アニメ産業の将来 現場支える視点が必要だ(2024年7月3日『毎日新聞』-「社説」)

 
「ジブリの大倉庫」に展示されたオスカー像。「君たちはどう生きるか」は米アカデミー賞に輝いた=愛知県長久手市のジブリパークで2024年3月20日、太田敦子撮影
ジブリの大倉庫」に展示されたオスカー像。「君たちはどう生きるか」は米アカデミー賞に輝いた=愛知県長久手市ジブリパークで2024年3月20日、太田敦子撮影

 アニメを成長産業として後押しするのであれば、担い手を育てる環境を整えなければならない。

 政府が、日本の文化を海外に売り込む「新たなクールジャパン戦略」を発表した。コンテンツ産業の海外市場の規模を現在の4・7兆円から、2033年までに20兆円に拡大させる目標を掲げた。

 ゲームなどと並びけん引しているのがアニメだ。約3兆円の売り上げの半分を海外で稼いでいる。

 日本のアニメは世界中で高く評価されている。長編アニメ映画「君たちはどう生きるか」が米アカデミー賞に輝き、「鬼滅の刃」「進撃の巨人」なども多くのファンを持つ。

 一方で指摘されているのが、制作現場の劣悪な労働環境だ。日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)の実態調査によると、アニメーターら業界に従事する人の半数が月225時間以上の長時間労働を強いられている。

 アニメ作品の制作本数が、ここ20年で3倍以上になったことで、人材不足に拍車がかかる。新人を育成する余力がなくなっており、技術の承継も危ぶまれている。

 業界で働く30歳未満の7割近くが月収20万円未満と回答している。アニメの仕事だけで生計を立てるのは難しい状況だ。

 背景にあるのはフリーランスでの就業が多い業界特有の事情だ。発注者に対して立場が弱く、受注額や納期を定めた契約書を結ばずに不利益を被ることがある。

 取引の適正化を目指すフリーランス新法が今秋施行される。行政には監視の強化が求められる。

 NAFCAは、作品がヒットしても利益が制作現場に回ってこない実態も問題視している。フランスや韓国には、興行収入の一部を映画産業の振興に充てる仕組みがある。こうした取り組みも参考に、業界を持続的に発展させる対策を考えたい。

 国際社会からも改善を求める声が上がる。6月の国連人権理事会で、ビジネスと人権作業部会の訪日調査結果が報告され、アニメ業界の長時間労働と低賃金への懸念が表明された。

 文化や芸術は暮らしに欠かせない存在だ。人々が育んできた豊かな土壌を守ることこそが、国の果たすべき役割だ。