することが何より必要だ。米国民は冷静に見極めることが求められる。
ハリス氏演説 「彼女ならできる」を示せるか(2024年8月24日『読売新聞』-「社説」)
民主党大会が開かれ、ハリス氏が指名受諾演説を行った。大統領候補に指名されて以降、ハリス氏が、めざす国家像や政策をまとめて示したのは初めてである。
インドから米国に移民した母親に育てられ、自らが中間層の出身であることを紹介した上で、「強い中間層を築く」ことが大統領としての重要な目標だと述べた。
バイデン政権の方針を踏襲しており、同盟・友好国には安心材料となったのは間違いない。一方で、党内でも批判が強いイスラエルの軍事行動を直接非難しなかった。踏み込み不足は否めない。
党大会では、事実上の政権構想となる党綱領も採択された。バイデン氏再選を前提にした内容を更新せず、「2期目のバイデン政権」などの表現がそのまま残った。お粗末な一面ものぞかせている。
民主党内の空気は、この1か月で一変した。衰えが目立つ81歳のバイデン氏では勝てないという悲観論が支配的だったが、黒人・アジア系女性で59歳のハリス氏への交代で、活気を取り戻した。
一方で、ハリス氏は大統領候補となるまで党内では不人気で、政治手腕も未知数とされる。大統領選前に行われる党内予備選を経ておらず、メディアのまとまったインタビューにも応じていない。
トランプ氏の再選阻止という目的で支持層を再結集させることには成功したが、勝敗のカギを握る接戦州を制するには、無党派層を中心に、積極的にハリス氏を選択してもらう努力が必要だろう。
党大会で登壇したオバマ元大統領は、自身の選挙時の合言葉を使って「イエス・シー・キャン(彼女ならできる)」とハリス氏を激励した。投票日まで2か月半、ハリス氏ならやってくれると思わせる機会をもっと増やすべきだ。
ハリス氏は政策で大統領の資質を示せ(2024年8月24日『日本経済新聞』-「社説」)
米国の明るい将来像を描いて聴衆を鼓舞し、ひとまず挙党態勢を演出できたとはいえる。これからは政策も説得力をもって語り、超大国を率いるリーダーとしての資質を備えていることを証明しなければならない。
民主党の大統領候補に指名を受けたハリス副大統領が受諾演説に臨んだ。「最も高い志のもとで国民を束ねる大統領になる」「(米国には)無限の可能性がある」。こうした前向きな言葉をちりばめて支持者を熱狂させ、4日間の党大会を締めくくった。
「強い中間層を築くのが決定的な目標だ。私も中間層出身だ」と訴えたのは、不動産王の経歴を誇示する共和党のトランプ前大統領との対比を意識した。「彼をホワイトハウスに戻すことの結果は極めて深刻だ」と危機感をあおるバイデン大統領の手法もまねた。
もっとも「反トランプ」だけで有権者をひき付けられるかは疑問である。ハリス氏はバイデン氏の選挙戦撤退を受け、大統領候補の座が転がり込んできた。幅広い政策などが吟味される通常の予備選を勝ち抜いたわけではない。投開票日まで2カ月半でその点が問われなければならない。
米国民の関心が高い物価高への対応はその一例だ。先に発表した経済政策はインフレ対策の一環で価格を統制し、従わない企業に罰則を科す内容を盛った。専門家からは実効性に疑問の声があがる。エネルギー政策や医療保険制度を巡って上院議員時代から考え方を改めた点についても、説明を尽くしていないとの指摘がある。
受諾演説で、同盟国との国際協調を重んじるバイデン政権の外交路線を踏襲すると宣言した点は評価できる。「世界における米国のリーダーシップを放棄せず、強化する」という発言の具体的な中身を聞いてみたい。
ハリス、トランプ両氏による9月10日の初のテレビ討論会はその絶好の場である。ハリス氏はバイデン氏の後継の座を固めて以降、長い時間のインタビューや記者会見に応じていない。討論会にとどまらず、政策について話す機会を積極的に設けるべきだ。
ハリス氏の演説 自らの言葉で安保を語れ(2024年8月24日『産経新聞』-「主張」)
米民主党の全国大会で、ハリス副大統領が大統領候補指名の受諾演説を行った。
ハリス氏は「過去の分断を乗り越え、新しい道を進む機会だ」と述べ、中間層への手厚い支援を訴えた。共和党候補のトランプ前大統領の政治姿勢を非難し、対決色をあらわにした。
だが、米国は最も大きな経済力と軍事力を有する国だ。ハリス氏には自身の政権で国際秩序をどのように守っていくか、見識や政策を明確に語ってほしかったが期待は外れた。
