<連載 生きるって>
明るい声、落ち着いた口調で生放送を進行する。横浜市のコミュニティーラジオ局「金沢シーサイドFM」で今春からパーソナリティーを務める木村翼さん(34)=横浜市泉区=は、大相撲の力士だった19歳から難病の拡張型心筋症を患っている。症状が悪化した4年前には補助人工心臓を体に植え込み、心臓移植の順番を待つ。その時が、いつ来るか分からない。でも「今、生きられているのが幸せ」と、働ける喜びをかみしめる。(神谷円香)
「ナビゲーターは木村翼です。本日もよろしくお願いします」。元気な声が電波に乗る。パラスポーツの魅力を伝える番組などを担当し、ほぼフルタイムで週5日。心臓に負荷のかかる運動はできないが、スタジオで話す程度は問題ない。
◆15歳で相撲部屋に入門、4年後「相撲はできない」と言われ…
横浜市出身で、小学生の頃から柔道をやっていた。素質を見込んだ北の湖部屋の誘いで、中学卒業後に15歳で入門した。「翼湖(つばさうみ)」のしこ名で幕下まで昇進し、十両を目指していた19歳の時、健康診断で心臓に異常な数値が出た。自覚症状はなかったが、検査を受けた病院で拡張型心筋症と診断された。「相撲はできない」と言われたショックで、その日の記憶がない。
◆医師に止められても「土俵で死ぬ」、その言葉に母は
角界に入ったのは、関取になって稼ぎ、親孝行するためだった。だから、医師に止められても「土俵で死ぬ」と一度は両親に告げた。母親の美乃(よしの)さん(60)から「一番の親不孝は親より先に死ぬことだよ」と諭され「生きよう」と思い直した。
土俵に戻れないまま、20歳で引退。飲食や水道工事の仕事に就いた時期もあった。病気には根本的な治療法はなく、30歳になる頃、体調が悪化して働けなくなった。医師に促されて心臓移植を希望する登録をし、2020年5月に補助人工心臓を装着した。
日常生活を送れるようになったものの、当時は機器の不具合などに緊急対応する必要から、常にケアギバー(介護者)の親と一緒にいなければならなかった。機器は水に弱く、ビニールで覆ってシャワーを浴びる。湯にはつかれない。専用のかばんで持ち歩くバッテリーなどは重さ約2.5キロで肩が凝る。「不便は常に思う。でもそれが不幸につながるわけじゃない」
◆「話すのがうまい」と紹介され、地元コミュニティーFM局に
障害者の就労継続支援施設に通っていた頃「話すのもうまいし、もったいない」と、地元の市職員が人づてに紹介したのが、2022年にできたばかりの金沢シーサイドFMだった。「送迎だけでも」のつもりで共に働き始めた美乃さんと2人、この4月からパーソナリティーになった。
補助人工心臓の基準が変わり、同じ4月からは研修を受けたサポーターが職場にいれば、ケアギバーと離れることも可能に。スタッフ3人が研修を受けた。周りの人に恵まれ、人生を楽しむ木村さん。「一番しんどかった時は、明日がどうなるか分からなかった。今は、明日は来ると思える」
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◆心臓移植の希望登録者835人、5年以上の待機者は3割超
日本臓器移植ネットワークによると、全国の心臓の移植希望登録者は8月末現在で835人、待機期間は5年以上が270人に上り、長く待たされる傾向を示す。1997年10月の登録開始以降、国内で実施された心臓移植は892件で、昨年は115件だった。
日本心不全学会の絹川弘一郎理事長によると、最新機器では不具合がほぼなく、5年生存率も8割を超える。だが装着者の就労状況のデータはなく「職場の理解も必要で、働いている人は少ないとみられる。個別状況にもより一概に言えないが、専門職でなければ復職は割と難しい」と話す。
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<連載 生きるって>
街のどこかで、きょうも力強く生き抜く人たち。その姿を随時伝えます。
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