民法724条後段の除斥期間の主張をすることが信義則に反し権利の濫用として許されないとされた事例の最高裁判決(全文)

令和5年(受)第1323号 国家賠償請求事件

令和6年7月3日 大法廷判決

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

上告代理人春名茂ほかの上告受理申立て理由について

1 被上告人は、優生保護法(昭和23年法律第156号。平成8年法律第105号による改正後の題名は母体保護法。以下、同改正の前後を通じて「優生保護法」という。)3条1項1号から3号まで、10条又は13条2項の規定(ただし、3条1項1号、2号及び10条については、昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間、3条1項3号については、昭和23年9月11日から平成8年3月31日までの間、13条2項については、昭和27年5月27日から平成8年9月25日までの間において施行されていたもの。以下、併せて「本件規定」という。)に基づいて、生殖を不能にする手術(以下「不妊手術」という。)を受けたと主張する者である。

本件は、被上告人が、上告人に対し、本件規定は憲法13条、14条1項等に違反しており、本件規定に係る国会議員の立法行為は違法であって、被上告人は上記不妊手術が行われたことによって精神的・肉体的苦痛を被ったなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。上記不妊手術が行われたことを理由とする被上告人の上告人に対する同項に基づく損害賠償請求権(以下「本件請求権」という。)が、平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)724条後段の期間の経過により消滅したか否かが争われている。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要(公知の事実を含む。)は、次のとおりである。

優生保護法は、昭和23年6月28日に成立し、同年7月13日に公布され、同年9月11日に施行された法律である。

制定時の優生保護法1条は、この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする旨を定め、同法2条1項は、この法律で優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもって定めるものをいう旨を定めていた。そして、優生保護法施行規則(昭和24年厚生省令第3号)1条は、優生手術の術式として、精管切除結さつ法、精管離断変位法、卵管圧挫結さつ法及び卵管間質部けい状切除法を定めていた。

制定時の優生保護法3条1項は、医師は、同項各号の一に該当する者(ただし、未成年者、精神病者及び精神薄弱者を除く。)に対して、本人の同意及び配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て、優生手術を行うことができる旨を定め、これに該当する者として、①本人又は配偶者が遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有しているもの(1号)、②本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有し、かつ子孫にこれが遺伝するおそれのあるもの(2号)、③本人又は配偶者がらい疾患にかかり、かつ子孫にこれが伝染するおそれのあるもの(3号)等を定めていた。

また、制定時の優生保護法は、4条において、医師は、診断の結果、同法別表に掲げる疾患にかかっていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護委員会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる旨を定め、5条から9条までにおいて、同審査の手続等について定めていた。そして、同法10条は、優生手術を行うことが適当である旨の決定に異議がないとき又はその決定若しくはこれに関する判決が確定したときは、都道府県優生保護委員会の指定した医師が優生手術を行う旨を定めていた。なお、同法別表は、遺伝性精神病(1号)、遺伝性精神薄弱(2号)等の疾病や障害を掲げていた。

優生保護法は、昭和24年法律第154号(同年6月1日施行)、同年法律第216号(同月24日施行)及び昭和27年法律第141号(同年5月27日施行。以下「昭和27年改正法」という。)により改正された。これらの改正においては、優生保護法3条1項1号及び2号が改められ、それぞれ、①本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇形を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの(1号)、②本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有しているもの(2号)とされたほか、同法中「都道府県優生保護委員会」が「都道府県優生保護審査会」に、同法4条中「申請することができる。」が「申請しなければならない。」に改められ、同法別表に掲げる疾病や障害の分類、名称等が改められるなどした。

