「官尊民卑の気風最も盛んなる世の中に」…(2024年7月3日『毎日新聞』-「余録」)

 
新札発行記念イベントで記念撮影にする(左から)俳優の尾上松也さん、フリーアナウンサーの有働由美子さん=東京都千代田区で2024年7月2日午前11時28分、三浦研吾撮影
新札発行記念イベントで記念撮影にする(左から)俳優の尾上松也さん、フリーアナウンサー有働由美子さん=東京都千代田区で2024年7月2日午前11時28分、三浦研吾撮影
20年間使われた紙幣。1万円・福沢諭吉、5000円・樋口一葉、1000円・野口英世=日銀大阪支店で2004年11月1日、大崎幸二撮影
20年間使われた紙幣。1万円・福沢諭吉、5000円・樋口一葉、1000円・野口英世=日銀大阪支店で2004年11月1日、大崎幸二撮影

 「官尊民卑の気風最も盛んなる世の中に」「初志を貫いてついに今日の地位を占め、天下一人として日本の実業社会に渋沢栄一あるを知らざるものなし」。福沢諭吉の渋沢評である

▲5歳年下の渋沢は初対面の際「いっぷう変わった人」と感じたらしい。大隈重信邸で将棋を指したこともあった。「商売人にしては割合強い」と言われ「へぼ学者にしては強い」と言い返したという

▲つかず離れずの関係だったが「実業界と政界を同列に扱うべきだ」という福沢の主張には大いにうなずいている。きょうから20年ぶりの新紙幣が発行され、1万円札の顔は40年ぶりに福沢から渋沢に変わる。共に官から距離を置き、民間で活躍した人物である

5000円札の津田梅子と1000円札の北里柴三郎もそうだ。福沢とも接点がある。津田の父は幕末に福沢とともに通訳として渡米した。ドイツのコッホ研究所から帰国後、政府から冷遇された北里を支援したのが福沢だった

▲豪華キャストだが、市場では歴史的な円安が続く。国際的な実力を示す指数「実質実効為替レート」は聖徳太子の1万円札時代の1970年以降最低水準。キャッシュレス隆盛で紙幣の利用頻度も減っている

▲「官尊民卑」は福沢が広めた用語という。渋沢も「官にある者ならばいかに不都合な事を働いても大抵は見過ごされてしまう」と嘆いている。そんな時代は過ぎ去ったと言い切れない昨今。主役交代を機に「民」の力で円の価値が十分に発揮される時代が来ないものか。