県警の隠蔽疑惑 議会は解明から逃げるな(2024年10月20日『西日本新聞』-「社説」)
どう言い繕っても、本気で疑惑を解明するつもりはないのではないか。県民の負託への裏切りと言うほかない。
鹿児島県警の不祥事もみ消し疑惑に関し、県議会は調査特別委員会(百条委員会)の設置を求める決議案を、自民、公明両党などの反対多数で否決した。野党会派の県民連合が提案していた。
県警を巡っては昨年から警官による性犯罪などが相次ぎ、隠蔽(いんぺい)疑惑が浮上している。メディアに内部告発して国家公務員法(守秘義務)違反の容疑で逮捕、起訴された前生活安全部長は、野川明輝本部長による隠蔽指示があったと主張している。
県警は不祥事の原因分析の結果と再発防止策を8月に公表した際、本部長による隠蔽指示はなかったと結論付けた。特別監察を行った警察庁も同様の結論を出した。
しかし疑惑は何ら解明されていない。県議会での県警の説明は、県民の納得を得られていない。会派に関係なく、県民から疑惑を徹底究明してほしいとの意見が寄せられているのはその証左だ。
自民県議団は設置反対の理由を「裁判と並行した調査は困難」と説明するが、ふに落ちない。裁判で審理されるのは、犯罪事実に関わる部分に限られるからだ。
なぜ盗撮事件で本部長の指示を捜査中止と「誤解」したのか。ストーカー容疑事件で捜査が遅れ、防犯カメラ映像を消去したのはなぜか。別のストーカー容疑事案で、当初は事件化を望んだ被害女性が最終的に翻意した不自然な経緯はどうしたことか。
県民が知りたいのはこうした疑惑の経緯であり、裁判と切り分けて調査できる。自民県議団の「設置自体に反対ではなく、現時点で設置しない」という決定は人ごとに過ぎる。県議会は行政機関のチェックという役割を放棄してはならない。
隠蔽疑惑の大半が、女性への性加害であることは許されない。性暴力の軽視など人権意識が欠如していないか、百条委は司法が裁かない県警の体質にも切り込めるはずだ。
自民県議団の背後で、地元選出の国会議員が動いていたことも見過ごせない。複数の県議が本紙取材に「設置の世論がこれ以上拡大する前に反対を決めるべきだ」などと求められたと語っている。
警察庁も警察全体への信頼低下を招きかねない重大事と改めて自覚すべきだ。
真相究明を求める県民を置き去りにしてはならない。
鹿児島県警問題 論点がずれた調査報告だ(2024年8月18日『産経新聞』-「主張」)
特別監察のため、鹿児島県警本部に入る警察庁の監察官ら
鹿児島県警や警察庁は、問題の所在を見誤っていないか。そう感じざるを得ない警察の分析と対応だ。
不祥事が相次ぎ、警察庁の特別監察を受けた鹿児島県警が、一連の問題に関する調査報告書をまとめた。
「職員の倫理観や個人情報保護への認識欠如、幹部の指揮や業務管理の不十分、縦割り意識の強さ」などが不祥事多発の原因だとする内容だ。
県警はさらに、警部補以下が本部長に直接提言する「改革推進研究会」設置を核とする再発防止策も発表した。これまでにない、目新しい策ではある。それでもこの対応に物足りなさが残るのはどうしたことか。
鹿児島県警では個人情報を悪用したストーカー行為や女子トイレでの盗撮、所轄署巡査長による捜査資料の外部漏洩(ろうえい)などの不祥事が次々と起きている。
極めつきが、ノンキャリア警察官の最高位で、県警の最高幹部だった前生活安全部長が、捜査情報を外部に漏らしたとして逮捕・起訴された事件だ。前部長は勾留理由開示手続きで「本部長が事件を隠蔽(いんぺい)しようとしたのが許せなかった」と動機を述べ、事実上の公益通報だったとして犯罪性を否定した。
本部長ら県警側は隠蔽の一切を否定している。だが、国民からすればすっきりせず、警察の中で何が起きているのかと不安に思わせる。県警や警察庁の対応には、この疑念に真摯(しんし)に応える姿勢がうかがえない。
報告書は「隠蔽はなかった」というだけで、問題の掘り下げが浅い。疑惑にはまともに答えず、ガバナンスが崩れた理由や背景の考察もない。これではいくら新たな対策を打ち出しても効果に期待は持てない。
ストーカーや盗撮は被害者に恐怖をもたらす犯罪だ。ましてや警察官が職務上知り得た情報を悪用して犯行に及んだのなら悪質性は格段に高まろう。
ただ、鹿児島県警の問題が全国的に注目され、日本警察の信頼まで揺るがした理由は、ひとえに前部長の逮捕と動機の衝撃性にある。その認識が警察庁にないとしたら、問題である。
最高幹部が本部長を「告発」するという、通常はあり得ぬ事態が現実に起きたことこそが問題の本質だ。組織上層部で争いがあること自体が警察不信を呼び社会不安を増幅させる。厳正な再調査を求めたい。
鹿児島県警の疑惑 県議会の百条委で究明を(2024年8月8日『西日本新聞』-「社説」)
疑念は晴れるどころか深まるばかりだ。このまま幕引きをさせてはならない。
不祥事のもみ消し疑惑を巡り、鹿児島県警は記者会見を開いて原因分析と再発防止策の報告書を公表した。
枕崎署員によるトイレ盗撮事件について、前生活安全部長=国家公務員法(守秘義務)違反罪で起訴=が「本部長の隠蔽(いんぺい)指示があった」と内部告発していた。野川明輝本部長は会見で、改めて隠蔽を否定した。
しかし報告書や野川氏の説明は依然として不自然な点が多く、説得力に乏しい。
報告書によると野川氏は昨年12月、この事件について「署員が犯人の可能性がある」と報告を受けている。
野川氏は捜査の継続を指示したというが「万が一その署員が犯人だった場合、同様の事案が起きるようなことはあってはならない」と考え、この署員を含む全枕崎署員を対象に、盗撮などをテーマにした不祥事防止の研修を急きょ実施させていた。
問題の署員に「疑われているぞ」と教えるようなものだ。証拠隠滅の恐れさえある。この不可解な対応に野川氏から納得できる説明はない。
霧島署員によるストーカー規制法違反事件では、防犯カメラの映像に署員の車が写っているのを捜査員が確認し、一部を静止画に残して映像を消去した。県警は証拠として保全しなかった不手際を認めつつ「隠蔽の意図はなかった」と繰り返すだけだ。
県警は警部補以下が本部長に直接提言する組織を設置するなど再発防止策を示したが、真相究明なしに再発防止などあり得ない。
野川氏は会見で被害女性に「不安な思いをさせ、おわび申し上げる」と謝罪した。しかし数日後の県議会総務警察委員会では「当事者間で行われるべきものだ」と謝罪を拒否した。報告書を出せば終わりとでも思ったのか。不誠実で一貫性のない対応は怒りとともにむなしさを覚える。