また、昭和27年改正法による改正後の優生保護法は、12条において、医師は、同法別表1号又は2号に掲げる遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱にかかっている者について、精神衛生法(昭和25年法律第123号)20条又は21条に規定する保護義務者の同意があった場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる旨を定めていた。そして、上記改正後の優生保護法13条2項は、優生手術を行うことが適当である旨の都道府県優生保護審査会の決定があったときは、医師は、優生手術を行うことができる旨を定めていた。なお、優生保護法施行規則は、昭和27年厚生省令第32号により全部改正されたが、改正の前後で1条の定める優生手術の術式に変更はな。厚生事務次官は、昭和28年6月12日、「優生保護法の施行について」と題する通知(同日厚生省発衛第150号。以下「昭和28年次官通知」という。)を各都道府県知事宛てに発出した。昭和28年次官通知には、審査を要件とする優生手術について、本人の意見に反しても行うことができるものである旨、この場合に許される強制の方法は、手術に当たって必要な最小限度のものでなければならないので、なるべく有形力の行使は慎まなければならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解しても差し支えない旨等が記載されていた。

厚生省公衆衛生局庶務課長は、昭和29年12月24日、「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」と題する通知(同日衛庶第119号)を各都道府県衛生部長宛てに発出した。同通知には、審査を要件とする優生手術について、当該年度における11月までの実施状況をみると、以前に提出願った実施計画を相当に下回る現状にあるので、なお一層の努力をいただき計画どおり実施するように願いたい旨が記載されていた。また、同局精神衛生課長は、昭和32年4月27日、各都道府県衛生主管部(局)長に宛てて、例年、優生手術の実施件数が予算上の件数を下回っている実情であり、当該年度における優生手術の実施についてその実をあげられるようお願いする旨を通知した。

被上告人は、昭和16年生まれの男性である。

被上告人は、精神科病院入院中の昭和35年頃に不妊手術を受けた。同不妊手術は、優生保護法10条又は13条2項のいずれかの規定(昭和27年改正法による改正後のもの)に基づいて行われたものであった。

ア 平成8年4月1日、らい予防法の廃止に関する法律(同年法律第28号)が施行され、同法により優生保護法3条1項3号の規定が削除された。

平成8年9月26日、優生保護法の一部を改正する法律(同年法律第105号)が施行された。同法による優生保護法の改正(以下「平成8年改正」という。)においては、同法の題名が「母体保護法」に、同法1条中「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに」が「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により」に改められ、同法3条1項1号、2号、4条から13条までの各規定が削除されるなどした。

厚生労働省の保管する資料によれば、昭和24年以降平成8年改正までの間に本件規定に基づいて不妊手術を受けた者の数は約2万5000人であるとされている。

ア 市民的及び政治的権利に関する国際規約に基づいて設置された人権委員会(以下「自由権規約委員会」という。)は、平成10年11月、日本政府の報告についての総括所見(以下「本件総括所見」という。)を採択した。本件総括所見において、自由権規約委員会は、障害を持つ女性の強制不妊の廃止を認識する一方、法律が強制不妊の対象となった人達の補償を受ける権利を規定していないことを遺憾に思い、必要な法的措置がとられることを勧告するとした。また、日本弁護士連合会は、平成13年11月、日本政府は、自由権規約委員会から勧告を受けている優生保護法下の強制不妊手術の被害救済に取り組むべきであり、同法の下で強制的な不妊手術を受けた女性に対して、補償する措置を講ずべきである旨の意見を公表した。

しかし、日本政府は、平成18年12月に自由権規約委員会に提出した報告において、優生保護法に基づき適法に行われた手術については、過去に遡って補償することは考えていないとした。

イ 日本弁護士連合会は、平成19年12月、上記報告につき、国は、過去に発生した障害を持つ女性に対する強制不妊措置について、政府としての包括的な調査と補償を実施する計画を早急に明らかにすべきである旨の意見を公表した。また、自由権規約委員会は、平成20年10月及び平成26年8月に採択した各総括所見において、日本政府は本件総括所見における勧告を実施すべきであるとした。さらに、女子に対する差別の撤廃に関する委員会は、平成28年3月、日本政府の報告についての最終見解において、優生保護法に基づく強制的な不妊手術を受けた全ての被害者に支援の手を差し伸べ、被害者が法的救済を受け、補償とリハビリテーションの措置の提供を受けられるようにするため、具体的な取組を行うことを勧告するとした。

