米民主候補はハリス氏 多様性の価値示す論戦を(2024年8月9日『毎日新聞』-「社説」)
ボランティア団体の集会でスピーチする米民主党大統領候補のカマラ・ハリス副大統領=米ヒューストンで2024年7月31日、AP
ハリス氏は、初の黒人女性、アジア系の大統領候補だ。今回の選挙戦は「我々の未来をかけた戦いだ」と訴えた。
トランプ氏への銃撃事件、バイデン大統領の撤退という異常事態が相次いだ。投票まで3カ月と迫る中で候補者が差し替わる異例の展開である。
トランプ氏優位の情勢は変化しつつある。支持率は伯仲し、激戦州でもハリス氏が盛り返す。追い風が吹いているのは確かだ。
「反トランプ」の明確な姿勢が奏功しているようだ。だが、激戦を風だけで乗り切ることはできない。政策面での力量が問われる。
課題は山積している。景気後退の懸念が強まり、不法移民の流入も続く。対処する責任は副大統領のハリス氏も負う。
インフレ対策など経済政策では、影が薄い。移民対策は中米各国への支援を主導したが、目に見える成果は乏しい。
ともに激戦州では大きな争点だ。効果的な政策を打ち出せなければ影響は避けられまい。
外交でも、ウクライナ戦争への対処や、弱体化した同盟ネットワークの再構築は、バイデン氏が率先してきた。「ハリス外交」の姿は見えてこない。
副大統領としての業績には、学生ローン返済の一部免除などがある。党内の慎重論を押し切って成し遂げた。
米国社会の分断は深まるばかりだ。多様性を重視し、女性や人種的少数派、若者らの権利を守る姿勢は、その修復に有益だろう。
トランプ氏とは非難の応酬が続く。まっとうな政策論争を通じて、米国の未来を描いてほしい。
米民主党のハリス副大統領は、11月の大統領選挙に向けた自らの副大統領候補に中西部ミネソタ州のワルツ知事を選んだ。両氏は共和党のトランプ前大統領とバンス上院議員の正副候補と、政権の座をかけた対決に臨む。
今選挙戦では7月、政権返り咲きを目指すトランプ氏に対する暗殺未遂事件が発生、現職の民主党バイデン大統領は、高齢不安から再選を突如断念した。暴力と波乱が影を落とす中、急きょ後継候補となったハリス氏は米国で初の女性大統領を目指す。
母がインド系で父が黒人と多様性を象徴する人物でもある。米国の政治に新風を吹き込み、ワルツ氏と共に米国だけでなく世界の民主主義を守り抜く覚悟を語ってほしい。
そう期待せざるを得ないほど、米国の現状は暗い。英誌エコノミストが毎年公表する世界の「民主主義指数」で、米国はトランプ氏が初当選した2016年に評価が「完全な民主主義」から「欠陥のある民主主義」に降格。22年には06年の集計開始以降で最低となる30位に転落した。
同誌は「社会の分極化が依然として最大の脅威だ」と厳しく指摘した。現実は「世界の民主主義リーダー」という米国の自国像と大きく懸け離れている。
暗殺未遂を受けて、トランプ氏はつかの間、分断修復に踏み出すそぶりを見せたが、すぐにバイデン政権を「史上最低」とののしった。さらにバイデン氏が勝利した20年の前回大統領選挙が不正だったという持ち前の陰謀論を展開。ハリス氏の黒人支持者離れを狙い「(ハリス氏は)以前インド系だと言っていたのに、突然黒人になった」とやゆするなど、なりふり構わぬ分断スタイルを復活させた。
半面、元高校教師で州兵でもあったワルツ氏の候補入りで固まった構図に、希望も見いだせる。ハリス氏は検事でトランプ氏は富豪、バンス氏は作家と兵士の経歴を持つ。多様な人材がホワイトハウスの頂点を目指す政治の姿は、米国の活力を映し出す鏡でもある。戦争をはじめ強権国家の横暴が際立つ現在、米国の安定的な力強さは、世界が必要とするところだ。
ハリス氏は候補指名を確実にした後の選挙演説で「自由と慈悲の国か、恐怖と憎悪の国、どちらに住みたいか?」と繰り返してきた。また「民主主義の美は、一人一人がその問いに答える力があることだ」と選挙制度と投票の大切さを語る。
ワルツ氏は候補に選ばれた直後の演説で、銃規制や環境問題など州知事として取り組んだリベラル政策を貫く姿勢を強調。ハリス氏は未来志向の政治を提唱した。理想を実現するためにも、2人には近く行われる見通しの討論会を主要舞台に、社会の分断を修復する具体的な道筋の提示を期待する。