もはや県警に自浄能力は期待できないのではないか。
県警によると県民から2400件以上の意見が寄せられ、多くは県警への怒りや失望という。
県議会は一部会派が調査特別委員会(百条委員会)の設置を提案している。強い調査権限を持つ百条委で真実を究明してほしい。行政機関のチェックは、県議会の重要な機能である。
信じ難いのは警察庁の対応だ。不審点だらけにもかかわらず、特別監察で「隠蔽なし」と早々に結論付けた。
野川氏には、現場へのきめ細かい確認と指示を怠ったとして、警察庁長官訓戒の処分を出しただけだ。健全な組織を願い不正を暴いた前部長は逮捕されたのに、である。
国民の目には、警察庁も隠蔽に加担していると映っていよう。警察組織全体に不信感が募っていることに気付くべきだ。再調査を強く求める。
鹿児島県警 疑念が晴れたとは言いがたい(2024年8月3日『読売新聞』-「社説」)
鹿児島県警トップの本部長が組織内の不祥事を 隠蔽いんぺい したと告発されているのに、その疑惑に正面から答えたとは言いがたい。これで県民の信頼が回復できるとは思えない。
不祥事が相次いでいる鹿児島県警が、これまでの調査結果をまとめた報告書を公表した。
県警内では、警察官による女子トイレの盗撮やストーカー事案などが次々と起きた。事件に関連して、最高幹部だった前生活安全部長も捜査情報を外部に漏らしたとして、逮捕・起訴されている。
特に前部長は法廷で、「県警トップの野川明輝本部長が警察官の不祥事を隠蔽しようとした」と主張し、大きな衝撃を与えた。
事実であれば、看過できない事態だ。県議会で大きな問題となったのは当然である。県警や警察庁には、事実関係を詳しく調べ、公表する責任があるはずだ。
にもかかわらず、今回の報告書では、本部長による隠蔽について、前部長が直接本部長に事件の報告をしていないことなどを理由に、疑惑を一蹴している。記述されているのは、個々の不祥事の概要や原因、再発防止策ばかりだ。
本部長と前部長の言い分には随所に隔たりがある。それらを丁寧に検証した形跡は 窺うかが えない。
野川本部長は6月、「隠蔽を指示した事実はない」と述べた。県警や警察庁は、これで決着がついたと説明しているが、疑惑が晴れたと考えるなら大きな誤りだ。
前部長が隠蔽があったと訴える盗撮事件は、警察署の捜査が実際に一時中断された経緯がある。これについて報告書は、本部長の指示が現場の署幹部にうまく伝わらなかったためだとしている。
だから隠蔽ではない、という結論なのかもしれないが、県警トップの指示が現場に誤って伝わっていたのだとすれば、それ自体があってはならないことである。本部長の責任は極めて重い。
警察庁は、県警に担当者を派遣し、特別監察を実施した。それなら隠蔽について踏み込んで調べるべきだったのではないか。
この報告書の内容では、内部調査の限界を露呈したと言われても仕方ない。第三者による再調査も検討する必要があるだろう。
日本は治安が良く、警察への信頼度も高い。ところが近年、各地で警察官による不祥事が多発し、その信頼が揺らいでいる。
全国の警察でタガが緩んではいないか。警察庁は、組織の立て直しを図り、信頼回復に努めることが急務である。
県警本部長の記者懇中止 「通報問題」なぜ避ける(2024年7月25日『沖縄タイムス』-「社説」)
県民への情報発信の場でもある県警の定例記者懇談会が、突然取りやめとなった。米兵による性犯罪への質問を避けたかったからとみられている。
鎌谷陽之県警本部長ら幹部と報道機関の記者との定例記者懇は23日午後に予定されていた。しかし開始15分前になって中止が告げられた。
1974年から月1回のペースで開かれてきたが、このような直前になっての一方的な「ドタキャン」は異例。
県警はこの日は、女性警察官の採用と水難事故防止策について報告する予定だった。
だが米兵事件への対応を巡る質問が出ると聞き、報道を前提とした(オンレコ)回答はできないと中止を決めたという。県警側は「設定していたテーマと違う質問をして、本部長のコメントを求める動きがあった」からと理由を説明する。
行政機関による定例記者会見や記者懇談会は、行政側から発表や報告があった後、それに対する質疑、案件以外の質疑と進むのが一般的だ。
今回の件でコメントすることを上から止められているのか。それとも別の理由があるのか。
県警側の振る舞いは、発信したい情報だけ発信し、そうでない報道は抑え込もうとしているようにしか見えない。
米兵による少女誘拐暴行事件が6月下旬に表面化して以降、鎌谷本部長は一度も記者会見を開いていない。
県民が今一番関心を持ち、不安を抱いている事件について、記者が質問をするのは当然のことだ。
記者懇取りやめは疑念を深めることになりかねない。
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事件発覚から今に至るまで続く「モヤモヤ」がある。
少女誘拐暴行事件の発生は昨年12月。県警はなぜ速やかに県に情報提供をしなかったのか。
被害者のプライバシー保護はもちろん重要だ。だが米軍による犯罪は、基地問題で苦しむ県民にとって重要かつ必要な情報だ。犯罪抑止という観点から非公表にすべき事案ではない。
県では2021年を最後に県警などからの情報提供がなくなったという。全国でも同様のことが起きている。この時期に一体何があったのか、誰かの指示で仕組みが変わったのではないか、との臆測が広がっている。
さらに日米で合意した「事件・事故発生時における通報手続き」も機能していなかったことが分かっている。
来週開かれる衆参両院の閉会中審査で、この問題も追及すべきだ。
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今月10日、県議会が全会一致で可決した意見書の中に「このような重大事件について、捜査当局などから情報提供がなかったこと」への批判が盛り込まれている。
昨日、渉外知事会は外務省などに対し、米軍関連事件で関係自治体への通報徹底などを求める「特別要請」を行った。
今回の問題の経緯を含め、鎌谷本部長は県民の「なぜ」に丁寧に答える必要がある。そのための記者会見を開くよう求めたい。