しかし、平成31年4月までの間、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者に対し、補償の措置が講じられることはなかった。

平成30年5月17日、被上告人が本件訴えを提起した。

上告人は、本件訴訟において、本件請求権は改正前民法724条後段の期間の経過により消滅した旨を主張した。

平成31年4月24日、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下「一時金支給法」という。)が成立し、一部の規定を除いて施行された。

一時金支給法は、前文において、優生保護法に基づき、あるいは同法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、平成8年に関係規定が削除されるまでの間において不妊手術等を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきたとし、そのことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびするなどとしている。そして、一時金支給法は、3条において、国は、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者を含む所定の者に対し、一時金を支給する旨を定め、4条において、一時金の額は320万円とする旨を定め、5条1項において、内閣総理大臣は、一時金の支給を受けようとする者の請求に基づき、当該支給を受ける権利の認定を行い、当該認定を受けた者に対し、一時金を支給する旨を定めている。他方、同法は、一時金の法的性格を明らかにしておらず、一時金の支給を受けるべき者が同一の事由について損害賠償その他の損害の塡補を受けた場合の調整等についての定めも設けていないなど、上告人に損害賠償責任があることを前提とはしていない。

3 所論は、本件請求権が改正前民法724条後段の期間の経過により消滅したとはいえないとした原審の判断には、同条後段の解釈の誤り及び判例違反があるというものである。

4改正前民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、同請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解されるが、同請求権が同条後段の除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である(最高裁令和5年(受)第1319号同6年7月3日大法廷判決参照)。

そこで、この点について検討する。

ア 本件請求権は、本件規定に基づいて不妊手術が行われたことを理由とする被上告人の上告人に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権である。しかるところ、本件規定は、憲法13条及び14条1項に違反するものであったというべきであり、本件規定の内容は、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であったというべきであるから、本件規定に係る国会議員の立法行為は、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受けると解するのが相当である(前掲令和6年大法廷判決参照)。

イ改正前民法724条は、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図した規定であると解されるところ、上記アのとおり、立法という国権行為、それも国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白であるものによって国民が重大な被害を受けた本件においては、法律関係を安定させることによって関係者の利益を保護すべき要請は大きく後退せざるを得ないというべきであるし、国会議員の立法行為という加害行為の性質上、時の経過とともに証拠の散逸等によって当該行為の内容や違法性の有無等についての加害者側の立証活動が困難になるともいえない。そうすると、本件には、同条の趣旨が妥当しない面があるというべきである。

その上で、上告人は、上記アのとおり憲法13条及び14条1項に違反する本件規定に基づいて、昭和23年から平成8年までの約48年もの長期間にわたり、国家の政策として、正当な理由に基づかずに特定の疾病や障害を有する者等を差別してこれらの者に重大な犠牲を求める施策を実施してきたものである。さらに、上告人は、その実施に当たり、審査を要件とする優生手術を行う際には身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある旨の昭和28年次官通知を各都道府県知事宛てに発出するなどして、優生手術を行うことを積極的に推進していた。そして、上記施策が実施された結果として、少なくとも約2万5000人もの多数の者が本件規定に基づいて不妊手術を受け、これにより生殖能力を喪失するという重大な被害を受けるに至ったというのである。これらの点に鑑みると、本件規定の立法行為に係る上告人の責任は極めて重大であるといわざるを得ない。

