「進次郎政権」なら…菅義偉氏が操縦しそうな雲行き 自民党の悪い癖「傀儡政治」が再来?何が起こる?(2024年9月13日『東京新聞』)

 
 12日に告示された自民党総裁選。いま目を向けたい人がいる。菅義偉前首相だ。小泉進次郎環境相の支持を表明しており、党内の非主流派から一転、「キングメーカー」とみる向きも。ただ疑問がある。職を辞した首相の名がなぜまた出てくるのか。再び影響力を発揮するのはどうか。あの人にもこの人にも当てはまりそうなこの問題。時代に逆行しませんか。(西田直晃、宮畑譲)

◆「既に退いた人が…違和感」

 菅氏が進次郎氏の支持を明言したのは、8日に横浜市のJR桜木町駅前であった街頭演説でのこと。「日本のかじ取りを託したい」とエールを送った菅氏の行動をどうみるか。「こちら特報部」は12日に同駅前で尋ねた。
小泉元環境相(右)の街頭演説であいさつする菅前首相(中)=8日、横浜市で

小泉元環境相(右)の街頭演説であいさつする菅前首相(中)=8日、横浜市

 「個人的には嫌いな人ではないが、既に首相を退いた人が前面に出てくるのは違和感がある」と自営業の男性(49)。裏金問題への対応や脱派閥の行方を注視しており、「自民党を変える総裁選であればなおのこと、存在感を消すべきなのでは」。
 菅氏の実績と人柄に期待を寄せる声も。会社員の湊大樹さん(36)は「表舞台で活躍するというよりも、表情を変えずに縁の下の力持ちとして働く人という印象」と語り「進次郎氏は無鉄砲なイメージ。総裁になるかは分からないが、後ろ盾としては菅氏は最適ではないか」と続けた。

◆「ここ数年の本音は岸田おろし」

 「武骨な人格を信頼していた」と語る上村輝代さん(80)は「年齢のためか、最近は体調がよくないようだ」と懸念し、「若い人が表舞台に立つほうがいい。次世代にバトンを渡さないと、希望のない国になる」と訴えた。
2021年9月29日、自民党の新総裁に選ばれ、菅首相(左)に花束を贈り握手を交わす岸田文雄氏

2021年9月29日、自民党の新総裁に選ばれ、菅首相(左)に花束を贈り握手を交わす岸田文雄

 コロナ禍の中、1年余で幕を閉じた菅政権。2021年、東京五輪の強行開催後に辞職し、岸田文雄政権では非主流派になった。
 政治評論家の有馬晴海氏は「自身の政権を岸田氏につぶされ、本音では『岸田おろし』がここ数年のテーマだった。健康不安であまり動けなかったが、昨年ごろから民放などで首相退陣論を訴え、今回の進次郎氏の決断とタイミングが重なった」と解説する。

世襲嫌いの菅氏が認めた資質

 そもそも菅氏と進次郎氏の接点はどこにあるのか。
 ともに自民の神奈川県連で、進次郎氏は菅政権で環境相として入閣したが、有馬氏によると、進次郎氏の地元、横須賀市長選での共闘が蜜月のきっかけになったという。
 「2013年に1度は敗れたものの、4年後には別の候補でリベンジを果たした。困難をともにした経験が信頼関係の元になった。県連内での交際もあり、もともと世襲嫌いの菅さんも進次郎氏の資質を認めた」

◆「安倍・麻生」体制で進次郎氏は孤立

 菅氏が政治家として注目を浴びたのは、進次郎氏の父、純一郎氏が推し進めた郵政民営化の旗振り役として、竹中平蔵総務相のもとで副大臣に抜てきされて以降のことだ。第1次安倍政権でも総務相を務め、実力派としての地歩を固めた。
 菅氏を扱った著書があるノンフィクション作家の森功氏は「政界を引退した後の純一郎氏と菅氏は付き合いがない」と前置きした上で「安倍晋三麻生太郎の両氏が主流だった党内で孤立していた進次郎氏にとって、陰日なたに世話をしてもらっていた菅氏が頼るべき存在だったということだ」と話す。
笹川陽平日本財団会長のブログに投稿された写真。歴代首相らが会食した=2017年、山梨県鳴沢村で

笹川陽平日本財団会長のブログに投稿された写真。歴代首相らが会食した=2017年、山梨県鳴沢村

 「仮に進次郎氏が総裁になった場合、経験不足で閣僚人事もおぼつかない。そうなると、菅氏が影響力を行使することになる。まさに傀儡(かいらい)政治で、自民党が一番、問題視されてきた現象が繰り返されてしまう」