鹿児島県警 刑事司法の資格あるか(2024年7月2日『山陰中央新報』-「社説」)
鹿児島県警は、刑事司法の一翼を担う資格がある組織なのだろうか。大きな疑問符が付く事態である。それほど深刻な問題が噴出している。
警察官の盗撮事件など複数の不祥事に関する内部文書を札幌市のライターに郵送したとして、前生活安全部長が国家公務員法(守秘義務)違反の罪で起訴された。前生安部長は逮捕段階から「本部長が盗撮事件を隠蔽(いんぺい)しようとしたのが許せなかった」と動機を供述。野川明輝本部長は全面否定し、主張が真っ向から対立する異常事態に陥っている。
野川本部長は起訴後に記者会見し説明を重ねたが、これで疑念が払拭されたとは言い難い。
前生安部長の主張に関し、県公安委員会は起訴時に「本部長が隠蔽を指示した事実は見当たらない」とのコメントを発表した。前生安部長が郵送した文書には、本部長ではなく前刑事部長が盗撮事件の隠蔽を指示したという記述があり、主張に不可解な点もあるが、県警が事案を把握してから警察官を逮捕するまで約5カ月も要したのは事実だ。
警察庁はきめ細かい捜査状況の確認と指示を怠ったとして、野川本部長を異例の長官訓戒とした。隠蔽を明確に指示していなかったとしても、立件に消極的な姿勢を示したのではないか。特別監察で詰めるべきだ。
県警では、再審請求などで警察の不利になる捜査書類は速やかな廃棄を促すような内部文書を全捜査員に配布していたことも明るみに出た。「真相究明」より組織防衛を優先する姿勢と言え、日弁連や再審請求関係者らは猛反発している。
内部文書は昨年10月2日付の「刑事企画課だより」で、公文書に該当する。「再審や国賠請求等で、廃棄せずに保管していた捜査書類や写しが組織的にプラスになることはありません!」と強く呼びかけていた。
文書は翌月、福岡に拠点を置くインターネットメディアが写真とともに報じ、県警は直後に「必要なものは引き続き廃棄せず保管管理」と改めた文書を再配布していた。
県警は最近になって事実関係を認め、内容を改めた理由を「県警内部の声」と説明した。ところが、その後「報道を受けて警察庁に報告し、指摘を受けた」と変わった。こうした変遷があると、説明自体が信用できない。「廃棄のすすめ」こそ本音で、報じられなければそのまま維持したのではないか。さらに詳しく説明してもらいたい。
福岡のネットメディアには、前生安部長が秘密を含む文書を送った札幌市のライターも寄稿していた。別の情報漏えい事件で県警がこのメディアの関係先を家宅捜索し、前部長の事件が浮上した。
前生安部長の公判では、弁護側が捜索で得られた証拠を違法収集とする主張や、文書の郵送を適法な公益通報とする主張が予想される。法廷での真相究明にも注目したい。
福岡市に拠点を置くインターネットのニュースサイト「ハンター」を運営する記者の自宅が4月、鹿児島県警の家宅捜索を受けた。捜査情報を外部に漏らしたとして、巡査長が地方公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕された事件の関連だったとされる。
報道にとって、取材源の秘匿は基本原則である。危険を冒してまでも情報を寄せてくれる人がいるからこそ、政治家や行政といった権力を監視し、不正をチェックして報じることができる。最高裁も2006年、取材源の秘匿について「取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」との判断を示している。
だからこそ捜査当局も、言論の自由、国民の知る権利を損なわないよう最大限尊重してきたはずだ。ところが鹿児島県警の捜査手法はこうした共通認識をないがしろにしており、到底容認できない。
日本ペンクラブや日本出版者協議会などは「民主主義社会の根幹を脅かす深刻な事態」などと抗議声明を出した。全国の新聞社などの労働組合でつくる新聞労連は「捜査権の乱用にお墨付きを与えた」として、家宅捜索を許可した裁判官に対しても責任を問うている。もっともだ。
ハンターは県警の不祥事を追及し、独自入手したとする内部文書をサイトに掲載していた。巡査長は、これらを流出させたとされている。ハンター側は内部通報だったと主張。捜索は令状も示されず違法だと訴えている。
県警は記者宅で押収したパソコンから、あろうことか捜索容疑以外の取材源まで洗い出している。こんな捜査が認められていいはずがない。
前部長は情報提供の動機について、県警トップの野川明輝本部長が「警察官の犯罪行為を隠蔽(いんぺい)しようとしたことが許せなかった」と裁判手続きで説明した。野川本部長は記者会見で全面否定したが、曖昧な点も残り、納得できる内容ではなかった。こんなことでは警察への信頼が失われてしまう。徹底した真相究明が求められよう。
ハンターによると、県警が市民の再審請求や国家賠償請求に備え、警察の不利になる捜査書類を速やかに廃棄するよう促す内部文書も存在していた。過去には検察側が新たに開示した証拠が無罪立証の決め手につながったケースもある。日弁連や再審請求関係者が猛反発するのは当然だ。
証拠廃棄促す警察文書 「人権より組織」の非常識(2024年6月27日『毎日新聞』-「社説」)
冤罪(えんざい)を防ぐより、組織防衛の方が大切だと言っているに等しい。刑事司法に携わる機関としての常識を疑う。
鹿児島県警が昨年10月、再審を請求される場合などを念頭に、捜査書類を廃棄するよう促す内部文書を作成し、捜査員らに配布していたことが発覚した。
「再審や国賠(国家賠償)請求等において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません」と記されていた。
事件や事故の捜査では判断を誤ったり、後に新たな事実が判明したりすることも起こり得る。
過去の再審請求では、捜査機関が当初の裁判で提出していなかった証拠が明らかになり、無罪につながった例がある。
滋賀県の病院で入院患者を殺害したとして服役後、再審で無罪となった元看護助手のケースはその一つだ。県警が117点にも上る証拠を検察に送っておらず、その中には元看護助手に有利なものも含まれていた。
資料が失われてしまえば、捜査の検証は困難になり、真相の解明が妨げられる。恣意(しい)的な取り扱いをするようなことがあってはならない。
にもかかわらず、今回の文書は、警察にとって都合の悪い情報や証拠を隠蔽(いんぺい)しようとしていると受け取られかねないものだ。