ライバル批判は必要だろうが、連邦議会襲撃事件を含む四つの事件で起訴されうち1件では有罪となったトランプ氏を、“犯罪者”として扱う対立姿勢一辺倒であってはならない。個人攻撃を超えた国家ビジョンを語るべきだ。
そうした原則の尊重を民主、共和の両陣営に求めたい。4氏が外交や不法移民対策、最近の株価変動や失業率増加で再燃した不安を払拭する政策議論を展開することが、米国の経済的繁栄と指導力を維持するための道となるだろう。
米大統領候補 短期決戦だからこそ政策語れ(2024年8月8日『読売新聞』-「社説」)
今回の大統領選は、再選をめざしていたバイデン大統領が7月に撤退し、情勢が一変した。民主党は19日からの党大会前にオンライン投票を行い、ハリス氏が新たな大統領候補に指名された。
党内の混乱を収拾するには、バイデン氏が推したハリス氏でまとまるしかなかったわけだが、民主党の戦略は今のところ奏功している。支持率でハリス氏がトランプ氏を上回る世論調査もあり、トランプ氏の優位は消えつつある。
ハリス氏は、副大統領候補にミネソタ州のティム・ウォルツ知事を選んだ。中西部出身の白人男性の起用で、労働者層や農村部への支持を広げる狙いだろう。
これまでの大統領選では、各党の予備選から本選まで1年近いレースを通じて、大統領候補の資質が吟味されてきた。ハリス氏はこうしたプロセスを経ていない。経済や外交・安全保障など包括的な政策を示してもらいたい。
一方のトランプ氏が、7月の暗殺未遂事件直後には抑制した個人攻撃を再開したのは残念だ。
インド系の母とジャマイカ系の父を持つハリス氏について、「インド系から、急に黒人になった」と決めつけた。副大統領候補のバンス氏も、女性を 侮蔑ぶべつ するような過去の発言が明らかになった。
人種や性別をめぐる攻撃は、白人労働者層に訴える戦術かもしれない。だが、不適切であるだけでなく、急追するハリス氏を引き離す狙いとは逆効果ではないか。
9月には、両大統領候補が直接対決するテレビ討論会が予定される。トランプ氏は、事前の取り決めとは違う日程や他局での開催を一方的に主張している。論戦を避けている印象は否めない。
米国では景気減速への懸念が強まり、欧州や中東の情勢は緊迫している。両大統領候補は、国内外の課題にどう向き合うつもりか。相手候補への不毛な中傷に時間を費やしている場合ではない。
一時的な党勢の回復に終わらせることなく、共和党の政権奪還を阻めるか。それはインフレをはじめ米国が直面する難題への処方箋を示せるかにかかっている。
米民主党が11月の大統領選に向けてハリス副大統領、中西部ミネソタ州のティム・ワルツ知事を正副大統領候補に正式に指名した。バイデン大統領の撤退に伴う混乱を抑え、今月下旬の党大会を前に挙党態勢を短期間で整えた。
非白人や女性の支持に強みを持つハリス氏が、中西部出身の白人男性ワルツ氏を選んだのは選挙戦略としては理にかなう。勝敗を左右する中西部の激戦州で白人労働者層の掘り起こしにつながるとの期待がある。
「すべての米国人のための政治をする」。ワルツ氏とさっそく始めた激戦州の行脚で、ハリス氏が分断の修復にこう意欲を示したのは評価したい。そのうえでいくつか注文がある。
一つはバイデン氏が解決できずにいる課題をどう前進させるか道筋をできるだけ早く描くことだ。
インフレはなお多くの米国人を悩ませ、景気が後退する兆しもでてきた。副大統領として責任を担う不法移民対策は成果を出せていない。有権者の関心が高いこれらのテーマでハリス氏の説明は「中間層の強化」といったスローガンにとどまり、十分とはいえない。
政権の最大の課題であるインフレの鎮圧に加え、ここにきて高まってきた景気の下振れリスクにどう対処するかについて自分の言葉で具体的に話すべきだ。質疑応答を交えた記者会見を含め、あらゆる機会をとらえてほしい。
外交・安全保障は国際協調を重んじるバイデン氏の路線を踏襲するとみられる。どのように欧州や中東の戦乱を沈静化させ、中国と向き合うのか、発信を期待する。制裁関税などバイデン氏がとってきた保護主義的な通商政策は再考すべきではないか。
