鹿児島県警 不祥事の隠蔽はあったのか(2024年6月8日『読売新聞』-「社説」)

 鹿児島県警の前最高幹部が「県警トップの本部長が不祥事を 隠蔽いんぺい した」と告発する異例の事態である。警察は、真相解明を急ぐべきだ。
 鹿児島県警は5月、警察の内部文書を外部の第三者に漏えいしたとして、前生活安全部長の本田尚志容疑者を逮捕した。
 本田容疑者は、今月5日に行われた勾留理由の開示手続きで、情報を漏らしたことを認めた上で、「警察官による犯罪行為を、野川明輝本部長が隠蔽しようとしたことが許せなかった」と述べた。
 生安部長は、ノンキャリアの最高幹部の一人で、警察庁出身のキャリアである本部長を支える立場だ。その生安部長が、本部長を告発するとは前代未聞である。
 松村国家公安委員長が7日の記者会見で「事件の全容解明が重要だ」と述べたのは当然だ。混乱の早期収拾を図らねばならない。
 本田容疑者が、野川本部長の隠蔽だと主張しているのは、いずれも現職警察官によるもので、女子トイレでの盗撮事件と、県警が市民から集めた情報をまとめた「巡回連絡簿」を悪用した事案だ。
 盗撮事件は昨年12月に発生し、当時、現職だった本田容疑者は捜査を野川本部長に申し出たとしている。だが、本部長は「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」と言ってすぐに着手しなかったというのが本田容疑者の主張だ。
 結局、盗撮容疑の警察官が逮捕されたのは、本田容疑者が今年3月に定年退職して、内部文書を流出させた後の5月だった。逮捕まで5か月も要したことになる。
 一方、巡回連絡簿の事案は、詳細を公表していない。現職警官によるストーカー行為も起きており、関連はなかったのか。
 県警の対応は疑問だらけで、県民の不信感を招きかねない。
 野川本部長は7日、「隠蔽を意図して指示を行ったことは一切ない」と述べたが、事件の詳細について説明を避け続けている。これでは県民は納得できまい。
 鹿児島県警では、昨年10月に今回とは別の内部文書の流出が発覚したほか、今年に入ってからも、警察官による不同意わいせつ事件が起きるなど、本田容疑者を含めて4人も逮捕者が出ている。
 県民の安全を守る組織として、嘆かわしい。混乱は深まっており、調査を進める当事者能力を失っているように見える。
 警察庁の露木康浩長官は「県警に対して必要な監察を実施する」と述べた。警察庁が主導して関係者の聴取を行う必要がある。
 

ドラマ、映画の『踊る大捜査線』は織田裕二さん扮(ふん)する…(2024年6月8日『東京新聞』-「筆洗」)
 
 ドラマ、映画の『踊る大捜査線』は織田裕二さん扮(ふん)する主人公、青島俊作ら一線の刑事と、警察組織を率いる高級官僚との確執も描く
都道府県警察やそれを司(つかさど)る警察庁で要職を歴任する「キャリア官僚」。劇中では手柄を争い、保身に走り、現場を軽視し、会議室にこもり指揮をとる
▼青島の有名な台詞(せりふ)「事件は会議室で起きてんじゃない。現場で起きてんだ」は勝手な上層部への叫び。柳葉敏郎さん演ずるキャリア官僚室井慎次は青島らに味方し上司と衝突するが、例外である
▼キャリア官僚である鹿児島県警トップ、本部長が身内の犯罪を隠蔽(いんぺい)しようとしたとかつて部下だった県警の前生活安全部長が訴えた。前部長は職務上知り得た秘密を退職後に漏らしたとして逮捕されたが、在職中の警官の盗撮事件で指揮役の本部長が「泳がせよう」と言って摘発しようとしなかったことに失望。自身の定年退職後も事件が表に出ないので文書を記者に送ったと裁判手続きの中で明かした
▼前部長は県警採用のたたき上げ。「自己保身を図る組織に絶望した」と言うが、本部長は隠蔽の指示を否定する。『踊る大捜査線』でも警官の不祥事を上層部が隠そうとする話があったが、前部長の話が事実なら映画顔負けである
▼劇中、良心派官僚の室井は「組織の中で生きる人間こそ信念が必要だ」と言った。本部長にそれはあったのだろうか。