再審や国家賠償といった人権救済の手続きをないがしろにしていたと言わざるを得ない。
刑事訴訟法では、警察が犯罪を捜査した際には、速やかに書類や証拠物を検察に送らなければならないと定められている。その趣旨にも反する。
捜査機関が作成した書類は公文書と位置づけられる。集めた証拠は公共物のはずだ。
だが、文書は「適正な捜査」を推進するための執務資料として作られており、組織の論理を優先する体質がうかがえる。
裁判の公正を期すには、あらゆる証拠を検討することが欠かせない。捜査資料を適正に保管・管理するルールづくりが急務だ。
鹿児島県警の不祥事 知る権利脅かす捜索だ(2024年6月27日『山陽新聞』-「社説」)
鹿児島県警が、警察官の情報漏えい事件に関し、インターネットのニュースサイトを運営する個人宅を強制捜査していたことが分かった。報道の自由や国民の知る権利を脅かす重大な問題である。警察当局に十分な調査と説明を求めたい。
捜査資料を外部に漏らしたとして巡査長が逮捕された事件の関係先として、県警は4月、サイトを運営する福岡市の男性宅を捜索した。サイトは県警に批判的な報道をすることで知られていた。男性宅で押収したパソコンのデータから県警は別の情報源を割り出したとみられ、県警幹部だった前生活安全部長が国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕、起訴された。
憲法では報道の自由が保障され、報道機関にとって取材源の秘匿は「ジャーナリズムの鉄則」とされる。報道の自由が脅かされれば公益通報もできなくなり、国民の知る権利は損なわれる。最高裁は2006年、取材源の秘匿について「取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値がある」との判断を示している。
検察、警察の捜査機関はこれまでメディアに抑制的な対応をしてきたのに、今回はなぜ、強制捜査に至ったのか。捜索を許可した裁判官も含め、どんな経緯や判断があったのか、検証が必要だ。
県警を巡っては、捜査書類の速やかな廃棄を促す内部文書を作成していた問題も明らかになっている。「刑事企画課だより」と題した文書で昨年10月、捜査活動に従事する警察官にメールで送っていた。刑事裁判をやり直す再審や、逮捕・起訴されたものの無罪になった人が国に賠償を求める訴訟に触れ、「廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません」と記載されていた。
批判を受けて県警は「必要なものは引き続き廃棄せずに保管管理する」と内容を改めたというが、廃棄の呼びかけは鹿児島だけの話なのか。全国の警察への疑念にもつながりかねない。再審請求では、検察側が新たに開示した証拠が無罪の立証につながった例もある。証拠を廃棄して組織防衛を図ろうとする姿勢は言語道断だ。
県警が捜査した03年の県議選を巡る公選法違反事件(志布志事件)では「客観的証拠は全くない」(鹿児島地裁)として買収罪などに問われた12人全員が無罪になった。あれほどの冤罪(えんざい)事件を起こした反省はどこへいったのか。
前生活安全部長はメディアに情報を提供した動機について、警察官による盗撮事件を県警本部長が隠蔽(いんぺい)しようとしたと主張している。本部長は否定しているが、事件を認知してから本部長が指揮を執るまでにほぼ半年もかかっている。警察庁は県警に対する特別監察を始めた。不祥事の全容が解明されなければ、警察の信頼回復は困難だろう。
前生活安全部長が国家公務員法(守秘義務)違反の罪で起訴されるなど不祥事が相次ぐ鹿児島県警が、捜査の過程で報道機関を強制捜査していたことが明らかになった。報道の自由を侵害する可能性があり、容認できない。
同県警は4月、別の警察官による情報漏洩事件の関係先として、福岡県を拠点とするネットメディアの運営者宅を家宅捜索した。この際に押収したパソコンのデータなどを端緒に前生活安全部長を特定し、逮捕したとみられる。
取材源の秘匿は自由な報道の大前提だ。最高裁は「取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値がある」と認め、捜査機関も尊重してきたはずだ。公権力によって強制的に情報提供者を調べるような事態がまかり通れば、もはや健全な民主主義国家とはいえない。
県警の野川明輝本部長は記者会見で「『報道の自由』や『取材の自由』は理解している」と述べたが、詭弁(きべん)にしか聞こえない。今回をあしき前例にしないためにも、誰が、どのような経緯で強制捜査を決めたのか説明すべきだ。
野川本部長が警察官による盗撮事件の隠蔽を指示したとの疑惑も決着したわけではない。国民の不信は深まる一方だ。
本部長は記者会見で隠蔽を改めて否定した。だが最初に報告を受けてから逮捕まで5カ月近くもかかったのはなぜか。本部長は「きめ細かい確認と指示を怠った」として訓戒処分を受けたが、これだけでは納得できない。
警察庁は24日、県警に対する特別監察を始めた。組織風土の問題点を検証するのが目的だという。徹底的にウミを出し切らねば信頼回復は難しい。
福岡市のネットメディアの記者宅が4月、鹿児島県警に家宅捜索を受けた。捜査資料を同メディアに漏らしたとして、鹿児島県警曽於(そお)署員が地方公務員法違反容疑で逮捕された事件の関連だった。同メディアはこの資料をサイトに掲載し、県警批判を続けていた。
この捜索で押収したパソコンからは、県警幹部だった前生活安全部長が札幌市のフリー記者に送った内部文書が偶然、見つかった。フリー記者は、福岡市のネットメディアの常連投稿者だった。その内部文書には同県警枕崎署員が、トイレで盗撮したとされる事件の資料も含まれていたという。
内部文書は前部長→フリー記者→ネットメディア記者に送られたとして県警は前部長を逮捕、6月に国家公務員法違反罪で起訴されたが、前部長は逮捕後の裁判手続きで「盗撮事件を県警本部長が隠蔽(いんぺい)しようとした」と陳述した。
本部長は一切否定しているが、本部長の事案認知から枕崎署員の逮捕まで5カ月も要したのは事実だ。しかも逮捕は、前部長からフリー記者への資料流出確認後。こうした事件指揮に関し、警察庁は本部長を長官訓戒処分とし、県警への特別監察を進めている。