バイデン氏から後継指名を受けたハリス氏は、有権者らの厳しいチェックにさらされる予備選を勝ち抜いてきたわけではない。だからこそ先行する期待に内実を伴わせる努力が欠かせない。
米民主党は11月の大統領選に向けて、ハリス副大統領(59)を候補者に正式指名。ハリス氏はミネソタ州のワルツ知事(60)を副大統領候補に選んだ。これに対し共和党候補のトランプ前大統領(78)はハリス氏を中傷し、憎悪に火を付ける手法で攻撃している。
うそや差別は、分断を煽(あお)る危険な刃(やいば)となる。民主主義国家を守るには、うそや差別を許さず、中傷合戦から脱する必要がある。
選挙情勢はバイデン大統領(81)の選挙戦からの撤退で一変。ブルームバーグ通信などが7月30日に公表した世論調査結果では、選挙の行方を左右する東部ペンシルベニアなど激戦7州全体の支持率はハリス氏48%、トランプ氏47%と競り合う展開になっている。
こうした状況に危機感を抱いたのか、トランプ氏は7月31日、インド系の母とジャマイカ系黒人の父を持つハリス氏を「これまでインド系だとアピールしていたが、急に黒人(とのアピール)になった」と攻撃した。
しかし、ハリス氏は以前から黒人の血を引くことを公言しており、トランプ氏の発言は人種差別だとの批判を招いた。
トランプ氏を支持する実業家マスク氏は、保有するX(旧ツイッター)でハリス氏をおとしめる偽動画を拡散。誤解を招く合成画像の共有を禁じたXの規約に自ら違反した疑いがある。共和党副大統領候補バンス氏(40)は3年前、夫の子どもの継母であるハリス氏らを「子どものいない女性」で「みじめ」と発言していた。
米国は民主主義国家であり、主権者たる国民が政策の是非を議論し、判断する。前提となる情報が虚偽であれば判断を誤り、差別は分断を煽り、対話を阻む。
独裁的な国家が広がる中、米国が引き続き民主主義国家群の指導的役割を果たし続けられるのか。世界中が注目していることを、米国民には忘れてほしくない。
米国の民主党は11月の大統領選候補に、ハリス副大統領を正式指名する。
主要政党で黒人女性、アジア系が候補になるのは初めてだ。
19日からの党大会に先立つオンライン投票で指名に必要な代議員数を獲得した。対抗馬もなく、異例の選出方法だ。
高齢不安で撤退したバイデン大統領に代わって急きょ出馬したことで、結束を強めたのだろう。党内は活気づいている。
女性や若者を中心に支持が広がり、勝敗の鍵を握る激戦州でも共和党候補のトランプ前大統領を追い上げている。
ハリス氏はバイデン政権の政策を継承するとしているが、具体策はあまり示していない。
社会の分断や各地の戦乱など内外に難題が山積している。トランプ氏が掲げる米国第一主義にどう対抗するか、公約を踏まえた本格論争を期待したい。
20年の前回大統領選に出馬し早々に撤退したが、バイデン氏から副大統領に選ばれた。女性、黒人、アジア系のいずれにおいても初の副大統領だった。
米国の多様性を体現していると言えよう。だからこそ社会の分断解消につながる方策を示すことが求められている。
選挙戦では検事出身の経歴を前面に出し、有罪評決を受けたトランプ氏を「犯罪者」と断じて対決構図を際立たせている。
「反トランプ」をあおるだけでは党派対立がますます激しくなることを忘れてはならない。
ハリス氏はバイデン氏よりリベラルとされ、人工妊娠中絶の権利擁護や中間層の底上げを打ち出している。ただ、減速が懸念される経済への対応には言及が少ない。また副大統領として担当した不法移民対策も成果を出せなかったと指摘される。
不法移民は急増しており、国民の関心は高い。移民排斥を掲げるトランプ氏と異なる、包摂的な政策を示すべきである。
外交もバイデン氏の協調路線を継承するとしている。ハリス氏はイスラエルのネタニヤフ首相との会談でガザの民間人被害に深刻な懸念を示したが、軍事支援をやめるかは不明だ。
ウクライナ侵攻を続けるロシア、台頭する中国など、国際秩序は不安定化している。ハリス氏は国際協調を主導する具体策を早急に示す必要がある。
両候補による討論会は日程が折り合っていない。複数回実施して政策を競い合ってほしい。