◆人事で官僚をコントロール

 では今後、どう展開しうるのだろうか。
 菅氏といえば、安倍政権の官房長官時代から強権的な手法で知られた。
 内閣人事局を通じ、官僚の人事に積極的に関与し、意向に従わなければ冷遇したとされる。首相に就いた2020年9月には日本学術会議から推薦を受けた会員候補6人の任命を拒否。安保関連法や特定秘密保護法などで政府の方針に異論を示してきた歴史学者らで、排除の姿勢が浮かんだ。
 ジャーナリストの青木理氏は「安倍・菅政権では、官僚の人事を掌握することで忖度(そんたく)が広がった。森友学園を巡る財務省の公文書改ざんの遠因にもなった」と振り返り、「菅氏が政権に影響力を持てば、官僚をコントロールし、同じようなことが起きるのではないか」と懸念する。

規制緩和竹中平蔵氏の後継者」

 菅氏は首相就任後の所信表明演説で「自分でできることは、まず自分でやってみる」と「自助」の重要性を説いた。当時、問題視されたのが「企業優遇の規制緩和」「庶民は自己責任」に傾く新自由主義との共通点。その新自由主義を日本で広めた代表格が慶応大名誉教授の竹中平蔵氏。前出の通り、小泉純一郎政権で竹中氏と菅氏はそれぞれ総務相副大臣だった。
2021年、インタビューで菅政権の功績について話した竹中平蔵氏

2021年、インタビューで菅政権の功績について話した竹中平蔵

 竹中氏の取材経験がある政治ジャーナリストの鮫島浩氏は「2人は規制緩和の急先鋒(せんぽう)として密接な関係にあり、菅氏は竹中氏の後継者と言える」と解説する。
 今回の総裁選にも言及し「規制緩和派の菅氏と既得権益を守る側のボス、麻生太郎氏の代理戦争、キングメーカー争い。それぞれに付く官僚や応援団もいる。主戦場が規制緩和の是非になると考えると、分かりやすい」と読み解く。

◆「改革」を連呼…父をほうふつ

 菅氏が支持する進次郎氏の訴えには、既に竹中色がにじんでいるという。6日の出馬会見で語った一つ、大企業向けの解雇規制の緩和だ。鮫島氏は「解雇規制の緩和は、竹中氏らが目指す本丸の一つ。進次郎氏が当選すれば、解雇規制の緩和を巡る攻防を第1ラウンドとして、あらゆる分野で規制緩和が進むと考えていい」と予測する。
小泉純一郎元首相

小泉純一郎元首相

 出馬会見で進次郎氏は「『聖域なき規制改革』を進め、自民党を真の国民政党に立て直す」と述べ「改革」を繰り返した。父の純一郎氏が首相時代に掲げたキャッチフレーズ「聖域なき構造改革」「自民党をぶっ壊す」を思い起こさせる。
 規制改革のため、竹中氏を国務大臣に抜てきしたのが純一郎氏だ。今月11日には、進次郎氏に「大人だからあれこれ言わない」と伝えたと記者団に明かした。政治的に介入していないような言い方だが、進次郎氏に父の影響はないのか。

◆「まとわりつく年寄り」は他にも?

 先の青木氏は「全員とは言わないが、世襲議員劣化コピーになりがちだと思う」と語る。「世襲議員は究極の既得権益であり、地元の権益ピラミッドを維持するのが使命。根本的な改革は宿命的にできない」。進次郎氏は「改革」を叫びつつ、純一郎氏と竹中氏、菅氏の3人が進めた路線を受け継ぐとの見方だ。
衆院本会議で話す麻生首相(当時)(左)と森元首相=2009年、国会で

衆院本会議で話す麻生首相(当時)(左)と森元首相=2009年、国会で

 評論家の佐高信氏は「規制緩和というと、いかにも無駄な規制をなくすというイメージだが、結局は必要なルールを外して特定の企業がもうかる『規則緩和』にすぎない」と規制緩和路線を批判する。
 懸念を強めるのは、首相を退いた後も影響力を行使しようとする政治家が目に付く点もだ。
 今回の総裁選も例外ではなく、「進次郎氏の背後には、森喜朗氏もいる。進次郎氏の年齢は若いが、本当に若い考え方ができるのだろうか」と疑問を投げかけ「世襲議員に年寄りがまとわり付き、『院政』を敷こうとする。こんなことではまともな民主主義は機能しない」と訴えた。

◆デスクメモ

 菅氏は進次郎氏に構うより、兵庫県知事の問題に向き合ったらどうか。知事選で自民が推薦を出したのは菅氏の総裁時。あの人がいいとお墨付きを出した立場。責任が問われる話だ。先々に影響力を残すより、過去の後始末を考えるべきでは。もちろん、自らの身の振り方も含め。(榊)