4月の捜索(強制捜査)は、ネットメディアの情報源を探るために行われたとみるほかない。今後も捜査当局に都合の悪い情報が報じられた場合に、報道関係者への捜索が行われて情報源が探索されることになれば、取材の自由が妨げられ、国民の知る権利が脅かされる結果につながりかねない。
報道機関にとって、情報源の秘匿は最も重要な倫理である。最高裁も2006年、「取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」と判断。検察・警察などもこれまで、表現の自由を保障するとして、強制力で取材源を開示させることは控えてきた。
今回の捜査手法は、憲法にのっとって当局と報道側との間で保たれてきた共通認識を逸脱している。捜索令状を出した裁判所の判断も問われる。誰からの、どんな指示に基づいた捜索だったのか、徹底的に解明し公表すべきだ。
鹿児島県警/徹底的にうみを出し切れ(2024年6月25日『神戸新聞』-「社説」)
市民のために真実を明らかにするよりも、組織の保身を優先しているのではないか-。そういった疑念を抱かざるを得ない問題が鹿児島県警で相次いで発覚した。
県警は5月31日、警察の内部情報をフリー記者に漏えいした国家公務員法違反の疑いで県警の前生活安全部長を逮捕し、鹿児島地検が6月21日に起訴した。現職警察官による盗撮やストーカー事件を暴露する文書を郵送したとされる。
前部長は勾留理由開示手続きの意見陳述で「本部長が県警職員の犯罪行為を隠蔽(いんぺい)しようとしたことが許せなかった」と主張した。県警トップの不正を最高幹部の一人が告発する事態は極めて異例だ。
野川明輝本部長は隠蔽を全面否定し、盗撮事件では不十分な捜査指揮で着手が遅れたと釈明した。前部長が漏えいしたとされる文書についても、公表を望まない被害者の個人情報が含まれていたとして「公益通報には当たらない」と述べたが、警察に対する不信は到底拭えない。
見過ごせないのは、前部長逮捕のきっかけが、別の情報漏えい事件に絡むニュースサイトへの強制捜査だった点だ。
県警は4月8日、事件の処理経過を記した「告訴・告発事件処理簿一覧表」の写しを漏らしたとして県警巡査長を逮捕し、関係先として同サイト運営者宅などを捜索した。
報道機関への強制捜査は「表現の自由」を侵害する恐れがあり、極めて慎重であるべきだ。ましてやこのサイトは県警に批判的な報道を繰り返し、一覧表にあった強制性交事件の不起訴にも疑問を呈していた。都合の悪い報道を阻止するための権力乱用が疑われても仕方がない。
報道機関への捜索を基に証拠を集め、情報源となった人物を逮捕するのは許しがたい暴挙である。捜索を許可した裁判所の判断も問題だ。報道の自由は民主主義の根幹であり、報道機関は情報源の秘匿を自らに厳しく課している。その重みを公権力にも自覚してもらいたい。
ニュースサイト側に漏れた内部文書には、公判に不利な証拠の速やかな廃棄を指示する内容もあった。
県警は昨年10月に捜査担当者らへ送った内部文書で「再審や国賠請求等において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません」と記していた。県警が関わった事件にも再審請求審の過程で新たな証拠が開示された例がある。県警の体質を示す本音ではないか。
警察庁は本部長を長官訓戒とし、きのう県警に対する特別監察に乗り出した。形ばかりの調査に終わらせず、うみを出し切るべきだ。
異例の特別監察 鹿児島県警のうみを出せ(2024年6月25日『西日本新聞』-「社説」)
一連の不祥事で、鹿児島県警が組織の健全性を失っていることは明らかだ。県民の信頼回復は容易ではない。
前部長は退職直後の3月、警察官によるストーカー事件の捜査経過や被害者名などが記載された書類、別の警察官のトイレ盗撮事件に関する文書などを札幌市のフリー記者に送ったとされる。
フリー記者は鹿児島県警の不正追及の記事を福岡市のインターネットメディア「ハンター」で執筆していた。
前部長は、野川明輝県警本部長が警察官の犯罪行為を隠蔽しようとしたことが許せなかったと訴える。弁護人は内部通報のようなもので、守秘義務違反には当たらないと主張している。
額面通りに受け取ることはできない。都道府県の警察官の犯罪捜査は本部長指揮が基本だ。野川氏が最初に盗撮事件の報告を受けてから、指揮を執るまでに約5カ月もかかっている。不自然だ。
野川氏は、自身の指示が誤って伝わったため捜査が一時中断したと説明を加えた。きめ細かい確認と指示を怠ったとして、警察庁から長官訓戒処分を受けたという。
つぎはぎのような釈明では隠蔽を打ち消す説得力を持たない。前部長の行為は、事実上の公益通報だと考える県民が少なくないのではないか。
前部長逮捕のきっかけが、報道機関への強制捜査だったことも看過できない。
県警は別の警察官による情報漏えいの関係先として、ハンターの記者宅を4月に家宅捜索した。押収したパソコンに前部長がフリー記者に郵送した文書データがあり、事件が発覚したという。
新聞労連は「記者の職業倫理として情報源の秘匿が重要視されてきた民主主義社会では許されない権力の暴走だ」として、県警と捜索を許可した裁判官への抗議声明を発表した。報道の自由、国民の知る権利を脅かす暴挙である。
再審請求などで弁護側に利用されないように、捜査書類の適宜廃棄を促す文書を作成した問題も根深い。県警は当初、内部からの疑問の声を受けて修正したとしていたが、実際は警察庁の指導で修正していた。人権意識と自浄作用の欠如は甚だしい。
警察庁はきのう鹿児島県警に対し、異例の特別監察を始めた。野川氏による隠蔽の指示の有無についても調査する必要がある。
不祥事の全容を解明し、うみを出し切らない限り県警の再生はあり得ない。警察庁も肝に銘じるべきだ。
鹿児島県警 組織の病理徹底解明を(2024年6月24日『北海道新聞』-「社説」)
鹿児島県警が揺れている。強大な権限を持つ警察組織の病理を徹底解明する必要がある。
捜査情報を漏洩(ろうえい)したとして逮捕・起訴された県警の前生活安全部長が動機について、県警トップの野川明輝本部長が警察官の犯罪を隠蔽(いんぺい)しようとしたからだと異例の告発をした。
警察官によるトイレ盗撮事件で、本部長は「泳がせよう」と言って捜査を進めようとしなかったなどと指摘している。
野川本部長は21日に記者会見し、「隠蔽を指示した事実はない」と改めて全面否定した。
