旧優生保護法は「違憲」 最高裁大法廷、国に賠償命令(2024年7月3日『日本経済新聞』)

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優生保護法下での強制不妊手術をめぐる訴訟の上告審判決で、最高裁に向かう原告ら(3日、東京都千代田区
 
優生保護法下で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、被害者らが国に損害賠償を求めた5件の訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・戸倉三郎長官)は3日、同法は違憲と初判断し、国に賠償を命じた。
不法行為から20年で賠償請求権がなくなるとする「除斥期間」を適用せず、手術から長い年月がたった原告らにも賠償を求める権利があるとした。
最高裁が法令などを違憲と判断したのは戦後13例目。「戦後最大の人権侵害」と訴えてきた被害者らに対する国の補償のあり方は見直しの議論が避けられない。
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大法廷は判決理由で「損害賠償請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることは著しく正義・公平の理念に反し、到底容認できない」と指摘。特定の障害を持つ人を区別して不妊手術を行うことは「合理的な根拠に基づかない差別的な取り扱いにあたり憲法に違反する」とした。
高裁段階で国の賠償責任を認めた4件の訴訟は国の敗訴が確定した。大法廷は原告側が敗訴していた仙台の訴訟の審理を仙台高裁に差し戻した。
判決があったのは大阪、東京、札幌、神戸、仙台の各地裁で起こされた5件の訴訟。1950〜70年代に手術を受けた人やその配偶者ら計12人が起こした。
高裁段階はいずれの判決も旧法を違憲と認定した。除斥期間の適用を巡る判断は割れ、上告審で最大の焦点となっていた。
原告側は上告審で、旧法下での手術は「同意すら得ずに体にメスを入れた戦後最大の人権侵害だ」と強調。「20年経過しただけで国を免責するのは著しく正義・公平の理念に反する」と訴えた。
国側は除斥期間の例外を広く認めると際限なく過去にさかのぼって訴訟が起こされるようになるため「法的安定性への影響は計り知れない」とし、原告らの請求権は既に消滅していると主張した。
強制不妊手術を巡っては18年以降、全国12の地裁・地裁支部に39人が訴訟を起こした。他の訴訟でも今回の司法判断が踏襲されるとみられる。
 
▼旧優生保護法 「不良な子孫の出生防止」を目的に1948年に議員立法で制定された法律。知的障害や精神疾患、遺伝性疾患などを理由に、本人の同意がなくても不妊手術を可能とした。96年に母体保護法に改正され、手術規定はなくなった。
旧法下で手術を受けた人は約2万5千人に及び、このうち約1万6千人は同意がなかったとされる。平成に入って手術を受けた人も231人確認されており、うち4人は同意を得ていなかった。
2019年4月には被害者らに一時金として一律320万円を支給する救済法が議員立法で制定された。請求期限は当初24年4月までとしていたが、29年4月まで延長された。こども家庭庁によると、支給認定を受けた人は24年5月末時点で1110人にとどまる。
 