バイデン氏の撤退を受け、米大統領選はハリス副大統領とトランプ前大統領が対決する構図に一変した=AP
米大統領選はハリス副大統領が民主党候補の指名を受けることが確定し、共和党のトランプ前大統領との対決が決まった。バイデン大統領の撤退で仕切り直しとなった選挙戦は11月5日の投開票日まで3カ月の短期決戦となる。
81歳のバイデン氏から59歳のハリス氏へと世代交代が進み、民主党はにわかに活気づいている。世論調査の支持率は対バイデン氏で明白だったトランプ氏の優勢がそがれ、ハリス氏が持ち直す結果もでている。高齢によるバイデン氏の健康不安を懸念した支持層が戻ってきたとの分析がある。
民主党は複数の候補を競わせて後任を選ぶ選択肢をとらなかった。非常事態を受けてハリス氏をいち早く擁立し、挙党態勢の演出につなげた戦略はいまのところ奏功しているかに映る。
後任選びで党内対立が深まる展開を避けられたという意義だけではない。トランプ氏の暗殺未遂事件から続く大統領選の混迷を早く食い止めなければ、米民主主義がさらに傷つく恐れがあった。
ハリス氏は副大統領として不法移民対策などを担ってきた。とはいえ、経済や外交・安全保障政策でどんな考えを持っているかはそれほど知られていない。
それを明らかにする格好の機会が、両候補が直接対決するテレビ討論会だ。検察官出身のハリス氏は弁が立つとの評もある。精彩を欠く言動でバイデン氏の撤退につながった6月末の討論会をみればわかるように、振る舞いを含めその資質が厳しく問われる。
米大統領選の討論会は選挙戦終盤の9〜10月に複数回を開くのが通例だ。今回も同様の措置をとるのが筋である。
黒人女性のハリス氏はインド系移民の母親を持ち、米国の多様性を体現する。トランプ氏はこうした出自のハリス氏を「ずっとインド人だったのに突然、黒人になった」などとあげつらう発言をしている。このような人種差別的な言辞は許されない。
ハリス副大統領が描く未来(2024年7月25日『山陽新聞』-「滴一滴」)
▼〈さあ、武器(アームズ)を置こう。たがいの体に腕(アームズ)をまわせるように〉。2021年1月、大統領就任式のために当時22歳の詩人アマンダ・ゴーマンさんがつづり、朗読した「わたしたちの登る丘」(鴻巣友季子訳)である
▼直前には連邦議会議事堂への襲撃事件があった。トランプ前大統領の敗北を認めない者らが、やりやナイフを手に暴れる映像は忘れようもない。だが詩は鼓舞する。〈わたしたちは建て直し、歩み寄り、立ち直る〉
▼人工妊娠中絶の是非などと並び、国を二分する論点には「表現の自由」もある。特に保守派の市民が有害と感じる本、例えば黒人差別の歴史をつまびらかにしたようなものを図書館から排除する運動が続いているとか
▼分断の融和を訴えるゴーマンさんの詩集でさえも一部学校で禁書になったというから驚く。ハリス氏はどんな言葉で米国の未来像を描いてみせるのか。大国のリーダーを選ぶのにふさわしい議論を期待したい。
「確トラ」から「ハリかも」(2024年7月25日『中国新聞』-「天風録」)
耳から流血しながらも拳を突き上げる―。銃撃された際、トランプ氏は力強いリーダー像を国民にアピールしてみせた。衝撃の事件は10日ほど前に起きた。その数日後、現職のバイデン大統領はコロナに感染して自主隔離に入る
▲対照的に映り、トランプ氏優位は決定的と見られた。型破りな前大統領が返り咲く場合に備え、日本でささやかれていた「もしトラ」の言葉。さらに「ほぼトラ」や「確トラ」へ進み、もはや勝負あったとする声まで
▲ところが潮目が変わる。大統領選を撤退する現職からハリス副大統領が後継指名を受けた。早速すごい勢いで求心力を高めている。陣営によると、1日で127億円もの献金が集まった。ハリウッドの映画スターたちも加勢する
▲78歳の前大統領が59歳の副大統領と争う構図になりそうだ。バイデン氏を「老いぼれだ」とののしった高齢批判は、ブーメランとなって今度はトランプ氏自身に刺さるだろう。初の女性大統領が誕生するかもしれない
▲凶弾に屈しない姿を見せた、たくましい候補へと吹いた風。一時は確トラの情勢が、ここにきてハリス氏が2ポイントリードとの世論調査もある。「ハリかも」に風向きは変わるだろうか。