だが、その警察官の逮捕まで5カ月かかった理由を十分に説明できないなど、納得できる内容だったとはとても言えない。
前部長が自身の勾留理由開示の法廷で背景を語った事実は重い。県警はさらに真相を究明し、説明責任を果たすべきだ。
加えて言語道断なのは、県警が一連の捜査の中で福岡市を拠点とするインターネットメディアを家宅捜索していたことだ。
そのメディアは県警の捜査批判を積極的に発信していた。
前部長は、よく寄稿していた札幌市のライターに県警の不祥事をまとめた文書を郵送、ライターは文書の画像データをメディアの運営者に送信していた。
これを県警が入手し、捜査の端緒にしたとみられる。
警察が自らに批判的なメディアを捜索し、押収した資料を基に内部告発者を逮捕する―。
これが実態であれば、県警は民主主義社会を根幹で支える言論の自由を侵害したに等しい。権力の暴走と言うほかない。
県警は「令状を示し捜査の適正を確保した」と釈明したが、事の重大さを理解していない。
情報源の秘匿への信頼があってこそ、報道機関は情報を得て国民の知る権利に奉仕できる。
捜索を許可した裁判所を含め、厳しい非難に値する。
野川本部長は、前部長の行為は「公益通報ではない」との考えを示した。書類に本部長が隠蔽を指示したなどの記載がなかったためというが、だからといって公益目的がなかったと言い切れるだろうか。
県警が捜査資料の廃棄を促していたことも判明した。
再審や国賠請求では書類の保管が「組織的にプラスになることはない」と文書で捜査員に呼び掛けていた。冤罪(えんざい)などの被害救済より、組織防衛を優先しているとみられても仕方ない。
警察庁は野川本部長を長官訓戒とし、特別監察に乗り出す。問題の根に何があるのか。全国の警察も自らの問題と捉え、組織の現状を点検すべきだ。
鹿児島県警 問題多すぎる捜査手法だ(2024年6月24日『新潟日報』-「社説」)
鹿児島県警で、逮捕者や疑惑が続出し、混迷が深まっている。捜査過程で報道の自由が脅かされることもあった。民主主義を揺るがしかねぬ事態だ。深く憂慮する。
男性の運営するサイトは、捜査資料の写真を掲載するなどし、県警に批判的な報道を続けていた。
県警は、パソコンと携帯電話を押収した。男性は保存されていた保存データが、返還時に同意なく消去されていたとしている。
男性宅の捜査は、情報源を割り出すためだったようにも映る。
メディアへの強制捜査は、市民に情報を伝えるパイプを破壊する。県警には強く自省を求めたい。
さらに問題なのは、押収した証拠をきっかけに、県警が別の情報漏えいの疑いで前県警生活安全部長=起訴=も逮捕したことだ。
別事件の捜索で見つけた資料で逮捕する手法には、県警関係者でさえ懸念を示している。
前部長は、県警の不祥事に関する情報を第三者に郵送した。動機は、本部長が別の県警職員による盗撮事件を隠蔽(いんぺい)しようとしたことが許せなかったとしている。
新潟県警の勤務経験もあるこの本部長は「隠蔽を意図して指示したことは一切ない」と否定する。
21日の会見でも本部長は改めて隠蔽を否定した。前部長のメディアへの情報提供は「公益通報ではない」とも強調した。だがその説明には釈然としないものが残る。
なぜ不可解な問題が続出するのか。警察庁は来週にも鹿児島県警へ監察官を派遣する。経緯と真相を徹底的に解明せねばならない。
鹿児島県警を巡っては、再審請求や国家賠償請求などを念頭に「組織的にプラスになることはない」として、捜査書類の速やかな廃棄を促す内部文書を作成していたことも見過ごせない。
人権より組織の保身を優先するものであり、とんでもない話だ。
再審請求では、検察側が新たに開示した証拠が無罪立証の決め手につながったケースもある。
1966年に一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さんの場合は、第2次再審請求審で新証拠が開示された。
専門家らが、県警の文書を「『再審つぶし』であり、不当性が高い」「無罪の主張が難しくなる」などと非難するのは当然だ。
都合の悪いことを抹消、隠蔽する体質への疑問が浮かぶ。冤罪(えんざい)をなくすために証拠作成や保管、開示を含む法規制を検討すべきだ。
鹿児島県警は説明を尽くせ(2024年6月14日『日本経済新聞』-「社説」)
鹿児島県警への不信が深まっている。職務上の秘密を外部に漏らしたとして逮捕された同県警の前幹部が、警察官の犯罪を野川明輝本部長が隠蔽しようとしたと告発した。本部長は否定している。
県警の幹部だった人物がトップの不正を告発する事態は異常である。事実解明と説明を尽くさねばならない。
告発したのは前県警生活安全部長の本田尚志容疑者。裁判手続きで、警察官の盗撮事件について本部長が捜査に着手しようとしなかったことが許せず、記者に資料を送ったと述べた。前部長の弁護士は「公益通報に該当し、漏洩の罪は成立しない」と主張している。
本部長は報道陣の取材や県議会での答弁で「隠蔽を意図して指示したことはない」などと反論したが、詳細は語っていない。これでは到底、説明責任を果たしたとはいえない。
警察庁は同県警に対する監察を実施する方針だという。県警だけでなく、警察全体に厳しい目が注がれていることを肝に銘じ、徹底的に調べるべきだ。検察にも、逮捕の妥当性を含めた公正な捜査を求める。
鹿児島県警をめぐっては、捜査書類の速やかな廃棄を促す内部文書を作成していたことも明らかになっている。書類の保管が再審や国賠請求で「組織にプラスにならない」ためとしていた。内容を疑問視する声があがり、その後改めたという。
過去にも捜査当局が伏せていた資料が再審開始につながったことがある。警察の捜査資料は事実解明のためにあり、公共の財産といえる。そうした価値を否定し、組織防衛を優先する姿勢は言語道断だ。どのような経緯で文書を作成したのかも明らかにすべきだ。
県警の不祥事を報じてきたネットメディアが、情報漏洩の関係先として県警の強制捜査を受けたと抗議している。表現や報道の自由を侵害する可能性があり、見過ごせない。この点についても真摯な説明を求めたい。
鹿児島県警文書 人権より組織優先なのか(2024年6月13日『信濃毎日新聞』-「社説」)
鹿児島県警文書 人権より組織優先なのか(2024年6月13日『信濃毎日新聞』-「社説」)