平成まで続いた強制不妊 優生保護法はなぜ生まれたか(2024年7月3日『日本経済新聞
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優生保護法の公布に関する公文書(東京都千代田区国立公文書館
優生保護法下で障害を理由に不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、被害者らが国に損害賠償を求めた訴訟の判決が7月3日に最高裁大法廷で言い渡される。そもそも優生思想に根ざした法律がなぜ生まれ、元号が平成に変わるまで半世紀近くも存続したのか。被害者の証言も交えて振り返る。
「不良な子孫の出生を防止」
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優生保護法の条文(東京都千代田区国立公文書館
優生保護法は1948年に議員立法で制定された。第1条は法律の目的を「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」としていた。障害や病気のある子どもが生まれないよう、遺伝性の疾患や知的障害、精神障害がある人に本人の同意なく強制的に不妊手術を行うことを認めた。
このような差別的な法律が出来たのには時代背景がある。当時は終戦直後で食糧不足が深刻だった。人口抑制が喫緊の課題となる一方、戦後復興を担う優秀な人材の確保も求められた。法案審議では国会議員が平然と「子どもの将来を考える比較的優秀な階級の人々は出産制限を行い、無自覚者や障害者は行わない。国民の素質の低下が表れるおそれがある」と法律の必要性を説いた。
社会も長らく問題視してこなかった。ある時期までの高校の生物の教科書には「悪い遺伝病を持っている人、そのような子の生まれる可能性を持っている人は、結婚しても子のできないようにすることが大切」との記述があった。
旧法が母体保護法に改正され、手術に関する規定がなくなったのは元号が昭和から平成に変わったあとの96年だ。半世紀近くで約2万5千人が手術を受け、うち約1万6千人は本人の同意なく勝手に体にメスを入れられた。平成に入って手術を受けた人も231人確認されており、うち4人は同意を得ていなかった。
長く歴史に埋もれた存在だったが、2018年に宮城県の60代女性が国に損害賠償を求めて仙台地裁に訴訟を提起したのを皮切りに全国各地で被害者らが立ち上がった。
帝王切開に乗じて無断で手術
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取材に応じる野村花子さんと太朗さん(18日、大阪府内)
大阪府に住む原告の野村花子さんと太朗さん=いずれも仮名=はともに聴覚障害がある。2人は1970年に結婚し、4年後に帝王切開で第1子が生まれたが、翌日亡くなった。実はこのとき本人に知らせないまま強制不妊手術が行われていた。
花子さんはすぐに体の異変に気がついた。生理が来ず、どんなにがんばっても妊娠できなかった。障害のある太朗さんの親族が不妊手術を受けさせられていたことが頭をよぎった。「私に不妊手術したでしょ」。泣きながら母親を問い詰めたが、悲しそうな表情を浮かべて黙り込むだけだった。
子どもと一緒に遊びに行ったり、旅行に出かけたり、そういう生活を思い描いていたが、かなわぬ夢となった。子どもを連れて楽しそうに歩く友人を見るのがつらくてたまらなかった。「障害者にも子どもを産んで育てる権利がある。次の世代には絶対に繰り返してほしくない」と訴える。
「子どもがほしい」妻に事実告げられず
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思いを語る北三郎さん(12日、東京都内)=一部画像処理しています
東京都に住むもう一人の原告の北三郎さん(仮名、81)が手術を受けたのは14歳のときだ。当時入所していた宮城県内の施設の先生に「悪いところをとる」とだけ説明され、産婦人科に連れて行かれた。背中に太い注射を打たれると2、3分ほどで意識が遠のいた。
「子どもの生まれない手術をしたんだよ」。施設の先輩に言われてがくぜんとした。一生独身でいると決めていたが、職場が縁談を勧め、20代後半で結婚した。折に触れて「子どもがほしい」という妻に本当のことは言えなかった。
ようやく打ち明けたのは2013年、妻が亡くなる数日前のことだ。病床で「黙っていて申し訳なかった」と謝った。妻は怒ることなく「ご飯だけはちゃんと食べるのよ」とだけ言った。それが40年余り連れ添った妻との最後の会話になった。
賠償請求権の有無最高裁が統一判断へ
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優生保護法下での強制不妊手術を巡る訴訟の上告審弁論が開かれた最高裁大法廷(5月)=共同
これまで国を相手取って訴訟を起こした被害者らは全国に39人。最高裁大法廷は7月3日にこのうち5件の訴訟について判決を言い渡す。高裁段階ではいずれも旧法を違憲とする一方、原告への賠償を認めるかは判断が割れている。
最大の争点は不法行為から20年が過ぎると賠償を求める権利がなくなる「除斥期間」を適用するかどうかだ。原告らが手術を受けたのは1950〜70年代のため、原則的には賠償請求権は失われている。
ただ、最高裁は「著しく正義・公平の理念に反する」として除斥期間を適用しない例外を認めたことが過去に別の訴訟で2例ある。15人の最高裁判事が導く統一判断はほかの被害者の訴訟にも影響を及ぼすだけにその内容が注目される。
取材・記事
嶋崎雄太、木宮純

国の責任断じた強制不妊判決(2024年7月3日『日本経済新聞』-「社説」)
 
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国は早急な対応が求められる(3日、東京都千代田区
優生保護法のもと障害者らが不妊手術を強いられた問題で、最高裁大法廷は同法を「憲法違反」とし、国に賠償を命じた。裁判官15人の全員一致の判断だ。
同法の非人道性や、差別や偏見の温床となったことを考えれば、当然の判断だろう。国は裁判を起こしていない被害者を含め、全面的な補償・救済に向けた対応を急ぐべきだ。
優生保護法は1948年に議員立法で制定された。96年に母体保護法に改正されるまでの間、約2万5千人が不妊手術をされた。2018年以降、訴訟が相次ぎ、うち5件について判決が出た。
最大の争点は「時の壁」だった。不法行為から20年で損害賠償請求権がなくなるという除斥期間についての判例があるが、今回、これを変えた。「著しく正義・公平の理念に反し、到底許容できない場合には、除斥期間の主張が信義則に反し、権利の乱用として許されないと判断することができる」とし、被害から長期間がたった被害者も請求できるとした。
重視したのは、被害の甚大さだ。旧優生保護法の規定は憲法13条、14条に反し立法行為自体が違法であるうえ、国はだまして手術することなどを許容し積極的に推進した。旧法を改正した96年以降も国は手術は適法で補償はしないという立場をとり続けた。裁判が起きた後の19年になってようやく一時金支給法ができたにとどまる。
一時金は本人に320万円で、被害の実態に見合わないとの声は強い。認定も5月末時点で1110件にとどまる。一方、最高裁判決で確定した4件の高裁判決は本人に1000万円を超える慰謝料を、配偶者にも200万円を認めた。原告敗訴の1件も高裁に差し戻した。一時金との差は大きい。
大事なのは一人でも多くの被害者が適切な補償を受けられることだ。支給法の見直しなどで補償を受けやすい仕組みの議論が求められる。差別や偏見をなくす対策はもちろん、被害者への真摯な謝罪と反省がすべての前提となる。