また、法律は、国権の最高機関であって国の唯一の立法機関である国会が制定するものであるから、法律の規定は憲法に適合しているとの推測を強く国民に与える上、本件規定により行われる不妊手術の主たる対象者が特定の疾病や障害を有する者であり、その多くが権利行使について種々の制約のある立場にあったと考えられることからすれば、本件規定が削除されていない時期において、本件規定に基づいて不妊手術が行われたことにより損害を受けた者に、本件規定が憲法の規定に違反すると主張して上告人に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権を行使することを期待するのは、極めて困難であったというべきである。本件規定は、平成8年に全て削除されたものの、その後も、上告人が本件規定により行われた不妊手術は適法であるという立場をとり続けてきたことからすれば、上記の者に上記請求権の行使を期待するのが困難であることに変わりはなかったといえる。そして、被上告人について、本件請求権の速やかな行使を期待することができたと解すべき特別の事情があったこともうかがわれない。

加えて、国会は、立法につき裁量権を有するものではあるが、本件では、国会の立法裁量権の行使によって国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な本件規定が設けられ、これにより多数の者が重大な被害を受たのであるから、公務員の不法行為により損害を受けた者が国又は公共団体にその賠償を求める権利について定める憲法17条の趣旨をも踏まえれば、本件規定の問題性が認識されて平成8年に本件規定が削除された後、国会において、適切に立法裁量権を行使して速やかに補償の措置を講ずることが強く期待される状況にあったというべきである。そうであるにもかかわらず、上告人は、その後も長期間にわたって、本件規定により行われた不妊手術は適法であり、補償はしないという立場をとり続けてきたものである。本件訴えが提起された後の平成31年4月に一時金支給法が成立し、施行されたものの、その内容は、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者を含む一定の者に対し、上告人の損害賠償責任を前提とすることなく、一時金320万円を支給するというにとどまるものであった。

以上の諸事情に照らすと、本件請求権が改正前民法724条後段の除斥期間の経過により消滅したものとすることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。したがって、被上告人の本件請求権の行使に対して上告人が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。

5 以上によれば、本件請求権が改正前民法724条後段の期間の経過により消滅したとはいえないとした原審の判断は、結論において是認することができる。所論引用の判例のうち、最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁は、変更すべきものであり(前掲令和6年大法廷判決参照)、その余の判例は、いずれも本件に適切ではない。論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官三浦守、同草野耕一の各補足意見、裁判官宇賀克也の意見がある。

裁判官三浦守の補足意見は、次のとおりである。

判例を変更すべき範囲等に関する私の意見については、最高裁令和5年(受)第

1319号同6年7月3日大法廷判決における私の補足意見で述べたとおりである。 - 9 -

裁判官草野耕一の補足意見は、次のとおりである。

私は多数意見の結論及び理由の全てに賛成するものであるが、多数意見が、被上告人の本件請求権の行使に対して上告人が除斥期間の主張をすることは信義則に反し、権利の濫用として許されない旨述べている点については、それ自体として十分に説得的であるとは思うものの、改正前民法724条の立法趣旨について考察を深めることによって一層説得的なものになると考える。そう考える理由は、最高裁令和5年(受)第1319号同6年7月3日大法廷判決における私の補足意見で述べたとおりである。

裁判官宇賀克也の意見は、次のとおりである。

私は、本件規定が憲法13条及び14条1項の規定に違反すると解する点、改正民法724条後段について、期間の経過により請求権が消滅したと判断するには当事者の主張がなければならないと解すべきであり、また、その主張が信義則に反し又は権利濫用として許されない場合があり、本件はまさにかかる場合に当たるとする点については、多数意見に賛成であるが、同条後段の期間を除斥期間と解する点については、多数意見と意見を異にし、同条後段は消滅時効を定めるものと考える。その理由は、最高裁令和5年(受)第1319号同6年7月3日大法廷判決における私の意見で述べたとおりである。

(裁判長裁判官 戸倉三郎 裁判官 深山卓也 裁判官 三浦 守 裁判官草野耕一 裁判官 宇賀克也 裁判官 林 道晴 裁判官 岡村和美 裁判官安浪亮介 裁判官 渡惠理子 裁判官 岡 正晶 裁判官 堺 徹 裁判官今崎幸彦 裁判官 尾島 明 裁判官 宮川美津子 裁判官 石兼公博)