鹿児島県警が、市民の再審請求や国家賠償請求に備えて、事件の捜査書類を速やかに廃棄するよう促す文書を関係部署に送っていたことが分かった。
人権を守ることにもなる捜査書類を軽んじ、組織の都合を優先する振る舞いに言葉を失う。
捜査活動に関わる警察官向けに送った昨年10月2日付の「刑事企画課だより」である。
捜査資料の管理について、「最近の再審請求等において、裁判所から警察に対する関係書類の提出命令により、送致していなかった書類等が露呈する事例が発生しています」とある。
再審請求とは裁判のやり直しを求めることだ。警察や検察は公判に証拠をすべて出すわけではない。未提出の捜査書類が表に出ることへの恐れがにじむ。
さらに、提出しなかったのは警察に都合が悪いからだと疑われかねないとし、「不要な」未提出書類は廃棄するよう要請。「再審や国賠請求において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません」とまで記した。
後に内容を改めたとはいえ、捜査書類は自分たちの所有物であると言わんばかりだ。証拠隠滅をそそのかしたとも取れる。
捜査書類は裁判の証拠になる。本来、すべて開示されるべき公共財である。誤った捜査による人権侵害があれば、市民にとって無罪立証の決め手ともなる。
熊本県で85年に起きた刺殺事件で再審無罪が確定した「松橋(まつばせ)事件」でも、燃やしたと「自白」していたシャツ片が証拠開示で存在していたことが分かり、再審開始につながった。
このほか鹿児島県警では、職務上知り得た秘密を退職後に漏らしたとして前生活安全部長が逮捕、送検されている。県警本部長が職員の犯罪を隠蔽(いんぺい)しようとした―と前部長は語っているという。徹底した真相究明が急がれる。
一連の問題を報じたネットメディアが県警の家宅捜索を受け、取材資料を差し押さえられたとも伝わる。言論の自由を保障する民主主義社会を揺るがす危険な権力行使であり、見過ごせない。
誰のため、何のために捜査権を預かっているのか。鹿児島県警は根本から問い直すべきだ。
捜査書類の管理 「適宜廃棄」は冤罪を生む(2024年6月12日『西日本新聞』-「社説」)
正義に反する言語道断の愚行である。
鹿児島県警が捜査書類の適宜廃棄を促す内部文書を作成し、捜査員に周知していたことが発覚した。刑事事件の裁判のやり直しを求める再審請求などで、弁護側の証拠に利用されるのを防ぐ目的も書かれている。
インターネットメディアに「組織的な隠蔽(いんぺい)の奨励」などと報道された直後、問題の部分を訂正したというが、責任は免れまい。
通常の刑事裁判では、捜査当局が有罪方向の証拠しか出さず、被告に有利な証拠を隠す傾向が指摘されている。
裁判所に未提出の捜査書類を警察が廃棄すれば、意図的に隠されたり、埋もれたままになっていたりした被告の無罪を証明する証拠が失われる可能性がある。「適宜廃棄」は冤罪(えんざい)を生みかねない犯罪的行為と言っていい。
問題の文書は昨年10月2日付の刑事企画課だよりだ。
「適正捜査の更(さら)なる推進について」と題し「最近の再審請求等において、裁判所から警察に対する関係書類の提出命令により、送致していなかった書類等が露呈する事例が発生しています」「未送致書類であっても、不要な書類は適宜廃棄する必要があります」と説明している。
さらに「再審や国賠請求等において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません!!」と強調しているのに驚く。注意を呼びかけるように警笛を鳴らす警察官のイラストも添えた。文面の軽さと問題の重大性のギャップはあまりに大きい。
鹿児島県警は2003年の県議選を巡り、全員の無罪が確定した志布志事件でずさんな捜査を厳しく指弾された。12人の冤罪犠牲者を生んだ反省を忘れてしまったのか。憤りを禁じ得ない。
鹿児島県警の内部情報漏えい事件では、国家公務員法(守秘義務)違反の容疑で逮捕された前生活安全部長が「県警本部長が不祥事を隠蔽しようとした」と名指しで主張している。警察庁は事件の全容を早急に調べ、結果を公表する必要がある。
過去の再審事件で、検察が「存在しない」と説明した証拠が裁判所の勧告によって開示され、無罪につながったケースは少なくない。
鹿児島県警の文書が明るみに出たことで、捜査当局による証拠隠滅が実際に行われかねないと、疑念を持たれても仕方あるまい。
今春、再審法(刑事訴訟法の再審規定)改正に向けた超党派の国会議員連盟が発足した。日本弁護士連合会などが求める捜査記録や証拠品の適正保管はもちろん、法的ルールがない再審請求段階の証拠開示を義務化する議論を加速させるべきだ。
鹿児島県警 隠蔽の有無 解明と説明を(2024年6月12日『熊本日日新聞』-「社説」)
鹿児島県警の元最高幹部が捜査上の秘密を漏らした容疑で逮捕され、法廷で「本部長は警察官の犯罪行為を隠蔽[いんぺい]しようとした」と告発した。真相を解明しなければ、安全と安心を守る警察組織の信頼は揺らぐ。
本田容疑者は先週、勾留理由開示手続きで情報を漏らしたと認めた上で、野川明輝本部長を名指しして「隠蔽が許せなかった」と動機を述べた。不祥事を記事にしてくれると期待し、自らの利益のためではないと訴えた。
生安部長は県警生え抜きの最高幹部の一人だ。3月に退職するまで、警察庁キャリアの本部長を支える立場だっただけに、その発言は軽くない。警察庁は県警に対して必要な監察を実施する方針を示した。本田容疑者ら当時の幹部から事情を聴き、隠蔽の有無を明らかにしてほしい。
本田容疑者が「隠蔽」と指摘したのは、昨年12月に発生した現職警察官による女子トイレの盗撮事件だ。野川本部長から「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」と言われ、捜査の着手を阻まれたと主張している。
もし事実とすれば、情報漏えいではなく、隠された不祥事をつまびらかにする「公益通報」の可能性が高まる。本田容疑者は通報者として保護されず、不当に逮捕された疑いも生じよう。
野川本部長は「隠蔽を意図して指示したことは一切ない」と否定した。ただ県警が盗撮容疑で警察官を逮捕したのは、本田容疑者が今年3月に退職、情報漏えいした後の5月だった。隠蔽されなかったとはいえ、逮捕までの捜査は適切だったのか。本部長は説明を尽くさなければならない。