パレスチナ自治区ガザ情勢をめぐっては、イスラエルの自衛権行使を支持しつつ、「今こそ人質解放と停戦で合意するときだ」と述べた。言うは易(やす)しだが、これだけではイスラエルを支持する側も非難する側も納得すまい。
最も残念だったのは、ハリス氏が「インド太平洋」や「台湾海峡」の平和と安定に強い関心を有していると示す言葉が発せられなかった点だ。
中国については、宇宙関連やAIなどの先端技術分野で「中国との競争に打ち勝つ」と述べただけである。
北朝鮮については、金正恩朝鮮労働党総書記と「うまくやる」と述べたトランプ氏を批判する文脈で、金氏のような「独裁者には迎合しない」と語った。そうであれば、中国の習近平国家主席とどう対峙(たいじ)するつもりなのか。
ハリス氏は副大統領として外交や軍事に関わった経験がほとんどなく、米有力紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が「謎の最高司令官」と題する社説を掲げ、懸念を示しているほどだ。ハリス氏には今後の論戦で専制国家がつけ込むすきのない外交安保政策を語ってもらいたい。
米民主ハリス氏 ガラスの天井破れるか(2024年8月24日『東京新聞』-「社説」)
女性初の米大統領を目指すハリス副大統領(59)が、民主党大会で「過去の分断と決別し、全国民の大統領となる」と演説し、大統領候補の指名を受諾した=写真、ゲッティ・共同。11月の大統領選で共和党のトランプ前大統領(78)に勝利し「ガラスの天井」を突き破れるのか注目したい。
「ガラスの天井」は1970年代に米国で生まれた言葉。性別や人種を理由に昇進が阻まれる見えない障壁を指す。2016年の大統領選で初の女性大統領を目指して敗れた民主党のヒラリー・クリントン氏(76)は当時「『ガラスの天井』を打ち破れなかった」と悔やんだが、今回の党大会では「ついに打ち破るところまで来た」とハリス氏に夢を託した。
各種世論調査によると、ハリス氏の支持率はほぼ右肩上がりで、トランプ氏をわずかにリードしている。バイデン大統領(81)もトランプ氏も嫌う「ダブルヘイター」の支持が、バイデン氏の撤退を受けてハリス氏に流れているとみられる。同氏が高校時代にダンスをした映像なども、若者の間では親しみを持って広がっている。
ただ、ハリス氏が勝利に向けて一気に前進したとも言い難い。物価高や中東情勢、不法移民の流入問題など現政権が抱える難題に有効な対策は示せておらず、トランプ氏やその支持者は、ハリス氏は能力不足にもかかわらず多様性を重視するバイデン氏の方針で不相応な地位を得たと批判する。
トランプ氏はハリス氏を「愚か者」と呼んだり、出自について虚偽情報を基に批判するなど、論争ではなく中傷を続けている。
人気歌手テイラー・スウィフトさんが自身を支持しているという虚偽画像を拡散したり、独立系候補ケネディ氏に対して選挙戦からの撤退と引き換えに主要ポストを用意する考えを示すなど、なりふり構わぬ票集めも目立つ。
トランプ氏が能力本位で人物を選べと主張するのなら、ハリス氏との能力の違いを論理的に示すべきだ。女性候補を根拠なく侮辱したり足を引っ張るだけなら、そうした言動こそが「ガラスの天井」だと批判されて当然である。
米民主ハリス氏 「ガラスの天井」破れるか(2024年8月24日『新潟日報』-「社説」)
米史上初の女性大統領となり、女性の社会進出を阻む「ガラスの天井」を打ち破ることができるのか。そのためには、国民が希望を持てる政策をしっかりと打ち出し、無党派層を含めた幅広い支持を集めねばならない。
共和党候補トランプ前大統領との対決となる。ハリス氏は、トランプ氏在任中に深刻化した米社会の分断を終わらせ、結束に導く決意を強調した。
トランプ氏が返り咲けば、民主主義や女性の権利が脅かされて「極めて深刻な結果をもたらす」と危機感も表明した。
人工妊娠中絶やLGBTQ(性的少数者)を巡る問題は、大統領選の大きな争点だ。
党大会で採択した党綱領も、多様性の尊重を打ち出し、支持層の白人を重視する共和党とは、描く社会像の違いを鮮明にした。
副大統領候補の民主党ウォルズ・ミネソタ州知事と、共和党バンス上院議員の対決も注目されるが、飾らない人柄のウォルズ氏が好意的に受け止められる一方で、女性蔑視発言をしたバンス氏への支持は低迷しているという。
世界が注視する大統領選だ。互いを誹謗(ひぼう)中傷するのではなく、民主主義の大国として、実りある政策論争を望む。