一方、本田容疑者の行動にも不可解さが残る。ライターに送った文書は、前刑事部長が盗撮事件の捜査を「静観」するよう指示したと記し、本部長が隠蔽に関与したと読み取れる内容はなかった。前刑事部長は指示を否定し、本田容疑者は「申し訳ない」とコメントした。
漏えい発覚を恐れて情報を偽ったというが、理解しかねる。仮に本部長が隠蔽を指示したとしても、生安部長は翻意を強く促せる立場にあったはずだ。
本田容疑者の事件が浮上したのは、4月に地方公務員法違反容疑で逮捕された県警巡査長=懲戒免職、起訴=の情報漏えい事件に関連する捜査がきっかけだった。あるウェブメディアが、入手した内部資料「告訴・告発事件処理簿一覧表」とともに強制性交事件の捜査に問題があったと指摘する記事を掲載。このメディアは県警の家宅捜索を受けたとも報じた。
久しぶりの寅子との再会なのに、花岡は浮かぬ表情だ。闇米などを取り締まる食糧管理法の違反事案を担当しているという。だからだろう。開けた弁当は、おにぎり一つにサツマイモ一切れだけ。NHKの連続テレビ小説『虎に翼』の一場面である
▼「人としての正しさと、司法としての正しさが、ここまで乖離[かいり]していくとは思いませんでした」。旧知の裁判官にそう漏らした悲壮な様子に、暗い影が差していた。その嫌な予感が、きのうの放送で当たってしまった
▼このところドラマに限らずニュースでも、刑事司法の担い手たちの揺れを見せられ続けている。鹿児島県警で職員の不祥事が相次いで、ついに前生活安全部長までが情報漏えい容疑で逮捕された。「何とも嘆かわしい」と思っていたら、どうも様相が変わってきた
▼簡易裁判所での勾留理由開示手続きで前部長の容疑者は、記者に内部文書を送ったことを認めた上で、「職員の犯罪行為を本部長が隠蔽[いんぺい]しようとしたのが許せなかった」と動機を述べた。その通りならば、花岡と同じような煩悶[はんもん]を抱いての行為ということになるのだろうか
▼不祥事への対応では、永田町の指導者たちの主張する正しさと、国民感覚との距離の遠さも痛感している今である。1面も社会面も、記事を読んでは「はて」と首をひねり続けて肩がこる。
鹿児島県警 不祥事の隠蔽はあったのか(2024年6月8日『読売新聞』-「社説」)
鹿児島県警 不祥事の隠蔽はあったのか(2024年6月8日『読売新聞』-「社説」)
鹿児島県警の前最高幹部が「県警トップの本部長が不祥事を 隠蔽いんぺい した」と告発する異例の事態である。警察は、真相解明を急ぐべきだ。
鹿児島県警は5月、警察の内部文書を外部の第三者に漏えいしたとして、前生活安全部長の本田尚志容疑者を逮捕した。
本田容疑者は、今月5日に行われた勾留理由の開示手続きで、情報を漏らしたことを認めた上で、「警察官による犯罪行為を、野川明輝本部長が隠蔽しようとしたことが許せなかった」と述べた。
松村国家公安委員長が7日の記者会見で「事件の全容解明が重要だ」と述べたのは当然だ。混乱の早期収拾を図らねばならない。
本田容疑者が、野川本部長の隠蔽だと主張しているのは、いずれも現職警察官によるもので、女子トイレでの盗撮事件と、県警が市民から集めた情報をまとめた「巡回連絡簿」を悪用した事案だ。
盗撮事件は昨年12月に発生し、当時、現職だった本田容疑者は捜査を野川本部長に申し出たとしている。だが、本部長は「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」と言ってすぐに着手しなかったというのが本田容疑者の主張だ。
結局、盗撮容疑の警察官が逮捕されたのは、本田容疑者が今年3月に定年退職して、内部文書を流出させた後の5月だった。逮捕まで5か月も要したことになる。
一方、巡回連絡簿の事案は、詳細を公表していない。現職警官によるストーカー行為も起きており、関連はなかったのか。
県警の対応は疑問だらけで、県民の不信感を招きかねない。
野川本部長は7日、「隠蔽を意図して指示を行ったことは一切ない」と述べたが、事件の詳細について説明を避け続けている。これでは県民は納得できまい。
鹿児島県警では、昨年10月に今回とは別の内部文書の流出が発覚したほか、今年に入ってからも、警察官による不同意わいせつ事件が起きるなど、本田容疑者を含めて4人も逮捕者が出ている。
県民の安全を守る組織として、嘆かわしい。混乱は深まっており、調査を進める当事者能力を失っているように見える。
鹿児島県警でこの3月まで生活安全部長を務めた元最高幹部が、事件関連文書を流出させたとして、国家公務員法違反の容疑で同県警に逮捕された。
前部長は勾留理由開示の手続きで「本部長が事件を隠蔽(いんぺい)しようとしたのが許せなかった」と犯行動機を供述した。
にわかには理解し難い事態だ。県警で何が起きているのか。説明の義務がある。
元最高幹部の逮捕が異例なのに、野川明輝本部長への反発が動機というから異様極まりない。流出文書は県警の現職警官によるストーカー事案や盗撮事案の不祥事について書いた資料で、表面化を図ったという。
深刻なのは、同県警では昨年来、資料の流出が続いていることだ。4月には所轄の巡査長を流出元として逮捕したが、100事件近く、300人以上の個人情報が漏洩(ろうえい)し、一部がネットメディアに掲載された。元巡査長は「見返りの情報が欲しかった」との旨を供述したが、こちらも「不透明な事件処理への反発がある」との指摘がある。
この件で県警は個人情報が漏洩した被害者に謝罪したが、電話で済ませたり、詳しい説明を拒むなどで「誠実さを感じない」と厳しい批判を受けた。
対応の悪さは本田容疑者の事件でも変わらず、元最高幹部の逮捕だというのにトップの野川本部長は会見に出席せず、コメントを警務部長に代読させた。会見では流出の動機や目的は説明せず、「本部長への反発だと分かっていたから伏せたのか」と疑う向きも出てこよう。
そう見られること自体が、警察全体の信用を失墜させると、想像できないのか。
本田容疑者は勾留理由開示手続きで「『最後のチャンスをやろう』『泳がせよう』と言って隠蔽しようとする姿に愕然(がくぜん)とし、失望した」と野川本部長の言動を具体的に供述した。本部長は6日、「2つの事案は容疑者を逮捕するなど、必要な対応がとられた」とし、「容疑者の主張については捜査の中で必要な確認をする」と述べたが、これでは説明になっていない。
混乱収束と信頼回復へ、本部長は詳細な説明責任がある。